竜の王様
第四章 勝機を呼ぶ者
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※ここでの『』の言葉は日本語です
『腹いっぱい〜』
王宮ほどの様々な食材があるわけではないが、コーシ達の努力でそれなりの夕食の支度は出来上がり、昂也も出来たものを食卓
に並べるくらいの手伝いしか出来なかったが、一応は自分も何かしたという名目で旺盛な食欲を見せた。
『何時も思うんだが・・・・・お前、その身体のどこにそんなに入るんだ?』
『ん?ここ』
何を当たり前なことを聞くんだと思いながら軽く腹を叩いて見せると、スオーは肩を竦めて苦笑を浮かべる。
『そういう問題じゃないんだがな』
『俺は食べ盛りなの!コーシ達が食わないだけだよ!』
昂也は、自分が大食いだという自覚は無い。むしろ、あちらの世界にいた時は、友人達の中でも食事の量は少なかった方で、自分
とそう歳の変わらないコーシ達が、ほんの少しだけしか量を摂らないという方がおかしいと思っていた。
『まあ、今ぐらいの身体の方が美味しそうだがな』
『・・・・・スオー、言い方がスケベっぽい』
昂也が眉を顰めてそう言っても、当のスオーは全く気にしていない。本気になる方が馬鹿らしいと思わせるその態度に、昂也は無言
のまま食後のお茶を飲み干した。
食事が終わると、それぞれが早々に休むことになった。
様子を見に行った赤ん坊達も今は落ち着いて眠っているし、気を張って見張ることをしなくてもいいようだ。
「江幻」
「ん?」
コーヤが青嵐の様子を見ると少し自分達から離れた時、蘇芳は視線をコーヤから離さないまま言った。
「この後、俺は地下神殿に行く」
「・・・・・何かあった?」
「あるかもしれない」
「確信じゃないんだ」
「神殿の中は視難いんだよ。そうでなくても神官達がウジャウジャいるし、奴らが寝静まった頃を見計らって下りてみるから」
コーヤの後を追って地下神殿に向かった自分と蘇芳。
辿り着いたそこにはコーヤと紫苑しかいなかったが、どうやら蘇芳はそこにもう一つの気配を感じ取ったらしい。
(それでも、自分から調べると言い出すのは珍しいことだが)
出生が複雑な蘇芳は、成長し、自分の秘められた能力に気付くまでは、かなり苦労して育ったらしく、どこか世の中を斜めに見る
ことが多かった。
自分に直接関係がなければ、それこそ紅蓮が王座に就く就かないは全く興味も無いのだろうが・・・・・今はここにコーヤという人間が
いて、正義感が強く、真っ直ぐなこの少年の心に、蘇芳はいい意味で感化されていた。
(想像していた以上に・・・・・だがな)
「コーヤを頼むぞ」
「彼が動かなかったらいいんだけど」
「動けばついて行けばいいだろう」
「・・・・・分かった」
コーヤに関しては妥協を許してくれそうに無い蘇芳に、江幻は苦笑しながら頷く。
それを確認した蘇芳は、口元に皮肉気な笑みを浮かべながらコーヤのもとへと近付いていった。
昂也に宛がわれた部屋は、少し狭いが1人部屋だった。
どうやら修行中の神官が寝泊りする場所らしく、本当にただ寝るだけといった殺風景な部屋だ。
『・・・・・なんか、落ち着かないよな』
無意識の内に零れてしまった独り言に、昂也は自分自身で苦笑してしまった。寝てしまえば多分気にならないのだろうが、その眠
るまでのほんの僅かな時間でも、静寂の中に1人きりでいるという事実を認識するのが怖い。
(この世界、お化けなんかいないと思うけどさ・・・・・)
どうして、急に自分が心細く感じるようになったのか・・・・・それは分かっている、龍巳のせいだ。
暫くは、もしかしたらそれは相当長い時間、会えないと思っていた大事な幼馴染が不意に目の前に立って、驚きと、安堵と、甘えが
胸の中に渦巻いて、離れてしまったら・・・・・子供のように寂しく思っているらしい。
『・・・・・っ、よし!青嵐のとこに行こうっと!』
この部屋の中に1人でいるよりも、青嵐達赤ん坊の傍にいる方が落ち着くだろうし、なにより寂しくないと思う。
思い立ったら即行動だと、昂也は硬いベッドから起き上がった。
その頃、蘇芳は地下神殿の扉の前に立っていた。
明かりは全く無い暗闇だが、服の中に入れていた玉に力を込めると、それ自体がぼうっと光り出して足元を照らしてくれる。
(・・・・・気配は、ない)
夕方、一瞬だけでも感じ取った気配は、今は全く感じられない。しかし、蘇芳の胸の中のざわめきは一向に治まる様子はなく、考
えたのは一瞬でそのまま扉を開けた。
「・・・・・」
明かりは無くても、神殿の壁や柱を作っている石自体がほの青く光っているので、中の様子は分かる。
(俺の気のせいだったというのか?)
