竜の王様
第一章 沈黙の王座
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※ここでの『』の言葉は日本語です
(何だよ、こいつは〜!)
少しも歩みを緩めることなく、そして一度も振り向かないまま、ドンドンと前を歩いていく男を昂也は必死で追い掛けた。
この男に付いて行っていいのかどうかは全く分からないが、それでもこんな薄暗い場所に1人でいたくない。
それに、なぜかビッショリと濡れている身体は寒くて仕方がなくて、着替えは無理でもせめタオルくらいは貸して欲しいと思ったのだ。
『あ、あの、ここってどこですか?』
ずっと続く沈黙が居心地悪くて、昂也は自分自身あまり気が進まないものの男に話し掛けた。
『日本、ですよね?』
「・・・・・」
『ちょっと、聞こえてるんでしょ?ああとかううとか、何か言ってくれたっていいんじゃないかよっ!』
初めは、どう見ても自分より年上にあたるだろう男に、慣れないながらも敬語で話しかけようと努力した。
しかし、一向に何の応答もしない男に対して、昂也はムクムクと反抗心が湧き上がってきてしまった。
『場所くらい教えてくれたっていいだろ!』
相手が話していた言葉が日本語ではなかったということも忘れて、昂也は理不尽だと感じる男の態度に文句を言う。
「・・・・・」
『おいって!』
思わず前を歩く男の腕を掴もうと手を伸ばした昂也だったが、その気配を感じ取ったのか男はすっと身を離して・・・・・それでもよう
やく振り向いた。
「・・・・・」
『な、なんだよ』
綺麗な・・・・・しかし、初めて見る赤い瞳は、とてもカラーコンタクトの人工的な色には見えなかった。ただ赤いだけではなく、不思議
に輝く光があるのだ。
(まさか本物の目なのか?)
「言葉が分からぬだろうが一言言っておく。やがて竜王となる私とただの人間であるお前とでは、存在の価値が全く違う。お前は碧
香が戻ってくるまでただ大人しくしていたらよいのだ。さすれば、生きて帰すことだけは約束してやろう」
『な、何言ってんのか分かんないって』
「・・・・・お前は、今の私の言葉も分からぬのだろう」
『・・・・・』
(なんか・・・・・馬鹿にされてるような気がするんだよな・・・・・)
被害妄想では・・・・・ないと思う。
自分を見下ろす赤い瞳の中には、少しの気遣いも優しさも感じられない。
(俺・・・・・いったいどこに来ちゃったんだよ・・・・・)
人間の少年は急に大人しくなった。
先程までの怒りもたち消えてしまい、今纏っているのは大きな不安の気配だ。
それでも、紅蓮は人間の少年にそれ以上言葉を掛けることはなかった。何を言っても言葉が通じないのは分かっているし、元々嫌
悪している人間に対して自分がそれほど気を遣ってやることもない。
やがて、地下神殿へと通じる階段が現われた。
自然石で作られたごつごつとした階段は濡れて滑りやすいが、慣れている紅蓮には全く苦にはならないものだ。
しかし・・・・・。
『うわっ』
当然ながら慣れない人間にとってはかなり大変なようで、後ろからは小さな悲鳴のような声がひきりなしに聞こえてくる。
「・・・・・」
その煩さにますます眉を顰める紅蓮だったが、
『ああぁ!』
それまで以上に大きな声と、何かが倒れる音に振り返ると、自分がいるところよりも10段は下の階段の上で人間の少年は倒れてい
た。
どうやら数段滑ってしまったらしい。
『いった〜』
その場に座り込み、片足を抱きかかえるようにしている相手は、どうやら直ぐには立てない様だった。痛みというよりも、ショックの方が
強いのだろう。
(世話が焼ける)
この先階段はまだかなり続く。このままこの人間の少年の速度に合わせていたらかなりの時間を取ってしまうだろう。
本当はこのままここに置いてしまって、自分だけ先に戻ってしまいたいくらいだが、今はまだ出来るだけこの人間の少年のことは知られ
たくない。
この人間の少年と入れ替わりに誰が、何の為に人間界に行ったのか、真実を話さず誰もが納得する理由を考えるまでは、この人間
の少年の世話は自分がみなければならないのだ。
それに、やはり神聖なこの場所に、人間などを長く置いてはおけなかった。
