竜の王様




第四章 
勝機を呼ぶ者



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 皆に啖呵をきったものの、昂也自身どうやってグレンを説得しようかと考えた。
物分りのいい大人ならば良いが、どう考えてもグレンが自分の言葉に直ぐに頷いてくれるとは考えられない。
(それか・・・・・かえって何を勝手なことを言っているんだって怒鳴られそうだし・・・・・)
 ただ、昂也は自分がどうしてそう思ったのか、その理由をグレンには話したくなかった。それは、もちろん蒼樹の名誉の為だったが、一
方では、同じ目に遭った自分の気持ちを隠すためでもあった。
グレンに乱暴されたことは過去のことだ。そう口では言っているくせに、同じような場面にあった時、フラッシュバックする恐怖に身体が
震えているなど、恥ずかしくてとても言えない。
 『なあ、コーゲン』
 昂也は自分の後ろを付いてくるコーゲンを振り返った。
 『グレンが弱いものって何だ?』
 『弱いもの?』
 『そう。人でも良いけどさ、あいつの弱みを持っていった方が交渉が進みやすいかなって思って』
 『そうだねえ。紅蓮はあんな性格だからなかなか自分の弱みを人に見せたりはしないけど・・・・・でも、弟の碧香には弱いんじゃない
かな』
 『アオカかあ』
(弟・・・・・うん、あるかも)
昂也は兄弟がいないが、赤ん坊の頃から共にいた龍巳のことを持ち出されると弱い。それが血が繋がった相手ならば尚更かもしれな
いと、コーゲンの言葉には納得が出来た。
 『・・・・・ちょっと寄り道しよ』
 勢いのまま、グレンの元に行こうと思っていたが、自分の要求を通すには多少の作戦も必要かもしれない。そう思った昂也は柔軟に
やり方を変えようと思った。



 部屋の扉を叩いたのがコーヤだと分かった時、碧香は思わず龍巳を振り返ってしまった。
いや、もちろんその目には龍巳の姿は映らないが、彼がどこに、どんな気持ちでいるか、目が見えなくなってからの方が碧香は敏感に
感じることが出来ていた。
 「ごめん、アオカ、今いい?」
 はっきりと言葉が耳で聞き取れるということは、そこには江幻もいるのだろう。彼らが揃って自分を訪ねてくるのはいったいどういうわけ
だろうかと、碧香は少し緊張した面持ちで頷いた。
 「どうぞ、お入りください」
 「ありがと。青嵐、静かにな?」
 「・・・・・」
(セイラン?あの角持ちも一緒に?)

 部屋の中に通しても、コーヤはなかなか言葉を切り出さなかった。
彼がどういう理由で自分の元を訪ねてきたのかが分からないので碧香も口を開くことが出来なかったが、そんな膠着した状態を変えた
のは自分達共通の大事な人、龍巳だった。
 「どうしたんだ、昂也。何かあった?」
 「何かって・・・・・まあ、あったっていったら、あったようなこともないような・・・・・」
 「何だ、それ?」
 奇妙な言い回しに呆れたように、龍巳が溜め息をついている。
 「はっきり言え、お前らしくないぞ」
 「・・・・うん、そうだよな。あのな、アオカに頼みがあって」
 「私に?」
どうやらコーヤの目的は龍巳ではなくやはり自分のようだ。いったい何だろうと首を傾げると、コーヤは少し間を置いてから一気に話し
始めた。
 「グレンに、俺があっち、えっと、セージュって奴の所に行く許可を出してくれって頼んで欲しいんだ」
 「え・・・・・」
 「色々あってさ、それはちょっと言えないんだけど、今、何の柵も無く動けるのって、人間の俺かなって思うんだ。正直、どうしてグレン
とソージュって奴が争わないといけないのか、まあ、どんな世界でも権力争いってのはあると思うけど、俺自身はそんなことで誰かが傷
付くなんて見るのも嫌だし」
 「・・・・・」
 「俺はこの世界に住んでいるわけじゃないけど、ここにいる間に何人もの知り合いが出来たし、赤ちゃんが生まれた瞬間だって見た。
あの子達を危ない目に遭わせたくないよ」
 「コーヤ・・・・・」
 「偉そうなこと言って、一回は捕まっちゃったくらい役に立たないんだけどさ、もしかしたらもしもってこともあるだろう?可能性って平等
にあるもんだと思うし、それなら、俺がセージュのとこ行って、話し合うことも出来るかもしれないし。その上で、グレンが王様になれるか
どうかは分かんないけど」
 碧香は、じっとコーヤの話を聞いていた。
確固たる確証の無い可能性の話。それでも、どうしてだか信じたくなってしまう話。
(人間界にいた時、東苑は何度もコーヤは大丈夫だと言っていたけれど・・・・・それは、東苑がこのコーヤを知っていたから・・・・・)
 確かに、話し合いで決着をつけるなど、今の段階では無理な話かもしれない。しかし、コーヤが言えば、もしかしたらそんな可能性
もあるのではないかと思わせてくれる。
 「・・・・・東苑」
 「ん?」
 「・・・・・あなたの幼友達は、とても・・・・・強い」
 「・・・・・だから言ったろ、昂也のことは心配要らないって」
 自慢げな龍巳の言葉にもしっかりと頷いた。コーヤを知らなかった時は、龍巳にそれだけ信頼されている彼のことをどこかで妬ましく
思っていた部分もあったが、こうして実際に知ってしまうと、その強さに強烈に惹かれてしまう。
それは、自分達が持っているような力以上のものがあるような気がした。



