竜の王様
第四章 勝機を呼ぶ者
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「紅蓮様、赤子達の出発の準備が整いました」
「同行者は白鳴だな?」
「いいえ、白鳴様はこちらで様々な指揮を執らねばならぬゆえ、今回の同行者は紫苑様と江幻様と蘇芳様に」
「何?」
衛兵の報告を受けた紅蓮は直ぐに立ち上がった。
「紅蓮様っ、どちらにっ?」
「一行はどこにいる」
「た、ただいま、裏門から裏の・・・・・紅蓮様っ?」
紅蓮は最後まで報告を聞かずに歩き出していた。その歩みは、半ば急ぎ足になっていたが、それを見咎める者はその場にいなかった
し、紅蓮としても走らないでいるだけマシだと思っていた。
(江幻と蘇芳が動くと?あ奴らにいったい何の利点がある?)
江幻はともかく、元々自分に、いや、この王族に対して不満を持っているであろう蘇芳が、簡単に竜人界の為に動くとは思えない。
むしろ、敵方として相手の方側に付く方が、その思惑がはっきりと分かってすっきりとするのだが・・・・・。
「・・・・・コーヤ、か?」
(あれが関係しなければ動くはずが無い)
今の衛兵の報告の中にはコーヤの名前は出てこなかったが、きっと同行者の中にコーヤも含まれているのだろう。
「・・・・・っ」
自分の許可無く勝手に動くことなど、所有物であるコーヤにそんな自由など無いはずだ。
早速止めに行かなければと、紅蓮は旅立ちに利用するであろう裏山へと急いで向かった。
『いーか、青嵐、大人しくしてろよ?』
昂也は既に抱くのも大変だと思うほどになった青嵐を腕に抱いてそう言い聞かせていた。
今回離宮に向かうのは、この青嵐と8人の赤ん坊達。そして、20人の少年神官だ。
(あの竜の大きさなら全員楽勝で乗れるけど、つかまるとこ、あるのかな)
以前、昂也が何度か竜の背に乗った時、それはいずれも頭に近い場所で、ちゃんと落ちないように触れていればいい鱗があった。そ
れは、頭部だけではなく、他の部分にもちゃんとあるのだろうか?
「おい、いいのか?」
「スオー」
「コーヤ、お前は俺に乗れよ?」
『スオー、ちゃんと皆を運んでよ?俺は、今回シオンに乗るんだ。シオンがどんな竜になるのか、楽しみ』
今回はスオーとコーゲンだけでなく、シオンも竜に変化して同行してくれると言うので、昂也は絶対にシオンに乗せてもらおうと思って
いた。どうせならば、色んな竜に乗ってみたい。
『じゃあ・・・・・行く?』
裏山の頂上の開けた場所には、8人の赤ん坊を抱いた少年神官達と、自分と、コーゲン、スオー、シオンが立っている。
龍巳とアオカも見送りに来てくれると言ったのだが、アオカの体調を考えるとこの山に登るのは無理だと思ったし、どうせ、無事に彼らを
送り届けたらここに戻ってくるのだ、二度と会えないわけではないと説得して、既に建物の中で出発の挨拶は済ませた。
『えっと、まず、変身してもらわなくちゃいけないんだっけ』
そう言いながら、昂也がコーゲンに視線を向けた時だった。
「コーヤ!」
『え?』
いきなり名前を呼ばれ、昂也は慌てて振り向いた。
「コーヤ!」
突然現れた紅蓮の姿に、蘇芳も江幻も驚くことは無かった。いや、多少は意外に思ったこともある。
自分達の出発のことは当然紅蓮に報告が行くと思っていたし、その中にコーヤや自分達が含まれているということも聞くだろう。しか
し、実際にここまで後を追ってくるとは・・・・・五分五分に考えていた。
(ここまでコーヤに執着をしている・・・・・そう考えてもいいのか?)
