竜の王様




第五章 
王座の真価



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 『紅蓮には、人間界へと行ってもらうか』
 『ああ、碧香は自害してもらわねばな』

(なに・・・・・言ってるんだ?)
 昂也はセージュの言葉が信じられなかった。いや、言っている意味は分かるものの、どうしてそんな風に思うのか・・・・・仮にも、叔父
と甥という関係だというのに、そんな風に悲しいことをよく言えると思う。
 それは昂也だけの思いではない。あの2人に一番近いコクヨーも同様のようで顔を真っ青にさせているし、アオカを守るためにこの世
界に来た龍巳も同じだ。
 そして、グレンとはあまり仲がよいとは言えないコーゲンとスオーもさすがに眉を顰めていて、コーヤは今のセージュの言葉がこちら側
に与えた影響の強さをヒシヒシと感じてしまった。
(そ、そりゃ、こういうことが綺麗ごとじゃないっていうのは分かってるけど・・・・・でもっ)
 何かを言い返そうと、それでも何を言えばいいのか分からないまま、昂也は顔を上げてセージュを見る。すると、
 『・・・・・っ』
セージュの背後からじっと自分を見つめてくる眼差しに気付いて、昂也は思わずその目を見返してしまった。



 薄暗いこの洞窟の中でも、少年の黒い瞳は輝いている。それはきっと、瞳自体がというよりも、少年の強い意志がそう見せているよ
うに思えた。
(どうして・・・・・そんな眼差しが出来る)
 自分のことでも、そして自分にとって親しい者でもなく、人種さえ違う相手のことを、それほどに思えるという気持ちが分からない。
琥珀はじっと自分を見つめてくる少年を同じように見返していたが、やがて自分の前に立つ聖樹に言った。
 「聖樹殿、それでは王都に向かって使いを出さねばなりません」
 「・・・・・そうだな」
 「私に行かせてください」
 聖樹の言葉にかぶせるように言ったのは浅葱だ。
 「私を王都に」
 「お前が?」
 「皇太子と話がしたいのです」
 「・・・・・」
聖樹はどう答えるだろうか。自分よりも幾つか若い浅葱は、竜人界の再建に強い意欲を持っている。きっと、紅蓮に対しても色々と言
いたいことがあるのだろうとは思うものの、感情的なままあちら側の人間に接触させてもいいと考えているのか?
(聖樹殿の考えは、私には分からないな)
 それでも、琥珀は自分がと言うつもりは無かった。琥珀にとっては紅蓮に相対するよりも気になることがあるからだ。
 「では、お前に頼もうか」
 「はい」
聖樹の許しをもらった浅葱の瞳は、強い意欲に輝いている。それを見た琥珀は、今度は自分が聖樹に願い出た。
 「聖樹殿、私は少し気になることがあるのですが」
 「気になること?」
 「その・・・・・人間の少年のことです」
 この場には人間は2人。しかし、琥珀の眼差しは始めから1人にしか向けられていない。
 「皇太子のこの人間への係わりあい方が気になります。どうか、私に調べさせて下さいませんか」
そう言いながら1人の人物を指さすと、指された当人・・・・・コーヤは大きな目を丸くして、驚いたように叫んだ。
 「お、俺ぇ?」
 「・・・・・そう、お前だ」
様々に変化する表情は見ているだけで楽しいなと思ってしまい、琥珀は目を細め、口元を緩めた。



 「少し、待ってくれないかな。コーヤを調べたいと言っているが、この子はまだこの世界の言葉を理解出来ないし、話せない。少なく
とももう1人、そこに付き添い人をつけてもらえないか?」
 コーヤ1人で琥珀と対面させるなどとんでもない。いや、これが聖樹や浅葱よりも、もしかしたら警戒しなければならない相手かもし
れないと思った江幻が直ぐに切り出した。
 「自分をと言うのか?」
 「現に、私の力は必要じゃないかな」
 今こうしてコーヤ達と普通に話が出来るのは、自分が持っている緋玉のおかげだ。これが無いとほとんど意志の疎通が出来ないと
いうことを説明すると、琥珀はどうするというように聖樹を見た。
 「琥珀、ここではお前の立場の方が強い。この者達全員を前にしても構わないだろう?」
 「この者達を、皆?」
 「不安ならば、誰かを寄越せばいい」
 「・・・・・ああ、そうですね」
 「・・・・・」
(誰かを寄越す?)
 明らかにそれは聖樹であるはずはなく、今から王都へと向かうという浅葱でもない。ここに、彼らと並ぶほどの能力者が他にいただろ
うかと思った江幻は、直ぐにそういえばと思い付いた。
(1人、いたか)
 もしかしたら、自分よりも強いかもしれない能力者・・・・・紫苑がここにはいる。
幼い時から共に生活してきた黒蓉を無表情のまま地面に倒したことで、本当に聖樹の方に付いたことは事実として分かったが、まだ
その真意は分からない。
(この琥珀の前でなら・・・・・)
 敵の大将である聖樹ではなく、紅蓮に対して強い憤りを持っている浅葱でもなく、冷静に物事を見つめているように見える琥珀の前
でならば、紫苑もまた違った言葉を聞かせてくれるかもしれない。
(浅葱が王都に向かう前に、とにかく紫苑の意向を確かめておこう)
 その上で、捕らわれている赤ん坊達を救い出す作戦を考えて行動しなければならないと、江幻は内心で思っていることを少しも見せ
ずに、聖樹に笑みを向けて言った。
 「さて、私の要求は受け入れてもらえるのかな?」



