竜の王様
第四章 勝機を呼ぶ者
13
※ここでの『』の言葉は日本語です
(・・・・・あれ?)
昂也は眼下に広がる光景を見て気付いた。
ここは、以前確かに訪れたことがある場所だ。
(確か、前にソージュとアサヒと来た・・・・・えっと、なんだっけ・・・・・何の、谷・・・・・あっ)
『北の谷だ!』
いきなり昂也が叫んだので、乗っていた竜の背中が大きく波打った。何を言ったのかは分からないのだろうが、それ以上口を利くなとい
う警告の証ではないかと思い、昂也は慌てて口を噤んだ。
(でも、間違いないよな?初めて竜に乗って見た景色だから妙に印象に残っているし、青嵐を見つけた場所でもあるし)
谷という言葉の通り、切り立った岩山がそこかしこにある厳しい景色。確かに自分はソージュとアサヒと共に紅玉を探しにこの場所に
来た。結局、それらしいものは見当たらなかったが。
(ここに、こいつらのアジトがあったってこと?・・・・・うわっ、じゃあ、もしかしたらその時、俺捕まってたかも知れないんだ)
まだ青嵐に出会う前、コーゲンやスオーとも知り合う前にこんな事態に巻き込まれてしまっていたら、自分はもっと焦って、慌てていた
かもしれない。
(・・・・・でも、コーゲンといると安心なんだよな)
柔らかな言葉や物腰で、何を考えているのか分からないところもあって。
それでも、自分の味方だと強いメッセージを送ってくれるコーゲンが、こうして傍にいてくれて良かったと思う。
(まー、来ちゃったもんは仕方ないし)
一体、今から自分がどうなってしまうのか想像も出来ないが、昂也は必ずこの危機を乗り越えてやると決意していた。
竜に変化した浅葱の背中から下りた江幻は、ゆっくりと周りの岩山を見回した。
(北の谷か・・・・)
以前からこの場所には、昔王から追放された血族が生きながらえているという噂があった。それが真実かどうか、江幻にとっては関係
のないことだと思っていたが・・・・・。
(やはり、何らかの思想を持った者達が潜んでいたということなのか)
「・・・・・」
目の前で、見る間に浅葱が変化を解いていく。
竜人の中でも、こんなにも見事に竜に変化出来るのはそれなりの力を持った者達だけのはずだが、この浅葱が変化できるとなれば、
もう1人の手首の無い男・・・・・あの男も、きっとそれが出来るのだろう。
そして・・・・・。
「・・・・・」
今自分とコーヤと同様に竜の背中から降りてきた者達。両手に1人ずつの赤ん坊を抱いたこの竜人達も、おそらくかなりの力の持ち
主のように思えた。
「付いて来い」
大きな体の竜の変化を解くのにはそれなりの広い場所が必要で、実際に向かう場所はここから少し離れた場所のようだ。
一番先頭に浅葱。続いて、2人の見知らぬ竜人。
その後に自分とコーヤが続き、また、数人の竜人が歩く。
見張られているので無茶なことは出来ないし、もちろん、今この状態でしようとは思わなかったが、多少の情報は欲しいと思った江幻
は、浅葱に声を掛けた。
「聞きたいんだが」
「・・・・・」
「彼らも、お前達の仲間というわけか?」
「・・・・・」
「かつての王族の末裔?それとも、ただの竜人の・・・・・」
「煩い」
浅葱が答えないのでたて続けに疑問をぶつければ、それに耐えかねたのか、それとも本当に煩いと思ったのか、浅葱が静かに口を
開いた。
今、この段階になって、この男を連れてきたのは間違いだったかもしれないと浅葱は思い始めていた。
しかし、既に自分達の拠点となる場所まで連れてきてしまったのだ、後には退けないと思ったし、何とか利用する方法は無いかと考
えていた。
「煩い」
「ん?だって、聞いても答えてくれないから。どの質問ならいいのかな?」
「・・・・・お前は何が知りたいんだ。元々は皇太子側でもあるまい」
「まあ、そうだけど。色々成り行きというものがあってね」
この男の言う成り行きとはいったい何なのか。
振り向いた浅葱の眼差しは、自然と江幻の後ろにいる人間の少年に向かった。今は再び言葉は分からなくなっているが、それもきっ
と傍にいる男の何らかの仕業だろう。
(この人間・・・・・いったい何なんだ?)
王宮に乗り込み、紅蓮と渡り合った後、聖樹はなぜか面白そうに口元を綻ばせて言った。
「あの人間、紅蓮にとっては意味のある存在かもしれないな」
浅葱には、そんな聖樹の言葉の意味が分からなかった。
元々竜人は人間に対してあまり良い感情を持っていないが、皇太子である紅蓮のその思考は突出していて、本来ならばこの人間
の少年を自由に歩かせるどころか、地下牢にでも鎖で繋いでその姿を見ないようにしているといった対処をするというのが当たり前のは
ずだろうと思えた。
そんな紅蓮の常に無い対応を面白いと感じているのだろうか、それとも、この人間自身に何らかの価値があるのか?
