竜の王様
第四章 勝機を呼ぶ者
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※ここでの『』の言葉は日本語です
どうしてこういうことになってしまったのか・・・・・。
昂也はいきなりコクヨーに押し倒され、情けないが身の危険を感じてしまった。泣きたくは無いが、泣きたいほどに怖くて、どうして自分
がこんな目に遭うのだと運命を呪いたくて・・・・・しかし。
(・・・・・え?)
コクヨーが服を引き裂いた瞬間、なぜかパシッと高い音がして、コクヨーが反射的に手を引いた。
いったい、何があったのか、昂也は分からない。ただ、コクヨーの傍から逃れようと、ジリジリと尻で後ろに下がったが、コクヨーの碧い瞳は
まるで恐ろしいものを見るように自分に向けられている。
(いったい・・・・・え?)
その時、昂也はようやく自分の身体が金色に光っていることに気が付いた。
『え?え、俺?』
どうして自分がこんな光に包まれているのか・・・・・一瞬、ここがまた別の世界なのかと思ったが、目の前にコクヨーがいるのでそれは無
いだろう。だとすれば・・・・・そう考えた時だった。
《コーヤをいじめるな!》
頭の中に、甲高い子供の声が響く。
『な、に、今の?』
思わず顔を上げ、コクヨーを見た昂也は、コクヨーも空を見ていることに気付いた。今自分の頭の中に聞こえた声は、きっとコクヨーにも
聞こえたはずだ。
「コクヨーッ、いま!」
「・・・・・」
「いま!ねっ?」
コクヨーは昂也に視線を向ける。その目の中に先ほどまでの思いつめた暗い激情は消えているようで、昂也は内心深く安堵の息を
つきながらも、頭の中の声に向かって呼びかけてみた。
(青嵐っ?青嵐なのかっ?)
「コーヤッ?」
シュリの言葉で直ぐにコーヤの姿を捜していた江幻と蘇芳は、その気配を辿って(この世界ではコーヤの明るい気はとても目立つ)あ
る部屋にやってきた。
緊急事態だとそのまま強引に扉を開けると、その場にいたのは呆然と立っている黒蓉と、床に座り込んでいるコーヤ。
コーヤの服は上半身が破られていて、今ここで何が行われようとしていたのかを如実に知らせてくれていたが、それ以上に2人が驚い
たのは、コーヤの身体が金色に光っていたことだった。
「これは・・・・・」
呆然と江幻が呟くと、蘇芳はつかつかと黒蓉に歩み寄り、その服の襟元を掴んで荒々しく揺さぶった。
「コーヤに何をしたっ?」
「・・・・・」
「これはどういった状態でなったんだっ?」
何度も身体を揺さぶっていると、ようやく黒蓉の眼差しが蘇芳に向けられた。しかし、それは何時もの刺々しいものとは違う、どこか呆
然とした頼りないものだった。
「・・・・・分からない」
「分からないだと?」
「私がコーヤを抱こうとした時、いきなりこういう状態になった。これは・・・・・以前も、同じ様なことがあった。その時も私はコーヤを問
い詰めていて・・・・・現れたのは・・・・・」
ドンッ!!!
「・・・・・っ」
黒蓉の説明の途中で聞こえた大きな音。続いて、何か重いものが崩れるような音が聞こえ、それに一番に反応したのはコーヤで、
肌が見える痛々しい姿などものともせず、そのまま部屋を飛び出した。
「コーヤッ!」
それに遅れまいと蘇芳と江幻も後を追い、一番最後に黒蓉も部屋の外へと出る。
廊下に出た瞬間に一同の目に映ったのは、崩れた城壁と薄暗い空と・・・・・。
「金竜・・・・・」
雄々しく空を飛ぶ、金色に輝く1匹の竜の姿だった。
「・・・・・っ」
凄まじい衝撃と音に、話し合いを続けていた紅蓮達もいっせいに立ち上がった。
「来襲かもしれんっ、至急配備につけ!」
「はっ!」
直ぐに部屋を飛び出していった浅緋と蒼樹。紅蓮はそこでようやく欠けていた者達の姿に気付いた。
(コーヤッ?)
「白鳴、この人間を見張っておけ!敵側と連絡を取らせないようにしろっ」
「はっ」
「そこの人間!」
白鳴に人質である人間の少年のことを言うと、紅蓮はそのまま碧香と共にいるもう1人の人間の男を見た。
コーヤや、人質の少年と比べれば、はるかに身体も出来ているし、力もある程度はある。ここに残るのが白鳴だけだという状態に、こ
の人間の力も借りねばと思った。
「碧香を守れ!その命を賭してな!」
これまでの紅蓮ならば、たとえそこにどんなに能力的に優れた人間がいたとしても、大切な弟である碧香を任せることはしなかった。
いや、ここにいる白鳴に碧香の身辺の警護を頼み、人質の人間は邪魔だと地下牢に閉じ込めていただろう。
誰かの、いや、人間の力を借りようとする自分が正しいのかどうかはまだ判断がつかなかったが、碧香を守るのはこの人間しかいないと
思えるほどには、紅蓮はこの人間の碧香に対する思いを認めざるをえなかった。
『碧香っ、いったい何があったんだっ?』
いきなりの衝撃に、グレンが素早く命令を下したかと思うと、突然自分に視線を向けてきて、鋭い口調で何かを言った。
そして直ぐに部屋を出て行ってしまったので、龍巳は何が何だか全く分からない状態だ。
(さっきまではこちらの言葉も聞き取れていたけど、昂也とあの人達がいなくなってから全く分からない状態だし・・・・・)
そして、何より今の音は何なのか、龍巳も自分の目で確かめたいという欲求にかられてしまった。
『兄は、私のことを東苑に頼むと・・・・・あの兄が、そんな風に言うなんて・・・・・』
『え?おかしいことなんてないだろ?俺は碧香を守りたいってずっと言ってきたんだし』
『え、え、でも、それを兄が受け入れるとは、今までならばとても考えられなかった』
『今までなら?』
(相当な人間嫌いとは聞いていたけど、それと関係あるのか?)
