竜の王様
第五章 王座の真価
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※ここでの『』の言葉は日本語です
王になるはずの自分が身に纏っているのは、本来赤い気のはずだった。
赤と、金の入り混じった鮮やかな気を背負っている者こそが、この竜人界の支配者として君臨するのだ。
それなのに、その支配者の色をなぜか人間のタツミが纏い、自分は銀色を帯びた青い気を身に纏っている。いったいどういうことなの
かわけも分からず、紅蓮はしばらくタツミを茫然と見つめていた。
「紅蓮様!」
しかし、その時間はもしかしたらごく僅かの間だったのかもしれない。
紅蓮は駆け寄ってきた黒蓉の声に我に返り、眼差しを向けた。
「怪我人はおりませんっ、作戦を遂行しますかっ?」
「この場の指揮は蒼樹に任せている。あ奴の指示に従えっ」
そう言った紅蓮は、黒蓉が自分を見ても何も言わないことに気付き、自分の身体を見下ろしてみる。
(・・・・・消えている)
自分の身体を包んでいた青い気は消えており、確認するように向けた眼差しの向こうではタツミの身体を覆っていた赤い気も消えてい
た。もしかしたら幻だったのだろうかと見たものを否定したい紅蓮だったが、目に焼き付いたあの光が消えるわけも無く。
(どういうことなんだ・・・・・この男が、竜人界と何らかの関係を持っているというのか?)
時空の扉をくぐり、人間界へと向かった何人もの先人達。タツミはその子孫ということらしいが、ほとんど薄れてしまっているその力の
どこに、通常の能力者以上の力が潜んでいたのか。
「・・・・・様っ」
「・・・・・」
「紅蓮様!」
何度も名前を呼ばれ、紅蓮はようやく視線を黒蓉に戻した。
「いかがされましたかっ?」
「・・・・・いや、案ずるな。今は聖樹との対決だけを考えればいい」
それは黒蓉に言うというよりも、自分自身に言い聞かせるつもりだった。
いきなりの相手の先制攻撃に、黒蓉はさらに気を引き締めた。
相手側に今は琥珀がいないとはいえ、聖樹はもちろん浅葱も、そして紫苑もいる。
一時も油断している時間はないという思いを抱きながら、今目の前にいる紅蓮の様子が変わっていることが気になった。
聖樹の攻撃に驚いたというよりも、どこか困惑しているというふうな・・・・・。
(何があった?)
黒蓉が紅蓮から視線を離していたのはほんの僅かだ。彼の傍には誰も・・・・・。
「・・・・・」
見渡した視線の先にはタツミがいる。何をしているわけでもなく・・・・・何か不思議そうな顔をしていた。
(あ奴が何か・・・・・)
だが、紅蓮とタツミにはほとんど接点が無く、今この場で紅蓮の纏う雰囲気が変化するほどの接触があったとは思えない。自分の気
のせいなのかと思った黒蓉は、
「行くぞ」
紅蓮の言葉に直ぐに足を動かした。
『何だったんだ、今の?』
自分の身体に纏っていた赤い光は直ぐに消えてしまった。
何だか、今まで自分が持っていた気とは違う、熱いほどの大きな力を感じたが、それも一瞬で終わった。
何が何だか分からなかった龍巳は自分の両手や身体を何度も見たが、今は何の違和感もない。
(気のせいだったのか?)
「タツミ!」
その時、鋭い口調で名前を呼んだのはコクヨーだ。普段から目付きの鋭い男だと思っていたが、今はなぜかさらに自分を睨みつけるよ
うに見ている。
何もした覚えもない龍巳だが、何もしていないのが悪いのかもしれないと、向こうが来る前に自分の方から駆け寄った。
『何をしたらいいんですかっ?』
「ここまできたんだ、お前にも例外なく動いてもらう」
『・・・・・』
「先頭にたてとは言わない。私の援護をして紅蓮様を守れっ」
厳しい口調で何か言ったコクヨーは、そのまま龍巳に背中を向けて歩き始める。何を言ったのか分からなくても、龍巳は迷うことなく
その背中を追う。わざわざ自分に声を掛けてくれたということは、何か役割を与えようと思ってくれているはずだ。言葉が通じないから
使わないと思われるよりはよほどましだと思う。
(でも・・・・・さっきの・・・・・)
コクヨーの後を追い掛けながら、龍巳は再び先程の光のことを考える。自分の中に変化は見当たらないが、なんだか・・・・・何か、ザ
ワザワとした感覚が消えなかった。
「来るぞ!」
浅葱は声を掛けた。
聖樹の攻撃で、少し離れた場所に大きな砂煙が上がっている。それと同時に一斉にこちら側に大きな気が襲ってくるのが分かった。
作戦とはいえ、この場に防御は張っていないので、相当の衝撃は受けてしまう。その最初の攻撃に耐えてこそのこちら側の作戦だ。
「浅葱殿!」
「いいかっ、先ずは自分の防御だ!」
結果的に、赤ん坊達はここにおらず、他に神経を向けなければならない事案は無い。
そして、最大のこちら側の優位の条件である翡翠の玉は、聖樹がしっかりと守ってくれているはずだ。
「浅葱」
「・・・・・っ!」
まるで浅葱が考えていることが全て見えているかのように、聖樹が姿を現した。その顔は自分達のように緊張感に包まれているもの
ではなく、笑みさえ浮かんでいるような・・・・・。
(利は・・・・・我が方か!)
