竜の王様




第五章 
王座の真価



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 全く防御することも出来ないまま、蒼樹の放った気をくらった浅葱はそのまま背後へと飛ばされた。
 「ぐふっ!」
それだけではない。立て続けに放たれた気は浅葱の左手を直撃し、そのままギリギリと骨と筋肉が軋みながら不自然な方向へと捻
じ曲げられた。
 「・・・・・かはっ!」
 身体の奥底からせりあげて来るような苦痛と嫌悪感。
身体の中に攻撃を仕掛けられている不快感に膝をついてしまった浅葱は、浅い呼吸を何度も繰り返す。痛みはもちろん、こんなにも
簡単に自分の身体が傷付けられたことも衝撃だった。
(反撃する時間も無かった・・・・・っ)
 いくら竜に変化した紅蓮の姿に驚いたとはいえ、それだけで動揺してしまった自分を今更ながら後悔するものの、力を溜める手を片
方潰されたのでは戦力的に不利になってしまう。
 「・・・・・っ」
 それでも、浅葱は俯くことはしなかった。
目の前には、猛烈な勢いで下降してくる一匹の竜が見える。その雄々しさや纏う気で、どれほどの力を持っているものかは直ぐに想
像がついたが、自分が引くことは考えられなかった。
(・・・・・皇太子・・・・・っ)
 本当に皇太子である紅蓮本人がこの地にやって来るのか、半分疑ってもいたが、こうして間近に迫る圧倒的な気の気配に、浅葱
は異怖と共になぜと言う感情が湧き上がった。
これほどに圧倒的な力を持っている紅蓮が、なぜもっと早く竜人界のために立ち上がってくれなかったのか。
 自分達がこれほど切羽詰まるまで放置したのかと、面と向かって訴えたかったが、痛みのせいで口を開けは呻き声しか出せない。
 「・・・・・う・・・・・くっ」
多分、自分の命はここまでだ。今の蒼樹の攻撃だけではなく、紅蓮の力をこの身に受けてしまえば、きっと跡形もなく消えてしまうこと
は確実だろう。
それでも、命乞いだけはすまいと口を引き結んだ時、

 ガシッ

 「!」
 いきなり横から何かに飛びつかれ、地面に身体が押し倒された。
まだ他からも攻撃を受けたのかと思ったが、

 『ぐ・・・・・っ』
 「!」
 竜の身体を覆う圧倒的な気の勢いが自分の身体を覆うもののせいで直接当たることが無く、まるで庇われているといった状態に浅
葱は何とか首を捻って後ろを振り向いた。
 「・・・・・っ?」
(こいつは・・・・・?)
 先日、自分達の洞窟に来て赤ん坊達を連れ去った中の1人・・・・・確か、人間だったはずだ。
 「お前っ、何をしている!」
皇太子側、それも人間などに庇われることを屈辱に感じ、浅葱はその身体の下から逃げ出そうと必死になるものの、身体に受けた痛
手は大きくて僅かに動くこともままならない。
 「どけ!
 それでも大きく叫びながら身体を押すと、
 『大人しくしてっ』
耳慣れない言葉が鋭く制してきた。



(間に合わないかっ?)
 ソージュの攻撃で身体を吹き飛ばされた男の姿を見て唇を噛みしめたが、立て続けの攻撃がその身体に向かうのを見てどうしても
足が止まらなかった。
 碧香の言葉を信じ、彼の望む方向へと流れを作りたいとは思うものの、龍巳は目の前で傷付く者を平然と見ていられない性格だ。
勝負はもうついていて、相手は明らかに反撃は出来ないのに、さらに追い詰めることは無いと思う。
 頭上から真っ直ぐにこちらへと向かってくる気も含め、このままではあの男は間違いなく死んでしまう・・・・・そう思った時、龍巳の手
はようやく相手の身体に届き、その勢いのまま押し倒した。
 『ぐ・・・・・っ』
(きつ・・・・・っ)
 ソージュの攻撃は避けられたものの、頭上の竜の気はまともに自分達に向かう。
(攻撃していないのに、気だけでこれだけの衝撃を受けるなんて・・・・・!)
これが、竜王となる者が纏っている気なのかと思うと、身震いするほどの興奮が襲ってくるが、不思議と恐怖は感じなかった。
 「お前っ、何をしている!」
 そんな龍巳の態度を不審に思ってか(それも分かるが)、相手は恫喝して身体を押しのけようとしてくる。しかし、どうやらその手に力
は入らないらしい。
 「どけ!」
 『大人しくしてっ』
 もう、抵抗することは出来ないという姿を見せなければ攻撃は止まない。龍巳はとにかく男を抑えようとするが、自分よりも体格のい
い男の力は甘くなく、龍巳は押しのけられそうになるのを必死で押さえ続ける。
 そんな時だ。
 『あっ!』
空から下りてくる竜の姿が輝く光に包まれ、
 『・・・・・!』
地上に降り立った瞬間、自分と同じ人型の姿・・・・・グレンが目の前に立った。



