竜の王様
第四章 勝機を呼ぶ者
2
※ここでの『』の言葉は日本語です
黒蓉が自分を疑っている・・・・・いや、既に裏切り者だと思っていることを感じた紫苑は、もう、言葉をごまかすことはしなかった。どん
なに言いつくろっても、もう黒蓉が言い含められないということが分かるからだ。
(仕方ない・・・・・全て、私自身が招いたことだ)
そうするには、自分なりの思いがあったからだが、それを説明してまで分かってもらおうとは思わない。どちらにせよ、黒蓉という男は自
分の目で見えるものしか信じない男なので、言葉で伝えても分かるとも思えないが。
「紫苑っ、貴様、どうして・・・・・!」
「紅蓮様のことには、少しの変化も見逃さないあなたですが、私のような者の変化にはお気づきになられなかったようですね」
「・・・・・っ」
「黒蓉殿、既に動き出した時間は止まらない。私がどういう行動を取るのか心配ならば、あなたが四六時中私を見張っていればい
い。そのようなことは出来ないと思いますが」
「・・・・・紫苑!」
「戦が始まってしまいますよ、黒蓉殿。何時までも私と意味の無い言い合いをしていても仕方が無いでしょう。何の策を講じなくても
紅蓮様が勝てるとお思いですか?」
紫苑の言葉に、黒蓉は射るような眼差しを向けてきたが、直ぐに踵を返すと神殿から出て行った。
「・・・・・」
その後ろ姿を見送った紫苑は、ようやく息をつく。
既に動き出した時間は止まらない。
黒蓉に向けたその言葉が、自分自身の心にも深く突き刺さる。
(そう、もう・・・・・戻れぬ)
「これは・・・・・」
「驚いた?でもさ、俺なんか、卵から人間、あ、人間じゃないんだけど、こんな赤ちゃんが出てきて、ホントびっくりしたんだぜ?」
昂也の説明を耳にしながら、碧香はその後ろから聞こえる賑やかな赤ん坊の泣き声に呆然としていた。
碧香が幼い頃は、まだ王宮の中にも召使いの子供の気配が多くあったが、それは年々少なくなり、父が亡くなってからはほとんど卵
が生まれないという事態になっていた。
幾ら竜人の生が長いとしても、永遠の命を持っているわけではない。次代を受け継ぐ子供が生まれなければこの竜人界は滅びへ
と突き進んでいくかもしれない・・・・・そんな危惧も持っていた。
しかし、今耳に聞こえる賑やかな声は、1人や2人ではない。なんと、8人もいるらしい。
「この赤子達が・・・・・本当に?」
「本当だって!なあ?」
「はい。確かに、私がこの目で確認いたしました」
「な?」
昂也の言葉に応える江紫の声は至極真面目で、そこに嘘は無いと良く分かる。
もちろん、碧香も昂也が嘘を言っているとは思えなかったが、指先に触れる柔らかな肌の感触と、子供特有の甲高い泣き声を耳にし
ながら、自分の知らない時間におきた奇跡を信じられない思いで味わっていた。
近く起こるだろう戦から守る為に、赤ん坊達は王宮から離れた離宮の神殿へと移されることになった。
その手配は、白鳴と少年神官達がすることになったのだが、何もすることが無いからと昂也が手伝いを申し入れ、碧香と龍巳、そして
江幻と蘇芳もつられるようにやってきていた。
江幻がいる為、昂也や龍巳も自由に会話が出来ている。そこで、碧香は少年神官の江紫の言葉と、昂也の言葉をかき合せて、
自分が不在の時の様子を聞いていた。
「・・・・・」
以前、昂也との交感をしていた時、この赤ん坊達のことも聞いてはいたのだが、竜人界のことをよく知らない昂也が言うことなので、
何か別の思い違いをしているのではないかとさえ思っていたくらいだった。
しかし、それが本当だったと、碧香は驚きと嬉しさで胸が一杯になっていた。
(本来は生を望めない魂を鎮める部屋の中にいたというのに、全てが孵化していようとは・・・・・)
「昂也が触れたら・・・・・卵が孵った・・・・・」
「はい」
「コーシもびっくりしてたよな?」
はははと笑う昂也は、きっとそれがどれ程大きな奇跡なのかは分かっていないのだろう。
(昂也には、やはり何かがあるのかも・・・・・)
自分と入れ替わる存在として選ばれた昂也には、それなりに理由があったのではないか?
