竜の王様




第五章 
王座の真価



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 ようやく見付けだした蒼玉が光ったことに、龍巳は妙な胸騒ぎを感じた。
次期竜王である碧香の兄、グレンがここにいるので光ってもいいのだが、まだ紅玉が見付かっていないのにと思うのもその要因の一つ
だった。
(それとも、改めて形にしたから、蒼玉の何かが変わったんだろうか?)
 『ト、トーエン』
 『昂也?』
 自分が感じた違和感を昂也も感じたのか、普段は見せないような不安そうな表情をして自分を見上げてくる。
その視線の意味を上手く読み取れない龍巳はどうしたと顔を覗き込もうとしたが、その前にコーゲンが自分達の間に割り込むようにし
て声を掛けてきた。
 『コーヤ、タツミ、これで蒼玉はこちらの手に入った。後は紅玉だけど・・・・・』
 『あ、はい、そうですよね』
 龍巳はその言葉に頷く。
本当は碧香と2人で見付けたかったが、分からないままにこちらの世界に来てしまった。その後ろめたさがあるので、龍巳は紅玉は絶
対に自分が見付けたいと思っている。
 『本当に、それはこっちにあるんでしょうか』
 そんな強い思いを込めて言った言葉に、コーゲンはああと龍巳に笑みを向けてきた。
 『蘇芳が言うんだから、多分ね。タツミは紅玉の気は感じ取れる?』
 『・・・・・分かりません』
 何だか、それらしいものは分かるような気もするのだが、はっきりとこれがというのは言い切れない。不確かなことは口に出せないと思
う龍巳に、コーゲンもうんと頷いてくれた。
 『まあ、それでもおかしくないけど、もしかしたらタツミにはもっと協力してもらうこともあるかもしれないな』
 『俺で出来ることならなんでもします』
 『おっ、俺も!』
 負けじと、昂也も手を上げて叫んでいる。
今でも十分この世界のために協力していると思うのに、まだ何かしたいと思っているのが昂也らしい。ここで大人しくしていろと言っても
聞かない昂也の性格を熟知してる龍巳は、そうだなと頷いて昂也の肩を叩いた。
 『一緒に頑張ろう、昂也』
 碧香を守るため、そして何も知らずにこちらの世界に来てしまった昂也に手を貸すためにこちらの世界に来たが、もちろん玉探しでも
役に立つのならば協力したい。
 頷いてくれた昂也に安堵し、龍巳はそのまま碧香の背を押して歩こうとしたが、なぜか碧香はなかなかその場から動こうとはしなかっ
た。
 『碧香?』
 『・・・・・先に、行って下さい。大丈夫です、王宮の中は全て不自由無く歩けますから』
どうしてと聞き返したかったが、碧香の張りつめた表情を見ているとなかなか声を掛けることが出来ない。
龍巳は本当に大丈夫なのかと再度確認して、それでも碧香の意志が変わらないので、気になる気持ちを残したまま昂也と共に先に
部屋に戻ることにした。



 上手く話の流れを変えた江幻の手腕に感心しながら、蘇芳は自分の胸元に潜めた玉に手を当ててタツミを見た。
(・・・・・おかしいな)
以前はタツミの気も見えたのに、今は不思議と霞が掛かって見えなくなっている。人間としては珍しい気・・・・・それがどういう意味な
のか、蘇芳もはっきりしたことは言えなかった。
 しかし、この少年がただの人間ではないことは分かっている。コーヤもそうだが、タツミが人間界へ行った碧香と出会ったことも、そして
その碧香と共にこの竜人界に来たことにも、きっと何らかの深い意味があるはずだ。
 それは、多分・・・・・力を漲らせた時に変化した、タツミの赤い瞳にも関係がある。
(俺にとっては、どうでもいいことだが)
 王位を誰が継ぐなどどうでもいい。いや、むしろタツミがなった方が面白そうだ。
聖樹が紅蓮と対抗する竜王候補に人間の少年を連れてきたが、もしかしたらそれがタツミであったとしたら今の状況は変わっていたか
もしれない。
(・・・・・ん?俺はタツミを竜王としたいのか?)
 コーヤと出会ってから、自分は紅蓮を竜王とするために動いてきたが、今の段階になってその気持ちが変わっている。それも、タツミの
秘めた気を感じ取ったからかもしれないと、蘇芳は視るのを止めてしまった。
(どちらにせよ、もう直ぐ全てのカタはつく)
 竜王は、なるべき者がなる。
それが皇太子である紅蓮か、タツミか、それとももっと他の人物か。選ぶのはそれこそ、あの翡翠の玉だった。