碧香は兄の変容に驚きを隠せないようだったが、龍巳は外の出来事に意識が向いてしまう。
(あいつらが来たのか・・・・・?)
碧香と共にセイジュ達の力を目の当たりに見ただけに、龍巳の緊張は否が応でも高まってきていた。
何時の間にか会議の場から姿を消していたコーヤ。
いや、コーヤだけではなく、そこには江幻も蘇芳も、そして、なぜか黒蓉の姿もなかった。皆がどこに行ったのかは見当がつかないもの
の、紅蓮の足は大きな音がした方へと向けられる。
他の3人は力もあるので大きな心配は無いが、コーヤは、あの人間だけは、自分が守ってやらなくてはならないほどに非力な存在
なのだ。
(全くっ、勝手にうろつきおって!)
自分の傍にいれば何の心配も要らないものを、コーヤは何時も勝手に動き回り、何時の間にか周りに仲間を作っている。
あの時も・・・・・角持ちと共にこの王宮を出さなければ江幻と蘇芳と出会うこともなかったのに・・・・・今更ながらそう思ってしまうことは
止められなかった。
「・・・・・っ!」
(こっちか!)
凄まじい力が近付いてきているのを感じる。
紅蓮は途中窓の外を見て、思わずあっと声を漏らしてしまった。
「金の竜・・・・・」
薄暗い空でもはっきりと見えるほどに輝いている金の竜。それが、角持ち、青嵐だということに紅蓮は直ぐに気付いた。
離宮に避難しているはずの(他の赤ん坊達は攫われてしまったが)青嵐がなぜこの王都まで戻ってきたのか、そもそも、何らかの切っ
掛けがないとまだ変化も出来ない赤ん坊だというのに・・・・・。
(・・・・・コーヤかっ?)
パシッと、頭の中に浮かんだのは、角持ちの赤ん坊を大切そうに抱いていたコーヤの姿だ。離れていることに不安になり、もしかした
らコーヤを追ってここまで来たのだろうか。
きっと、それが真相だろうと感じた紅蓮は、唇を噛み締めて走り出した。
(どいつもこいつも、コーヤを欲しがるなっ、あれは私のものだ!)
『青嵐!』
変化する前を見なくても、今空を飛んでいるのが青嵐だということは分かる。
昂也はとにかくもっと近くに行かなければと、どんどん王宮の上へと走っていた。
『コーヤ!』
そんな自分の直ぐ後ろを、コーゲンとスオー、そしてコクヨーまでもついてくる。
ついさっき、コクヨーに押し倒され、以前のようにただ身体を支配されるだけの暴力を受ける寸前だったのに、昂也の頭の中からはそん
な記憶はすっぽりと消えてしまっていた。
あんなに雄々しい竜の姿ではあるものの、昂也の意識の中ではまだ青嵐は守ってやらなければならない赤ん坊で、自分で感情の
制御が出来ていないように支離滅裂に飛んでいる彼を早く助けなければ・・・・・今はそれしか頭の中になかった。
『コーゲンッ、屋上行けるっ?』
『確か、見張りが出入する通路があるはずだがっ、行くつもりかっ?』
『当然!』
何時の間にか、自分の身を包んでいた金の光が消えている。なんだかそれが青嵐の力の限界を示しているようで、昂也の焦りはさ
らに激しくなった。
『青嵐!!』
見張りの兵士が行き来する梯子を登り、大人1人がようやく通れるほどの狭い木のドアを開けて屋上に飛び出た昂也は、もう隔た
ることもない視界一杯の空に向かって、大きく両手を広げた。
ギャアオ!
その昂也の声に呼応したように金の竜が啼き、そのまま一直線に昂也の方へと降りてくる。
『危ない!』
『大丈夫!』
誰のものかも分からない声にそう答え、昂也は竜を抱きしめるつもりで身構えた。
『あ・・・・・っ』
落ちてくるごとに、竜の体は小さくなっていき・・・・・やがて、いっそう眩しく光ったかと思うと、それは人の形になる。
『・・・・・っ』
見事に腕の中に受け止めたものの、その衝撃で昂也の身体はそのまま崩れかけたが、何時の間にか後ろから自分の身体を支えてく
れた力強い腕に、昂也は倒れることもなく小さな身体を抱きしめることが出来た。
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