竜の王様
第四章 勝機を呼ぶ者
22
※ここでの『』の言葉は日本語です
『やっぱ、何度乗ってもサイコーな眺めだよな〜』
頬に当たる風を感じながら、昂也は少し楽しくなった。
一応碧香にはそちらに向かっているということを伝えて(なぜか、すごく驚いた様子だったが)、一安心したということもある。
『なんだか、自分が空を飛んでいる感じだもんな』
『・・・・・お前、煩い。ここから突き落としてやろうか』
『俺が落ちるはずがないだろ。落ちるんならそっちの方』
『・・・・・生意気』
『どっちがだよ』
ふんっと顔を逸らす朱里に、昂也は呆れたように言った。
ここがまだ相手方・・・・・朱里の味方の陣地内ならばこちらの方が不利だが、今はコーゲンが変化した竜の背中に乗っているのだ。
どちらが有利なのか考えるまでもないと思うが、どうやら朱里の俺様気質は全くOFFにはならないようだ。
(ホント、よくこいつ付いてきたよな〜)
昂也は改めてそう思う。もちろん、そう仕向けたのは自分達の方だったが、それに同意した聖樹も、そして意外に素直に付いて来た
朱里も、いったい何を考えているんだろうかと、改めて先ほどまでの出来事を回想した。
朱里を拘束した昂也とコーゲンは、そのまま洞窟の中を歩いた。
『迷わない?』
『大丈夫。気配を探れば、ちゃんと力のある者に辿り着くから』
朱里の手を縛っている紐(コーゲンの髪を縛っていたものだ)を持ったまま暢気に言うコーゲン。少し頼りない感じもするが、仕事の素
早さを見れば任せた方がいいかなとも思っていた。
『でもさ、どうやったら俺達逃げられると思う?赤ちゃんみんなを抱いて逃げるなんて大変だと思うけど」
『そうだねえ。せめて後2、3人の手が必要だけど、こんな所で私達の協力者を捜す方が大変だろうねえ』
『せっかく、争いごとから守るために連れ出したのに・・・・・』
『それは、大丈夫だと思うよ、コーヤ。この世界の者にとって、赤ん坊は共通の未来の財産。あの子達の中に紅蓮の子供がいたとし
たら話は違うだろうけど、今の状態だったらあの子達の安全は安心していいものだと思う』
『ふ〜ん』
確かに、あの赤ん坊達はもう孵化をしないかもしれないという段階まで来ていた者達だ。血筋などは全く関係なく、せっかく助かった
命を大切にしようという意識は、今ほとんど子が生まれないこの世界にとって敵味方両方の共通認識のようだ。
それならばそれで安心だが、そうすると自分達はどうだろうと改めて考える。
グレン側(それもちょっと考えてしまうが)で、こうして牢(格子は無かったが)破りをしてしまった自分達を、このままやすやすと見逃してく
れるとはちょっと考えられない。
『コーゲン、何かいい案ある?』
『・・・・・多少、悪人になればね』
『え?』
『任せておきなさい。あそこを出るヒントはコーヤが考えてくれたんだから、ここから逃げ出す案は私が考えてみるから』
そう言ってウインクをするコーゲンを、昂也は胡散臭そうに見てしまった。
(本当に大丈夫なのか?)
少し歩いて・・・・・その間誰にも会うことも無く、昂也達は開けた場所に着いた。
(ここ・・・・・連れてこられた時に・・・・・)
『なかなか、面白いことをするな、江幻。それほど命が惜しくないかのように見える』
『!』
(い、何時の間に・・・・・っ?)
四方に伸びる道の1つから姿を現したのはセージュだった。いや、セージュ1人だけではなく、その後ろでコハクとアサギも、僅かな驚きと
警戒の表情でこちらを見ていた。
『・・・・・朱里、お前は自分の愚かな行動で、私達の作戦を狂わせたということの自覚はあるのか?』
『聖樹・・・・・っ』
『感情だけで動いていては、とても竜王としてこの世界を治めることなど出来ないぞ』
『・・・・・っ』
自分の直ぐ隣で唇を噛み締める朱里。
逃げ出してきた自分達にではなく、先ず朱里にその行動の是非を問い掛けるセージュの余裕が怖くて、責められる朱里が心配で、
思わずその腕を掴んでしまう。
朱里も、昂也の手を振り解くことも出来ないまま、小さな声でごめんなさいと謝った。
『それは、何に対する謝罪だ?』
『・・・・・聖樹達に、迷惑を掛けた・・・・・こと』
『後で後悔するのなら、行動する前によく考えなさい』
大きな声で叱るのではなく、それでも十分威圧的な雰囲気でそう言ったセージュは、ようやく眼差しをこちら側(コーゲン)に向けてうっ
すらと笑みを浮かべた。
『我らの王の解放の条件を聞こうか』
『頼みごとは2つ。1つは、私達と共にここに連れてこられた赤ん坊達の安全。まあ、これは改めて言うことも無いだろうけど』
『・・・・・もう1つは』
『私達の解放。大丈夫、向こうがここを攻撃することはない。このまま、赤ん坊達がいる限りね』
『ちょっ、コーゲン!』