 「とりあえずは上に行こうか。ここは今は何の意味もない場所だし」
 神官の力を持っている江幻がいても、まだ竜王が決まっていないからには地下神殿の本当の意味での修復は出来ない。
それを踏まえての江幻の言葉に、皆は思い思いの表情で上に向かった。
 「・・・・・」
 「紅蓮」
 「・・・・・」
 「蒼玉、せっかく取り戻したんだ、大切に守ってくれ」
 そう言った江幻が自分の横をすり抜けて行ったが、紅蓮は直ぐに動くことが出来なかった。
あれほどに探し、欲していた蒼玉。
もちろん、紅玉が無ければ翡翠の玉としての意味は無いのだが、竜王に近づく第一歩だと思っていた。
 しかし、それがこうして自分の手の中にあっても、そしてそれが光っても、素直に喜ぶことが出来ないのはなぜだろうか。自分の中に
生まれてしまった疑念に、紅蓮自身答えを出せないでいる。
 「兄様」
そんな自分に声を掛けてきたのは碧香だ。
先程まで一緒にいたタツミは既に姿を消していたが、なぜか碧香はその場に残っていて、ゆっくりと自分の方へと歩み寄ってくる。
 目の見えない碧香に自分から近づいた紅蓮は、どうしたと声を掛けた。ようやくそれだけが言えたという感じだが、碧香も、どこか不
安そうな口調でゆっくりと口を開く。
 「蒼玉が見付かったこと、おめでとうございます」
 「碧香」
 「兄様の、竜王となる日を・・・・・心から、お待ちしています」
 「・・・・・ああ」
 本来なら、もっと喜びに溢れた表情をしてくれるはずなのに、どうしてだか今は何かを憂うように浮かない表情をしていた。
はっきり口に出したくないのか、それとも出せないのか、碧香の様子は不可解であったが、今は自分の中に生まれた様々な疑念に目
を向けている紅蓮はそれ以上碧香を追求しなかった。
 しばらく、その場にいて紅蓮がいる方向にじっと顔を向けていた碧香は、やがて一礼してからゆっくりと背を向ける。目が見えないとは
とても思えない、しっかりとした足取りを見送りながら、やがて紅蓮は自分の手の中にある蒼玉を見下ろした。
(何を、考えることがある)
 既に聖樹を討つために向かう準備は整い、その先頭に自分がいなければならない。今、竜王に対しての迷いが生まれたとしても、
それが何になるのだ。
 「この国の・・・・・竜人界のために尽くす・・・・・っ」
 その目的が定まっていれば他の問題は関係ない。
紅蓮は背後の祭壇を振り向いた。あれ程厳かな気を湛えていたそこは、今はただの場所に成り果てている。修復出来るのは竜王と
神官だけだということを心に留め、今度こそ紅蓮は手にした蒼玉を握り締めると、それに背を向けて歩き始めた。



 「・・・・・」
 琥珀は顔を上げた。
(・・・・・解かれたか)
自分の力が霧散したのを感じ取り、思わず息を吐いた。
王宮に来た時から感じていた自分の気。聖樹に分け与えていたそれがどんな役割を担っていたのかは分からなかったが、どうやら打
ち破られてしまったようだ。
 拘束されているこれを解いて逃げ出そうにも、琥珀は自分がどこに向かえば良いのか判断がつきかねていた。朱里を救い出して王
宮から脱出したとしても、きっとその頃にはあの北の谷には紅蓮の率いる軍が向かっているはずだ。
 勝てる・・・・・そう信じていた戦いだが、一つが崩れてしまうと、全てが少しずつずれていき、やがて取り返しのつかない事態になって
しまうだろう。
(私は・・・・・どうすればいい)
 溢れる思いを皇太子紅蓮にぶつけ、紅蓮はそんな自分に頭を下げた。王族が、それも次期王になるはずの皇太子が頭を下げる
意味、それが何もないとは琥珀も言わない。
 「・・・・・」
 王宮の中の気は慌しい。
何かが起ころうとしている今、自分はここにこうしていてもいいのだろうか。







