竜の王様
第五章 王座の真価
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※ここでの『』の言葉は日本語です
(何だよ、ここ・・・・・)
案内されたのは、ベッドやテーブルはあるものの、窓のない、広い部屋だった。
『・・・・・なんだよ・・・・・』
『本当は君を連れて行ってあげたいけれど、一応向こうの竜王候補だからね。切り札としてこのままこちら側にいてもらうよ。ああ、言
葉が通じないかもしれないが、出来るだけ日常生活には不自由しないように伝えておくから』
勝手にこんな所に連れてきた赤い髪に赤い瞳の男は、にこやかにそう言いながら朱里をこの部屋へと連れてきた。
いったい、どこに行くのだと問い詰めれば、聖樹達の元に交渉しに行くと言う。
『そんなのっ、聖樹が受け入れるわけないじゃない!僕をわざわざ選んでこっちの世界に連れてきたんだぞ!』
『うん、それも分かっているけど。可能性をね、信じてみたくなるんだよ、コーヤといると。君も、この間に良く考えるといい。人間が非
力で愚かだとは言わないが、全く知らないこの世界の王に・・・・・君は本当になれる?』
穏やかな物言いだからこそ、朱里の胸に響く言葉。
不安なんて、感じるはずがなかった。聖樹は絶対に大丈夫だと言ってくれたし、実際に自分には普通の人間と違う力がある。
しかし・・・・・。
(あいつは・・・・・何の力もなかったんだっけ)
周りが助けようとしている昂也は、全く普通の人間だ。それなのに、一歩も引こうとはしないし、周りもそんな彼を中心にしているのは
朱里も感じていた。
『・・・・・っ』
朱里は唇を噛み締め、荒々しく寝台に腰を下ろす。
『僕は・・・・・間違ってない・・・・・っ』
聖樹を信じたことも、この世界にやってきたことも、全て自分で考え決めたことだ。けして流されているわけではないと心の中で繰り返
しながら、全く音のない部屋で1人、俯いていた。
何度乗っても、竜からの眼下の眺めは素晴らしかった。
これで、高所恐怖症だったら辛いかもしれないが、昂也は遊園地の中でも観覧車とジェットコースターが大好きなのだ。
『凄いだろっ?トーエン!』
今日、初めて竜の背中に乗る龍巳に、昂也はまるで自分のことのように自慢げに声を掛けた。
『うん、本当に空を飛んでいるんだな』
『な?』
(本当に、ファンタジーの世界だよっ)
この不思議な物語の中に自分がいることが未だに信じられないことも多いが、夢ではない証拠に、痛みや悲しみや怒り、そして、喜
びや・・・・・空腹など、様々な精神的、肉体的な刺激があるので、ちゃんと現実だと分かっている。
それでも、ありえない光景・・・・・実際の竜や、その竜に乗って見る景色などを体験するたびに、凄いという感想しか生まれなかっ
た。
『あ、トーエンは変身出来ないんだっけ?』
『とても無理。力をコントロールするのもやっとだし』
『それだけでも十分凄いって!トーエンは立派な戦力だよっ』
(・・・・・ってことは、一番の役立たずはやっぱり俺か)
自分にいったい何が出来るのだろうか、今この瞬間も考えるがこれといって案が出てくるわけではない。
取りあえずは、みんなの邪魔をしないこと。
みんなの弱点にならないこと。
これくらいはしっかり守らないとなと改めて思っていると、
『コーヤ、北の谷だ』
『え?もう?』
コーゲンに教えられて改めて下を見れば、確かにうっそうとした森と、切り立った岩山が並び立つ、以前アサヒとソージュと来たことの
ある場所だと感じた。
いや、一番最近でいえば、セイジュ達に捕らわれて、その後解放された場所だとも言えるが。
『早いなあ』
乗っている時の体感スピードは変わらないと思っていたのだが、多分それは何度かの飛行で自分の身体が慣れたからのようで、実際
に一番初めにアサヒが変化した竜に乗ってきた時よりも、かなりスピードは速くなっていたようだ。
『コーゲン、アノヒラケタバショニ、オリルゾ』
くぐもった声は、竜の姿のスオーの声だ。声を出す機能がこの姿になると変化する為にこんな発音になるらしいが、話せるだけでも凄
いと思う。
『ああ、あの場所からでも遠くはない頼むよ』
コーゲンの返しに、竜は大きく円を描くようにしながら、次第に地上へと下りていった。
蘇芳が下り立ったのは、以前浅葱に連れてこられた時に下りた場所と同じだった。この辺りでは唯一竜が安全に下りられる場所だ
ということだろう。
「気をつけて」
コーヤに手を貸して地面に下ろせば、続いてタツミ、黒蓉と身軽に地面に下りてくる。
最後に、蘇芳が変化を解いて、江幻はぐるりと辺りを見回した。
「ほら、あの岩肌の下に、洞窟に侵入出来る亀裂があるんだ。どうする?直ぐに向かう?」
「当たり前だ」
直ぐに返事を返してきたのは黒蓉だった。
「何の為にここまできたと思っている」
「いや、それはもちろん分かっているけどね。少しは作戦会議っていうか・・・・・せめて手順を話していた方がいいんじゃないかな」
自分達4人はともかく、黒蓉が一刻も早く事態の収拾をつけたいと焦っていうことは十分分かるが、せっかくの力も無闇に使えば只の
無駄遣いになってしまう。
そうでなくても場所は洞窟という、狭く限られた場所であるし、さらに・・・・・。
