竜の王様




第五章 
王座の真価



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 今の竜人界の中でも最高値の力を持っている能力者が揃っているせいか、変化した竜の飛力は素晴らしく早く、王宮を飛び立っ
てからしばらくすると、既に眼下の景色は変化してきた。
(早いな・・・・・)
 こんな時、龍巳は自分の力の無さを痛感してしまう。
もちろん、ただの人間である自分が竜人に敵うはずもないのだが、このままでは本当に自分はただの足手まといになりかねないと、更
に気を引き締めた。

 『東苑』

 ただ名前を呼ぶだけで自分を見送ってくれた碧香。その心の中にどれ程の葛藤があったのかは計り知れない。自分のことを心配し
てくれる気持ちはもちろん、この国の皇子として自分が動けないもどかしさもあるはずで・・・・・。
(ああ見えて、結構男らしいからな)
 たおやかな外見をしているものの、碧香の本質はとても硬質で、守られているだけを良しとはしない。
そんな所は昂也に似ているなと思うと、龍巳の頬には笑みが浮かんだ。
(・・・・・うん、大丈夫だ)
 碧香や昂也のことを考えていると、自然に気持ちが高揚し、軽くなる。自分にとって大切な存在であるあの2人を守るためにも、自
分は自分の出来ることを精一杯しなければ。
 改めてそう心に誓った龍巳は、眼下に広がってきた切り立った岩山を見つめながら、凄まじい勢いで飛んでいる竜の背中から落ちな
いようにと身を屈めてしっかりとしがみ付いた。



 「位置につけ!」
 先陣を任された浅葱は、そう高らかに命令を下した。
いよいよ直接対決が始まるという高揚感が身体中を支配して、血が沸騰しているような感覚に襲われる。

 「私が、先陣を?」

 琥珀を連れ去られた今、自分が聖樹の片腕となって動かなければと思っていたが、攻め込んでくる敵方に先陣を切って迎えるのは
紫苑だと思っていた。
 竜人界の中で、四天王と呼ばれていた男。仲間と対峙すればどれ程本気でこちら側についたかが分かると思ったが、聖樹はその紫
苑を温存し、自分に指揮をとるようにと命じてきた。
もちろん、怖気づくことなく立ち向かうつもりだが、聖樹が何を考えているのか分からないという僅かな疑念も頭の片隅に残る。
 「・・・・・」
(まさか、私達を捨石にするつもりではないだろうな・・・・・)
 ここまで来て、やはり謀反は無理だったと、自分達の首を差し出す代わりに自分は助かろうというつもりではないかとも思ったが、浅
葱は頭を振って直ぐにその考えを打ち消した。
(ここで結束を揺らげてどうするっ)
 今この場面で、味方を信じられなくなっては終わりだ。
 「浅葱殿っ、皆配置につきました」
 「よしっ。あの日が沈んだと同時に結界を解く。何時あちらが来ても、慌てずに作戦の通りに」
 「はいっ」
大きな気がこちらに近付いている。
(もう、間もなく)
浅葱は薄赤く染まり始めた空を睨んだ。



 日が暮れる寸前、紅蓮達は北の谷に着いた。
一概にそう言ってもその地は広く、目指す場所はもう少し先になる。先頭には黒蓉が飛んでいて、彼はある地点で何かを知らせるか
のように大きく尾を揺らした。
(この辺りか)
 どうやら、目的の場所近くに着いたらしい。紅蓮は、
 「下降!」
唸るような声でそう叫ぶと、先ず自分が着地出来るほどに開けている場所へと降り始めた。大きな身体が傷付くことなく着地出来る
場所はかなり広くなければならず、目的の場所にそんな空間がなければ手前で体勢を整えるしかなかった。

 次々に地上に降り立った竜は、その変化を解いた。
紅蓮は部下に持たせていた甲冑を改めて身にまとうと、この場からも分かるほどに高く、切り立った岩山に視線を向ける。
 「あれか?」
 「はい」
 黒蓉が直ぐに頷いた。
 「南側が大きく崩れているのは、私達が脱出する際に壊したものです。今はあの中に安息出来る場所はないでしょう」
 「・・・・・外にいると?」
 「気を感じますので、おそらく」
黒蓉の言葉に頷いた紅蓮は、自分も感じている気の種類を追う。
一切隠す気配もなく、あからさまに位置を知らせるような気を信じていいのかどうか考えるが、今ここで引き返すことは考えなかった。
(聖樹・・・・・)
 この眼差しの先には、自分に、いや、王家に謀反を仕掛けた聖樹がいるはずだ。前回、父との間で大きな反乱が起こった時、聖
樹はその先陣を切って、王家側の兵士達を切り捨てて突き進んできたらしい。
 その時、紅蓮は王宮に残ることを父から命じられてもどかしい思いを抱いていたが、王宮に次々と運ばれてきた兵士達の血にまみ
れた姿ははっきりと覚えていた。
(同族を傷付けることは・・・・・したくないっ)
 今自分に反旗を翻している者達も、紅蓮にとっては大切な民だ。誰1人として命を奪うことなくこの反乱を制圧しなくてはならない
という思いと同時に、聖樹だけはそれが許されないだろうとも思う。
 紅蓮にとっては、血の繋がりは無くても叔父。しかし、民を煽動し、王家に刃を突きつけた責任は重い。
 「・・・・・覚悟を、叔父上」
出来れば自分の手で。紅蓮はそう心に誓っていた。



