竜の王様




第五章 
王座の真価



30





                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 シュリが軟禁されている場所から逃げ出そうとした時、真っ先に向かうのはどこかと考えたら・・・・・それは間違いなく琥珀のもとだろ
うと思った。この王宮の中で、今シュリが頼るべき者はあの男しかいないからだ。
 だからこそ、蘇芳がシュリのいる部屋に向かおうとした時に引きとめ、琥珀のいる場所へと向かおうとしたのだが・・・・・。
 「・・・・・」
 「おい」
 「うん、これは・・・・・あの子のじゃないな」
唐突に感じた別の力。シュリのように分かりやすいものではなく、明らかに異質で、大きな力。
いったい誰がと考えている余裕は無かった。
 「あれを追うぞっ」
蘇芳の言葉に頷き、江幻も急ぐ。あの力の先にコーヤがいるだろうというのは・・・・・確信だった。

 そして、その異質な気は王宮の地下へと向かい、今はその機能を果たしていない地下神殿へと江幻達は誘われた。
目に映ったのは、後ろ姿のシュリと、その足元に横たわっているコーヤ。
そのすぐ傍には青嵐がいて・・・・・もう1人、本来はここにいるのが一番似合うはずなのに、今はここにいること自体が問題な紫苑がそ
こにいた。
 「シュリ」
 『気安く呼ぶな!』
 「静かに・・・・・といっても、もう遅いようだな」
 『どこを見ているんだっ?』
 何やら言い合っているシュリは背中の自分達の存在に気付いていないが、こちらを向いている紫苑の目には当然自分達が映ってい
る。それを踏まえての言葉なのだろうが、シュリの感情は苛立ちに昂っていった。
 『落ち着いて、シュリ』
 だから、彼の分かる言葉で話しかけてみる。
その身体はびくっと震え・・・・・やがて、恐々と振り返り、自分の顔を見て大きく目を見開いた。
(大きな目だな)
 『お前っ、なんでここにいるんだよ!』
 「・・・・・」
(・・・・・顔に似合わない言葉)
この剣幕では、どうやらシュリのことは心配しなくてもいいだろう。



 江幻が人間の少年の相手をしている間、蘇芳は直ぐに横たわっているコーヤの側に駆け寄り、口もとへと手を向けた。
(・・・・・生きている)
コーヤの気は消えてはいなかったものの、万が一ということが頭の中に過ってしまい、あらためてその無事を自分で確認した蘇芳は、
はあっと深い安堵の息をついた。
 「・・・・・」
 そして、落ち着くと直ぐ側に立っている青嵐に視線を向ける。
コーヤが腕に抱く赤ん坊の頃から、それほど月日は経っていないのにもう1人で歩き、言葉も話せる。他の赤ん坊達がやっと這うこと
が出来る状態と比べれば、この青嵐の成長は驚くほどに早い。
(俺も、角持ちを実際に見るのは初めてだしな)
 その生態を、人に説明出来るほどに知っているわけではない。
多分、小難しい本を読むことが好きな江幻なら、自分よりは詳しいことも知っているかもしれないが・・・・・どちらにせよ、ここまでコーヤ
を連れてきたのは、あの人間の少年というより青嵐の力のはずだ。
 「青嵐」
 「コーヤ、ねてる」
 「お前がしたのか?」
 「ううん?」
金の瞳が不思議そうに自分に向けられた。
 「・・・・・ここに連れて来たのは?」
 「だって、コーヤあそんでくれないから・・・・・おんなじにすればいいっておもった」
 「・・・・・」
(おいおい)
 どうやら、コーヤを眠らせたわけではないが、ここに連れて来たのは青嵐本人の意思らしい。同じにするという意味はよく分からない
が、自分の知らない力がこの幼い子供の中にはあるのだ。
 ただ、その青嵐の判断基準が全てコーヤへの思い、コーヤを好きだという感情から生まれているのが少々厄介だ。
 「青嵐」
子供相手に本気になるのもおかしいと思ってはいられない。相手は角持ちで、このままだっとあっという間に成人してしまう。
 「コーヤの意思も聞かずに、その身体を変えてもいいと思うのか?」
 「・・・・・さっきも、いわれた」
 「さっき?」
 コクンと頷いた青嵐は、そのまま蘇芳の腕を引っ張ってその場に膝をつかせると、小さな手でその両頬を掴み、額と額を合わせてく
る。
何をするのだろうと思う間もなく、蘇芳の頭の中に声が響いてきた。

 「それでも、コーヤの意志も確認しないまま、その身体を作り変えることは罪だ。コーヤに嫌われてもいいのか?」
 「・・・・・いや」
 「それならば、一緒にいたいと言葉で伝えなさい。彼はきっと分かってくれる」
 「・・・・・うん、分かった」

(これは・・・・・青嵐と奴の会話か?)
 まるで目の前で交わされているように、はっきりと聞こえた二つの声。
その片方の声である青嵐をしばらく見つめた蘇芳は、そのまま少し離れた場所に立つもう一人の声の主にきつい眼差しを向けた。



