竜の王様




第四章 
勝機を呼ぶ者



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 王宮内のざわめきは一端沈静化した。凄まじい気や大きな破壊音のもとが何なのかが分かったからだ。
もちろん、それでも最大級の厳戒態勢の中、昂也は龍巳に迫られていた。
 『本当に何もなかったのか?』
 『な、無いって言ってるだろっ?トーエン、心配し過ぎ!』
 『じゃあ、その服はなんなんだ?どこかで引っ掛かったようには見えないが』
 『これはあ』
(どうしてこんなにしつこいんだよ〜、俺はお前の娘じゃないんだぞっ)
いくら身長が低くても、体格が標準以下でも、自分と龍巳は同級生で、いつもならば自分の方があれこれと龍巳の世話をやいてい
るくらいなのだ。
 確かに、この引き裂かれた服を見られた時、

 『あ、これ、何でもないって』

そう、軽く返した。
昂也にしてみれば、たった今現れた青嵐のことで頭がいっぱいだったし、確かに恐怖を感じたものの、何と言うか・・・・・未遂ということ
だけで水に流してしまえるのだ。
(それだから単純って言われるのか・・・・・俺)
 『ト、トーエンこそ、何かしようとしていないか?』
 『え?』
 『お前、俺に秘密で何かしようとする時、決まってよく喋るじゃん。普段はカッコつけて無口なくせに』
 『別に、カッコなんか・・・・・』
 『で〜も、隠してるだろ、言えよ〜』
 外見ではともかく、口では龍巳に絶対勝つ自信がある。そう思った昂也はこれ以上龍巳に追求される前にと、自分の方から反対
に龍巳を問い詰めることにした。



 『・・・・・』
(なに、あいつら・・・・・今の状況、分かってんの?)
 朱里は離れた所で2人の言い合いを聞きながら眉を顰めていた。
少なくとも、敵側である自分のことをもう少し警戒してもいいと思うのに、ここにいる者達はまるで人質などいないように・・・・・いや、自
分という存在さえ見えていないような態度を取っている。
(僕がどんなに力があるのか見せてやりたいくらいっ)
 そうすれば、少しはここにいる者達も自分に感心を持つと思うが、さすがに朱里もこんな場所で力を行使すればどうなるかは想像が
つく。情けないが非力だと思われているからこそ、今、拘束もされず、自由に話も出来るのだろう。
(・・・・・くそっ)
 『仲がいいねえ、あの2人は』
 『・・・・・』
 そして、朱里の苛立ちのもう一つの要因が、今隣でのんびりと言ったこの男の存在だった。
自分をここに連れてきたからというのではないだろうが、まるで保護者のように世話をやく男、コーゲン。そのくせ、この男の一番の関心
事は自分ではなく昂也だということが分かりきっているのでさらに・・・・・面白くない。
 『馬鹿だよ、あいつら。今どういう時か全然分かってない』
 『・・・・・』
 『何だよ』
 コーゲンが目を細めたのに朱里は噛み付いた。
 『何がおかしいのっ?』
 『仲間に入れて欲しかったらそう言ってみたら?あの2人なら受け入れてくれると思うけど』
 『ば、馬鹿だろっ、あんた!僕は敵なの!いくら同じ人間だからって馴れ合いたくないよ!』
 『ふ〜ん』
本当に?・・・・・そう聞くような眼差しに顔を背けた朱里は、口の中で当たり前じゃんかと毒吐く。
もう、自分は聖樹の手を取り、彼の思うように動くことが嬉しいと感じているのだ。この胸のざわめきも、きっとこの場所にいるゆえの不
快感だとしか思えず、朱里は早く迎えに来てと祈る。
(お願い、聖樹っ)








 出撃を明日の夜明けと決めた蒼樹は、1人地下神殿にやってきた。ここにはもう、神官長の紫苑はおらず、様々な雑事をしている
少年神官達もいない。
朝夕の清めの儀(祈りと聖水の取替え)は召使いが交代でしているらしいが、今のここはしんと静まり返っていた。
 「・・・・・」
 蒼樹は膝を折り、この世界を創ったという祖竜に祈った。
(今度こそ・・・・・あの男を討つことが出来るように・・・・・)
実際にあの男を目の前にしても、父と子という感情など出てこぬように・・・・・そう願いながら頭を垂れていると、僅かな物音がした。
気配だけで誰だか分かった蒼樹は、祈りの体勢を変えない。
 「・・・・・何を祈られている」
 「・・・・・」
 「あの男のことか」
 「・・・・・」
 「蒼樹殿、こうして祈らなければ固まらない決意ならば、今回の出撃は取りやめた方がいい。あなたの分まで私が・・・・・」
 「浅緋」
 蒼樹は立ち上がり、ようやく振り向いた。
武人と言われるに相応しい体格と、精悍な容貌の浅緋。しかし、今自分に向けられている眼差しは気遣わしげな色を帯びていた。
自分が弱い存在だと思われている・・・・・そう感じた蒼樹は毅然として顎を上げる。
 「闘争心を高める為に神経を集中させているだけだ。お前が何を思っているか分かっているが、それを私の本意だと思うな」
 「蒼樹殿」
 「戻るぞ」
 祈りは終わった。
後は、明日のその時を1人静かに待つだけだ。
そう思った蒼樹がそのまま浅緋の隣を通りぬけようとした時、いきなり腕を掴まれた。
 「・・・・・離せ」
 「何を強がることがある?子が親を思うことに何の不思議はない」
 「離せ」
 「蒼樹殿、あなたは本当にあの男・・・・・聖樹を討つことが・・・・・ぁ・・・・・?」
 「・・・・・?」
 不意に、自分を掴んでいる手にさらに力が加わり、蒼樹は眉を顰めながらその顔を見上げた。
何を興奮しているのだと思ったのだが、浅緋の顔は何時もとは違い、どこか戸惑っているような雰囲気だ。そう見ると、掴んでくる腕
も、自分を捕まえるというよりは縋るものを求めているようで・・・・・。
 「おい、浅緋?」
どうしたという蒼樹の言葉は、いきなり重なってきた浅緋の口の中に消えてしまった。



