竜の王様




第五章 
王座の真価



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 この3人は集まると途端にふざけ始める。
それだけ、コーヤがこの2人に心を許しているのだという証のようで、紅蓮からすればもちろん認めたくないものだ。
 それでも、蘇芳が言い捨てた言葉は簡単に聞き流せるものではなく、眉間の皺を深くしながら詰め寄った。
 「玉探しとは何だ?まさか・・・・・隠されている蒼玉のことか?」
 「・・・・・」
 「蘇芳っ」
 「それ以外何があるんですかね〜、皇太子」
 嫌味が含んだ呼び方には言いたいこともあったが、紅蓮は蒼玉を探していたという蘇芳の言葉の続きを一刻も早く聞きたくて、今の
発言は不問にする。
 「どこを探していた?王宮からは出ていないだろう?まさか、ここに蒼玉があるというのかっ?」
 「・・・・・一度に聞かれても、同時に全ては答えられませんよ、皇太子」
 ここぞとばかりに蘇芳が自分を弄んでいるのが分かる。
(さっさと言えっ、愚か者が!)
本当ならばどう怒鳴り、その襟首を捻り上げたいほどの衝動に駆られるものの、多分、そんなことをすればこの捻くれた男は簡単には
口を開かないことも分かっていた。
 このままどのくらい、この男の無駄な遊びに付き合わなければならないのかと紅蓮が苛立ちを抱えていると、思い掛けない助け船が
出てくる。
 「スオーッ、分かったんならさっさと教えろよな!グレンがどれだけあれを探しているのか、お前だって知ってるだろっ?」
 「・・・・・」
(コーヤ)
 まさか、コーヤが自分の方側に付いてくれるとは思わず、紅蓮の声が僅かに驚きを含んだものになる。
そして、蘇芳は、紅蓮側に付いたコーヤを恨めしそうに睨んだ。
 「お前、何時からそいつと仲良しになったんだ?」
 「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!ほらっ、時間無いんだからさっさと教える!」
 「・・・・・はいはい。お前に嫌われるのは本意じゃないしな」
 自由気ままな放蕩者も、コーヤに対しては頭が上がらないらしい。
それでも抱き心地の良い肩からは手を離さず、蘇芳は紅蓮に冷ややかな眼差しを投げてきた。
 「後に付いてきてくれ、皇太子」



 「ここは・・・・・」
 驚きと、困惑を含んだ紅蓮の声を聞いて、蘇芳はふっと口元を緩めた。この男のこんな驚きに満ちた声を聞きたかったのだ。
(なんせ、俺にとっては何の面白味も無い玉探しだ)
蘇芳が欲しいと願うコーヤの頼みだからこそ、王家の人間にしか価値の無い翡翠の玉の片割れを探していたのだ。紅蓮のこの驚きの
表情はオマケだった。
 しかし、驚きの表情をしたのもつかの間、紅蓮は猜疑心に満ちた眼差しを向けてくる。
 「本当にここに蒼玉があるのか?」
 「・・・・・ある」
(まあ、俺も結界が解けたから気付いたんだが)
蘇芳が紅蓮とコーヤを連れてやってきたのは地下神殿だった。
 王族と神官、その他もごく限られた者しか入ることが許されない場所。蘇芳も、先日碧香がタツミと共に戻ってきた時、初めてこの場
所に足を踏み入れた。
 華美な造りでは無いが、さすが異世界との空間を繋ぐ場所で、凍えるほどの荘厳な空気が辺りを支配しているのはヒシヒシと感じた
ものだ。
 「翡翠の玉を盗み出したのは紫苑だろう」
 決めつけるように言うと、紅蓮が赤い瞳で睨んできた。
 「神官長である紫苑が、王宮から出れば私には直ぐに分かる。玉が盗まれた時、あ奴はここより一歩も出ていなかった」
 「じゃあ、あいつが聖樹をここに引き入れたってことだな」
 「・・・・・蘇芳」
 「スオーッ、何言ってるんだよっ!今ここにシオンがいないからって・・・・・っ」
 「コーヤ、これは私も蘇芳と同じ意見だ。そもそも、本来この場所は入室出来る者は限られているし、明らかに異質な者が侵入すれ
ば紅蓮だって気付くはずだ・・・・・そうだろう?」
自分の言葉を補足して言う江幻の言葉に、コーヤは口を噤んだ。自分には反論するくせに、江幻の意見は素直に聞き入れるコーヤ
を苛めたくなるが、先を言えという紅蓮の眼差しと、自分を仰ぎ見るコーヤの視線に、蘇芳は話を続けた。
 「どちらにせよ、聖樹に玉を渡したのは紫苑しかあり得ない。そして、多分紫苑は一度は外の様子を確かめるために外にも出たはず
だ。その時、聖樹が何をしたか」
 蘇芳はそこで言葉を止めて紅蓮を見た。
 「蒼玉の気はここから感じる。玉はこの地下神殿に隠されていたんだよ」



