竜の王様
第四章 勝機を呼ぶ者
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※ここでの『』の言葉は日本語です
(ホントに、何考えてるんだよっ、スオーは!)
今は結構切迫した状況のはずで、昂也自身、スオーの無事な姿を見て心底ホッとした。だから、お互いの無事を喜び合うように抱
擁にも応えたが、それ以上のこと・・・・・キスなんて、とんでもない話だ。
(ここには、俺を嫌いなグレンやコクヨーもいるのに、何言われるか分かんないじゃん!)
本当は大きな声で文句を言いたいところだが、言うとまた余計なことを言いそうで(その自覚はある)、昂也は口を引き結んだまま笑
いながら話しているスオーとコーゲンをじっと見た。
『おい』
『・・・・・え?』
不意に、昂也はドンと後ろから足を蹴られた。それ程に力は無いが、いきなり何だと振り向いた昂也は、眉を顰めたまま自分を見て
いる朱里に言う。
『おい、人を蹴るなよ』
『・・・・・お前、ホモ?』
『・・・・・は?』
『今、男とキスしてただろ。お前、あいつと付き合ってんの?』
『ば、馬鹿!』
確かに自分達の世界では男同士でキスをするなんて罰ゲーム以外ありえず、それ以外の関係で考えれば恋人同士なのだろうが、
自分とスオーにその関係が当てはまるわけがなく、変な誤解は止めて欲しい。
『あれは悪ふざけなんだよっ』
『・・・・・ふ〜ん』
あまり納得していないような朱里の雰囲気に、さらに言葉を続けようと思ったが、言えばいうほど墓穴を掘りそうな感じで・・・・・昂
也は無視するのが一番だと朱里から視線を剥がす。
すると、新しく向けた視線の先には、難しい顔をしたグレンとコクヨーが立っていた。
(うわ・・・・・)
蘇芳がコーヤに口付けをした時、紅蓮の胸に湧き上がってきたのは怒りだった。
自分のものに手を出された怒り。最初に自分を見なかった怒り。相変わらずのコーヤの態度に、怒り以外の感情を抱くことは難しかっ
た。
「・・・・・」
「あ・・・・・グレン」
少し、様子を伺うような、コーヤにしては大人しい態度。
しかし、それが返って紅蓮の神経を逆撫でする。蘇芳との関係を隠すために、わざと自分に対して媚びているような感じがしてしま
い、
「お前だけが戻ってきても意味は無い」
「・・・・・っ」
本当はもっと別のことを言おうと思っていたが、そう赤ん坊達の不在を責めていた。
「ご・・・・・めん、本当は連れて帰ってきたかったんだけど・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・ごめん、全部言い訳だよな。ほんとうに、ごめんなさい」
コーヤは素直に謝罪し、紅蓮に対して頭を下げてきた。
コーヤならば何か言い返してくるのではないかと思っていた紅蓮は、その反応に内心戸惑ってしまったが、それを表情に出すことが出
来ない。
すると、そんな2人の会話を聞いていたらしい江幻が、コーヤの隣に立って頭を下げた。
「紅蓮、今回のことはコーヤではなく私が判断したんだよ。責められるのはコーヤではなく私の方だ」
コーヤの肩を支えるように抱くコーゲンと、明らかにその出現にホッとしたように表情を緩めたコーヤ。この2人には確かな絆があることが
それだけでも分かり、さらに面白くない。
ただ、ここで普段の自分とあまりにも違う態度をとってしまうと、江幻に・・・・・いや、蘇芳に後々煩く追及されるだろうと思い、紅蓮
はそのままコーヤに向かって言った。
「早急に今回の報告を聞こう。後・・・・・お前達が連れてきたあれに対してもな」
聖樹が次期竜王だと押しているくらいの存在を、たった2人で(コーヤはほとんど役立っていないと思うが)連れ去ってきたのにはわけ
があるだろう。
もう、時間は無い。今回の騒動に早急に決着をつけるためにも、一刻も無駄には出来なかった。
ここでは、自分の言葉が通じる。同じ日本人もいる。
しかし、全てが自分にとって敵だという環境は初めての経験で、朱里は内心自分がどうなるのかと心配でたまらなかった。
(聖樹は絶対に大丈夫だと言っていたけど・・・・・)
『お前には私の術が掛かっている。お前の身体が危険に晒されれば、その瞬間、お前の潜在能力が全て発揮され、それこそこの竜
人界は取り返しのならない事態になってしまうだろう。
聖樹は、強い。不思議な力を持っているという事実を別にしても、朱里はあんなにも強い意志の人物には会ったことが無かったし、
彼には絶対に敵わないだろうとも思う。まだ知り合って1年にも満たない相手を、どうしてこんなにも信頼出来るのかは分からないが、
朱里にとって聖樹という存在は絶対で最強の人だった。
そんな彼がそう言うのだから安心してもいいとは思う。思うのだが、同時に、彼はこんな言葉も同時に言っていた。
『足手まといになる者は、早めに切り捨てた方がいいだろう』
(俺は、足手纏いなんかじゃないっ。俺は、聖樹が望んでいる竜王なんだからっ)
未練が無いとはいえ、自分の家族を捨ててまでこの世界にやってきたのは、自分の価値を見出してくれた聖樹に応えるためだ。それ
程に自分が気持ちを寄せている聖樹が、自分を見捨てるわけが無い。
(このまま、中から僕がこいつらを倒していってやるっ)
朱里はなめられないように顔を上げると、後ろ手を縛られた格好でも堂々と歩き始めた。
