竜の王様




第四章 
勝機を呼ぶ者



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 服を着替えた昂也は、そのまま青嵐の手を引いて龍巳がいる場所(アオカの部屋)に行こうと、自分に宛がわれた部屋を出た。
(絶対、あいつ、1人で何かしようとしてるっ)
それは、格好をつけたいからというような自分にっての都合ではなく、周りを思っての行動だということは昂也には直ぐに想像がついた。
整った見掛けのせいか、仲間内以外からは男から敬遠されがちな龍巳だが、彼は単に言葉数が少ないだけで、誰よりも仲間思いだ
ということは昂也はよく知っている。
それならば、もちろん自分もその話に乗るつもりでいた。自分だけが守られているなんて、女の子ではないのだ。
 『あ』
 『どこに行く?』
 部屋を出て直ぐに、コーゲンとスオーの姿を見つけた昂也は、あっと悪戯が見付かったような罰の悪い思いがした。もちろん、この2人
を仲間外れにしようと思ったわけではなく、単に龍巳のことが気になって忘れていただけなのだが・・・・・。
(何時も助けてくれる相手を忘れてどうするよ、俺〜)
 昂也は直ぐにごめんと謝った。
 『内緒で動くつもりは無かったんだ』
 『うん、それは分かってる。それで?どこに行くつもりなのかな?』
少しだけ不機嫌そうなスオーとは違い、コーゲンは何時ものようににこやかに話し掛けてくれる。悪いとは思ったが、昂也は心もちコーゲ
ンの方へと身体を向けて言った。
 『トーエンのとこ。何か考えてるみたいだから』
 『トーエンというのは、お前の友人の人間のことだね?』
 『うん。ねえ、2人から見てトーエンはどう見える?強い?』
 昂也の問いに、コーゲンは苦笑しながらスオーを振り返った。まるでお前が言えという態度だなと思った昂也の考えには間違いがな
いようで、スオーがふてくされた状態のまま口を開く。
 『人間としては悪くない。だが、強いかと聞かれると分からん』
 『分からない?』
 『奴の最大の力を見たわけじゃないからな。どこまで使えるのか潜在能力の問題で、さすがに俺も視えない』
 『そっかあ』
(じゃあ、やっぱり俺も何か手伝うことあるかも・・・・・)
 自分よりも後にこの世界に来た龍巳にだけ危険なことはさせられない。
そう、改めて強く心に誓った昂也が急いで龍巳のいる部屋へと向かおうとした時だった。手を繋いでいた青嵐(もう、しっかりと1人で歩
ける)が、何度か昂也の手を引っ張ってくる。
 『青嵐?』
腹が減ったのか、それとも眠いのか。生理的な欲求を考えていた昂也だったが、青嵐が言ったのは全く別の言葉だった。
 『コーヤ、ないてる』
 『え?』
 『えんえんって、ないてる』
意味不明な言葉に、昂也は思わずコーゲンとスオーの顔を交互に見てしまった。







 「こ・・・・・れは・・・・・」
 浅緋は目の前に倒れている蒼樹の姿に、初めて気が付いたように呆然と唸った。
何時も顔以外の肌を見せないようにきっちりと服を着ている蒼樹は、いまや半裸状態で、何時もは見えない白い背中や尻が眼下に
晒されていた。
きっと、輝くように美しいのだろうと想像していた通りの白い身体だが、その背中には想像もしていなかった赤黒い一筋の傷が走ってい
る。剣でつけられたようなその傷は、肌が美しいだけに妙に浮き上がって見えた。
(・・・・・人前で肌を晒さなかった理由は・・・・・)
 男同士、それも、剣を扱う自分達は、仲間の前でも平気で汗を拭う為に半裸になったり、着替えることも多かった。
傷も、無傷の者の方が少ないくらいで、刀傷など恥ずかしいと思う者もおらず、かえって勲章だと誇らしく思ってもいいと感じるが、武
人ながら麗人だと言われる蒼樹には、確かにあまり似合わない傷でもあった。
 「蒼樹、殿」
 しかし、浅緋が今驚愕を感じるのは、蒼樹の下半身を汚している白と青の液体の正体だ。
青は、言うまでもなく、竜人の血だ。そして、白は・・・・・自分の吐き出した欲望の、証で・・・・・浅緋は自分の身体を見下ろし、露
出した下半身の、いまだ萎えずに天を仰いでいる自分のペニスを見てしまった。
 「お・・・・・れは・・・・・」
 「・・・・・」
 「蒼樹、殿、あなたを・・・・・?」
 「・・・・・その、醜いものをしまえ」
 呆然と呟く浅緋にそう応えた蒼樹は、ゆっくりと腕を使って身体を起こす。
 「・・・・・っ」
途中、小さく呻いて眉を顰めるのは痛みからかもしれないが、それがどこの痛みかということを聞くのは怖かった。
そんな、何も出来ない浅緋をよそに、辛うじて身を起こした蒼樹は、
 「その、外衣を貸せ」
と、言ってきて、浅緋は直ぐに纏っている外衣を脱いだ。



