竜の王様
第五章 王座の真価
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※ここでの『』の言葉は日本語です
江幻と今まで力をぶつけ合ったことは無かったが、今こうして同じ目的で協力し合っていてもその気の強さはひしひしと感じた。
王族の中でも、時々特異な存在として現れる赤い瞳。皇太子である自分はともかく、江幻はその目も髪も赤い。その出生がほぼ分
かっている蘇芳とは違い、この男も王族と何らかの関係があるのかもしれない・・・・・紅蓮は改めてそう感じた。
昔ならばともかく、今は少子化のせいで未来の竜人界がどうなるかと言われている時だ。1人でも多くの子を生み出すためにも、一
夫一婦にこだわらないという考え方は理屈では分かるものの、今の紅蓮にはとても受け入れられるものではなかった。
そもそも、紅蓮は自分の子供を産んで欲しいとまで思える相手に未だ出会っていない。
肉欲を解消するために誰かを抱くということはあっても、皇太子の自分の隣に並び立つに相応しい相手はいなかった。
(父上のように、女ならば誰でも・・・・・人間でも良いと思うようになるのだろうか・・・・・?)
何時かは誰かと添い遂げなければならない。その時に自分が選ぶのはどんな相手なのだろうか・・・・・。
「紅蓮、集中」
「・・・・・っ」
紅蓮の手が揺れた。
(そうだ、今は・・・・・!)
今は蒼玉を無事に実体化しなければならない。他のことなど考えている余裕などないと、紅蓮はさらに両手に力を集中させた。
(凄いな・・・・・)
昂也は面前で繰り広げられる光景から目を逸らすことが出来なかった。
部屋の中の無数の光。まるで花火のようにパチパチと光ると思えば、流れ星のように行きかう。綺麗で眩しい、幻想的なその光景に、
昂也は思わず呟いてしまった。
『すご・・・・・』
『うん』
隣に立っている龍巳も、ずっと前方を見ている。昂也はチラッと龍巳を見上げ、再び視線を前方に向けながら言った。
『トーエンもさ、出来るかも知れないよな』
『ん?』
『だって、トーエンも力が使えるだろ?グレンやコーゲンみたいにこんなことも出来るかもしれないなんて凄いよな』
(なんか、羨ましい)
昂也は何の力も無い自分が情けなかった。せめて何か一つでも特別なことが出来たのなら、こんな焦燥感は感じないでいられるのか
もしれないが。
(無い物ねだりしたって、仕方ないってことは分かってるんだけど・・・・・)
『俺は、自分が扱える以上の力は欲しいとは思えないけど』
しかし、しばらくたって聞こえてきた龍巳の声は、昂也の想像していたものと違っていた。
『いらないのか?』
『碧香やお前を守れる力があれば嬉しいけど、必要以上の力を持ったとしてもどうすればいいのか分からないし』
『そんなものか?』
『うん、そんなもん』
全く力を持っていない自分と、人間ながら不思議な力を持っている龍巳の考え方は少し違うのかもしれない。
(それでも、俺だって力が欲しいよ)
何も出来ない自分よりも遥かに戦力になる龍巳が羨ましかった。
「俺は、自分が扱える以上の力は欲しいとは思えないけど」
「いらないのか?」
「碧香やお前を守れる力があれば嬉しいけど、必要以上の力を持ったとしてもどうすればいいのか分からないし」
聞こえてくる龍巳と昂也の会話に、碧香は僅かに眉を顰めた。
(東苑は、きっと分かっていない・・・・・)
今の龍巳の力は、普通の竜人以上のものだ。本来それは鍛えて身に付くものではなく、そもそも素質が無ければ、それが王族だった
としても力は無い。
そんな中、龍巳は祖竜の血筋とはいえ、長い時間を掛けて血が薄れていたはずなのに、少しの訓練である程度の力が扱えるように
なった。そこに、碧香は深い意味を考えずにはいられない、もしかしたら・・・・・。
(もしかしたら龍巳は兄様となら、ぶ・・・・・)
力が漲った時、龍巳の目は赤く染まった。それは、龍巳にも王座に座る権利があるという証ではないだろうか。
「・・・・・」
そう思うのに、碧香はそれが怖くて口に出せないでいた。
龍巳と兄が争うことが怖いのはもちろんだが・・・・・万が一、龍巳が竜王になってしまったら、自分の手の届かない存在になってしまう
気がするのだ。
(何も、言わなくてもいいのだろうか・・・・・)
自分がこうして口を閉ざしているのは、身勝手なことではないだろうか・・・・・碧香はそう感じてしまい、見えないながらも、暗闇の中
で七色に光る光を見ているしかなかった。
「そろそろだな」
「え?」
「もう、神殿の力は消えた」
神聖なる場所を包んでいた幾重もの気は全て崩れ去り、ここは普通の場所になってしまった。
今までのような神聖な場所としての存在価値は無くなり、ただ祈りを捧げる場所になった。
そして、反対に江幻の左手に凄まじい気が集結しているのが見える。あれが蒼玉、と、いうことなのだろう。
(そういえば、俺も初めて見るな)
王族の中でも、ごく限られた者しか目にすることの出来ない翡翠の玉。しかし、新王誕生の時に光る時、それは人々の前にその光を
見せてくれるという。
ただ、それが二つに分たれている場合、いったいどんな風に見えるのか興味はある。
「なあ、スオー」
そんな蘇芳に、コーヤが話し掛けてきた。
「ん?なんだ」
「これって、一つだけじゃ意味が無いんだろ?」