(何だか、健気だねえ)
周りの者全てに負けまいとしているシュリと呼ばれる人間の後ろ姿を見ていると、江幻は何だか大人である自分達が苛めているよう
な気分になってしまう。
聖樹達に対しては多少思うことがないわけではないが、たった1人で敵側に連れてこられた(そうしたのは自分だが)子供の精神を落
ち着かせるためにも、自分が責任を持って世話をしなければならないかと思った。
「手、外そうか?」
「・・・・・っ」
いきなり声を掛けたつもりは無かったのだが、少年にとってはかなりの驚きだったのだろう。ビクッと少し後ずさって、その後に大きな目
で睨みつけていた。
コーヤとほとんど変わらないような年恰好ながら、容姿でいえば確かに鑑賞出来るほどに美しい。ただ、江幻にとって見ていて楽しい
のはコーヤで、彼の方を好ましく思ってしまうのは・・・・・。
(もう、身贔屓なのかもしれないなあ)
「痛いだろう?」
「・・・・・お前がしたくせに、何を今更・・・・・っ」
「ん〜、だから、痛いかと思って」
「当たり前じゃないか!」
吠える声も勢いはあるものの、その中には自分に対する警戒心の色も濃い。
もちろん、江幻にとっては何ということも無く、少年の身体を抱きとめ、そのまま後ろ手に縛っていた紐を解いた。術を掛けていたので簡
単には取れないが、それと同時に痕が付くほどの痛みも与えていないはずだ。
「見せて」
ずっと後ろに腕を回していたので、身体が強張ったままらしい少年が、ギクシャクとしながらも腕を差し出してみせる。
動いたせいか、少しだけ赤い線のような痕があったので、江幻はそっと一撫でしてそれを癒してやった。
「痛みは?」
「・・・・・ない」
「それは良かった」
にっこりと笑って言うと、少年はじっと江幻の顔を見て・・・・・唐突に聞いてきた。
「あんた、馬鹿?」
「え?」
「これだけの力があるのに、そんな風にヘラヘラとしてさ」
「これは元々の顔だからね」
全く人を気遣うことも無く言葉をぶつけてくる少年。人によってはその物言いが気になるかもしれないが、江幻にとっては小気味良く思
うだけだ。
なかなか面白そうな人材で、別の出会い方をすれば良かったかもと思ったものの、考えればまだ全然遅くはないはずだ。子供は育
つ環境によって変化していくものだと思いながら、江幻は少年の背中を軽く押して下っていくのを促した。
「本当に、昂也が無事で良かった」
「心配掛けたみたいで、ごめんな、アオカ」
王宮に向かって山を下りながら、昂也はそう言って頭を下げた。
もちろん、心配掛けたくてそうしたわけではないが、結果的にそう見えれば同じことだ。そう思っての昂也の行動だったが、アオカの方も
昂也がこんな目に遭ったのは自分のせいだと思っていたらしい。
「いいえ、昂也。あなたは十分以上に私達に協力をして下さっている。私と入れ替わりにこちらの世界にあなたが来てくださったこと
は、本当に幸運だと思うしかないでしょう」
「アオカ・・・・・」
「こんなことになってしまい、本当に申し訳ありません。ですが・・・・・昂也、今の私達にとってはあなたの存在はとても大切なものな
のです。危険が無いように絶対に守りますから、どうか今しばらく私達に力をお貸し下さい」
アオカに言われるまでも無かった。昂也自身、ここまで係わって何も知らなかったと逃げることは出来ないし、自分で出来ることは何
かしたいと思っている。
きっとそれは、自分の相棒である・・・・・。
「な、トーエンもそう思ってるよな?」
「ああ」
「ほら、な、安心しなって」
何の根拠も無い言葉だが、それでもアオカにとっては心強い言葉だったのか、昂也と龍巳に向かって少しだけ笑みを向けた。
協議をする為に、密室に集まったのは紅蓮を筆頭に、碧香、黒蓉、白鳴、浅緋、蒼樹、江幻に蘇芳。
そして、本来はこの世界にいないはずの3人の人間、コーヤ、タツミ、竜王候補の少年。
「江幻、先ずはお前の話を聞こう。あちら側の状況は」
そう切り出したのは紅蓮だった。とにかく、現状を知らなければ何も始まらないということがよく分かっているからだ。そして、その紅蓮の
思いを十分理解出来ているはずの江幻は、何時ものように煙にまくのではなく、知りうる限りのことを話す。
しかし・・・・・。
「でも、それくらいしか分からないんだ」
コーヤと共に一箇所に留められた江幻は、さすがに隅々まで目を配ることは出来なかったらしく、感じ取れる気などで大体の人数と
相手の力の大きさを推測するしかなかったらしい。
「では、大きな力を持っているのは、聖樹と、あの2人くらいしかいないんだな?」
「あの場所にはね」
紅蓮はその言葉に一瞬目を閉じ、続いて、江幻の背中に隠れるようにして座っている人間の少年を見た。
聖樹の一番近くにいたはずのこの人間ならば、あちら側の弱点も、強みも、全て分かっているはずだ。罪人に対するような拷問をす
れば、こんな子供のような人間は直ぐに口を開くだろうとは思う。思うが・・・・・。
(こんな子供相手に、私はそこまでしなくてはならないのか・・・・・?)
自分の去就がかかっているとはいえ、明らかに自分よりも弱い立場の相手を、それも子供を責めることは出来ない。それは、次期
竜王としての紅蓮の矜持でもあった。
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