 聖樹と浅葱が立ち去った後、蘇芳はあ〜あと大きな声を出した。
 「全く、暑苦しいな、あいつらは。それほどこの世界を手に入れることに意味があるのか?」
 「蘇芳」
 「そうは思わないか?江幻。昔はともかく、今の竜人界にそれほどの魅力があるとは思えない。子も生まれず、王も決まらず、このま
まじゃ人間界にも劣る世界になりかねないだろう」
 「・・・・・」
 「それとも、廃墟と化した竜人界を一から作り直すという方が面白いか」
 「・・・・・」
蘇芳は琥珀を見る。
(・・・・・これくらいじゃ、内面を見せてくれないか)
琥珀の感情を波立たせようとしてわざと茶化すように言ったが、相手も簡単にはその手に乗ってはくれない。さすがに聖樹が片腕として
選んだ男だ。
それでも、感心してばかりはいられないので、蘇芳は江幻に視線を向け、頷いた。
(こいつをこちらに引き込むことに協力しろよ)
 聖樹のように、王家に対して強い敵意を抱いているわけではなく、浅葱ほどに情熱的ではない。目の前の男がどんな思いで聖樹に
付いたのか興味があったし、出来るならば取りこみたいと思った。
(男を誑しこむのはコーヤだけでいいんだが)
自分よりも口の上手い江幻に頼るだけでは、コーヤに対して自分の存在感を見せ付けられない。そう、自分がこんな風に動くのはコー
ヤのためで、けして竜人界、そして紅蓮のためでもないのだ。
(今の王族がどうなろうとしったこっちゃない。そう、どうなろうと・・・・・)
 先王の息子達がどうなろうと自分には関係ないが、ここまで頑張ってきたコーヤのために・・・・・そう考えた蘇芳が顔を上げると、丁度
向こうから来る紫苑の姿が見えた。
 「シオン!」
 蘇芳の直ぐ傍でコーヤが叫んでいる。
振り向くと、コーヤは必至な表情をして紫苑を見つめていて、何だか紫苑の方がコーヤの特別な存在のように見えてしまった。
(いや、絶対にあり得ない)



 「琥珀の元に行ってくれ。後はその指示の通りに」

 聖樹にそう言われ、紫苑は再びコーヤ達の前に姿を現すことになってしまった。割り切っているつもりだが、その姿を見てしまえば自
然に感情が高まり、表情にも変化が出てしまう。
 しかし、今紫苑の身体の中には紅玉が隠されているのだ、絶対にそれを悟られるようなことはあってはならないと、出来るだけコーヤ
に視線を向けないようにして琥珀に言った。
 「聖樹殿からこちらに来るようにと」
 「ああ、少し、知りたいことがあってな」
 「知りたいこと?」
いったい何のことだろうと琥珀を見ながら聞き返せば、反対にそんな紫苑の表情をじっと見つめかえしながら、琥珀は続ける。
 「その人間のことだ。皇太子がなぜこの人間を特別に考えているのか不思議に思った。紫苑、お前は何か知っているか?」
 「・・・・・紅蓮様は、コーヤを特別視されてはいないと思いますが。それはあなたの気のせいではありませんか?」
 「私の気のせいなのか?」
 「ええ」
紫苑はきっぱりと頷いた。どんなに怪しいと思われても、言い切ってしまえばいい。
 「・・・・・いや」
 「琥珀殿」
 「どう考えても、あれほど人間を忌み嫌っているはずの皇太子が取る態度ではない」
 「・・・・・っ」
 そう言いながら伸ばされた琥珀の手がコーヤの腕を掴んだ。
とっさにそれを遮ろうとした紫苑は気持ちを押さえるように拳を握り締め、その向こう側で江幻と蘇芳が足を踏み出している。
一瞬のうちに冷えてしまった空気を変えたのは、
 「俺も、話したい」
少し、震えていたが、それでもきっぱりと言い切ったコーヤの言葉だった。



 セージュが去って、再びシオンが目の前に現れた。
それまでセージュの圧倒的な負の気に押されていた昂也は、とにかくシオンに自分達の気持ちを分かってもらおうと、震えそうになる
足を叱咤して自分の腕を掴むコハクを見、直ぐにその隣にいるシオンを見た。
 『シオン』
 『私の答えは先程言った通りです』
 シオンは直ぐにそう言い返したが、その眼差しは以前のままに昂也は見えた。
(絶対、シオンの心の中までは変わっていないはずだ!)
 『なあ、シオン、このまま俺達と戻ろう?な?』
 『・・・・・困ったな』
 『困ることなんて何も無いって!グレンが何か言ったら俺が言い返すし!』
 『おい』
 『何!』
(邪魔しないで欲しいんだけど!)
せっかくシオンを説得しているのにと眉を潜めて視線を向ければ、そこではコハクがじっと自分を見ている。あまりにも真っ直ぐな視線
に居心地悪いなと思いながらも、昂也は何ともう一度訊ねた。
 『皇太子とお前はどういう関係だ?何も無いというわけはないだろう?』
 『どういうって・・・・・』
 説明は難しい。家族ではなく、友達でもなく、いや、第一グレンは人間ではない。
自分達の都合で勝手にこちらの世界に引きずり込んだくせに、グレンの自分に対する言動はとても悪いと思っているようには見えなく
て・・・・・昂也としてもあの男に対してあまりいい感情を抱くことは出来なかったが。
 『あ〜・・・・・もしかして、エッチしたこと・・・・・言ってるのか?』
 『・・・・・えっち?』
 『でも、あれだって俺の意思じゃないし、あいつが無理矢理・・・・・』
 『えっちとは何だ?』
 『昂也っ、それってお前っ!』
 『あ・・・・・え?・・・・・あれ?』
昂也の言葉の意味が分からないらしいコハクと、当然意味が分かる龍巳に同時に詰め寄られ、昂也は自分が口を滑らせてしまった
ことに気付いた。