確かに、あの時感じたものは一瞬で、もしかしたら神殿の中にこもっていた思念を敏感に感じ取ったのかもしれないが・・・・・自分の
勘と現実を照らし合わせてどちらを取るのか、何事も瞬間に判断する蘇芳が戸惑っていた。
「・・・・・一応、確認しておくか」
明日にはここを出発し、自分達・・・・・自分と江幻とコーヤ、そして紫苑も王都へ戻る。その間、ほとんど戦力になりそうにない少
年神官達と数人の怠惰に慣れた神官達、そして・・・・・赤ん坊達だけがここに残ることになるのだ。
別に正義感が強いと自負するわけではないが、憂いは残さない方がいいだろうと、蘇芳はゆっくりと神殿の中を見ていくことにした。
部屋から出た昂也は、そのままゆっくりと廊下を歩いた。
昼間は驚くほどに明るいと思ったが、陽の光が無くなるとこんなにも暗くなるのかと驚く。これだと、王宮の光る石の方が、昼間もそれ
程に明るくは無いものの便利なような気がした。
『慣れないとどこかにぶつかったりするんじゃないか?グレンに言って、ここもあの不思議な石の壁に変えてもらった方がいいんじゃな
いかな?』
独り言を言いながら歩いているのは、けして怖いからではない・・・・・つもりだ。
『・・・・・道、間違えてない、よな?』
方向音痴ではないが、こんなに暗いと少し自信が無い。そうでなくとも、昼間宮殿の中を全て見て回ったわけではなく、廊下と部屋
に入る扉は基本的に同じなので、間違えていたとしても・・・・・。
『・・・・・』
昂也は足を止めた。
今はまだ真っ直ぐに歩いてきていたので、このまま引き返せば元の屁屋に戻れるはずだ。少しくらい寂しいと思っても、あの部屋にいる
のが一番問題でない気がしてきた。
(・・・・・戻ろうかな)
そのまま引き返そうとした昂也だったが、
アォンッ
『?今の・・・・・』
何か、動物のような鳴き声。小さかったが、確かに聞こえた。
(どっちだ?こっちじゃないよな?向こうの方から・・・・・)
聞こえてきたのは、今自分が来た方ではなく、これから行こうとしていた方からだと思う。
『・・・・・』
どうしようかと、一瞬考えた。これで自分の力に自信があるのならば迷い無く前に進むが、そうでなくても体格差の違いがあり、また、
竜がいるという不思議な世界だ、どんな怪物が現れるかも分からない。
ただ、今その正体を探るのは自分しかいないと思えば・・・・・チラッとでも、その尾っぽでも存在を確認すれば、ここにいる他の者達
に避難するようにと叫ぶことが出来る。
(やっぱ・・・・・ちょっとだけ・・・・・見るか)
窓も無い、地下神殿の中、蘇芳はゆっくりと歩いていた。
やはり、気配は感じ取れず、もうほとんど自分の気のせいだったのだろうと思ってるが、それでも一応はこの目で確かめて確認しておき
たい。
「・・・・・」
(もう一つの気配が俺の気のせいだったとしても、あの時紫苑に感じた違和感はどう説明をする?あいつは・・・・・絶対に何かを隠し
ていると思うんだが・・・・・)
ただ、その怪しさの意味が分からない。
昂也に対してのあの眼差しには嘘は無いように思うし、少年神官達や赤ん坊に接している時も素の状態だと思う。
それがおかしくなるのは、紅蓮に相対している時だけだ。
(あいつを気に入らないと思うのは分からないでもないがな)
思わず口元が綻びそうになった時だった。
ドンッ
「うあ!!」
いきなり大きな力をぶつけられ、蘇芳の身体が後ろに吹き飛ばされた。
いや、その一瞬前に凄まじい気を感じて防御したのだが、身体の全てを完全に防御する寸前に力をぶつけられ、その衝撃はかなり
抑えられたとは思うが、それでも相当の痛みを伴った。
「・・・・・っそ」
舌打ちをうった蘇芳は、力が放たれた方向を凝視する。そこには、ぼんやりとだが人影があった。
「誰だ」
「・・・・・」
「・・・・・紫苑じゃ、ないな?」
気が違い過ぎるが、念の為に寸前まで気になっていた男の名前を出す。すると、ふっと息が洩れるほどの小さな笑い声が耳に届いた。
「自分の仲間に疑われるとは気の毒な・・・・・」
「お前・・・・・」
声は、明らかに紫苑ではない。いや、ある場所で聞いた声だ。
「・・・・・聖樹の仲間か?」
幾ら紅蓮の目が届いていなくても、ここにはあの男が直轄する神官がいる。まさか、その神官達も紅蓮に反意を抱いて・・・・・。
(いや、それは無いな。そんな覇気は感じられなかった)
だとすれば、どうやってこの男は紅蓮の勢力範囲であるこの離宮に忍び込むことが出来たのだろうか?
「おい」
「お前の力は認めるが、その方向は少し間違っていたようだな」
男の姿がはっきりと見えてくる。確かに、見た顔だ。手首の無い・・・・・あの男だった。
「何?」
「お前が気にするべき場所は、ここではなかったということだ」
「・・・・・」
目の前の男が言っている言葉の意味を、蘇芳は目まぐるしく考えた。
(ここではない?それでは、もっと他に目を配っていなければならなかった場所があると・・・・・!)
唐突に、蘇芳の頭の中に浮かんだのはコーヤと赤ん坊達だった。この男達がコーヤを必要としているかどうかは定かではないが、あの
存在は見逃してもいい類のものではないだろうし、赤ん坊達の方は、それこそ未来の竜人界を背負う大切な存在で・・・・・。
(何より、今あそこには青嵐もいる・・・・・っ)
希少な角持ちを向こう側に奪われてしまったらそれこそ厄介だ。
蘇芳は直ぐに駆けつけたい心を必死で抑えながら、表面上はふてぶてしく浮かべた笑みを目の前の男に向けた。
「悪いが、お前を先に片付けさせてもらうぞ」
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