 『こ、ここに?』
 その言葉に、昂也はバッと神殿の中を見た。
自分が人間界から来た時に一番最初に見た場所。そして、龍巳もアオカもここから現れた。
不思議な空間というのは自分も感じたが、ここは紅蓮達が暮らしている王宮の地下だ。こんな、本当に足元に、無くなったはずの玉
が1つ、隠されていたのだろうか?
(こんなの、本当に灯台下暗しってこと?)
 『コーゲン、本当?』
 『ここに来たら良く感じる。以前は全く感じなかったということは、よほど聖樹が強固な術を掛けていたんだろうな』
 『だから、コーヤ、お前はどうして江幻に聞くんだ?』
 『だって、コーゲンの方が信用出来そうだし』
 別に、スオーがどうとかという問題ではないが・・・・・いや、今までのスオーの行動があまりにも悪過ぎた。だから自分は彼の言葉が
全て冗談や嘘に聞こえるのだなと思いながら、昂也はその先をスオーに促す。
 『それでっ?ここのどこにあるんだっ?』
 『・・・・・なんだか、教えたくない気分だな』
 『スオー!』
 『コーヤが、口付けの一つでもしてくれたら・・・・・』
 『後でいくらでもしてやるから!』
 男なのだ、キスの一度や二度、減るもんではない。そもそも、不本意ながらスオーとは何度もキスをしているので、どちらかといえば
飼い犬か何かにキスをするような気分だった。
それよりも、一刻も早く玉の在り処を教えろと詰め寄ると、スオーはもうお前の目に映っていると言う。
 『はあ?』
 まだ焦らすのかと思う気分で眉を潜めた昂也に、スオーはだからと目線で神殿の中を見回した。
 『この神殿自体が蒼玉なんだ』
 『神殿・・・・・自体?』
 『蒼玉の気が神殿と一体化されている。再び蒼玉としての形をとるとしたら、この地下神殿は崩壊するだろうな』
スオーの説明は、昂也にはよく分からなかった。
玉を探していると言われ、コーゲンが持っているような緋玉をイメージしていたのだが、そんな、手の平に乗るような玉ではなく、部屋
自体が玉になっているとはどういうことなのか。
(まさか、溶けて沁み込んじゃったとか?)
 『・・・・・よ、よく、分かんないんだけど・・・・・結局、その玉をもう一度形にして目の前に出せるってこと?』
 『出来るか出来ないかで言えば、出来る。神官の力を持つ江幻と、王族である紅蓮の力を合わせれば。コーヤ、翡翠の玉というの
は物体であるが、そもそも代々の竜王の気を結集して出来たもの・・・・・そうだったな、紅蓮』
 グレンは何も言わなかったが、それでも黙っているのが返事のような気がした。
 『じゃ、じゃあ、直ぐに2人で協力して・・・・・』
 『お前はいいのか?』
 『え?』
 『この地下神殿には人間界へと続く時空の扉がある。そこが崩れるとなると、お前は人間界へと戻ることが出来なくなってしまうか
もしれないんだぞ?』
 『あ・・・・・そっか』



