竜の王様
第五章 王座の真価
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※ここでの『』の言葉は日本語です
『昂也っ、それってお前っ!』
『あ・・・・・え?・・・・・あれ?』
龍巳は今の昂也の言葉に様々な想像を巡らせてしまった。
こちらの世界に来る前から、グレンの人間に対する考えは碧香から聞いてはいたものの、時折碧香と交感していた昂也の様子からは
それほど深刻な状況は感じ取れなかった。
しかし、今の言葉を聞けば、昂也はグレンに・・・・・。
(ま・・・・・さか?)
龍巳も、《エッチ》という言葉の意味は当然知っている。ただ、弾みでキスしたというくらいの接触ではこんな表現はしないだろうし、そ
うすると昂也はグレンとセックスをしたということになる。
『昂也、お前・・・・・したのか?』
碧香のことを好きになった自分が、今更男同士でという偏見は無いが、自分達のように両想いというわけではなく、相手からの一方
的な暴力であったら・・・・・いくら昂也が喧嘩が強いとはいえ、体格はまるで違うし、なにより人間には無い不思議な力を持っている。
『・・・・・あれは、エッチじゃない。俺にとっては、殴り合いと一緒』
『昂也!』
『女じゃないんだし、ああいうことがあっても俺は何とも思ってないって。それに、一応は許しているつもりなんだ。・・・・・てか、忘れた
いってとこ』
『やっぱりさあ、初めてのエッチは好きな子としたいよな』
今時の中学生よりも性的には奥手の昂也は、高校生になってようやく異性を意識するようになったらしい。
そう言われた時、既に何人もの相手とセックスをし、そのどの相手も好きな相手というわけではなく、誘われたからという理由が一番
大きい龍巳にとって、昂也の純粋な思いはとても微笑ましく、昂也らしいと思っていた。
そんな昂也をと思うと、龍巳の中に猛烈な怒りが湧き上がった。
『それは、私が助言したこと』
そんな龍巳に視線を向けて来たシオンが淡々と言う。
『コーヤがこちらの世界に来た時、言葉も、意志も全く分からなかった。方法を訊ねてこられた紅蓮様に、私が過去に見た書物の知
識をお教えして、そのうえで、紅蓮様は可能性を確かめられた。それは仕方が無いこと』
『どうして止めてくれなかったっ?』
その結果、昂也がどんなに傷付いたのか、この男には分からなかったのだろうか。
敵地にまで赴いて、昂也が助けようとしている相手のその言葉は裏切りにも感じてしまい、龍巳は思わずその腕を掴んで問い詰めよ
うとした。
パシッ
『・・・・・っ』
一瞬、何が起こったのか、龍巳には分からなかった。シオンに触れた瞬間、まるで静電気のような痛みと光が走って、反射的に手を
離してしまったが・・・・・。
(いま、の?)
紫苑は茫然と自分の手を見下ろしているタツミを見て眉を潜めた。
(なぜ、あの人間に反応した?)
