竜の王様
第五章 王座の真価
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※ここでの『』の言葉は日本語です
山のふもと近くまで下りた昂也は、そこに十数人もの人影があるのが見えた。
『あ・・・・・っ』
その中心にいるのは間違いなくグレンだ。しかし、彼は何時ものいでたちでは無く、身体を眩い銀色の鎧で覆っている。
なびく銀に近い金の髪に、燃えるような赤い瞳。堂々としたその姿は物語に出てくる王様のようだ。
(で、でも、あれって目立ち過ぎないか?)
どちらかといえば、兵士の後ろで守られているイメージの王。出来るだけ目立たない服装の方がいいのではないかと昂也は思うが、
この世界では違うのだろうか?
『・・・・・』
グレンの眼差しは真っ直ぐに自分に向けられている。昂也は一度コクンと唾を飲み込み、腕に抱いた赤ん坊をギュッと抱きしめなが
らグレンの前に立った。
『グレン・・・・・』
『無事に戻ってきたな』
『う、うん、でも、ごめん、俺・・・・・シオンを連れて帰れなかった』
北の谷に行った一番の目的は、あちら側に行ったシオンを連れ戻すことだったのに、それが叶わずに戻ってきてしまった。
昂也は自分達を送り出してくれたグレンの気持ちに応えることが出来なかったことが本当に申し訳なくて、ぐっと頭を下げて謝る。これ
以上は、自分は何も出来ない、それを思い知らされることが悔しくて・・・・・唇を噛みしめた。
グレンはしばらくの間黙っていたが、やがて昂也の顎に手をやり、上を向かせられる。
自分をじっと見る赤い瞳から、昂也は目を逸らすことが出来なかった。
『お前は、人間にしては良くやった』
『グ、レン?』
『後は、私達が始末を着けねばならない』
『・・・・・』
(グレン・・・・・?)
グレンの眼差しも口調も、昂也を責めているものではなかった。いや、むしろ初めて見るような穏やかな視線で、昂也は返って戸惑っ
てしまう。
『それに、お前はその赤子達を無事に連れ帰ってくれた。それだけでも十分大きな功績だ、そうだな、白鳴』
『はい』
どんな声を掛けられても仕方が無いと思っていたのに、こんな風に迎えられるとは。
昂也はどう受け止めようかと、思わず後ろにいる龍巳を振り返ってしまった。
(碧香・・・・・いない)
出迎えてくれた十数人の中に碧香の姿は無かった。
誰もがグレンのように武装をしている体格の良い男達ばかりで、今からまさに戦いが始まるといった雰囲気に、龍巳自身も自分がどう
すればいいのだろうかと悩んでしまう。
昂也を1人だけで行かせることは出来ない、いや、少しでも自分の力で何かしたいと思って同行したのに、結局何も出来なかったと
いうのが現実だった。
少々力が扱えるからと思っていたが、それが通じるほどに相手は甘くなく、先頭に踏み出す勇気さえ昂也に負けるほどで、胸を張っ
て帰ることの方が恥ずかしいのだが・・・・・。
『トーエン』
そんな自分の表情の変化にいち早く気づいたらしい昂也が、どうしたという風に名前を呼んでくる。まさか、碧香の姿が見えないから
心配だとは言えず、龍巳はいいやと首を振った。
『この子達、早く休ませてあげた方がいいんじゃないか?』
『あっ!』
昂也は直ぐに自分の腕の中にいる赤ん坊を見下ろす。
皆大人しくしているが、これはもしかしたら体力が弱っているせいなのだろうかと思ったらしい、昂也は慌てたようにグレンを見上げて言っ
た。
『グレンッ、この子達!』
『ああ、分かっている』
グレンは傍にいた兵士達に合図をすると、それぞれが大切そうに赤ん坊を受け取り、王宮の中へと連れて行く。先に赤ん坊を連れ
帰ると昂也が連絡したせいで、受け入れの態勢は出来ていたらしい。
本当は昂也もその後を追いたいのだろうが、眼差しだけでその姿を見送ると、グレンともう一度その名を呼んだ。
『シオンのことだけど』
『・・・・・』
『何か、考えてるのは分かったけど、それが何かまでは俺には分からなかった。でも、絶対に戻りたいって思ってくれていると思う。グレ
ン、シオンを助けて!お願いだからっ!』
拳を握りしめ、必死に自分の思いを訴えている昂也を見て、龍巳はこんな時なのに笑みが零れてしまった。
一生懸命で、必死な、コーヤの真っ直ぐな目。これに勝てる相手なんて・・・・・。
『・・・・・無論、お前に言われるまでもなく、あれは今でも私の臣下だ』
・・・・・やはり、それはこの不思議な世界でも同様のようだった。
本当は、山の頂上で下りてくる姿を出迎えたかったくらいだが、グレンは何とか逸る心を押さえてふもとで待っていた。
戦用の鎧に身を包んで現れたのは、共に連れて来るらしい琥珀に見せるためと、もう一つ・・・・・コーヤ達を出迎えたら、今度は自ら最
前線へと向かうためだ。
ここまで他の者に頼ってしまったが、もう自分が表に立たなければならない。
前王の息子だというだけで、産まれた時から次期竜王になるのだと思われていた自分だが、今の竜人界の民は、それだけの理由では
紅蓮を崇めようとはしないだろう。
圧倒的な力と共に、竜人界を思う深い気持ちを分かってもらうためにも、自分だけが奥に隠れていることは出来なかった。
「もう一度言う、コーヤ、お前は良くやった」
「・・・・・まだだよ、グレン」
「コーヤ」
「まだ、終わってないだろう?」
「・・・・・」
(・・・・・不思議な奴)