何を言うんだろうと昂也は焦った。このままここに赤ん坊達を置いて行ってしまえば、自分達が何のためにここまで同行してきたのか
分からない。赤ん坊達を無事に助ける為に、大人しくしていたはずの意味が全く無くなってしまう。
『まあ、落ちついて、コーヤ』
コーゲンは昂也の焦りの理由を分かっているのか、何時もの穏やかな笑みを崩すことも無くそう言うと、じっとこちらを見ている聖樹に
さらに続けて言った。
『でも、赤ん坊もいない私達を攻撃することに躊躇いは無いだろうから、一応人質をもらっておこうかな』
『・・・・・』
『この子、もちろん命の保障はしておくよ。私も子供に手を掛けるつもりは無いしね』
そう言いながらコーゲンが眼差しで指したのは・・・・・朱里だった。
コーゲンの発言の瞬間、アサギが一歩足を踏み出し、コハクが鋭い眼差しを向けてきたことに昂也は気付いた。
何かされるかもしれないと思い、思わず朱里を庇うようにその身体を抱きしめたが、セイジュは片手を上げて2人を制するような仕草を
すると、コーゲンに向かって口角を上げた。
(う、うわ・・・・・笑ってるよ〜)
『面白いことをいうな、江幻』
『そうかな』
『・・・・・朱里、しばらくあちら側にいなさい』
『聖樹!!』
まるで、親から引き離されそうになる子供のような悲痛な声を出す朱里に、聖樹は支配者となる者としての威厳を保つようにと言っ
た。
『数日、あちらにいるだけだ。その間、自分の信奉者を増やすくらいの気概を持ってもらわなくては困る』
『でっ、でもっ、僕!』
『憂うことはない。お前には私の術が掛かっている。お前の身体が危険に晒されれば、その瞬間、お前の潜在能力が全て発揮さ
れ、それこそこの竜人界は取り返しのならない事態になってしまうだろう。・・・・・分かっているだろうな、江幻』
『・・・・・そちらの力は分かっているつもりだよ』
『こちら側としては、お前達よりもあの赤子達に人質としての価値があると思っている。足手まといになる者は、早めに切り捨てた方
がいいだろう』
『・・・・・っ』
(お、俺?)
セイジュの眼差しが自分に向けられていることに気付き、本当は目を逸らしたかったが昂也は怖いもの見たさで・・・・・思わず目を
合わせてしまう。目を逸らさない昂也に、セージュはなぜか楽しそうに目を細めた。
『・・・・・人の上に立つ者に、血の濃さは関係ないのかもしれないな』
(あの時は、絶対に袋叩きに遭うと思ったけどな〜)
コーゲンの突拍子の無い申し出に、どういうわけだかセージュが同意したことには驚いたが、そのセージュの言葉に朱里が素直に頷
いたことにも驚いた。
昂也が思っている以上に、朱里のセージュへの信頼感は強いというか・・・・・。
(どっちが偉いのか分かんないよな)
『・・・・・』
『・・・・・』
『・・・・・』
(気まずい・・・・・)
美少女のように綺麗な朱里の横顔。竜の鱗に昂也が片手で掴まり、もう片方の手で朱里の腰を抱いているのだが、あまり体格の
良くない自分が華奢だと思うほどに、朱里は細くて小さい感じがする。
(・・・・・ちゃんと、約束を守らないと)
幾ら敵対する関係とはいえ、自分よりも弱い者(朱里の方が力があるのだが)守らなければならないと、昂也は自分自身にそう誓っ
て前方を見据えた。
(・・・・・切り捨てたわけじゃないだろうな)
2人を振り落とさないように、それでも全速力で飛びながら、江幻は王都を目指していた。
自分の申し出が無茶なことだというのは分かっていたし、容易に受け入れてもらえるものとは思わなかったが、意外にも、聖樹は同意
し、自分達の大切な竜王候補をこちら側に預けてきた。
それは、この少年に自分達が手を出せると思わない自信からか、それとも・・・・・切り捨てたのか。
江幻が知っている聖樹という男は、紅蓮よりも、いや、紅蓮が遥か及ばないほどに冷酷な男だ。わざわざこの少年を救いに来るとは
思えなかった。
『・・・・・』
『・・・・・』
背中で、コーヤが少年を気にしている気配を感じる。
もしかしたら、それはとても愚かなことかもしれないが、江幻はそんな優しいコーヤを気に入っているし、この少年もコーヤと接することで
気持ちが変化してくれればいいと思う。
『寒くは無いか?』
竜に変化しているため、少しくぐもった声になってしまったが、コーヤの耳にはきちんと届いたらしい。
『だいじょーぶ!なっ?』
『・・・・・』
『おいって、聞いているんだからさっ』
『僕はお前と違って繊細なんだよ!寒い!寒い!寒〜い!!』
『ちょ、ちょっと!』
もしかしたら心細さや不安を打ち消す為か、コーヤに対しては少年は強気で我が儘だ。そんな2人の掛け合いを背に感じながら、微
かに見えてきた王都の影に、江幻はさらに速度を上げた。
『2人共、もう直ぐだよ、』
![]()
![]()
![]()