今のは明らかに自分の身体の中にある紅玉があの人間に反応したのだ。
碧香が連れて来た人間の少年。シオンにとってはコーヤと顔見知りだという認識くらいしかなかったが、紅玉が反応するということはこ
の少年自身に何か存在価値があるのかもしれない。
「・・・・・」
今の光景を見ていた紫苑以外の者達は、当人の少年を含めて戸惑いと驚きの表情をしている。
少なくとも、琥珀には今の現象を誤魔化しておかなければならないと、紫苑は少年に触れられた腕をゆっくりとさすって見せた。
「気が高ぶっていたせいか、反発し合ったようだ。琥珀殿、もうよろしいのではないですか?」
「紫苑」
「紅蓮様がもしもコーヤを特別視なさっているとしたら、それは今申し上げました通り、一度でもその身に情けを掛けたからということ
です。それ以上でも、それ以下でもない。紅蓮様が人間に対してどういう思いを抱いているか、竜人ならば御存じなのではないでしょ
うか?」
「・・・・・」
「黒蓉殿、私はもうこちら側の者。もしもこの先、あなたが紅蓮様と再会するようなことがあればそうお伝えください」
目礼をし、黒蓉から視線を離した紫苑はコーヤを見て、最後にもう1人の人間の少年、タツミを見た。
(あの者は・・・・・)
もしかしたらという思いはあるが、今の紫苑にそれを確かめることは出来なかった。
まだ心を残す素振りを見せながらも立ち去る琥珀と紫苑の後ろ姿を見て、黒蓉は唇を強く噛みしめるしかない。
もう、何を言っても紫苑をこちら側に取り戻すことは出来ない・・・・・そう、確信してしまったのだ。
(可能性を信じてここまで来て・・・・・挙句、捕らわれて紅蓮様の足枷となっている・・・・・っ)
「トーエン、大丈夫か?」
「・・・・・俺なんかの心配するな、馬鹿」
「馬鹿とはなんだよっ。俺がお前を心配しちゃいけないのかっ?」
少し離れた場所でなにやら言い合っている2人の人間。
もちろん、黒蓉の中には今もって人間に対する負の感情は多いものの、自分達の事情に巻き込んでしまい、このまま命を落とさせる
ということは矜持が許さなかった。
あくまでも今回のことは竜人界の問題で、人間には関係のない話だ。
「・・・・・」
黒蓉は大きく深呼吸をしてから、意識を切り替える。紫苑のことはもう切り捨てなければならず、後は次のことを考えなければならな
かった。
(この2人を王宮に戻すには・・・・・先ずはここから出なければならないか)
この洞窟から出たとしても、今度は王宮まで連れ帰なければならない。だとすれば、自分達竜に変化出来る3人の中の誰かが、共
に行動するということになる。
黒蓉は自分はこの場に残り、聖樹に、いや、せめて琥珀や浅葱を倒すまでは戻らないつもりでいるので、それは江幻か蘇芳に頼むし
かない。
本当は、この場に連れ去られた赤ん坊達も王宮に連れ帰ってやりたいが、今のこの状況ではとても・・・・・。
「・・・・・考えようっ」
黒蓉の思考は、いきなりコーヤの言葉で中断された。
「何を考えるんだ?コーヤ」
面白半分に訊ねる蘇芳に向かい、先程まで目を伏せていたコーヤはきっぱりと言い切った。
「さっきのシオン、見ただろ?シオン、変わっていなかった、絶対に俺達と帰りたいって思ってるはずなんだよ!」
「・・・・・」
(あの態度を見て、どうしてそういう風に思えるんだ?)
確かに口調や眼差しに変化は無くても、まとっていた気が全然違う。明らかにこちら側を排除していたというのを、能天気なコーヤは
気付かなかったというのだろうか。
「おい、紫苑は・・・・・」
「シオンだけじゃないよ、赤ん坊達も一緒にここを出よう。本当は、出来れば話し合って分かって欲しかったけど・・・・・何だかあの人、
セージュって、今の状態を楽しんでいるみたいだし」
「・・・・・楽しんでいる?」
「うん・・・・・俺、戦争って経験したことないけど、あれって地位が欲しいとか、金が欲しいとか、それぞれ色んな欲望を持っているん
じゃないかって思うんだけど、セージュはなんか、現状を楽しんでいるみたいに見える」
そういう相手には、平和とか情を訴えても効かない気がするというコーヤの言葉は、不思議と真理をついているような気がした。
