竜の王様
第五章 王座の真価
34
※ここでの『』の言葉は日本語です
竜に変化した紅蓮が空へと飛び立つのを見た瞬間、龍巳も同じ方向へと走り始めた。
もしかしたら自分の足でも間に合うかもしれない・・・・・そんな一縷の望みを込めて、龍巳は既に背中の見えない先陣を追う。
「おいっ、何があったんだ!」
そんな自分に並走しているコクヨーは、意味が分からないまま何か異変があったことだけは感じ取っているようだ。
「ごめんなさい!」
(俺だって説明したいけどっ!)
自分が感じている不明瞭な不安をどう伝えたらいいのか分からないし、何より言葉が通じないのが最大のネックだった。今まで気を自
在に扱えることだけに集中していたが、言葉というのはこんな極限の場面でとても重要な要素になっている。
(碧香にもっと聞いておけば良かったなんて、今更だよなっ)
自分のようなジレンマを、昂也はもっと前から・・・・・それこそたった1人で感じていたはずだ。コーゲンという男と出会い、はっきりと意
思の疎通が出来るようになるまで、どんなに不安な毎日を過ごしていたのだろうか。
(やっぱり、昂也は凄い!)
力というものは付属品だ。それ以前にどれだけ心が強いか。ガキ大将だった気質はこの世界でも十分通用しているようだと、龍巳
は嬉しくて仕方が無い。
そして、自分も何とかそんな昂也に負けずに動かなければと、龍巳はさらに急いだ。
確かな手ごたえを感じたまま先陣を切って向かった蒼樹は、目印である崩れた岩肌の下にまでやってきた。
「・・・・・」
(数人の、気配だ)
感じる気は何種類かあるものの、自分を脅かすほどの大きさのものではない。蒼樹はざっと辺りを見回す。
(あいつはどこだ・・・・・っ?)
聖樹は絶対にここにいるはずだ。反逆を犯すという愚かなことを考える男だが、誰かを犠牲にして自分だけは後ろにいるということは
しないはずだった。
いや、して欲しくない。心のどこかでそこまで卑怯であって欲しくないと思ったのだ。
「蒼樹っ、用心しろ!」
「分かっているっ」
浅緋の言葉に短く答え、蒼樹は人影を捜す。
いくら反逆者とはいえ、自分と同じ竜人。出来ればその命を奪わずに拘束したい。紅蓮がどれほど竜人界のことを考えているのか、
説明をすれば絶対に分かってもらえると信じていた。
それに、彼らはきっと聖樹の甘言に騙されているだけであって、本心から王族を倒そうと思っているはずが無い。
「・・・・・」
そんなことを考えながら様子を窺うものの、蒼樹は僅かな違和感を感じ始めていた。
(反撃をしてこないとは・・・・・いったい何を考えている?)
自分達が放った気は確かにこちら側に命中した。
防御を取っていない証拠に、気は四方に散ることなく大きな響きを伴って落ちたが・・・・・ここには倒れている者はいない。あれだけの
力を受け、無傷でいられるはずが無い。
「・・・・・」
それでも・・・・・。
(逃げた様子もないが・・・・・)
「・・・・・」
「蒼樹」
自分と同じような疑問を浅緋も感じたのか、硬い表情のまま自分の名を呼んできた。
「いったん戻るか」
「・・・・・いや」
多分、それが今の段階で最良の選択だということは分かっていた。しかし・・・・・。
(引くことはしたくない)
それも作戦の一つであることは分かっているが、蒼樹は父親であった聖樹に対し、背を向けることはしたくない。自分を切り捨て、勝
手に暴走してしまったあの男に、逃げたと思われることだけは嫌だ。
「何人かに分かれて辺りを探ろう。浅緋、私は・・・・・」
話している時、違和感を感じて蒼樹は口を噤んだ。
「・・・・・」
(何だ・・・・・?)
辺りを見回してその気配を探した時、
「蒼樹っ、下だ!」
「!!」
その言葉と同時に足元が崩れた。
空の上から見る眼下の光景に、紅蓮はカッと目を見開いた。
(蒼樹!)
地面がまるで網の目のように割れていたのだ。心構えが出来ていなかったのだろう、何人もの兵士達が落ちている。
(やはり何か考えがあったのかっ!)