 どうしているのかと心配で捜していた蒼樹の姿を地下神殿で見つけた時、浅緋はどこかでやはりと感じた。
この国では聖樹という名前は既に禁句となっており、その存在自体を恐れられ、疎まれているが、あの男は確かに蒼樹と血が繋がっ
ていて、母親の亡くなった蒼樹にすれば唯一の身内なのだ。
 そんな聖樹を本当に討つことが出来るのか。
いや、今の状況では聖樹の命乞いをすることはとても無理で、それならば彼の代わりに自分が聖樹を・・・・・そう思った。
綺麗で、純粋な蒼樹を悲しませたくないと、そう切り出そうとした浅緋だが・・・・・。
(な・・・・・んだ?)
 身体の奥の方で、何かが音をたてて弾けた。
 「おい、浅緋?」
普段、甘さの欠片もない硬い蒼樹の声が、なぜか浅緋の耳には甘く届く。
 「・・・・・っ」
 「・・・・・」
 目の前にあるのは綺麗整った容貌の、しかし、武人としても突出している腕を持った男。
そう、自分と同じ男なのに、むせ返るようなこの芳醇な、誘うような匂いは・・・・・。

 ホシイ ホシイ ホシイ

 頭の中で、一つの感情だけが渦巻く。
抵抗しようとしても身体が言うことを効かず、浅緋は自分を見上げてくる蒼い瞳の中に映る自分の姿に、更なる熱い感情が次々と
湧き上がった。

 メノマエノ ソンザイヲ ウバエ

 先ほど、音を立てて砕けてしまったのは自分の理性だったのかもしれない。
そう思うのも自分なのかどうか分からないまま、浅緋は欲しいという感情を抑えるすべもなく、目の前の小さな唇を強引に奪い、そのま
ま自分よりも細い身体を床に押し倒した。



 「ふ・・・・・うっ、んんっ」
 容赦なく圧し掛かってくる背中に拳を入れるが、鍛えた厚い身体はビクともしないらしい。
口腔内を蠢く舌の感触の気持ち悪さに頭を振って逃げようとしたが、大きな手で顎を固定され、思う存分弄られてしまった。
 もちろん、そのまま何もせずに受け入れたわけではない。中に侵入してきた舌に歯をたて、口の中に血の味もしたのだが、浅緋の暴
挙は全く止まらず、今度は上半身の服の合わせに片手を入れ、そのまま一気に引き裂かれた。
 「!!」
 蒼樹は、血の気が引いた。
父の問題があったせいか、蒼樹の周りには人が寄らず、美しいといってもいい容姿は女達も敬遠した。
物心ついてから、誰にも自分の身体を見られたことがない蒼樹は、肌が露出しただけでも憤死しそうな思いだった。
 「・・・・ぁっ、や、止めろ!」
 死に物狂いで顎を掴んでいる浅緋の手を押し退け、口付けを解いた瞬間に叫ぶ。
 「浅緋!」
 「・・・・・」
 「浅・・・・・っ!」
何時もは、誰よりも自分の感情の機微を分かってくれる浅緋なのに、今は全く自分の声が聞こえていないようだ。
いや、その存在さえ目に映ってはいないのではないかと思うほど、自分の向こうを見ているような眼差しは怖いほどに無感情なのに、
その手や吐息は焼けるほどに熱かった。
(どうして急に・・・・・何があったんだっ?)
 「浅緋っ、私は・・・・・!」
 「ホシイ」
 「な・・・・・」
 「ホシイ」
 まるで術を繰り返すように平坦な声で何度も言いながら、浅緋の手は中途半端に裂けた服を掴み、蒼樹の身体をうつ伏せにす
る勢いでそのまま脱がしてしまった。
 「・・・・・ひっ!」
 浅緋の目には、自分の白い背中に走っている醜い傷が映っているはずだ。
昔、父が最初の反乱を起こした時、その父と剣を交えた時に受けた傷。他の誰より、自分を慕ってくれている浅緋には見られたくな
かったと、蒼樹は硬く目を閉じ、叫びたい感情を抑えるように床に爪を立てた。