 聖樹は腰掛けていた岩から立ち上がった。
 「来る」
様々な色の気は直ぐ側にあり、何時こちらに仕掛けることも可能なほどの距離である。
(やはり、紅蓮もいるか)
 凄まじい大きな気は、どうやら義兄譲りのようだ。以前の反乱では直接対することは出来なかったが、今回は思う存分、こちらの長
年の鬱憤を解消させてもらう。それくらいの時間を掛けたのだ。
 そして。
(・・・・・裏切るなよ、紫苑)
密かに王都に向かわせた紫苑の働きも、紅蓮の顔を歪ませる大切な作戦の一つだ。王家に生まれ、次期竜王になるのだと当然の
ように大切に育てられた紅蓮に、真の慟哭というものを教えてやる。
 「来い」
聖樹は左手に一瞬で溜めた気を、いきなり前方へと飛ばした。



 「・・・・・!防御しろ!!」
 怒鳴ると同時に、黒蓉は紅蓮に駆け寄った。

 ガッ ガラガラッ

 「!」
わざとなのか、それとも目測を誤ったのか、飛ばされてきた気は自分達が身を潜めていた岩陰にぶつかった。大きな音をたてながら岩
は崩れてきたが、防御をした紅蓮と黒蓉に大きな傷はない。
 しかし、突然の相手側の先制攻撃に、兵士達の間に一瞬にして闘争心に火がついてしまった。
 「紅蓮様っ!」
 「将軍っ、ご命令を!!」
相手の力に恐怖を感じるような弱い者はこの場にはいない。それは黒蓉としても誇らしいが、皆が勝手に動いてしまっては、返って戦
力が分散してしまう。
 「落ち着け!こちらの作戦を忘れるな!」
 同行したほとんどの兵士は、気を扱える能力者であると同時に剣士でもある。その力を有効に発揮させるように、黒蓉は声を張り
上げた。



 『く・・・・・っ』
 物凄い風圧と、岩が地面に落ちる振動に、龍巳は必死に腕で顔面を防御しながら耐えた。
(分かったのに、きついっ)
こちら側に向かって気が放たれたことは分かったが、自分の身体を守ることで精一杯だった。あれほどの力を避け、防御しながら、こち
らからも攻撃を仕掛けることなど出来るだろうか。
(いやっ、迷ってる場合じゃない!)
 無理を言って同行させてもらっている龍巳は、多分戦力としては見られていないだろう。しかし、言葉を変えれば唯一自由に動ける
位置にいるということだ。
相手に致命傷を与えることは出来なくても、足止めするくらいは・・・・・そう思いながら体勢を整えると、龍巳は先陣を行く浅緋と蒼
樹の後を追う。
 「いいか、向こうは謀反を起こしているとはいえ同じ竜人同士。命を奪うことは最終手段だと思え!」
 「はいっ!」
 浅緋が振り向いて何か叫んでいるが、龍巳にはその言葉の意味は全く分からない。こういう場面で意志の疎通が出来ないというの
は致命的だったが、その行動を注意深く見ていれば何をしようとしているのかは分かるはずだ。
 何時でも力を放てるようにと身体中の気を左手に集め、真っ直ぐに浅緋の背中を見ながら足を踏み出した龍巳だったが、
(え・・・・・?)
突然、心臓がドクンと高鳴った気がして、思わず立ち止まった。
(・・・・・なんだ?)
 周りはざわざわと慌しいものの、龍巳に注意を寄せている者はいない。
それなのに、龍巳は何か急きたてられているような感じがして落ち着かなかった。

 【王】

 『・・・・・お、う?』
耳にではなく、頭の中に響いてきた言葉。男とも女とも分からない不思議な声音に、戸惑う眼差しを辺りに向けた時、
 『な、なんだ?』
龍巳は自分の身体がほの赤く光っていることに気がついた。



(何をしている?)
 目の端に入ってきた人間の少年の姿。勝手に動き回って攻撃を邪魔するなと思ったのもつかの間、紅蓮は不思議そうに辺りを見
ているその眼差しが気になってしまった。
 人間であるはずなのに、自分達と同じような力を持っているタツミ。
弟の碧香を守りたいと言い放ち、コーヤからも全面的な信頼を勝ち得ているらしい。
腹立たしいというよりも、今では紅蓮にとってその正体が意味不明な存在だとしか思えないタツミが、一体何を見ているのか。
今は前方にいるはずの聖樹に意識を向けていなければならないのに、なぜだか目が離せない。
 そして、
(な・・・・・んだ?)
タツミの身体が気に包まれている。しかしそれは、王になるべき者しか持ち得ないはずの、赤い・・・・・気だ。
なぜだと、紅蓮は大きく目を見開き、赤い気に包まれているタツミの姿を呆然と見つめていたが、

 【王】

 頭の中で、そう呼ぶ声がしたかと思うと、紅蓮は自分の身体が自分の力ではない気で包まれるのを感じる。

 竜人界の王が、代々守ってきたその力の証ともいえる翡翠の玉。
力の象徴でもある紅玉と、精神の象徴でもある蒼玉。この2つが融合して翡翠の玉となる。


 「なぜに・・・・・私が、青い気を?」
聖樹との戦いを前にして、紅蓮は青い気で包まれた自分の身体を呆然と見下ろしていた。