黒蓉も今の今まで、聖樹は紅蓮を倒し、竜人界を我がものとすることに執念を燃やしていると思っていたが、考えたらそれほどの暗い
情熱は伝わってこない。
コーヤの言うように、この混乱自体を楽しんでいる・・・・・そう思う方が何だか頷けた。
「コクヨー」
名前を呼ばれ、真っ直ぐに眼差しを向けられる。何だと答えた黒蓉の声は、情けなくも掠れていたかもしれない
「俺のこと、気に入らなくっても協力してくれ。コクヨーの力が必要なんだ」
「・・・・・当たり前だ。こいつらに頼っても仕方が無い」
言い返す言葉は何時も通り尊大にしたが、黒蓉の感情は明らかに以前よりも柔らかく変化していた。
『先ずは、ここから出るのが先決だよな』
触れて痺れるだけならまだいいが、その時点で自分達が何をしようとしているのかを向こう側に知られてしまう。そこを知られないよう
に動くにはどうすればいいのかが手始めの問題だった。
『これ、解くこと出来ない?』
『解くことは出来るだろうが、その時点で脱走したことが知られるだろう?』
『あ、そっか』
昂也は周りを見る。
自然に出来た洞穴は硬くて、簡単に崩れるということはなさそうだ。
『・・・・・穴、掘れないかな』
『穴?』
『そう。目の前が通れないんなら、この地面に穴を掘って外側にスルっと』
昂也の頭の中には、昔映画で見た銀行強盗や、刑務所から脱獄するシーンが浮かんでいたが、多分そんなことは無理だろうと思っ
た。
(機械があれば別だけど、手で掘ってたら何日かかるか・・・・・)
『え〜っと、じゃあ別の手は・・・・・』
『面白いかもね』
『やってみる価値はあるかもな』
『え?』
昂也としてはとりあえず言ってみたという感じだが、意外にもコーゲンとスオーは顔を見合わせてそう言いだした。
この2人がノってくるとは思わなくて昂也の方が意外に思ってしまったが、さっそくというように2人は話し始めた。
『俺が掘るか』
『じゃあ、私が音を消すよ。黒蓉』
『私がする。蘇芳が音を消し、江幻、お前はこの場を気で守れ。おい、お前も力を貸せ』
『はい』
『あ、あの、俺は?』
黒蓉が視線を向けているのは龍巳だ。自分の言葉が切っ掛けでその場が動くのは嬉しいことだが、自分だけ何もすることが出来な
いというのがもどかしい。確かに、自分には何も力は無いが、出来ることをちゃんと教えて欲しかった。
江幻は首を傾げる。
「コーヤに出来ること、ねえ」
多少なりとも力があれば、この地面を掘る方に力を貸してくれたらいいと思うものの、手で掘ることなど出来ない硬い岩を前に何と言
えばいいだろうか。
怪我をしないようにしてくれていたらいいと思うのが一番だが、そう言ってもこのコーヤが大人しくしているわけが無い。
「コーヤは、俺の応援係ってことでいいんじゃないか?」
考える江幻の言葉に被せて言ったのは蘇芳だった。
「応援?」
「そう。俺の意欲が湧くから」
「なんだよそれ!!」
「昂也、声が大きいぞ」
「・・・・・むぅぅぅ」
友人であるタツミに諌められたコーヤは頬を膨らませて、それでも今度は声を漏らさないように口をつぐんでいる。その律儀な様に思
わず笑みを誘われた江幻も、そうだなと蘇芳の言葉に乗ることにした。
「コーヤは応援係と見張りだ。重要な役割だから頑張って」
「・・・・・じゅーよーかなあ」
力の無いコーヤの出来ることは、派手ではないが重要なことだ。
目に見えるものや力で協力するのももちろん力強いことだが、精神面での支え・・・・・守らなければならない大切な存在がそこにある
というだけで、男というものは実力以上の力を出せるのだ。
「重要だよ、とても」
「ああ、重要だな」
「自分に出来ることをすればいい」
「頼むな、昂也」
「・・・・・」
それぞれが打ち合わせをしたわけではないが揃ってコーヤを宥める言葉を言い、多分納得はしていないのだろうが、昂也も渋々頷い
てくれた。
「では、コーヤの考えた作戦を実行してみようか。考える時間は無いからね」
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