 様々なことが一度に襲ってきている感じだが、北の谷に行く一群は王宮の門へと並び立っていた。
しかし、そこで一悶着が起こる。
 『どうしてっ?どうしてトーエンだけが行くんだよ!』
手を離した途端に逃げられたくなくて、昂也は龍巳の服を必死に掴んで叫んだ。

 『俺、行ってくるから。昂也は残って、碧香を頼む』

 ようやく蒼玉を見付け、残る紅玉を見つけるために、いや、紅蓮に反旗を翻しているセージュの動きを制圧するために、北の谷へと
向かうことになった武装した一群。
 昂也も行きたいと思ったが、今回ばかりは自分が足手まといだということも自覚していたので、とにかく頑張ってきてくれという思いで
見送るつもりだった。
 誰も傷付いて欲しくないという自分の甘い思いをグレンがくみ取ってくれるかは分からないが、ずっと言い続けていれば頭の片隅にそ
の言葉は残るのではないか・・・・・そう思っていた。
 しかし、当然自分と共にここに残ると思っていた龍巳が、グレン達と共に北の谷に向かうと聞いた瞬間、昂也はどうしてという疑問
ばかりが頭の中に渦巻いてしまったのだ。
 『俺には、大人しく待てって言ったくせに!』
 『うん、言った』
 『俺だって、何かしたいって思ってるのに!』
 『うん、分かってる』
 『自分だけ、ずるいぞ!』
 『ごめんな、昂也』
 昂也は唇を噛み締める。
何時も自分には優しく、弟分のように後を付いてきていた龍巳だが、こうと決めたら譲らない頑固さも持っていることを幼馴染だからこ
そよく知っている。自分がここでどんなに文句を言ったとしても、結局は・・・・・龍巳は自分の決めたことを通すのだ。
 『トーエン・・・・・』
 『お前、言ってくれただろう?俺の力はかっこいいって、凄いってさ。せっかく、持っている力なんだ、今必要とされている場所で使いた
いって思うのは、昂也、お前なら分かってくれるよな?』
 『・・・・・』
 その言い方はずるいと思う。以前言った自分の言葉は消せないし、その気持ちは、悔しいが変わっていない。
 『・・・・・トーエン、俺、俺にも、何か出来ること・・・・・あると思うか?』
 『当たり前じゃないか。昂也にしか出来ないことは一杯あるよ』
 『・・・・・教えろ』
 『昂也なら、自分で見付けられるだろう?』
昂也が睨むと、龍巳は笑いながら頭をかき撫でてくれた。本当に、幼馴染は全てを理解してくれているから嫌だ。
 『・・・・・ダメだって思ったら直ぐ逃げろよ。逃げるのは負けじゃないんだからなっ』
 『了解』
 昂也はしばらく龍巳を見つめていたが、直ぐにパッと、一群の先頭に立つ男を振り返った。
目立つ甲冑を身にまとったグレンは、こちらに眼差しを向けている。それに力を得たように、昂也は走って側に行くと、龍巳を頼むと口
を開きかけ、あっと気がついてしまった。
(コ、コーゲンがいなかったっ)
 今、コーゲンはコハクと朱里に会いに行っている。言葉を交わすのに必要な緋玉を借りていなかった昂也は、どう言葉を伝えようか
逡巡し、考えても思いつかずに口をついて出たのは・・・・・。
 「グレンッ、おいしい、まつ!まつから!」
 多分、意味は伝わらなかっただろう。それでも、何か一言と思ってしまった昂也に、グレンはしばらく視線を向け、やがて・・・・・僅か
に目を細めて答えた。
 「馬鹿者が。私が戻るまでに、少しは言葉を覚えていろ」
 何を言われたのか・・・・・昂也がただポカンとしていると、今度こそ少しだけ頬を緩め、しかし、直ぐに厳しい眼差しを前方に向ける
と、グレンは響く声で号令を出した。
 「行くぞっ、北の谷へ!」