竜の王様




第四章 
勝機を呼ぶ者



15





                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 紫苑にある程度痛みを癒してもらった蘇芳は、直ぐに少年神官達の眠っている場所へと急いだ。
紫苑が預けたはずの青嵐の存在をきちんと自分の目で確かめておきたかったからだ。
コーヤと江幻、そして赤ん坊達がいなくなったというだけでも、蘇芳にすれば大変な失態だといっていいのに、その上角持ちの青嵐ま
であちら側に奪われたら、それこそ大変な問題だった。
 「・・・・・っ」
 声も掛けず、扉を叩く間もなく部屋に飛び込めば、さすがにある程度の訓練を受けてきた少年達は直ぐに目覚める。
その中で、江紫が起きたばかりという気配も見せずに言った。
 「どうなされたのですかっ?」
 「青嵐はっ?」
 「せ、青嵐ならば、こちらに・・・・・」
 蘇芳の迫力に、戸惑いながらもそう言った江紫が自分の隣に目をやると、そこには青嵐が横たわっていた。
 「青嵐・・・・・」
青嵐が本当にここにいたことに蘇芳はほっと安堵の吐息を吐いたが・・・・・眠っているとばかり思っていた青嵐はどうやら起きていて、
黄金色の瞳でじっと蘇芳の顔を見返していた。
 「青嵐?」
(お前、分かっているのか?)
まだ言葉もまともに話せない赤ん坊だが、青嵐は不思議とコーヤに関することだけは感じるらしく、彼が傍にいれば喜び、離れたらそ
れこそ収拾がつかなくなるほど・・・・・。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 まるで、分かっているとでもいうような、とても赤ん坊が浮かべるとは思えないほどの深い眼差し。じっとそれを見返していた蘇芳は思
わず口元を緩めた。
 「お前も、一応男なんだな」

 青嵐の無事を確認すればすることは決まっている。面白くないと思うが、赤ん坊達のことは紅蓮に報告しなければならないだろう。
きっと、かなり罵声を浴びるだろうが、そんなものは耳元を通り過ぎる草木のざわめきのようなものだと聞き流し、とにかく一刻でも早く
コーヤを奪還しに向かいたかった。
 どこに連れ去られたのかは今の時点では分からないが、玉を使えばその気配を追うことは出来るはずだ。
会議をし、対策を練って・・・・・きっと、そんな馬鹿らしいほどの時間を使わなければ決定しないだろうことを待っている暇はない。
 「紫苑、俺は直ぐに王都に戻る」
 「私も参ります」
 「おい」
 「今回、相手方にこの離宮にまで踏み込まれてしまった責任は私にありますから」
 「・・・・・」
(・・・・・どこまで真実だ?)
 はっきり言ってしまえば、蘇芳は紫苑を疑っている。
幾ら紅蓮の目が直接届かない場所とはいえ、ここまで鮮やかに忍び込み、最小限の動きで、あれほどの数の赤ん坊達と、相当な力
を持っているはずの江幻をあっさりと連れ去ったのだ。
(それに、本来足手纏いにしかならないだろうコーヤまで、生きて連れ去っているらしい)
 そこに、紫苑の助言がなかったとは言わないだろうか?
 「・・・・・
それでも、全てが予想であって、はっきりした証拠は今目の前には無い。そもそも、紫苑が向こう側であったならば、角持ちという最大
の戦力である青嵐を、まるで相手の目から隠すような行動を取るというのもおかしい。
(こいつが敵でも味方でも、コーヤに危害を与える気はないようだし・・・・・)
取りあえずは傍に置いて、黙って観察する方がいいのかもしれない。
 「分かった、一緒に戻るか」
 「はい」
 「煩い紅蓮の相手はお前がしてくれよ」
 「・・・・・」
蘇芳の本気混じりの軽口に、紫苑は僅かに口元に笑みを浮かべた。






 王宮内がざわめく。
 『碧香、何か・・・・・』
 『ええ、何かあったようです・・・・・行きましょう、東苑』
碧香は龍巳の手を借りて部屋から出た。
ずっと昂也に交感を試みているもののなかなか通じず、いったい何が起きているのかと目に見えない不安ばかりを抱えている時だ。
龍巳は同行した者達に任せるしかないと言い、碧香もそうは思うものの、少しでも情報が手に入ればと思った。

 自分達に出来ることから・・・・・そう龍巳と話し合った結果、2人が始めたのは碧香が龍巳に気の使い方を教えることからだった。
主に自己流で気を操ることを習得した龍巳のやり方には無駄が多く、また、人間界と竜人界では、気の溜まりの大きさも威力も違う
ので、まずはそれを身体で覚えてもらわなくてはならなかった。
 もちろん、碧香は龍巳を守るつもりでいるものの、龍巳も自分を守ってくれようとしているので・・・・・嬉しいと思うと同時に、せめて最
低限自分自身の身を守ってもらうためにも、自分に伝えられるものは伝えておきたかった。

 「何があったのです?」
 途中、すれ違った召使いに声を掛けると、相手は深く頭を下げたまま言った。
 「紫苑様がお戻りになられてっ」
 「紫苑が?」
(こんな時間に?)
離宮で一夜を過ごしてから王都に戻るのは、きっと日が暮れる前になるだろうと思っていた。それが、こんな昼間に戻ってきたということ
は、向こうをまだ暗い内に出立したということだろう。
(1人きり?昂也達は一緒ではないということ?)
 何らかの伝達のために一足先に戻ってきたのだろうか・・・・・碧香は握っている龍巳の手をさらに強く握り締めた。
 『碧香?』
 『・・・・・』
(悪いことが無ければいいのだけれど・・・・・)