「・・・・・紅玉のことか?」
「それって、まだ人間界にあるってこと・・・・・」
「それはないな」
蒼玉の在り処が分かった途端、蘇芳にはもう一つの玉、紅玉の気も感じ取れた。はっきりとした場所の確定は出来ないが、それほど
遠くないこの竜人界のどこかにあることは確かだ。
「多分、近い未来に目の前に現れる」
「近い、未来?」
「ああ」
「じゃあ、それが見付かれば、グレンは王様になれるんだよな?・・・・・良かった」
「・・・・・」
(・・・・・なに、可愛い顔して笑っているんだか)
それは、自分に課せられた玉探しという使命が終える嬉しさから出てくるのかもしれないが、蘇芳は紅蓮のために一喜一憂している
コーヤを見ているのは面白くなかった。
そもそも、コーヤは当初紅蓮を嫌っていたはずだ。それが、どうしてここまで心を許すようになったのか。
(それが納得いかない)
コーヤの大らかな気持ちが紅蓮の蛮行を許したのだとしても、その先・・・・・コーヤと紅蓮がこれ以上接近することは許せない。
(さっさと玉を見付けだして、コーヤをここから連れ出してやる)
玉探しが終えた時点で、碧香の身代わりとしてこの世界いにいるコーヤが人間界へと戻っていくことを、蘇芳は自分の頭の中から無
理矢理排除してしまっていた。
(・・・・・終わった)
蒼玉の核を掴んでいた江幻の左手には、眩しく光っていた光が結晶し、手で掴める玉という形になった。
その姿が現れた時点で神殿の中を行きかっていた光は消え、もとの静寂を取り戻す。
「・・・・・」
「紅蓮」
さすがに疲れたような表情を見せていた紅蓮だったが、江幻が名前を呼ぶとその眼差しを真っ直ぐに自分が持っている玉、蒼玉に
向けてきた。
「・・・・・それが?」
「ああ」
元の玉がどんな色をしていたのか分からない。そもそも、紅玉と合わさった翡翠の玉という形であったはずなので、分かたれたその姿
を知る者は本来はいないはずだが・・・・・蒼玉は今は光を放たない、鈍く沈んだ色のただの玉だった。
「・・・・・」
「これは、紅玉と二つで初めて意味を成すものかもしれない」
「そうだな」
「じゃあ、どうぞ」
そのまま左手を差し出せば、紅蓮は自分を見つめて言う。
「良いのか」
「これは、お前のだろう、紅蓮」
(竜王となるべく生きてきたお前の玉だ)
他の者にとってはあまりにも重過ぎるそれを、自分が持っていたって仕方が無い。
早く新王が決まり、竜人界が安定することは望ましいし、コーヤもそれを望んでいたはずで・・・・・と、そこまで考えた江幻は、地下神
殿の入口で今まで黙ってこちらを見ていたコーヤを振り返った。
「終わったよ」
「お、終わった・・・・・中、入っていいのか?」
「うん、どうぞ」
今はもう、何の守護も無い地下神殿。再び元のような神秘な空間に戻すには、王と神官の力がいるはずだ。
(コーヤが元の世界に戻るのも、それからだろうな)
着実に近づいているコーヤとの別れ。江幻は寂しいと思いつつ、コーヤのためにはその方がいいのかもしれないとも思っていた。
全てが終わったらしい神殿の中に入った昂也は、グレンが持っている玉を覗き込んだ。
『これが、そー玉かあ』
(なんか・・・・・想像とはちょっと違うけど)
大きさや形はコーゲンの持っている緋玉と変わらないが、王になるために必要な物と聞いていたのでもっと綺麗な感じを予想していた。
しかし、今目の前にあるのは、水晶といえるほどに澄んではおらず、グレーのような色をしている。
『これが、そうなのか?』
『みたいだけど、なんか・・・・・ガッカリ?』
自分の後ろから覗き込む龍巳に、身体をずらしてもっと蒼玉を見てもらおうとした時、
『えっ?』
『あ!』
『・・・・・っ』
突然、グレンの手の中で蒼玉が光った。
(な、何っ?)
淡い青と、眩しい銀の光を放ち始めた蒼玉。キラキラと、先程までのただの玉とは思えないほどに光を放った蒼玉は、しばらくしてそ
の光を治めたが・・・・・それは先程とはまるで違う、透き通った淡い青紫のような色の玉になった。
『い、色、変わった』
『・・・・・どういうことなんだ?』
思わず龍巳と顔を見合わせてしまった昂也は、直ぐにグレンへと視線を向けた。彼にとっても今の出来事は思い掛けなかったものな
のだろう、目を見張って玉を見ている。
『なぜ・・・・・今光ったのか・・・・・?』
『おかしいことなのか?』
『・・・・・』
『グレン?・・・・・グレンってば!』
何度か名前を呼ぶと、グレンは昂也に視線を向けてくる。しかし、その視線はゆっくりと自分の隣にいる龍巳に向けられた。
『お前・・・・・』
『?』
(な、何?この雰囲気・・・・・)
確か、新しい王となる者が決定した時に光る玉だと言っていた。しかし、その玉は二つで一つで、片方だけの場合は光らなくても当然
・・・・・というのは、理屈では分かる。
それなのに、蒼玉はここで光った。次期王のグレンがいる前で光ったのだから問題は無いはずなのだが、何だか場の空気が痛いほ
どに張りつめていくのを昂也は肌で感じてしまう。
(な、何なんだ?)
自分が分からない所で何かが起きているのかもしれない・・・・・昂也は無意識のうちに龍巳の腕を掴んでいた。
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