(・・・・・元に、戻ってい、る?)
 冷静に、突き放すように言いながら、蒼樹は浅緋の反応を全身で探っていた。
たった一度の放出を身の内に受けただけで、こんなにも痛手を負ったのだ。さらに挑まれたら、その部分の損傷はさらに激しくなるだろ
うし、強がる自分の気持ちも保てなくなるかもしれない。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 しかし、どうやら今目の前にいる浅緋は正気のようだ。蒼樹は幾分ホッとしながら、恐る恐る肩に掛けられた、自分よりも一回りほど
大きな外衣で身体を隠した。
 「・・・・・蒼樹殿、俺は・・・・・」
 「・・・・・」
 「俺は、あなたを組み敷いて・・・・・」
 「言うな」
 剣ではなく、力で負けたのだと知らされるのは面白くない、いや、屈辱だ。こんな女のような顔をしているゆえに、そんな欲望の対象
にされてしまったのだと・・・・・それも、心安く思っていた浅緋にそう思われていたのだとすれば、今まで築き上げてきたものが全て崩れ
落ちてしまいそうになる。
(浅緋は、おかしかった。常のこいつならば、私にこんな真似をするはずが無い)
 態度が急変した理由がきっとある。
今は自分達の関係よりもその理由を突き詰める方が先だと、蒼樹は辛うじて立ち上がった足で何とか歩き出そうとした。
 「・・・・・っ」
 「蒼樹殿!」
 しかし、情けないが全く下半身に力が入ってくれず、何時もは氷のように冷たい自分の身体が、今は火のように熱くなっているのを
感じる。
 「・・・・・離せ」
とっさに支えてくれた浅緋の手に怯えていることを覚られたくなくて、何とか自分の足で立とうとしていた蒼樹は、
 『ホントにここから聞こえたのか?』
 「!」
僅かに開いていた扉の向こうから聞こえてきた声に、浅緋の腕の中で瞬時に身体を硬くしてしまった。



 「あ!」
 「お」
 「・・・・・」
 開かれた扉の向こうの光景を見た3人の反応はそれぞれ違っていた。
身体に似合わない外衣の合わせ目から覗く白い肌に、足元に散らばった服。床には血と、白いものが見えて、目の前の2人に何が
あったのかは一目瞭然だった。
江幻は直ぐに青嵐を抱き上げ、その目を手で覆う。さすがに、子供にこの光景は毒だろう。
 「まっくら・・・・・みえないよ?」
 「見えなくていいんですよ」

(これはまた・・・・・こんな神殿でヤルとはなあ)
 蘇芳は恥らって顔を逸らす蒼樹を、初めて綺麗な男だと認識してしまった。
この情景だけを考えれば、随分と乱暴な性交渉だったのではないかと思うが、それでも今目の前で抱き合っているということは同意の
上ということだろう。
他人の性的嗜好をどうこうと言える立場ではないが、隣で固まったように動かないコーヤが気になり、蘇芳はおいと、その肩に手を置こ
うとしたが、
 「・・・・・何してるんだよ!」
 「コーヤッ?」
いきなり2人に向かって駆け出したコーヤを、とっさに止めることが出来なかった。

 目の前の情景が、フラッシュバックのようにチカチカと目の前を踊る。
血を流して立っているのは自分で、その身体を拘束するように抱きしめているのは・・・・・力で自分を押さえつけた紅蓮だ。
 もうすっかり忘れ、立ち直ったと自分では思っているそれは、ことある毎に思い出されてしまい・・・・・そんな自分の情けなさと、腹立
たしさ、そして、ないている・・・・・そう言った青嵐の言葉が頭の中で混ざってしまって、昂也は猛烈に頭にきて2人に駆け寄った。
 『何してるんだよ!』
 『・・・・・コーヤ』
 どこか、呆然とした表情で自分の名前を呼ぶ浅緋の腕の中から蒼樹の身体を奪った。
細いとはいえ、自分よりも身長のある相手を支えるのは一苦労だったが、今の湧き上がる感情からすれば何てこともない。
 『アサヒ!ソージュに何したんだ!』
 『お・・・・・れは・・・・・』
 いや、言葉で聞かなくてもソージュの様子や、だらしなく肌蹴けたアサヒの下半身を見れば事情は分かる。
(あんなにも、仲が良かった2人なのに・・・・・っ)
この世界に来て間もなく、初めて旅に出た時に一緒に行動した2人。
実直なアサヒと、無口なソージュは初めはとっつきにくかったものの、やがて同じ苦労を共にした仲間のような感覚に浸れた。
 アサヒはソージュを慕っていたようだし、ソージュはアサヒを信頼していたようだった。
そんな2人が、どうしてこんな状態になっているのか。とても、両想いでといった雰囲気には見えず、力で誰かを屈服させようとすること
には我慢出来なくて、昂也はソージュを背に庇うようにして、自分よりも随分高い位置にあるアサヒの顔を憤然と睨み上げた。
 『アサヒはっ、誰かを力で支配しようとする奴だったのかっ?』
 『・・・・・っ』
 『男が男に組み敷かれるってのがどんなに怖くて、情けないかっ、でっかい図体のあんたには分からないだろうけどなっ、文句があるな
ら口で言えよ!勝負しろって言えよ!』
 『コーヤ・・・・・』
 一気にそこまで言い放った昂也は、はぁはぁと息を荒くして、やがてコーゲンに抱き上げられている青嵐に視線を向けた。
 『俺達3人で青嵐を見つけて・・・・・青嵐、さっき、泣いてるって言ったんだ。ソージュが泣いてること、きっと感じ取ったんだと思う』
実際に涙を流しているわけではないが、蒼白な表情が何を思っているのかは分かる気がする。
 『なあ・・・・・2人って、仲間だったんじゃないのかよ・・・・・』
 言っているうちに悔しくなって、昂也は唇を噛み締めて俯く。
すると、背に庇っていたはずのソージュが、ありがとうと小さく言った。
 『後は、私が決着をつけよう』
そう言って、昂也の身体の前に立ったソージュは、沈痛な表情で立っているアサヒの顔を見据えると、
 『これで全てを無しにする』

 ガッ

鈍い音と共に、ソージュの拳がアサヒの頬に綺麗に入った。
 『うわ・・・・・』
(カッコいい・・・・・)