竜の王様
第一章 沈黙の王座
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※ここでの『』の言葉は日本語です
父である竜の王が崩御した1年前、新たなる王に仕える為に、国の四天王といわれる、国を統べるのに重要な官職達も代替わり
をした。
政務全般を取り仕切る宰相、白鳴(はくめい)、軍を統べる将軍、浅緋(あさひ)、神事全般の責任者の神官長、紫苑(しおん)、
そして常に竜の王に寄り添って護衛し、雑事の補佐も行う守役、黒蓉(こくよう)だ。
彼らは皆、先代の子供や親族、弟子であるが、能力に秀でた人物であるのには変わりはなく、そして彼らは次期王は紅蓮という共
通の主人を思って、この1年の王の空白の国を守ってきた。
だからこそ、新王決定時に光り輝くという王の翡翠が紅蓮に反応した時、4人は一様に歓声を上げて新時代を迎える竜人界を紅
蓮と共に守り、繁栄させていこうと誓ったのだ。
その矢先に起こった翡翠の盗難は彼らにとっても予想外のことで、紫苑が強奪者の残像から紅玉が人間界に持ち去られたという
ことを知った時、王族のみが開けれる時空の扉を抜けた者には王族の何者かが今回のことに加担しているということを悟って、一同
は愕然とした。
完璧な竜の王の後継者である紅蓮を煙たく思っている王族がいる。
その事実も早く確認しなければならなかったが、何より分かたれた2つの玉を早く取り戻さねば、新王の戴冠式も行えない。
4人は自分達の誰かを人間界に行かせて貰おうと紅蓮に申し出ようとしたが、その矢先に紅蓮は弟の碧香と共に地下神殿に入っ
てしまったのだ。
再び扉が開くまで、どんなに焦れったく、そして不安だったか・・・・・それは、碧香が人間界に行ったという事実で現実のものになって
しまった。
「碧香様が・・・・・」
「なぜ、お1人でなど・・・・・っ」
儚く、可愛らしく、心優しい碧香は、圧倒的な支配者の資質を持ちながら冷淡過ぎるほどに他者を排除してしまう紅蓮と他のも
のの橋渡し役として、とても重要な位置にいた。
その碧香が不在となれば王宮内も、そして竜人界をも、火の消えたような寂しさが支配してしまうだろう。
4人の8つの目は、厳しく目の前にいる人間に向けられた。
碧香が人間界に行ってしまえば、否応無く向こうからも1人この竜人界にやって来てしまう。碧香の存在と比べれば雲泥の差がある
だろうが、無事に戻ってくるまではこの人間を庇護していなければならない。
「・・・・・ちんくしゃな顔をしておる。碧香様の面影とは似ても似つかない」
「行動は落ち着きが無いし」
「目に知性の煌きも無いではないか」
遥か昔から、人間に対して良い感情を持っていない竜人界の人間は、どうしても卑下する言葉を言ってしまう。
幸いに・・・・・と、いうか、目の前の人間にはまったく言葉は通じていないらしく、不思議そうな・・・・・それ以上に怯えたような目で自
分達を見ているだけしか出来ないようだった。
「仕方あるまい。紅蓮様、この人間は私が預かりましょう。いつ何時、碧香様の気配を感じないとも限らない。相性がよろしけれ
ば、お互いの感情を感じることが出来るといますから」
そう言ったのは、神官長の紫苑だ。
紫苑は神事を勉強するにあたり、遠い過去に何人か人間界に行った竜人の事も知識として知っている。その自分がこの人間を見
るのが一番いいと思ったのだが。
「・・・・・いや、この者は出来るだけ私の傍に置く」
「紅蓮様」
「私とて、碧香のことは気になる。それと同様に、人間界にあるはずの紅玉のことも」
その存在を誰よりも先に知らなければならない立場に立っている自分が、不本意ながらもこの人間の少年を側に置いておかなけれ
ばならないと紅蓮は思っていた。
(な、何の話してるんだろ・・・・・)
一種、異様な光景だった。
目の前にいる4人は、最初に会った男と同様に高い身長と、鍛えたような身体付きと、長い髪をしていた。
もちろん、それぞれ面差しが違うものの、誰も彼もが造作が整っているといってもいい男達だった。
(ま、まさか、ボコボコにされるんじゃ、ないよ、な?)