 コーヤの傍にいるとは思ったが、こんなにも直ぐに駆けつけてくるとは思わず、紫苑は口元に僅かに苦笑を浮かべた。
 「紫苑、お前・・・・・何時ここに」
 「たった今」

 裏切り者の自分が、なぜこんなにも簡単に王宮内へと足を踏み入れることが出来たのか。
それは紅蓮を始めとして多くの能力者の不在はもちろん、自分の裏切りをまだ王宮内の全ての者が知っていないという現状も関係
あった。
 現に、廊下で会った少年神官達には、
 「紫苑様っ、どちらにおいでになられていたのですっ?」
 「今、王宮内は大変なことに!」
そう、紫苑に縋るように訴えて来た者もいた。
 とうに紅蓮は自分の翻意を公表し、敵対する相手として認識されていると思ったが、どうやらそうではないらしい。
それも、以前の紅蓮には無かった温情だと思う。どんなに長い間その片腕として仕え、多少なりとも使える存在として認識していた
としても、自分に対して反意を抱く者は即座に切り捨てたはずだ。
好ましい変化だが、それが自分がいなくなってから表に現れたことに、紫苑は多少複雑な感情も抱いていた。

 「あなた方もここにいるとは・・・・・紅蓮様に与するのか?」
 「俺は、あくまでもコーヤの側だ。こいつが紅蓮を助けたいと思うなら、少々面白くない思いを抱いていたとしても動いてやる」
 「・・・・・たかが、人間の願いのために?」
 「お前だって、こいつをたかがとは思っていないだろう?」
 切り返してくる言葉は鋭く、紫苑は何も言い返さずに蘇芳に視線を向けるだけだ。
 「紫苑」
そんな紫苑に、今度は江幻が声を掛けてくる。
 「お前が何をしにここに戻ってきたのか・・・・・当ててやろうか?」
 「・・・・・」
 「ここに蒼玉があると聞いたから・・・・・だろう?」
 「・・・・・」
 「生憎、それはもうこちら側に取り戻したよ」
 ああと、紫苑は納得した。どうりで神聖なる地下神殿の気が全く失われている理由がそれでつく。
(本当に、ここに蒼玉はあったのか・・・・・)
どういう方法かは分からないが、あの聖樹がこの場所に蒼玉を隠していたことは事実で、しかしそれはもう紅蓮側の手にあるというこ
とも同時に判明してしまった。



(僕を置いて、何を話してるんだよっ、こいつら!)
 このにやけた男の力で言葉は分かるようになったものの、その場にいる者の視線は全く自分の方に向いていない。
それが悔しくて、唇を噛みしめた朱里は、足元から身じろぎする気配と小さな呻き声が聞こえて来たことに気付いた。
 『ん・・・・・』
 『・・・・・』
 どうやら、コーヤに仕掛けた力が弱まってしまったようだ。
 『・・・・・っ』
こんなに早く仕掛けた力が解けてしまうのは、自分の力がそれだけ弱いというのか?まさかと、朱里は直ぐに打ち消した。
(僕の力は、聖樹が認めてくれたんだから!)
 『ん・・・・・ぁ・・・・・』
 『・・・・・』
 『あ、れ?』
 やがて、ぱっちりと目を開いた昂也の眼差しが、しばらくは戸惑ったように揺れて・・・・・やがて、自分へと焦点が合って、少しだけ
笑みを浮かべている。
呑気な奴と思っていると、昂也はゆっくりと上半身を起こした。
 『俺、眠ってた?』
 『・・・・・』
 『お前に会いに行ったと思ってたんだけど・・・・・いきなり爆睡したのか?』
 別に疲れてたわけじゃないんだけどなあと言う昂也は、朱里が自分に何かしたかとは全く考えていないのだろう。
その呑気さを馬鹿馬鹿しく思ったものの、朱里は少しだけホッとした。
 『・・・・・そうだよ、お前が勝手に寝ちゃったの!』
 『悪い』
 素直に謝った昂也の首に、青嵐という子供がしがみつく。
 『コーヤ!』
 『青嵐?お前もいたの?』
しっかりとその身体を抱きしめながら視線を動かした昂也は、
 「シオンッ?」
シオンの姿を見た瞬間驚いたように叫んだ。



 朱里の様子を見に行き、ドアを開けて顔を見たまでは覚えている。
しかし、その次には意識が無くなっていて・・・・・目が覚めた時には神殿にいて、青嵐が嬉しそうにしがみついてきた。
 『青嵐?お前もいたの?』
その身体を抱きしめ返し、今の自分の状況を確かめるように視線を巡らした昂也は、そこに思い掛けない人物を見付けて思わず声
を上げてしまう。
 「シオンッ?」
 目の前にいるのはシオンだ。
以前と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべたまま、シオンは碧の目を昂也に向けてくる。
 「コーヤ」
 『どうしてっ?どうしてここにっ?』
 『ここで会うとは思わなかった』
 『戻って来てくれたんだなっ?』
 迎えに行った時、もう絶対にこちら側には戻ってこないような意思を感じたが、結局シオンは長年の友人や仕える主であるグレンの
側へと戻って来てくれたのだ。
それが嬉しくて、昂也は腰に抱きつく青嵐をそのままに、シオンの腕へと手を伸ばそうとしたが、
 『・・・・・え?』
 『・・・・・』
 腕を引かれた昂也は、茫然とシオンを見上げた。
 『シオン?』
 『私がここに戻ってきたのは、蒼玉を手に入れるため』
 『え・・・・・じゃ、じゃあ、こっち側に戻ってきたんじゃ・・・・・?』
信じられない、いや、信じたくなかった。一度は立ち去った場所に再び戻ってきたのが、こちら側にあった蒼玉を奪うため・・・・・そう言
われても、昂也はただ首を横に振った。
 『そんなの、嘘だ!シオンッ、本当のことを言ってくれよ!』