竜の王様




第四章 
勝機を呼ぶ者



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 肝が据わっていると思う。
コーヤにとっては、きっとわけの分からない世界のはずのこの地で、こんな風に平然と食事が出来ることも凄いが・・・・・多分、コーヤは
ものの本質というものを無意識の内に見分けることが出来るのだろう。だからこそ、紅蓮の見掛けだけに騙されないのだ。
 「は、はは」
 ようやく笑いの衝動が去った江幻は、それでと眼差しでコーヤを促した。
この状況で、いったいどういう風に逃げ出そうと考えているのかちゃんと聞いておきたい。だが、コーヤの答えはこれまた度肝をぬくような
ものだった。
 「ん?だから、今から考えるんだよ、その方法」
 「・・・・・全く、何も思いついていないわけ?」
 「お腹が空いてて、そこまで気が回らなかった」
 あっさりとコーヤは言う。
 「なんだ、じゃあ、初めから考えなくてはならないのか」
 「そーでもないよ?例えばさあ、コーゲンがこのバリアみたいの・・・・・この痺れるやつをパパッと消しちゃって、このまま赤ちゃん達の所
に行って逃げちゃうとか」
 「・・・・・出来なくもないけど、この障壁を消すのには相反する力が必要だから、その時にかなりの衝撃が生まれてしまうと思うよ。こ
の洞窟自体にも影響が出てしまうし、崩落なんかしたら大変だろう?」
 「た、大変だよ」
コーヤはプルプルと頭を横に振った。



 特別頭がいいわけではない自分の考える作戦は、頭の中の想像と現実には相当の開きがあるようで・・・・・それでも、その中にい
い案はないかと、昂也は懲りずにコーゲンに提案した。
 『じゃ、じゃさ、俺達はいったん隠れて。それで見回りが来たらびっくりしてバリア解くだろ?奴らが俺達を捜しに行っている間に、俺達
もここから出るって作戦は・・・・・』
 『でも、ここに私達が隠れる場所、あると思う?』
 『・・・・・』
 見渡せば、確かにこの洞窟はほぼ真四角の形をしていて、身を潜めるスペースがあるようには見えない。
 『う・・・・・そ、それなら、コーゲンの力で地面に穴を掘って、そこから外に出るってのは?』
 『この固い岩に穴を掘るのかあ。ま、出来るけれど、外に出るほどに掘るには少し時間が掛かるし、結構音が出るから直ぐに分かる
だろうな』
 『・・・・・あ、竜!竜に変身するのはっ?』
 『この場所だったら、コーヤを押し潰すよ』
 『・・・・・コーゲン、後ろ向き過ぎ』
昂也は思わずそう言ってコーゲンを睨んでしまった。
確かに、今自分が言ったのは全て思い付きといってもいいものばかりだが、それでも端から却下されていくと考えることを放棄したくなっ
てしまう。
(大体、コーゲンが自分から掴まっちゃったのに〜)
 『すまないな、コーヤ。でも、私は嘘がつけない性格でね』
 『・・・・・少しは、いい思い付きだと言ってくれよ』
 『どれも面白いとは思ったよ。なかなか私には思い付かないことばかりだ』
慰めてくれるつもりなのか、にこやかに笑いながら言うコーゲンにそれ以上怒ることも出来なくて、昂也ははあ〜っと深い溜め息を付い
てしまった。
 『俺、普通の人間だしな〜。あの生意気な朱里って奴なら、絶対喧嘩しても勝てるのにさ』
 『・・・・・』
 『竜人相手なんて、何したら勝てるかなんてわかんないよ』
 ここが畳の上だったら、きっとひっくり返ってゴロゴロしたと思うが、硬い岩の上では身体を横たえることも出来ない。
(この世界は、俺を悩ませてもくれないのかよ)
思わず、神様と心の中で呟いた時、不意に大きな手が自分の頭をグリッと撫でてきた。
 『コ、コーゲン?』
 『いい案だな、それ』
 『え?』
 『それ、試してみようか』
 『は?何を?』
いったい、コーゲンが自分の言葉の何に引っ掛かってくれたのか全く分からないまま、コーヤは眉を寄せたまま首を傾げてしまった。



 『こらあ〜〜〜!!朱里ぃ、出てこ〜い!!』
 洞窟の中に響く声。
聖樹に叱られてふてくされたままの朱里は、響いてきた声に顔を上げた。
 「何だ?この声」
 「わけの分からない叫び声だな」
 自分の世話係として付いている者はまだはっきりとした日本語を理解出来ない。琥珀と浅葱でさえも、必要な単語以外は完全に
理解しているとは言えず、そんな自分の心境をちゃんと分かってくれのは聖樹しかいないのだが・・・・・。

 『朱里、いずれこの世界はお前のものになるが、今はまだ、お前という存在は異端の者だ。その地位を確実なものにするまでは、我
らの言う通りにしなさい』

 頭では分かっているのに、改めてそう言われて自尊心を傷付けられた朱里は、自分の言葉が分からない世話係りに向かってあたろ
うとしていた。
その時だ。とても丁寧とは言えない日本語に、朱里はしんなりと眉を顰める。
(これ、あいつか)
 力もないくせに、周りを数多くの者に守られ、チヤホヤされていた男。あの聖樹も、そして琥珀も、どうやら興味を持っているらしい。
自分は竜の血が流れ、特異な力があるからこそ求められる存在となったのに、何も無いあの男が周りの視線を集めるなどどうしても我
慢出来ない。
 『・・・・・っ』
(一度、痛い目に遭わせてやるっ!)
 殺さなければ、聖樹もそれほど怒らないはずだ。目的が出来た朱里は直ぐに立ち上がると、そのまま走り出す。
 「シュリ様!」
 「お待ち下さい!」
 『分からないんだよ!』
(止めるなら日本語で言え!)