好意的とは言いかねる雰囲気に怯えてしまうが、それでもここから逃げ出すことは到底出来ないことだった。
夢の中ならば自由に空を飛び、新幹線よりも早く走って逃げるか、目の前の5人の男達を倒してしまうところだが、生憎地に着いて
いる足の感触も、頬に当たる冷たい空気も、そして何より身体をチクチクと突き刺さる視線も、全部が感覚があるもので、とてもこれ
が夢だとは思えなかった。
「お前、名は」
不意に、1人の男が聞いてきた。
全身白の服の男は、あからさまな嫌悪の色は無いものの、冷静に観察しているような視線で見つめてくる。
もちろん、何を言われているかは全く分からず、昂也は口元を引き攣らせた。
「私の言葉が分からぬのか」
『あ、あの、えっと・・・・・』
(ど〜したらいいんだよ〜、トーエン〜・・・・・!)
紫苑は呆れたような溜め息を付いた。
「言葉が全く通じないのは困ったものだな」
「紅蓮様、碧香様はどういう・・・・・」
「碧香には創竜の石を持たせた」
「・・・・・」
紫苑はそれをどういう風に使うかを知っている。思わず眉を顰めてしまうものだが、竜人である碧香が命を落とすということは無いだろ
う。
だが、この人間にはとても出来ない話だ。鱗石を胸に突き刺したら、多分・・・・・死んでしまうだろう。
「他の方法は無いのか」
紅蓮も同じことを思っていたらしく、紫苑に聞いてきた。
「・・・・・これは、書物に書いてあったことなのですが・・・・・」
「なんだ」
珍しく、紫苑は言い渋った。確実ではないこの方法を言葉にしていいものかどうか迷っているのだ。
幾らいい感情を持つことが出来ない人間でも、目の前にいるのはまだ子供だと言える年頃で・・・・・。
「紫苑」
しかし、紅蓮は沈黙を許さず、紅蓮の意思に紫苑が逆らうことも無かった。
「確かだという話ではありませんが・・・・・情を交わすという方法があると、書いてあったものがあります」
「情を?」
「竜人界の者の精を人間の身体の中に吐き出せば、その身体の作りが内部から変化して、自然と竜人の言葉も話せ、聞き取れ
るようになると・・・・・しかし、これはあくまでも可能性の問題で、現に成功したという記述はございませんでした」
紫苑の言葉に、紅蓮は眉を顰めた。
(この人間を抱け・・・・・と?)
男とか女とかの性別ではなく、相手が人間だということが引っ掛かった。
いずれは未来の竜の王を生み出さなければならない貴重な自分の精を、人間などに与えるのが面白くなかったからだ。
しかし、このまま言葉が全く分からないままでは、いずれあるかもしれない碧香からの交信も分からないままだ。
「・・・・・」
「紅蓮様、その役目は私が」
紅蓮が黙っていると、彼の守役、黒蓉が言った。
「紅蓮様が御身を汚されることはありません。この人間は私が抱きましょう」
「黒蓉」
「もし仮に、精を注ぎ込んだとしても効果が無かった場合のことも考えると、わざわざ紅蓮様の精でなくても・・・・・」
幼い頃からいずれ紅蓮の補佐役になるのだと育てられ、常にその傍にいた黒蓉も紅蓮と同様に人間を嫌悪している。
しかし、今は非常事態だ。
紅蓮の為ならばこの身を汚しても全く構わないという黒蓉の忠誠心に、紅蓮は僅かに口元を緩めた。
「そなたの気持ちは分かった」
「では」
「だが、これは私の役目であろう」
「紅蓮様っ」
「我が弟は人間界にまで行って、紅玉を探している。私も、これくらいの瑣末なことで躊躇ってはいられない」
そう言うと、紅蓮は隅で小さくなっている人間の少年を見つめた。
確かに忌み嫌う存在だが、成人していないだけまだ身は汚れていないだろう。それに、女相手だとしたら、万が一子でも生したらそれ
こそ問題だ。
子供で、男。最悪の中の最良な条件だ。
「これを私の部屋へ。誰にも見られぬようにな」
「我らも見届けを」
「構わぬ」
あの細い腕で自分に反撃することなど出来るはずが無いが、4人もの男が周りにいれば抵抗する気も起きないだろう。
そもそもこれは愛を交わす行為などではないので、信頼出来る側近達にその行為を見られたとしても問題は無い。
(言葉が分かったら分かっただけ煩そうだがな)
そうでなくてもギャーギャー騒がしかったこの人間の少年の言葉が分かるようになったら、それこそ煩わしいかもしれないと紅蓮は憂鬱
になったが、その時は話せない様に口を何かで被っていればいいだろう。
『なっ、何するんだよ!離せってば!離せ!』
背後で、黒蓉に担ぎ上げられた人間の少年が再び騒ぎ出している。
「誰か、大人しくさせろ」
紅蓮の一言で、優秀な部下は素早く人間の少年の口に布をかませ、そのまま首の後ろで結んで声を出させないようにさせると、両
手を後ろで、両足も縛って、そのまま強引に暴れさせないようにとしてしまった。
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