ただ無防備に攻撃を受けたのではなく、それさえも反撃の材料にしている・・・・・紅蓮は神経が高ぶった。
けして、自分達の力が劣っていたとは思わない。どういう攻撃態勢で、どのように包囲していくか。当初は反乱分子の壊滅を考えてい
たものの、やはり同じ竜人の命を奪いたくないという方向になり、最善とはどういうものか、よく考えたうえでここに来たつもりだった。
蒼樹に先陣を任せたのも、父親である聖樹と一番初めに顔を合わせ、そこで言葉で説得が出来ないかと思ったのだが、紅蓮の想
像以上に蒼樹の父親に対する反発は大きく、少し・・・・・ほんの少しだけ、気持ちが急いてしまったのだろう。
空で何度か大きく旋回した紅蓮は、意を決したように地上へと急降下する。
先ずは、自分の部下達を助けなければならない。
「行け!」
浅葱の号令と共に、身を顰めていた反乱者が飛び出し、亀裂に落ちている兵士達の頭上から剣を突き付けた。
「抵抗するな、すれば殺す」
「・・・・・!」
いくら能力者だとはいえ、気を発するのは相当な集中力が必要であったし、攻撃と防御を同時に使いこなせるものはごく僅かだ。
亀裂から脱出するために力を使うか、それとも反撃する方へと使うか。どちらにせよ頭上からその様子を見ている方が位置的に有利
で、相手が自分の考えを定める前に、拘束することは可能だった。
(さすが聖樹殿・・・・・っ)
相手方の気を吸収し、それと自分の気を合わせて放ち、地面をこうしてひび割らせたのは聖樹の仕業だ。
彼の気の力の凄まじさに、浅葱は背中がゾクゾクするほどの高揚感に満ち溢れている。
「油断するな!相手は王族直属の能力者達だ!」
「はい!」
相手の反撃を阻止するのには、先ず迅速さが重要だった。浅葱の周りでは次々に亀裂に落ちている兵士に気を放ち、集中する時
に使う両手を潰している。呻く声を聞きながら、浅葱も次々と兵士達を戦闘不能に陥らせていたが、
「・・・・・っ」
少し離れた場所の亀裂がガッとさらに爆発したように広がり、中から1人の兵士が飛び出してきた。兵士にしては細身で優美なその
姿に、浅葱は目に力がこもる。
「・・・・・蒼樹」
「面白い真似をしてくれる」
「・・・・・」
(聖樹殿の子息、か)
親子だというのに、その容姿に似通ったものはほとんどない。
どちらかと言えば女顔の蒼樹は、きっと母親の方に似たのだろうと思えたし、気の種類も違うようだ。
しかし、怒りで爛々と輝く眼差しは、面白いものを見付けた時の聖樹の目と良く似ている。そこは親子というところか。
「聖樹殿の御子息でも、手加減するつもりは全くない」
「当たり前だ。こちらも、奴の手先となった者に対し、手加減出来るか分からない」
土で汚れ、端正な面にも掠り傷を負っているのに、その美貌は全く損なってはいない。
面白い・・・・・浅葱はそう思いながら右手を上げた。
(闘気は凄まじいが・・・・・気が少し弱い)
突然の反撃に多少衝撃は受けたようだと、浅葱の口元には静かな笑みが浮かぶ。今ならば、王家の副将軍の足を折らせることも
可能かもしれないと思った。
「覚悟しろ、蒼樹」
「それはお前だっ」
お互いが全身を覆うほどに気を高まらせて睨み合う。
そこかしこでは、敵や味方の入り混じった怒声や、様々な気が乱れ飛んでいたが、今この瞬間、ここだけは静寂に支配され、少しで
も先に動いた方が有利・・・・・そんな緊張感に満ちていた。
グアオオオォォォォォ!!
「!」
「!」
その時、頭上から凄まじい咆哮と共に、強烈な風圧が身体に襲いかかる。
(この気はっ?)
雄々しく、圧倒的な存在。紅蓮の変化を初めて見る浅葱はその姿に圧倒され、ただ視線を向けるしか出来なかった。
(あれが・・・・・皇太子の力か・・・・・っ!)
「!」
「どこを見ている!」
「!」
(しまった!)
だが、意識が逸れたその瞬間を狙ったかのように、目の前の蒼樹の力がまともに襲い、
「ぐはっ!」
浅葱は大きく身体を後ろに弾け飛ばされてしまった。
(・・・・・っ、こっちだ!)
ただ気を頼りに向かっていた龍巳は、いちだんと大きく膨らんだ気を感じとって足を踏み出すと、そこに広がる光景に思わず息をのん
でしまった。
『これ・・・・・』
地面が幾筋も、それこそ網の目のようにひび割れていた。
長い年月をかけて自然にそうなったというのとはまるで違い、所々砂埃が見えるのは、たった今この状態になってしまったという証拠だ
ろう。
(これって、相手側がしたことなのか?)
「こ、これはっ?」
龍巳の直ぐ後ろを追い掛けてきたコクヨーも、その光景に驚きの声を上げている。
つい先日、この地に足を踏み入れた彼が驚くということは、自分の想像に大きく間違いは無いという証だ。
『・・・・・っ』
驚きから覚めれば、直ぐに耳に飛び込んでくる声が聞こえた。同時に、ぶつかり合う力も感じ、既にこの場では相反する立場の者達
の衝突が始まっていることが分かった。
「蒼樹!」
『ソージュッ?』
コクヨーの声に彼の視線を追えば、少し先に向かい合っている二つの人影が見えた。
ソージュとアサギ。どう見ても今から戦闘を開始するといった雰囲気に、龍巳も緊張して思わず息をのんだ。いったい、この2人の力の
差はどれほどなのか、命を落とすことは無いのか。とっさに色んなことを考えるが、龍巳に判断は出来ない。
その時だった。
グアオオオォォォォォ!!
凄まじい咆哮が頭上から聞こえ、龍巳は反射的に上を見る。
すると、そこには先程変化した竜が急降下してくるのが見えた。
『!』
自分が驚いたように、目の前の二人の緊張感にも変化があったらしい。一瞬、アサギの気がぶれてしまったのを狙ったかのようにソー
ジュが力を放つ。
同時に、頭上からも竜が・・・・・。
(危ない!)
このままではアサギがどれほどのダメージを負うのか分からない。もしかしたら命の危険もあるかもしれないと思った瞬間、龍巳の足
は無意識のうちに駆けだした。
(命を奪うなんて出来ない!)
「おいっ!タツミッ、止まれ!!」
後ろでコクヨーの焦ったような声がしたが、龍巳の足が止まることは無かった。
![]()
![]()
![]()