竜の王様
第五章 王座の真価
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※ここでの『』の言葉は日本語です
コーゲン、スオー、コクヨー、そして龍巳が、神経を集中させるように目を閉じている。
(・・・・・なんか、してる?)
昂也にははっきりと何をしているのかは分からなかったが、傍にいるだけでも肌がザワザワと、まるで鳥肌が立つような感覚を感じた。
『・・・・・』
昂也がただ黙って彼らがしていることを見ていると、やがてバラバラに目を開き、先ずコーゲンが口を開く。
『南西の方角。頑強な岩盤は無いみたいだね。都合がいいことに、丁度ここから真っ直ぐ・・・・・他に空間は無い』
『それでも、ここで一番いい場所だな。外気も通っている』
『見張りは2人だ』
『それくらいなら問題ないだろ』
『今、その子達眠ってますよね。今のうちにするんですか』
『・・・・・』
(なんだ?)
それぞれが好き勝手なことを話しているように聞こえるものの、どうやら今の短時間で攫われた赤ん坊達の場所を確認した、らしい。
そんなことまで分かるのかと感心してしまうが、考えたら不思議な力を使ったり、竜になったりする男達だ。何があっても今更驚かない
方がいいかと、昂也はあっさりと自分の中に残っていた常識を捨ててしまった。
『やると決めたら早い方がいいからね。コーヤ』
『あっ、はいっ』
思わずかしこまって返事を返すと、そんなコーヤに笑い掛けながらコーゲンが言った。
『今から10数える間に地中に力を注いで穴を空ける。そのまま赤ん坊達のいる場所まで一気に行くから』
『え・・・・・そんなに遠くまで10秒くらいで?』
さすがに昂也は驚いたように声を上げてしまう。
ここから、気のバリアーが張られている場所を通り抜けた向こう側に行くまで、それでも、2、3メートルはあるはずで、そこに一気に通り
抜ける穴をあけるだけでも大変だと思っていた。
実際に赤ん坊達がいる場所まではっきりした距離は分からないが、それでも10メートルや20メートルの距離ではないはずだ。
それが、その場所まで機械も使わないのに、《気》というものだけで、それも10数える間・・・・・10秒くらいで穴を掘れるというのだろう
か?
(・・・・・無理、だろ?)
自分が当初考えていたよりもはるかに大掛かりになってしまっていて、昂也は何気なく言った自分の言葉を今になって撤回したい気
分になってしまった。
一気に不安そうになったコーヤに、黒蓉は一瞬何か声をかけなければならないと思ってしまった。
自分にとっては何の不思議でもない力だが、人間のコーヤにとっては信じろと言っても信じられない不可思議な現象なのだろうと分か
るからだ。
しかし・・・・・。
「大丈夫だって、コーヤ。お前はただ少し待っていればいいだけだからな」
コーヤの身体を我が物顔に抱き締めたのは蘇芳だ。
「スオー・・・・・大丈夫なのか?」
「こいつらだけならともかく、俺がいるんだから失敗は無い」
「何、それ」
本気でそう思っているのか、それともコーヤの緊張した気持ちを和らげるためにそう言っているだけなのかもしれないが、蘇芳がそう言
うと、コーヤの顔に笑みが浮かんだ。
「・・・・・」
「スオー、本気で頑張ってくれよな?俺、期待しているからさ」
「任せておけ」
「ん。コーゲンも、人任せにして手抜かないでよ?」
コーヤの眼差しは江幻に向けられ、応援するように拳を握り締めて言う。そこには確かな信頼感が滲んでいて、黒蓉の眉間には自然
に皺が寄ってしまった。
「はは、始めに言われたらとても出来ないな」
「ったく、今そーいうこと言わないでくれよな。・・・・・トーエン、トーエンの力は、俺はまだよく分かんないけどさ、信じてるから」
友人らしい人間の少年に対しては、昂也は心から心配しているという様子を見せている。
黒蓉は、自分だけがこの場で異質な存在であると感じた。
「うん、分かった」
「・・・・・」
一団から目を逸らした黒蓉は、自分の足元を見下ろす。今までこんな感情を感じたことが無く、どう気持ちを整理していいのか分か
らないのだ。
それでも、腹を立てて、今回の作戦から外れるとは思わなかった。それは、紅蓮のためでもあるし、そして、ここに来てから少しも役
に立っていない自分の存在感を知らしめたいという思い、そして・・・・・。
「コクヨー」
「・・・・・なんだ」
いきなりコーヤが自分の元に歩み寄ってきたので、黒蓉は驚きを不機嫌な無表情に隠して返事をする。
すると、コーヤは黒蓉の顔を下から見上げるようにして、あのさと切り出した。
「コクヨーは、あんまり無理しないでいいからさ」
「・・・・・それは、私の力がこの者達に劣るというのか?」
「そーいうわけじゃないけど・・・・・その手、だし、無理しないで欲しくって」
「・・・・・手?」
「まだ痛いんじゃない?大丈夫?」
「・・・・・」
(私の心配をしているというのか?)
紫苑に腕の細胞を破壊され、気を集中させるというのも今は完全ではない。それでも、江幻の癒しのおかげで、多少は回復してい
た。使える力を最大限発揮するつもりだった黒蓉は、コーヤの気遣いに返って戸惑いを覚えてしまった。
(自分が何をされてきたのか、お前はもう全て忘れてしまっているというのか?)