「聖樹殿っ」
「心配せずとも良い。結果で全てが分かる」
落ち着いた聖樹の言葉に、浅葱も力強く頷く。
「必ずや、我が竜人界にとって最良の結果となることを!」
「・・・・・」
聖樹の笑みが深くなった。
「来ました!」
警戒していた者が大きく叫ぶ。
それと同時に、自分の身体を防御するために力を纏った浅葱は、
「!」
自分の直ぐ近くにいる聖樹が無防備なまま相手の攻撃を受けたのを見た。
「聖樹殿!」
『どうしてるだろ、トーエン。大丈夫かな』
昂也は落ち着きなく部屋の中を歩きながら呟く。
『おい、コーヤ、お前いい加減にじっとしていたらどうだ?さっきから目の前で落ち着きなく動かれていると気になって仕方が無い』
『いいじゃんっ、動くぐらいさ!他にやること無いんだもん』
呆れたように自分に言うスオーの言葉はこれで何回目だろう。言いかえれば、自分も同じようなことを何度も言っているんだなと、昂也
は自分自身に呆れてしまった。
それでも、落ち着きのない気持ちは一向に収まらない。
龍巳のことはもちろん、一緒に行ったグレンも、コクヨーも、ソージュもアサヒも、他の皆も、もちろん怪我をしてないかどうか心配だ。
それに・・・・・。
(シオン・・・・・どうしてるだろ・・・・・)
未だセージュ側にいるシオンは、今頃何を考えているだろうか。もしかして、帰りたいと気持ちが変化したのではないかと、その気持
ちの揺れが気になってしまう。
出来れば双方が話し合い、争いなんか止めて欲しい。
どちらにしても、自分達の住んでいる世界をより良くしようと思っているのならば、争うよりも協力する方がよりいいと思うのだが。
(そんなこと言ったら、お前達人間に何が分かるとか、グレンが怒りそうだよ)
あの男の沸点は分からないが、言いそうなことは予想がつく・・・・・そこまで考えた昂也は唐突に声を上げた。
『あ』
『どうした?』
『おれ、ちょっとっ』
『コーヤッ?』
スオーの止める声におざなりに答えて、昂也は部屋から出た。
グレンのことを考えていた時、それに繋がるようにして朱里のことを思い出した。
生意気な、それでいて憎めない朱里。その物言いの中にカチンとくることはあったが、今彼は味方のいない中でたった1人でいる。
いや、ここにはコハクもいるが彼も捕らわれの身で、2人は自由に話すことも出来なくて・・・・・きっと、心細い心境なのではないだろ
うか?
(俺が行ったって、多分文句を言われるだろうけど)
それでも、今はセージュ達がいる方へとグレン達が向かっていて、もしかしたら向こう側はこのまま降参するかもしれなくて。
朱里の帰る場所が無くなってしまうかもしれない今、昂也は彼に会った方がいいような気がしていた。
ドアがノックされる。
一体誰が来たのかと顔を上げた朱里だが、座っている寝台から立ち上がろうとはしなかった。
どうせ自分が開けに向かわなくても、ドアは向こう側からしか開けることは出来ないのだし、自分の敵しかいないこの場所に会いたい
人物などいない。
(琥珀だって・・・・・助けに来てくれない)
助けてくれるかと思った琥珀は、朱里に何も言ってくれなかった。大丈夫だとも、きっと助けるとも、聞きたいと思った言葉は無く、ま
るで琥珀自身諦めてしまったようで、情けなくて・・・・・悔しかった。
(僕達が負けるなんてありえないはずなのに・・・・・)
『あ、起きてた?』
『・・・・・』
ドアを開けて中に入ってきたのは能天気な昂也だ。いったい何をしに来たのだと思ったが、直ぐにその目的を悟って口元を歪めた。
(僕を笑いに来たんだな)
こんな所に閉じ込められて何も出来ない自分を嘲笑いに来たのだと思い、朱里はそのまま横を向く。
『・・・・・つまらない理由なら来るなよ』
『いや、別に理由なんてないんだけど』
『はあ?』
『どうしてるかなって、様子見にきただけ』
朱里は眉を顰めた。今二つの力がぶつかり合うという時、呑気に顔を見に来たという気がしれない。それよりも、捕まった間抜けな
相手を見に来たと言われる方がまだマシだ。
『悪かったな、元気で』
『え?元気ならいいじゃん』
『嘘ばっかりっ!』
『嘘じゃないって。なんか、俺も落ち着かなくって・・・・・そう思ったら、お前の顔、見たいなって思ったんだ』
『・・・・・馬鹿だろ、お前』
今までも、呑気で馬鹿な奴だと思っていたが、今この瞬間は本当にそうとしか思えなかった。何の力も持ってない昂也に対し、自分
はかなりの力の持ち主だ。このまま昂也をここで傷付けることだって・・・・・。
(あ・・・・・)
その時、今までこの部屋に施されていた防壁が解かれていることに気付いた。
今なら、この部屋を出ることが出来る。このまま琥珀を捜しだし、2人で王宮を占拠して・・・・・それには。
『ん?何?』
自分に対し、全く警戒心を抱いていない昂也を人質にすれば、その反撃はさらに上手く行く確率は上がるような気がした。
(僕がこのまま負けるはずが無い・・・・・っ)
聖樹に見出され、竜王にと言われた自分は、少なくともこのままで終われない。終わりたくない。
『・・・・・お前、本当に馬鹿だよ』
『え?』
『・・・・・』
朱里は左手を昂也に向かって翳す。全く何の疑いも持っていない昂也に一瞬・・・・・ほんの一瞬だけ迷いが頭を過ったが、直ぐに
唇を噛みしめると、朱里は溜めた力を放った。
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