碧香はそうとしか思えず、見えない目をじっと昂也に向けている。すると・・・・・。
「アオカ、こいつ、セイラン」
昂也の声が聞こえたかと思うと、腕に新たな重みが掛かった。今まで抱いた赤ん坊達よりも少し重い感じがして、碧香はそのまま視
線を下ろす。
「セイ、ラン?この子には名前があるのですか?」
「セイランは、俺がえっと・・・・・北の、谷?そこで見付けたんだ。青い嵐で、青嵐。角も生えててカッコいいんだ」
「・・・・・角持ち?」
更なる驚きに、碧香は思わず腕の中にいる存在を強く抱きしめてしまった。
『・・・・・角持ち?』
アオカの声が少し震えたような気がして顔を上げた昂也は、あっと気が付いてその片手を取り、アオカの腕の中で大人しくしている
青嵐の角の部分に触れさせた。
『こっちでは、角の生えた子は珍しいんだな。グレンも、連れて帰った時びっくりしてたし』
(俺にしたら、竜に変身出来ることの方が凄いと思うけど)
『あ、この青嵐も竜になれちゃうんだ。チビのクセに、金色の竜になれんの』
『・・・・・金の、竜・・・・・』
『な?青嵐」
日本語が分かるはずがないのに、青嵐は昂也の話しかけることに嬉しそうに手を振って応えてくる。
『・・・・・っ』
『あっ』
その時、アオカの身体が少し揺れてしまった。直ぐに傍にいた龍巳がその身体を支える。
『大丈夫か?』
『は、はい。すみません』
『ご、ごめんっ、アオカ、もうこいつ重たくなっちゃってるのにっ』
この建物の中で生まれた赤ん坊達と違い、昂也が見つけた時には既に自分で這うことが出来ていた青嵐。その成長は目に見え
て早く、今ではもう直ぐ立てるのではないかというぐらいにまでなっているので、華奢なアオカの腕には重過ぎたのだろう。
『青嵐、こっち』
『こー』
可愛らしくそう言って、差し出した昂也の腕の中に躊躇わずに飛び込んでくる青嵐。
『ん〜、かわいーっ!』
昂也は慕ってくる小さな存在が可愛くて、思わずギュウッと抱きしめた。
「俺も抱っこしてもらいたいな、コーヤに」
「スオーは大人だろ!俺よりでっかいその身体をどうやって抱くんだよ!」
「冗談だって、冗談」
反応の素直なコーヤをからかった蘇芳は、固まってしまったようにもう1人の人間、タツミに支えられて立っている碧香を見ていた。
(まあ、驚くのも分かるがな)
角持ちの存在は、もちろん話には聞いていたことがあるだろうが、実際にその存在を見たという者は今の竜人界の中でも数えるほど
しかいないだろう。それほどに大きな力を持つ希少な存在を、この人間のコーヤが見付けたということの意味は大きい。
(生態も、力も、何もかも未知数だし・・・・・)
青嵐を連れたコーヤが、江幻のいる森にやってきて、そこで蘇芳は2人と出会った。
それから時間はそれ程経っていないのに、青嵐の成長は随分と早い気がする。このままでいけば、2、3年で成人になってしまうので
はないか?
竜人も、幼児期は短く、青年期が長くて・・・・・そこから緩やかに歳をとっていく。その流れは同じだとは思うが・・・・・。
「スオー!」
「ん?・・・・・」
名前を呼ばれた蘇芳は、振り向くと同時に目の前に赤ん坊を差し出された。
「連れて行くの、手伝って」
「はいはい」
王都であるここから離宮まではそれなりの距離があるものの、竜に変化して飛んでいけば1日で行き来できる。その運ぶ役を、どう
やらコーヤは自分に任せるつもりらしい。
「コーヤ、俺一人に運ばせるのか?」
「1人で十分だろ?」
「・・・・・」
「俺も一緒に行くから」
「お前も?」
「だって、落っこっちゃうじゃん」
どんなとこかも気になっちゃうしと言う昂也の言葉に、蘇芳はほくそ笑む。
(コーヤとの旅か・・・・・1日、様子を見るといって、離宮に泊まることも出来るな)
「あっ、紫苑様っ」
紫苑が宮殿から出て廊下を歩いていると、江紫が目敏くその姿を見付けて駆け寄ってきた。
「今から、赤ん坊達が出発致しますっ」
「今から?」
「白鳴様が、離宮に移した方が良いとおっしゃられて。私達、神官見習いも付いて参りますっ」
紫苑は頷いた。確かに、争いの中に幼い子供達がいるのは相応しくないだろう。なにより、先日生まれてきた赤ん坊達は、大事な
竜人界の未来を担う者達なのだ。
「誰が連れて行く?白鳴殿か?」
「いいえ、江幻殿と蘇芳様が」
「・・・・・お2人が?」
「初めは、蘇芳様だけと言っていたのですが、赤ん坊だけではなく我らも移動するということで、お2人が変化してお連れ下さると。
私達、竜に乗るのは初めてなので、とても落ち着かなくて・・・・・っ」
「・・・・・」
(あのお2人か・・・・・)
何時の間にやら紅蓮側に、いや、コーヤがいるこちら側に手を貸すようになってしまった形の江幻と蘇芳。
紫苑の思惑からすれば邪魔な存在だったが、彼らがこの王宮から離れるということは願ってもないことではないか。
「・・・・・江紫、私も行こう」
「えっ?で、でも、紫苑様はこちらでお忙しいのでは・・・・・」
「あの赤子たちの行く末を自分の目で確かめたいからね。それに、江幻殿や蘇芳殿だけに任せてしまうことも心苦しい。江紫、直
ぐに支度をしていくので、出発を少しだけ待ってもらうように伝えてくれ」
「はいっ」
江紫達も、自分達の長である紫苑が同行するのは嬉しいのか、顔を綻ばせて直ぐに今来た方向へと走っていく。
「・・・・・」
紫苑は直ぐに聖樹に連絡をしようと交感を試みようとしたが、ふと思い直してそれを止めた。下手な動きをしては、敏い江幻や蘇芳
に何かおかしいと感づかれてしまうかもしれない。
怪しいと思われるのは仕方が無いが、完全に疑われるのはまだ・・・・・早いだろう。
(せめて、ある程度事態が動くまでは・・・・・)
それに、自分を慕ってくれているコーヤにも、出来れば何も覚られたくは無い。
(・・・・・そう言えば、角持ちのことも話していなかったか・・・・)
紫苑は自分がどちら側に優位に動いているのか、はっきりと言えなくなっているような気がしていた。
![]()
![]()
![]()