 「分かりました」
 頷いた碧香を見て、江幻はほおっと思った。
彼がコーヤの提案を受け入れるのは五分と五分。たとえ受け入れるとしても、もっと悩んで結論を出すのだろうと思っていたが、どうや
らそれは、自分も昔の碧香しか知らなかったということなのかもしれない。
 皇太子として雄々しく、尊大に育っていく兄紅蓮の後ろで、隠れるようについて回っていた小さな子供。だが、今の碧香はもう自分
の知っている子供ではない。
(変わったなあ、いい意味でだけど)
 「ですが、コーヤ、兄がそのまま私の言葉を受け入れてくれるとは限りません」
 「うん」
想像出来るとコーヤは苦笑している。まだそれ程に、長い間共にいたわけではないだろうが、既にコーヤにそう思わせてしまうほどに紅
蓮の傲慢さは半端ではないのかもしれなかった。
 「アオカは援護だから」
 「・・・・・コーヤ」
 「ん?」
 「あなたは1人で行くつもりなのですか?」
 「え・・・・・と」
 「・・・・・?」
 そこで初めて、コーヤは困ったような顔をしてチラッと自分と蘇芳の顔を交互に見てきた。
(どうしたんだ?)
 「俺も、デンシャやバスがあったら1人でも行こうと思うんだけど・・・・・なんせ、ここって移動手段が無いから、さ、結局誰かに頼むこと
になっちゃうんだけど・・・・・」
口の中で言い難そうに言葉を継いだコーヤに、ようやくその不審な態度の意味が分かった。
自分でもかなり無茶だと思っている今回の行動に、誰かを巻き込まなくてはならないことを心苦しく思っているのだろうが、それは全くの
杞憂だった。自分達がここにいる時点で、既にその意思は決まっているからだ。
 「・・・・・」
 チラッと視線を向けた蘇芳も同じことを思っていたらしく、口元には笑みを浮かべたままコーヤに言った。
 「おいおい、ここまで来て俺達を置いて行く気か?」
 「ス、スオー」
 「俺達はお前がこちら側にいるから協力もしようと考えているだけだ。お前のいない王宮に取り残されても、することが無くて退屈なだ
けだぞ」
 「スオー・・・・・」
(こらこら、コーヤ、そう思っているのは蘇芳だけじゃないんだけど)
感激したような可愛らしい顔で蘇芳を見つめるコーヤ。そのコーヤに意気揚々と手を伸ばしかけた蘇芳の鼻先から、江幻は華奢な
肩を抱き寄せた。
 「私も同じ気持ちだからね、コーヤ。使える力は自由に使うといい」
 「・・・・・っ、ありがと!コーゲン!」
蘇芳に感じた感激と合わせて自分にしがみ付いてくるコーヤを、江幻はふふっと笑いながら抱きしめた。
(やっぱり、コーヤは可愛いねえ)



 『コーヤ、俺にも抱きつけ。ついでに口付けしても構わないぞ』
 『ばっ、馬鹿かっ、あんたは!』
 背の高い、赤い髪の男に抱きしめられていた昂也は、同じように背の高い、黒髪に眼鏡を掛けた男に抱き寄せられようとして、真っ
赤な顔をして怒っている。
しかし、龍巳にはそれが昂也の照れだというのはよく分かっていた。
(それにしても・・・・・)
 『俺にも可愛い顔を見せろ』
 『男に可愛いって言うな!』
 『そうだぞ、蘇芳。コーヤは凛々しいと言うんだ、ね?』
 『コーゲンはよく分かってるよなっ』
 『・・・・・』
(どういう、関係なんだ?)
昂也を挟んだこの3人の関係に、龍巳はどうしても首を傾げてしまう。
違う世界の存在だから、自分と同じ男だからと、そんなことは碧香を好きになった自分に言えることではないが、見掛けとは違い、常
に男らしくあるべきだと思っている昂也が、この2人に・・・・・とは、ちょっと考えられない。
 それ以上に、昂也がこの2人を組み敷くということもとても考えられなくて、龍巳はただ3人の漫才のようなやり取りを見ているしか出
来なかった。
 『いーかげんにしろって!まだ話は終わってないの!』
 その言い合いは昂也の一喝で収拾がつき、昂也は憤然としたままこちらを向いた。
 『アオカ、今からいい?』
 『はい』
 『じゃあ』
行こうかと背中を向けた昂也の腕を、龍巳はとっさに掴んだ。
 『トーエン?』
何だという不思議そうな表情に、龍巳はきっぱりと言う。
 『俺も行くぞ、昂也』
 『え?あ、だ、だって、トーエンはアオカを・・・・・』
 『俺がこっちの世界に来たのは碧香を守るためだけど、もう1つ、お前の力になりたいとも思ったからだ』
 ここが敵陣の真っ只中ならともかく、碧香の兄も、他の強い力を持った部下達もいる場所ならば、自分が傍を離れても大丈夫だろ
う。それならば、嵐の真っ只中に自ら突っ込んで行こうとする昂也の傍に居て、一緒に立ち向かいたい。
 『俺達、相棒だろ?置いて行くなよ』
 『・・・・・っ』
その瞬間、昂也の顔がくしゃっと、子供のように表情が崩れた。
 『な・・・・・泣いて、ないぞっ』
 『うん』
 『し、しかた、なっ、からっ、連れてって・・・・・るっ』
 『サンキュー』
 子供の時から、嬉しい時ほど意地っ張りになる昂也。その証拠に、龍巳が少し引き寄せれば、昂也の身体は呆気なく胸の中に
納まってきて、強い力で背中を抱きしめ返してくる。
龍巳も、それに応えるように腕を回すと、少しだけ羨ましそうな目で(気のせいかもしれないが)自分達を見ているあの2人の男に向
かって苦笑して見せた。
(これは、俺の特権だもんな)