愚かだと思う以上に、黒蓉はなぜか胸のざわめきを感じてしまい、余計な気遣いは無用だと言い放つことで、自分の言持ちを誤魔
化すことにした。
「そこ、離れろ」
じっと見つめ合っているコーヤと黒蓉の間に強引に割り込んだ蘇芳は、見せ付けるようにコーヤを自分の背後にやると、肩眉を上げ
て黒蓉に言った。
「今自分でも言っていたが、今のお前には通常の力は使えない。空間をあけるのは俺とタツミでするから、お前は江幻の支援を頼む
な」
「何を・・・・・っ」
「それじゃあ、お前はこの一度しかない機会に、絶対失敗しないという自信があるのか?」
大きな力を瞬間的に結集する。それも、この洞窟の中にいるはずの聖樹達に気取らせないようにするには、この作戦を決行するの
は一度しか無理だ。岩を砕く力と、その一切の気を洩らさないように防壁の役割をする力。《もしも》や《たぶん》という不確かなことで
は、こちらの命取りになりかねない。
そうならない自信があるのかと、蘇芳は真正面から黒蓉に聞き、黒蓉は開きかけた口を噤んだ。
(お前のいい所は、その馬鹿正直なところだよ)
行動だけでも認めたととった黒蓉は、傍にいたタツミに視線を向けた。
「おい、死ぬ気でやれよ」
「はい」
「・・・・・」
(こいつが今の段階でどれくらいの力が出せるかが問題なんだが)
ただ、先程も黒蓉と紫苑の力がぶつかったあの気を受けながら、全くの無傷でいたということにきっと意味があると思えた。
攻撃をすると同時に防御も出来ないことは無いが、聖樹や紫苑達に気付かれないようにするには、どちらか一方に集中しなければな
らず、黒蓉が使い物にならない今、タツミに頑張ってもらわなくてはならない。
「よし、やるそ」
蘇芳はタツミの肩を叩いた。
龍巳とスオーが後方右手の岩壁の前に立った。
『いいか、気を溜める時間もない、一気にやるからな』
『はい』
龍巳は頷くと左手を壁に付ける。その手の横に、スオーも同じように左手を置いた。
『俺が5から数を数える。その瞬間、さっき感じた場所まで一気に気を貫通しろ。時間は10数えるまでだ。それ以上は・・・・・』
『この狭い空間の中では無理』
『と、言うことだ。コクヨー、いいな?』
『・・・・・ああ』
自分達の丁度後方に立った2人の男も手をかざす。今この瞬間は力の片鱗さえ見せられないのだが、龍巳は今言われたように瞬間
的に爆発するような力を放ったことは無かったので、やはり僅かだが心配だった。
それでも、やらなければならないのだ。
『5』
『・・・・・』
『4』
目の端に、両手を祈るように握り締めている昂也の姿が映る。
『3』
深呼吸をする。
『2』
『・・・・・っ』
(よし!)
『1!』
その瞬間、龍巳とコクヨーの左手から凄まじい勢いの気が一方方向に放たれた。
ドンッ!!!
『・・・・・っ』
(あ、つい・・・・・っ!)
その瞬間、目の前に閃光が走ったかと思うような眩しい光と、凄まじい熱が昂也の身体を襲う。
だが、昂也は目を閉じていられなかった。今までも信じられない光景を数多く見て来たが、それでも今目の前で繰り広げられている光
景はそれ以上のものに見えたからだ。
(す・・・・・っげぇ・・・・・)
硬い岩の壁が、まるで豆腐のようにクニャリと柔らかくなって穴があき・・・・・それがすごい勢いで奥の方へと空間を広げていくのだ。
昂也はスローモーションのように見えるその光景に見入り、ただ息をのむことだけしか出来なかった。
『・・・・・終わった?』
時間にすれば、本当に10秒かそこらのことだった。
輝いていた洞窟内は一瞬のうちに暗くなり、残ったのは・・・・・。
『・・・・・温かい』
人1人分くらい、屈めば通れるほどに開いた空間は、周りの岩もまだ温かいままだった。昂也は中を覗き込み、先にほのかな明かり
を見付けた。
『あそこに赤ん坊達がいるのか?』
『間違いない。見張りも眠らせているし、今のうちに急ごう』
『コーゲン』
『気の気配は相殺したが、聖樹のことだ、直ぐに異質な気配に気付く。一刻でも早く行動しないと、退路が絶たれてしまうからね』
『そうだなっ』
確かに、今の大きな気の動きを綺麗に消したとしても、赤ん坊達を連れだしたりすれば直ぐに気付かれてしまう。
昂也は直ぐに頷き、真っ先に自分が穴の中に入ろうとしたが、その腕を掴んで止めた者がいた。
『私が先に入る』
『コ、コクヨー?』
『お前は後から来ればいい』
『あ・・・・・ん、ありがと』
『何を言っているんだ』
『・・・・・』
(本当に分かりにくい人だよなあ)
未知の場所には、最初に訪れる者の方が危険性が高いことは昂也も分かっている。今コーゲンが向こう側の見張りも眠らせている
と言っていたが、自分達があの場所に着く前に、新しい何者かが現れる可能だってあるのだ。
言葉で危険だからと言ってくれれば早いのに、どうしてもひねくれてるなと思いながら、コクヨーが穴の中に入り、続いてスオーが入っ
たのを見た昂也は、次は俺が行くと叫んだ。
(俺だって、早くあの子達の顔が見たいんだから!)
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