「・・・・・」
(とてもそうは見えないが)
アサギにジロジロとした視線を向けられて、昂也はあまりいい気持ちはしなかった。
その視線が、好意とか敵意とかの感情を含んでいるわけではなく、ただ観察するといった冷めた感情からだからなのかもしれない。
(グレンの方がよっぽど分かりやすいけど)
元々、こちらの世界の人間は表情の変化に乏しい。昂也が一目見て感情の起伏が分かるのはグレンと・・・・・スオーとアサヒくらい
か。
もちろん、嫌われるのは嫌だったが、物を見定めているような眼差しがいいとも思わない。昂也はアサギに対抗するかのように、むんっと
目に力を込めた。
「・・・・・」
『・・・・・』
「・・・・・」
『・・・・・なんだよ、文句があるならはっきり言えば?』
言葉が通じていないことが分かっているが、思わずそう精一杯の威嚇をしてしまう。
そんな昂也の肩に手を置いて宥めるのは・・・・・。
「こらこら、自分から喧嘩を売ることは無いだろう?ここは大人しく彼について行こう」
『だからっ、分かんないって!』
緋玉を持っているのだから言葉を通じるようにしてくれたままならば良かったのに、なぜかコーゲンはその効力を発揮してくれない。
それでも何だか宥められているのは感じたので、昂也は唇を尖らせたまま、再び前へと歩き始めた。
(言葉、言葉・・・・・少しは覚えろよっ、俺〜)
これだけ、この世界にいて(しかし、一ヶ月はまだ経っていないはずだ)、これだけ、毎日こちらの世界の言葉を聞いて(怒鳴り声や
冗談っぽい響きの方が多いが)、少しはこちらの世界の言葉を理解してもいい頃かもしれないのだが。
(俺、英語苦手だったしな〜)
自分に語学力が無いことはよく知っている昂也は、とりあえずその表情を読むことは出来るようにしようと思った。
(でも、こっちの奴、お面被ってるみたいに表情がない奴が多いんだけど・・・・・)
それから歩いたのは500メートルくらいか。
はっきりとした時間は分からないが、先ほど降り立った場所にあった木が遥か遠くに見えるのでそう判断したのだが・・・・・アサギは昂
也達を、ある岩山の麓の、切り裂けた僅かな割れ目の部分へと誘導した。
『せま・・・・・』
人1人、入れるかどうか。自分だってギリギリどうか分からないのだ、それよりも体格の良いこの世界の男達はとても通れないと思う。
しかし、
『あっ!』
浅葱がその割れ目の部分へと手を翳すと、裂け目部分の空間がジリジリと広がっていくのだ。まるで魔法のようなその光景に、昂也は
目を丸くして見つめることしか出来ない。
「コ、コーゲン」
(は、入った途端、崖崩れなんか無いだろうな?)
「行くしかないみたいだねえ」
「・・・・・っ」
そのままアサギは中に入り、その後に男達も続く。昂也もドンッと後ろから軽く小突かれ、恐々視線を彷徨わせながらもその裂け目
の中に足を踏み入れた。
(こんなところに潜んでいたのか・・・・・確かに、分かりにくいかもな)
反逆者が住むかもしれないと言われていた場所ではあるが、自分の正当な血筋を信じる紅蓮はその後の動向を詳しく調査し、討
伐する事はなかった。言葉を変えれば、紅蓮は至極王道な精神の持ち主なのだろう。
一度追いやられてしまったものを根絶やしにしなくてもいい・・・・・その考えが、結局今回のような事態を生んだのではないかとも思
えなくも無いが。
「・・・・・」
(しかし、見事な地下道だな)
人工的ではなく、自然に出来たような地下道をさらに奥へと進むと、やがてかなり大きく開けた場所に着いた。
『浅葱!』
「・・・・・」
先ず、聞こえたのはコーヤと同じ様な響きの声。
『やっぱり、日本語だ』
隣にいるコーヤも何事か呟いている。
「・・・・・」
「浅葱、その者達は」
「聖樹様、申し訳ありません。赤ん坊達を攫ってくる時、この者達が現れまして・・・・・」
「・・・・・」
浅葱の謝罪を最後まで聞かず、ゆっくりと腰掛けていた岩から立ち上がった聖樹が自分達の方へと歩いてきた。
見るからに恐ろしいという外見はしていなくても、その身に纏っている威圧的な気は凄まじく、それを本能で感じたらしいコーヤが自分
の背中に自然と隠れてしまう。
江幻としても、出来るだけコーヤと聖樹を近づけたくは無かったので、聖樹の関心を自分に向けるために切り出した。
「まさか、赤ん坊を攫うことを企てたとは」
「・・・・・」
聖樹の足が止まり、眼差しが自分に向けられた。
「先ずは王宮ではなく、離宮に避難したこの子達を狙ったのは始めからの作戦?」
「・・・・・お前が共に来るとは思わなくてな」
「本当に?」
「・・・・・」
江幻は、聖樹は始めから自分と蘇芳が赤ん坊達に同行していることを知っていたのではないかと思っている。
自分と蘇芳を分断させたことは偶然かもしれないが、浅葱は自分の顔を見た時もそれ程驚いた様は見せなかった。
(赤ん坊達を攫う時の手際・・・・・まるでどこにいるのか分かっているかのように、少しの無駄も無い動きだった)
そのことから考えても、もしかしたら今回の同行者の中に内通者がいたのではないか・・・・・そう疑ってもおかしくはないはずだ。そして
それは、多分ある程度の地位と、力がある者で・・・・・。
(紅蓮からの信頼もある者)
その顔が、江幻の頭の中には既に浮かぶ。疑惑は、確信に近くなっていた。
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