「・・・・・」
そう思った江幻は、自分の隣の空気が揺れるのに気付き、直ぐに片手で押さえた。
「ここで争うな」
「ん〜?そんなことするわけ無いだろ?」
「そうは見えないんだが」
「あっちが所有権を主張するんなら、こっちは親密度を見せ付けておこうと思ってな。お前、俺と対立する気が無いんなら、黙って見
ておけばいい」
「蘇芳・・・・・」
色恋沙汰に今まで本気にならなかった男が見せる真剣な顔。江幻もそれ以上は何も言えず、紅蓮へと近付いていく蘇芳を見送る
しかなかった。
『あれ?グレン、見送りに来たのか?』
言葉は再び分からないものの、とぼけた表情で、何の警戒心も怯えも無く自分を見て何か言うコーヤは、きっととんでもなく暢気な
ことを言っているのだろうと想像はつく。
紅蓮はここまで必死に急いで歩いてきた自分の行動に羞恥を覚え、その反動のようにコーヤを睨みつけた。
「私はお前に王宮の外に出る許可は与えていない。戻るぞ」
『え?何?』
「・・・・・来いっ」
言葉で言っても伝わらないのならば、そのまま行動に移した方が早い。
そう思った紅蓮はコーヤの腕を(赤ん坊を抱いたままだったが)掴み、そのまま下山させようとした。
「紅蓮」
「・・・・・」
「何無視してるんだ?お前の名前を呼んでいるんだけどな」
「・・・・・何用だ」
無視をしたところで、この男は構わずに言葉を投げつけてくる。それならば早々に相手をしてやった方が早いと、紅蓮はコーヤを捕ら
える手はそのままに、視線を蘇芳に向けた。
「俺達は今から離宮に飛んで行くんだ。よく考えろ、紅蓮。お前に何の恩も感じず、尊敬の念も抱いていない俺達が、どうしてこん
な使いっぱしりのようなことをすると思っている?」
「・・・・・お前も、竜人としての自覚があったということだろう」
「はははっ、お前、少しは冗談も言えるようになったのか」
言下に自分を切り捨てるようなことを言うと思った紅蓮の意外な返答に、蘇芳は思わず笑ってしまった。
(ここで俺達を切れないのは・・・・・やはり、聖樹のことがあるからか)
以前、前王に対して反旗を翻した聖樹は、当の新王として名をあげた自分の息子に裏切られて、そのまま追放されるということに
なってしまったが、もしも、息子・・・・・蒼樹が裏切ることがなければ、もしかしたら事態はかなり変わっていたかもしれないと聞いたこと
がある。
それ程に聖樹は知略に長けた優秀な武人であり、彼が再び王家に対して反意を示すのならば、以前よりももっと苦しい戦いにな
るかもしれない。
(その為には、1つでも多くの材料は手にしておきたいものだろうしな)
蘇芳は、もちろん紅蓮の為に動くつもりは無い。自分がここにいるのはあくまでコーヤの存在だけだ。コーヤがいなければ、自分は紅蓮
に手を貸すつもりは毛頭無かっただろうし、それは江幻にもいえることだと思う。
(ここまで来たら、簡単に逃げられるとは思わないが、それでも言うべきことは言わせてもらう)
「お前の行動は矛盾している」
「何?」
「人間を厭い、コーヤも自分の所有物だと言いながら、なぜお前は自ら動く?自分の手の中にあるものに対して、全て自信が無い
ようにさえ思えるな」
「・・・・・っ」
紅蓮のするどい眼差しを真正面から浴びても、蘇芳は全く動じることは無い。目の前にいるのがこの世界の王子だと、いや、次期
王であるということも全く関係なかった。
「俺にお前の威光は通じない。それと同じ様に、コーヤにもお前の威光は全く意味の無いもののようだな」
蘇芳はそこまで一気に言うと、ふんっと鼻で笑ってみせた。
早口なので、何を言っているのかは昂也には全く分からないものの、自分の直ぐ傍にいる紅蓮の気配は剣呑としているし、対峙し
ている蘇芳の顔も・・・・・。
(なんか、すっごく人相が悪いんだけど・・・・・)
普段から人を茶化したような言動をする蘇芳だが、紅蓮に対しいてはそれが顕著だ。
今も、多少余裕があるふうな蘇芳と、怒りを耐えているような紅蓮と、何だか対照的で、昂也は2人の顔を交互に見ているしか出来
なかった。
だが・・・・・。
『こー』
「あ」
腕に抱いた青嵐の存在を思い出し、続いて、不安そうな眼差しでこちらを見ている江紫達の姿に気付いた。
『ちょ、ちょっとっ、急がないと!』
「・・・・・コーヤ」
昂也は自分の腕を掴んでいる紅蓮の手を、身体を揺すって離そうとしながら言った。
『急がないとっ、何があるか分かんないじゃん!』
「・・・・・」
『俺に用があるなら、戻ってきたら聞くからさ、なあっ、これ、離してってば!』
重たい青嵐を抱いていては、自由に動けない。口で頼むしかない昂也は、ねえってばと何度も紅蓮に懇願した。
「紅蓮様、私も同行致しますので、コーヤは必ず連れ帰って参ります」
「・・・・・紫苑」
「先ずは、この赤子達の避難を優先させていただけないでしょうか」
明らかに正論を言う紫苑に、紅蓮も何も言えなかったらしい。それでも一瞬逡巡するように黙っていたが、やがてコーヤの腕から手を
離した。
細いその腕には、きつく掴まれた痕が痛々しく残っているものの、紫苑はそのことに触れることなく紅蓮に頭を下げる。
「それでは、紅蓮様」
「・・・・・」
「しばし、王宮を不在に致します」
「・・・・・頼むぞ、紫苑」
「はい」
もう一度頭を下げた紫苑は、そのまま紅蓮の横に立っているコーヤの背中を軽く押し、ゆっくりと歩き始めた。
「シオン?」
「コーヤは何も心配しなくても良い」
背中に紅蓮の視線を感じながら、先ず紫苑は蘇芳に向かって苦笑を浮かべてみせた。
「申し訳ありません、ここは引いていただけないでしょうか」
「・・・・・」
「スオー」
「・・・・・仕方ない。ここで紅蓮と言い争っていても、何の意味も無いしな」
ある意味、紅蓮よりも理性的な蘇芳は直ぐにそう言って、変化をすべく歩き出してくれる。もちろん、それが自分の隣にいるコーヤの
存在の為だとも分かっているが・・・・・。
(一先ず、王宮を離れよう)
その間に黒蓉が紅蓮に自分への疑いを報告するかどうか・・・・・多分、あの男は、自分が不在の間にそのような卑怯な真似はし
ないだろう。
紅蓮に忠誠を誓い、彼の為ならば命を落とすことさえ厭わない男は、その実、情に厚いということもよく知っている。自分の仲間に対
して、まだ疑いの段階である今は、きっと動こうとしても動けないだろうと思った。
「さあ、離宮へと参りましょうか」
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