 蘇芳の言葉に、コーヤが目を見開くのが分かった。彼にとって、今の蘇芳の言葉は直ぐには受け入れ難いもののはずだ。
その気持ちが十分分かる江幻は、自分からは何も言わなかった。
 蘇芳の言うように、自分と紅蓮の力を合わせれば、今気の状態で地下神殿と一体になった蒼玉を、もう一度玉という物体にするこ
とは可能だ。
 しかし、それと同時に地下神殿自体を守っている気を一度全て壊してからの再生になる。今ある時空の扉が、今の状態で維持出
来るかどうかは分からない。いや、元々歪んだ空間を保っていること自体が不思議なのだろうが。
(・・・・・迷うだろうな、コーヤは)
 さすがに、今回は直ぐに結論が出ることではないと思い、江幻は紅蓮に言った。
 「紅蓮、一応ここにあることが分かったんだ。今直ぐに動かなくてもいいだろう?」
 「・・・・・分かった」
紅蓮も、コーヤの方へと視線を向けて顎を引く。目の前にずっと探していたものがあるというのに、誰かの気持ちを考えて先延ばしに
することなど、以前の紅蓮ならば考えられないことで、江幻は誰かを思いやるという感情が生まれたらしい紅蓮を見て思わず笑みを
浮かべた。
 「とりあえずは、残りの紅玉の在り処を早く見付けなければな」
 多分、もう人間界ではなく、こちらの世界へと持ち込んでいるはずだ・・・・・と。
 「コーゲンッ、グレンを手伝ってやってくれるよなっ?」
 「コーヤ?」
 「ここにあるなら、取り戻すしかないじゃん!」
何の迷いも無くそう言うコーヤを、江幻は眩しそうに目を細めて見つめた。



 ここに、いや、この地下神殿自体が蒼玉だというのは直ぐには信じられなかった。
翡翠の玉が盗まれてからも自分は何度もここを訪れていたものの、その気配は全く感じ取れなかったからだ。
 しかし、今ここに立つ自分も、何時もとは違う地下神殿の気配に気付いている。蘇芳の言う言葉が本当ならば、聖樹の術が解け
て蒼玉の気が見えてきたということだろう。
 「この地下神殿は人間界へと続く時空の扉がある。そこが崩れるとなると、お前は人間界へと戻ることが出来なくなってしまうかも
しれないんだぞ?」
 だが、見付かった喜びもつかの間、それはこの地下神殿と同化していて、一度この場所の気を破壊しなければならないと言う。
そうしたら、今までの王族が守ってきた時空の扉が壊れてしまうかもしれない。
 本来の自分ならば躊躇うことの無い選択のはずだった。しかし・・・・・コーヤのことを考えれば、それを直ぐに実行することは出来な
かった。
 だからこそ、先延ばしにしようと言う江幻の言葉に同意したのだが。
 「ここにあるなら、取り戻すしかないじゃん!」
コーヤは躊躇わずにそう言いだした。それには、紅蓮の方が躊躇ってしまう。
 「コーヤ、お前は分かっているのか?この地下神殿の気を破壊すれば、時空の扉は一度閉ざされてしまう。再度それを繋げたとして
も、お前の来た場所、時間と同じ所に繋がるとは限らないのだぞ」
 「そんなのっ、今更だって!」
 「・・・・・」
 コーヤは蘇芳の腕の中からすり抜け、紅蓮の目の前に立った。
 「そりゃ、元の世界に確実に帰れる場所が無くなるっていうのは正直不安だけど、そんなこと言って玉を取り出さなかったら、グレン、
竜王になれないんだろ?そんなの、ここまできて俺の方が嫌だ!」
 「コーヤ・・・・・」
 「トーエンだって、きっと賛成してくれる。ここにいたら、きっと俺と同じことを言うはずだって!それに、一生懸命考えたら、戻る方法は
必ず見付かるって思うし!」
その前向きな気持ちはどこから生まれるのだろう・・・・・コーヤの表情は悲壮ではなく、眩しいほどの決意に満ちている。澄み切った黒
い瞳が真っ直ぐに自分の目を見て、紅蓮は自分の中にこみ
上げてくる熱い思いを自覚した。
 「本当に・・・・・良いのか?」
 こんな風に、人間の、コーヤの意志を何度も確認する自分を情けなく思うものの、人間とは思えないほど竜人以上に勇猛果敢な
小さな少年は強く自分を後押ししてくれる。
 「迷ってる場合じゃないだろ!コーゲン!」
 「はいはい」
 「もうっ、急いでって!」
 「分かっているよ」
 今の成り行きを見ていた江幻が、面白そうに自分を見ている。その姿を憎らしいと思う以上に、なぜか頬に熱が上がるような気恥ず
かしさを感じた紅蓮。
 「紅蓮、コーヤの気持ちをむげにしないだろうな」
 「・・・・・頼む」
 「・・・・・お前からそんな風に言われるとは・・・・・嵐が起きるかもな」
 そんな江幻の揶揄するような言葉にも、紅蓮は何も言い返せない。それほどに、コーヤの今の言葉を嬉しく思っている自分を、紅蓮
は素直に受け入れていた。