 「あ、来た!」
 「うん」
 こちらに近付いてきた気配から、その人物が自分達が待っているはずの相手だと分かった江幻は、ここまでは想像した通りに進んだ
と思った。
 「コーヤ、打ち合わせ通りに、ね」
 「う、うん、頑張る」
考えた作戦が上手くいくかどうかは、コーヤの今からの演技次第だ。近付いてくる足音を聞きながら、江幻はその眼差しを真っ直ぐに
前に向けた。

 「煩いんだよっ、お前!」
 「い、いきなり怒鳴るなよなっ」
 「ここは僕の陣地なの!お前は人質なんだから、大人しく、小さくなってればいいんだよ!」
 「・・・・・」
(これは・・・・・コーヤよりも威勢がいい)
 コーヤの正の気とは質が違うものの、それでも、竜人には無い生命の輝きが見える。
この少年がどういう目的でこの世界にやってきたかを考えれば、色々と考えることはあるものの、それでもコーヤと向き合って思いのまま
言い合っている様を見るのは微笑ましかった。
 「お前っ、俺と歳変わらないだろっ?そういう命令口調、ムカツクんだけどな!」
 「歳は変わらなくても、僕とお前は価値が違うの!」
 「価値ぃ?なんだよ、それ!」
 「・・・・・」
(こらこら、自分まで本気になってどうするんだ、コーヤ)
 歳が近いせいか、コーヤが当初の目的を忘れて本当に喧嘩になりそうになったのに内心苦笑しながら、江幻は表面上は物々しい
表情で言った。
 「コーヤ、幾ら彼の言うことが虚言だとしても、私達は捕らわれの身なんだから低姿勢にならないと」



 『あ・・・・・』
(わ、忘れるとこだった)
 そのコーゲンの言葉で、朱里につられて本気になりそうだったことに気付いた昂也は、直ぐに気持ちを切り替えた。
 『そ、そーだけどさ、もしかしたら、本当にこいつ、変な力持ってたりするかも』
 『もしかしたらって、まだ疑ってるわけっ?』
 『だ、だって、元々お前だって人間だし、俺、その力っていうの見たことないし』
 『見せてやるよっ』
昂也の言葉に朱里は直ぐに手に力を溜めようとする。ボウッと淡い光が目に見えた時、昂也は慌てて言った。
 『こ、こんなとこで大きな力出したりすると危ないだろっ。お前、こっちに入って、俺の目の前で見せてみろよ』
 『その中?』
 『あ、今ここ、変なバリアみたいなのがあるから無理か』
 『無理なわけがない』
 ムッと口を尖らせたまま、朱里は手を差し出す。すると、パシッという僅かな音と共に、明らかな圧迫感が消えたことが昂也にも感じ
られる。
思わず隣にいるコーゲンを見ると、コーゲンも僅かに頷いてくれた。
(よし)
 ここまで来て、後は絶対に失敗は出来ない。だが、あまりに慎重にし過ぎたら他の者達が来てしまうので、その前に決着をつけなけ
ればならなかった。
 『じゃあ、目の前で見せてくれよ』
 『自分がどんなにつまらない人間なのか、僕のこの力を見て思い知るがいいよ』
そう言いながら朱里は洞窟の中に入ってくると、昂也の直ぐ目の前に立って右手の手の平を上に向けた。



 『・・・・・え?』

 一瞬、朱里は自分の身に何が起こったのか分からなかった。生意気な目の前の男に、自分がどんなに貴重な存在か知らしめよう
と力を見せ付けるつもりだった。
しかし、上にあげかけた手は、何時の間にか後ろへ回され、左手とまとめて何か紐のような物で縛られてしまう。
 『お、おいっ、何の真似だよ!』
 『何って、俺達がここから出るための人質?』
 『ひ、人質って・・・・・っ』
(この僕に何を!)
 加減などすることもなく、そのまま力をぶつけてやると思っても、なぜか少しも力が湧き上がってこない。どうしてと焦る朱里に向かい、
何時の間にか自分の直ぐ傍にいたにやけた男が、ごめんねとその場に合わない声音で言ってきた。
 『君の力、封じさせてもらったよ』
 『なっ・・・・・そ、そんなこと出来るわけがっ』
 『それが、出来るんだよねえ。私は神柔術(しんじゅうじゅつ)を操れるから』
 『神、柔術・・・・・?』
 『神官の修行をした者の中でも、特別な者だけが許された力なんだ。ふふ、そうは見えないだろうけど』
(・・・・・っ、そんな軟弱な見掛けしてっ、見えるはずないだろ!)
 『さてと、このまま聖樹達がいるところに行こうか』
(・・・・・逃げないのか?)
 自分を盾にしてこのまま逃げていくのかと思ったが、どうやらこの2人はそうではないらしい。聖樹と向き合えば、彼の力で倒されるの
は目に見えている・・・・・朱里はそう思い直し、顎を上げ、黙ったまま、2人を引き連れて歩き始めた。