「おい、立てるか」
紅蓮はその場から動かないままの人間の少年に話し掛けたが、先程までは煩いくらいに何事か喚いていた口は動かない。
(私に反抗するつもりか)
「・・・・・」
話し掛けるだけ無駄だと思った紅蓮は、そのまま人間の少年が座り込んでいる場所まで戻ると、無言のままその身体を肩に担ぎ上げ
た。
(なんだ、碧香と同じくらいに軽い)
『うわあ!!下ろせってば!』
「・・・・・」
『怖いんだよっ、こんな格好で階段上るな!』
耳障りな言葉が直ぐ耳元でするのに、紅蓮は眉を顰めて冷たく言い放った。
「このままここに放り出していいのか」
『・・・・・!』
言葉の意味は分かってはいないだろうが、イライラした不機嫌な紅蓮の気配は感じ取ったのだろう。
人間の少年は大声で喚くことはなかったが、その代わりというようにギュッと紅蓮の背中の服と長い髪にしがみ付いている。
髪が引っ張られるようであまりいい気持ちはしなかったが、これ以上騒がれるのも面倒なので、紅蓮はそのまま担いで長い階段を上っ
て行った。
自分の視界よりも高い位置で、足が地に着いていない状態のまま、階段を後ろ向きに上っている。
怖がりではないはずの昂也だったが、その異様な状態が怖くてずっと目を瞑っていた。
そして・・・・・どの位経ったのか・・・・・不意に揺れていた気配が止まった。
「着いた」
『・・・・・』
「手を離せ」
パンッと乱暴に尻を叩かれ、昂也はパッと顔を上げると同時に何かを握り締めていた手を離す。
すると、その身体は乱雑にその場に下ろされた。
『・・・・・なんだ、ここ』
一面、薄いグリーンの綺麗な石の部屋だった。
大理石なのか、つるつるとした綺麗に磨かれたそれは床から壁、そして天井まで統一されている。
『あ・・・・・』
窓も扉も無い、ただ大きな箱といったその部屋の、丁度自分が立っている背後には何かの祭壇の様な空間があった。
(教会?・・・・・じゃ、無いよな。なんか、冷たくて気持ちいいけど・・・・・)
この場所の空気は綺麗でひやっと心地良くて、まるで龍巳の家の、神社の滝壺の辺りと同じ様な感じがして、昂也にとっては落ち着
く感じがした。
『・・・・・』
キョロキョロと周りを見回している昂也をちらっと見た赤い瞳の男は、不意に壁に手をやると軽く押した。
『わ・・・・・』
(壁の色が変わった!)
男が触れた場所だけ、薄いグリーンが濃い色に変わり、その横の壁の一角がまるで自動ドアのように横にずれた。
「紅蓮様!」
「紅蓮!」
そして、その壁が開くのを待ちかねたように、その空間から数人の男達が入ってきた。
(ほ、他に人がいたんだ・・・・・)
「重大な神事の時しかお入りにならない地下神殿に碧香様と共に入られたと聞き、急いで参ったのですが!」
「奪われた翡翠の玉のことならば、我らに一言お声を掛けて頂けたら!」
「人間界に行くのは我らの中からお選びください!」
「・・・・・もう遅い。人間界へは碧香が旅立った」
「碧香様がっ?」
「お1人でですかっ?」
「時空の扉を開くのは王族しか出きぬ。碧香が旅立った今、私達はこの地で残った蒼玉を見つけねばならぬ」
『・・・・・』
(な、なんか、緊迫した空気なんだけど・・・・・俺って場違い、だったりして・・・・・)
赤い瞳の男の他、突然現われた4人の男達の気配はどれもがピリピリとして、昂也はここにいるのが怖くなってしまった。
しかし、隠れる場所など一つも無く、唯一出入出来そうな扉の前には男達がいる。
それでも何とか男達の視界に入らないように隅に行こうと足を踏み出した時、
「紅蓮様、あの者は?」
『!』
(気付かれたっ?)
動いたことが返って悪かったらしく、男達の視線がいっせいに自分の方に向けられた。
「・・・・・人間、ですか?」
「そうだ」
『・・・・・』
(睨まれてる・・・・・感じが、するんだけど・・・・・)
自分に向けられる10の目が、どれも少しの好感も含まれていないことを感じたが、悲しい日本人の性か口元には強張った愛想笑い
を浮かべて、昂也は何とか一言だけ言った。
「こ、こんちは」
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