 紫苑が戻ってきた報告を受けた紅蓮は、落ち着き無く執務室の中を歩いていた。
頭の中だけで戦略を考えていると、その数歩、十数歩先のことばかり考え、なかなか動き出すことが出来ない。そんな凝り固まってし
まった頭を解すのには、コーヤとの小気味良い言い合いが良い気がした。
 もちろん、自分の言う事など全く聞かず、愚かな人間のくせに言い返してくることに頭にくることもあるものの、それでも、あの黒い瞳を
間近で見たい。
 「紫苑はまだかっ」
 「今っ、王宮に入られました!」

 それから、そう時間をおかずに、執務室に紫苑が姿を現した。
その後ろには蘇芳が続いて・・・・・。
 「コーヤはどうした」
その後ろに続く人影が無いことに、紅蓮はしんなりと眉を顰める。
(まさか、あのまま離宮に置いてきたということは無いだろうな)
 何の力も無く、きっと邪魔になるだけだろうコーヤを、あのまま離宮に置いてきたのだろうかと紅蓮は思った。江幻も姿を見せないとい
うことは、あの男が世話係として傍についているのに違いない。
 自分に何の相談もせずに勝手に判断したのかと紫苑を睨みつけると、紫苑は急にその場に膝を付き、床に額が付くほどに頭を下
げた。
 「申し訳ございません、紅蓮様」
 「紫苑」
(やはり勝手に・・・・・っ)
 「あちらの手の者に、赤子達とコーヤを連れ去られてしまいました」
 「・・・・・何?」
 「申し訳ございませんっ」
 「コーヤが、聖樹達に・・・・・」
思い掛けない言葉に、一瞬紅蓮の目が大きく見張られる。すると、
 「今の話は本当ですかっ?」
 「碧香?」
いきなり現れた碧香の姿にその場の視線は集中するが、碧香は全く構わずに跪く紫苑の前に自分も膝を折り、その顔を見えない目
で覗き込むようにしながら問い掛けた。
 「昂也が連れ去られたというのは本当ですかっ?」



 人間界に行ってから、かなりその考え方に変化があったらしい碧香。
共に竜人界へとやってきた人間の男とも心を通わせているようで、彼がコーヤの安否を心配することは蘇芳にも十分考えられた。
 しかし、この紅蓮の反応は予想以上だ。赤ん坊達と共に連れ去られてしまったコーヤの失態を直ぐに責めることをせず、そして、赤
ん坊達というよりも、コーヤの方に引っ掛かりを覚えているような言葉に、蘇芳は驚きと共に嫌な感じがした。
(こいつ、コーヤを嫌っているというより、気にしているって感じだが・・・・・)
 「紫苑っ」
 そんな蘇芳の思考は、碧香の声に打ち破られてしまった。
 「昨夜、あちら側の者達が離宮に侵入し、赤子達を連れ去ろうとしたようです。そこに、多分コーヤと江幻殿が出くわしてしまったの
でしょう」
 「江幻もか?」
 「あいつなら、抵抗するよりも相手の手の内に入る方が得策だと思ったんだろう」
紫苑の言葉に蘇芳が付け加えると、鋭い眼差しが向けられた。
 「お前、のうのうと見ておったのか?」
 「こっちはこっちで忙しかったんだ」
 その時の詳しい事情を紅蓮に話したところで時間が戻るわけでもない。大体、嫌っている自分の言葉など、まともに聞く男ではない
はずで、蘇芳はそのまま話を流そうとした。
 「蘇芳っ」
 案の定、怒りを込めたような紅蓮の声にも、蘇芳本人は全く気にすることも無かったが・・・・・。
 「紅蓮様、蘇芳殿は別の男と相対していたのです。そのために腕も負傷されて・・・・・」
 しかし、どうやら真面目な紫苑は、蘇芳だけを叱責されるのは心苦しかったらしく、その事情を口にする。
 「紫苑、これは俺の失態。そこまで話す必要は無いって」
 あのまま骨が砕けた状態であったならば戦うこともままならなかったかもしれないが、今は何とか動かせる状態にまで回復を促しても
らった。後は、自分の思うがまま、攫われてしまったコーヤと赤ん坊達を救い出す。
これは、紅蓮のことは全く関係が無い、自分の意思だ。
 「蘇芳殿」
 そんな蘇芳に、碧香が声を掛けてきた。
 「ん?」
 「私も同行させてください」
 「・・・・・お前が?」
 「碧香っ?」
 「特殊な力が無い昂也も戦ってくれているんです。この国の王子である私が、ずっと安全な場所でただ見ているだけなんて出来ませ
ん。お願いします、蘇芳殿っ」
 「勇ましいことだな。だが、お前の兄貴よりもよほどしっかりしている」
大人しく、守られていることが似合っている第二王子、碧香。だが、やはり王子としての矜持と強い意志は持っているらしい。
 「碧香っ、お前は何を言っているっ?そんな目で戦いに赴くなど無理だ!」
 「兄様、これは私の欠点ではありません」
 「・・・・・」
(これは、試してみてもいいかもしれないな)
碧香がどんな力を持っているのか、蘇芳は初めて見てみたいと思った。