「あそこには赤ん坊達がいる」
「・・・・・っ」
「あの子達を無傷で救わないと、本当に来た意味が無い、違う?」
「・・・・・分かった」
黒蓉は一瞬拳を握り締めたが、そう江幻に言った。今の竜人界にとって、貴重な命は絶対的に守らなければならないものだと、誰
もが感じているからだろう。
そんな黒蓉を揶揄するつもりもなく、江幻は後の3人にも同意を求め、同じ数の肯定が直ぐに返ってきた。
江幻に主導権を奪われているのは面白くはないものの、他の3人を見ればこの男が仲裁に立つのは一番妥当だろう。
蘇芳とは元々合わないし、コーヤはあまりにも自分にって不可解な存在だ。
残るもう1人の人間も、碧香が連れてきたことに意味はあると思うが・・・・・やはり人間だということで容易に信用はならなかった。
「赤ん坊達の気配は洞窟の一番奥の方にあった。多分、扱いは悪くないと思うよ、負の気は流れてこなかったしね」
近くの草叢に円を組むように座って話し始めた江幻の言葉を、皆は真剣に聞いていた。
「空間は、かなり広いはずだ。幾つかの大きな空間を、細い通路が繋げてあるという感じで」
「なんか、蟻の巣みたいだよな」
「え?」
コーヤの呟きに、一同の眼差しが注がれる。すると、コーヤは近くに落ちていた枯れ枝を手に取ると、地面になにやら書き始めた。
「ほら、蟻っていう昆虫は、地面に穴を掘って幾つもの部屋を作ってるんだ。餌の保管場所とか、卵を育てる場所とか。あそこは地
面じゃないけど、同じような造りだろ?」
コーヤの説明を聞きながら、黒蓉も地面のその模様を見つめた。江幻の説明は確かに分かりやすいものだったが、こうして目に見える
形にすればもっと分かりやすい。
(人間は、こういう風に説明をするのか)
黒蓉がそんな風に考えていると、
「あ!」
急にコーヤが何かに気付いたように叫んだ。
「どうした?コーヤ」
「あのさあ、竜人の力の中に、物体を通り抜けるっていうのがないんなら、奴らの出入はあの入口しかないわけだよな?そこを押さえ
るっていうのも交渉する時に有利じゃないかな?」
竜に変化して岩を壊すにしても、自身もかなりの痛手を被るはずだという昂也の主張は、なるほどと頷けるものだった。
確かに、能力者は自在に力を操れるし、竜に変化すれば空を飛ぶことも、強大な破壊力も発揮出来るが、空間を移動出来る者
は本当に一握りの存在だけだ。
(聖樹達にそれが可能だとしても、他の仲間や赤ん坊達も連れてとあっては、なかなか無理なことだろう)
「では、誰か入口に待機する?」
「え〜っ、俺、中に入りたい!」
「コーヤが入るなら俺も当然だな」
「君は?」
江幻がもう1人の人間に訊ねた。
「・・・・・俺に任せてもらえるなら、そこで待機しています」
「トーエンッ、いいのかっ?」
「俺が行って、かえって足手まといになっても嫌だからな」
お前の傍に彼らがれば安心だと笑うその人間の笑みは、とてもその年頃の子供が浮かべるようなものではない気がした。
(え〜、トーエンだけが見張りに残るのか?でも・・・・・足手まといって言ったら俺なんか断然そうだし・・・・・)
それでも、自分1人でここで見張っているとも堂々と言えないのが辛い。
昂也は龍巳をじっと見つめた。
『トーエン・・・・・』
『お前が何時も言ってることじゃないか、自分の出来ることをって。今の俺が出来るのは多分それだと思うから、昂也も後ろ向きな考
えだけはするなよ?似合わないから』
『・・・・・馬鹿やろ』
(だから、1人だけ大人になるなって・・・・・っ)
ここまで来たというのに、実際に表舞台に立つのではなく、見張りという裏方の役目をするのは随分自制心がいることだと思う。それ
を自ら進んで口に出すことが出来る龍巳が、何だかとてもカッコよく思えた。
『じゃあ、タツミ、頼むよ?』
他の者達は反対せず、コーゲンがポンと龍巳の肩を叩いたのが合図のように皆が立ち上がった。
昂也もつられるように立ち上がり、入口のある岩山の下へとぞろぞろ並んで歩き始める。
『トーエン』
『ん?』
『俺、頑張るからな』
きっぱりと言い切ると、龍巳は少し笑って、昂也の髪を撫でてくれた。
『期待してる』
岩山が近付くにつれ、昂也の緊張は高まった。それは他の者達も同様のようで、自然に口数が少なくなってくる。
『・・・・・』
不意に、先頭を歩いていたスオーが立ち止まった。
『来た』
何がとは言わないが、いっせいに臨戦態勢になったのが分かる。
昂也はコーゲンの背に庇われるようにしていたが、やがて、岩山の方からゆっくりと現れた人物の顔を見て、思わずその背から身を乗
り出すようにして叫んだ。
『シオン!!』
『・・・・・コーヤ・・・・・来たのか』
昂也の顔を見て碧の目を細めたシオン。その表情は王宮にいた時と全く変わりなく、どうしてこちら側と向こう側に分かれているのか
さえ分からなかった。
(シオン・・・・・本当に、そっち側にいたんだ・・・・・)
言いようのない感情に昂也が唇を噛み締めていると、その隣をすり抜けて前へと進み出たコクヨーが、鋭い眼差しで睨むようにシオ
ンを見ながら言った。
『こんな所で・・・・・何をしている、紫苑』
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