きっぱりと言うコーヤを見ていると、なぜだか自然に身体の奥から力が湧きあがってくる気がする。そんな風に思ってしまう自分に呆れ
てしまいそうだったが、
「・・・・・これは?」
ふと、コーヤの腕や頬に擦り傷があるのが見えた。
「え?」
「これはなんだ?」
もう一度同じように言って、今度はその擦り傷に指を触れる。自然に眉根を寄せてしまうのは、この傷が自分が付けてものではなく、自
分の知らない間に、知らない相手がつけたものだからだ。
自分の所有物に傷付けられる・・・・・それに怒りを覚えない人間などいるはずが無い。
「コーヤ」
「そんなに傷になってる?」
本人はあまり気にしていないようで全く口調は変わらないが、答えないままのコーヤを見ている紅蓮の機嫌はどんどん下降線を辿っ
ている。
すると、
「申し訳ありませんっ」
いきなりそう言った黒蓉が前に進み出ると、片膝を着いて深く頭を下げて言った。
「黒蓉」
その行動に名前を呼べば、黒蓉は頭を垂れたまま、重苦しい声で続ける。
「この者の怪我は私のせいです」
「お前の?」
「私は・・・・・守りきることが出来なかったのです」
大きな怪我ではないが、その原因を自分だという黒蓉。
しかし、グレンが意外に思ったのは、その要因を作ったというのが黒蓉だったからではなく、口から出て来た守りきる・・・・・と、言う言
葉だった。
以前の黒蓉ならば、人間であるコーヤを守るという意識など絶対にないはずで、むしろ足手まといだったと切り捨てるはずだ。
それをしないというだけ、黒蓉の中でのコーヤの存在の変化を否応なしに感じないわけにはいかなかった。
全ては自分が情けなかったから。
恥を忍んでそう言った黒蓉は、紅蓮の言葉を覚悟しながら待っていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
どんな言葉を投げかけられても、処罰を与えられても、それでも黒蓉は甘んじて受け入れるつもりだった。
今回、北の谷に向かった者の中で、紅蓮の命を受けた自分が責任者だと言ってもいい。それなのに、紫苑と向き合った時も、赤ん坊
達を取り返そうとした時も、自分はただ周りの勢いにつられてしまったようなものだった。
何も出来なかった・・・・・黒蓉の中でその意識はとても強い。
「黒蓉」
「はっ」
「ご苦労だった」
「・・・・・っ!」
ハッと顔を上げると、なんと紅蓮は黒蓉と同じように片膝を着き、その目線を合わせるようにしながら言った。
「あの赤子を無事に連れ帰り、同行した者達も皆無事であっただけ、お前の功績は褒め称えていいものだと思っている」
「紅蓮様・・・・・」
思いもかけない紅蓮の言葉に、黒蓉は胸が詰まり・・・・・唇を噛み締めてしまう。少しでも気が緩んでしまうと、その目から何かが溢
れ出てきそうな気がした。
「次は私達の番だ。お前はゆっくり休んでいるがいい」
「紅蓮・・・・・様っ」
俯く黒蓉の肩に手をやり、紅蓮はもう一度黒蓉に言った。
「無事の帰還、嬉しく思うぞ」
「驚いたな、紅蓮の言葉」
「全く。怒る以外にも語彙があったんだな、あいつは」
「それは言い過ぎだろう」
紅蓮と黒蓉の会話を聞きながら、江幻と蘇芳は勝手なことを言い合った。
紫苑を連れ帰るということは元々紅蓮も期待していなかったと思うので、赤ん坊達を連れ帰っただけ上々の成果だと思うが、あの傲
慢な王子が素直に褒めることなどしないと2人共思っていた。
それが、思い掛けない反応だ。想像外だったというか、期待外れというか・・・・・とにかく、全く思い掛けない紅蓮の反応に、そう言う
しかなかった。
「あの格好・・・・・本格的に戦を始める気か」
「憂う要因は無くなったからね」
「・・・・・まさか、俺達もかり出されると思うか?」
「・・・・・さあねえ。それは無いと思うけど」
(紅蓮も、これ以上私達の手を取ろうとは思わないだろうしね)
今度は自分と、ごく近しい者の力だけで向かっていくのではないかと思う。
本気になった紅蓮の力がどれほどのものなのか江幻も分からなかったが・・・・・そんなことを思っていた江幻は、ふと別の眼差しを感じ
て振り向いた。
(ああ、そうだった)
「彼も、どうにかしないと」
「ん?」
蘇芳も自分の視線を追って、直ぐに苦笑を浮かべる。
「そう言えば、コーヤが連れて来たんだっけな」
「丁度あの竜王候補って騒いでいたガキもいたろ?そいつとは一緒にしない方がいいな」
「何かを企むということもないだろうけど」
そう言うと、江幻は自分達から少し離れた場所に立って無表情のまま前方を見つめる琥珀に近づいた。
「身柄は、王宮に預けることになるから」
「・・・・・」
「もしも言いたいことがあるのなら、この機会に紅蓮に直接言ってみたらどう?」
今のあいつならば聞く耳を持つくらいはあるだろうと言えば、琥珀はチラッと無感情な眼差しを向けてきて・・・・・再び黙ったまま紅蓮
の方を見る。
(・・・・・いや)
琥珀の視線の中には紅蓮も確かにいるが、視線の先にはもう2人、黒蓉と・・・・・。
(コーヤを、見ている?)
それは江幻の気のせいかもしれない。それでも、ただそう言って流してしまうほどには確信が無いとも言えなくて、何時しか江幻の表
情も訝しげなものに変化をしてしまった。
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