(・・・・・!!)
 紅蓮の眼差しは真っ直ぐに地上の蒼樹と浅葱に向けられていた。
この竜の姿で無数の亀裂が入っている地上に降りてしまえば、そのまま地面がさらに大きく崩壊してしまう恐れがあり、まだその中に
落ちているであろう自分の兵士達にさらに危険を及ぼすことになりかねない。
 地上に下りる途中で変化を解かなければならないと、紅蓮は身体の中の気を押さえながらも視線は逸らさなかった。
その時だ、一つの影が向き合っている蒼樹と浅葱に近づいていくのが見えた。
(あれは・・・・・タツミかっ?)
 自分が変化して空へと舞い上がった時、龍巳も大人しく待っているとは思わなかったが、それでも2人の目の前に現れるとは思わな
かった。
いくら力を持っているとはいえ、人間が竜人の最大限の力に対抗出来るはずが無い。
 タツミが倒れてしまえば碧香はもちろん、コーヤも悲しむ・・・・・そんなことを考えた紅蓮は早く地上に向かわねばとさらに加速した。
 「・・・・・っ」
直ぐ目の前に地面が見えた時、紅蓮は瞬時に変化を解いた。急激な気の変化は身体に大きな負担となるが、それに構ってなどいら
れない。
 「・・・・・」
 「紅蓮様っ」
 「・・・・・皇太子」
 「グ、レン」
 その場にいた三人三様の自分の名を呼ぶ言葉。
紅蓮は蒼樹に視線を向け、その身体に大きな傷が無いことを見てとると、そのまま地面に倒れているまま自分を見ているタツミと浅葱
へと眼差しを向けた。
 「・・・・・」
 その身体にどんな傷を負っているのか、紅蓮は見ただけで分かる。
腕の負傷が大きいようだが、その際に身体全体にも衝撃を受けていて、容易に立つことさえ今は出来ないはずだ。
攻撃するために手に力を込めることも通常以上の時間が掛かってしまうだろうし、浅葱本人も、そんな無茶な攻撃が紅蓮に有効だと
は思っていないだろう。
それでも眼差しだけは強い意志を込めたまま自分を睨みつけている。
 「浅葱」
 その気概は認めなければと、紅蓮は静かにその名を呼んだ。
 「降伏しろ。そうすれば、その命を奪うことまではしない」
 「・・・・・っ」
 「私はこのまま聖樹も討つ。王家への反逆は、ここで幕を閉じる」
 「我らの心までは押さえ付けることは出来ない!」
 「・・・・・」
自分を押さえ付けているタツミの身体を恐ろしいほどの力ではね退け、浅葱はふらつきながらも立ち上がった。
違う方向へとねじ曲がった腕を押さえて辛うじて立っているその姿に恐れることは無いものの、真っ直ぐに自分を見つめる眼差しの強
さに、紅蓮は真摯に対さなければならないと思う。
 「皇太子っ、我らがなぜ王家に背き、あなたと違う王を望むのかっ、その理由を分かっておられるのか!」
 「・・・・・分かっているつもりだ」
 「嘘を・・・・・っ」
 「琥珀の口から、お前達の思いは聞いた。民の声を聞かず、目に見えるものだけを追っていた私を許して欲しい」
 「!」



 ただの民、いや、王家に反逆した自分に向かって皇太子である紅蓮が頭を下げるとは思わなかった。
それは蒼樹に攻撃を受けたよりも遥かに衝撃的で、浅葱は次の言葉が出てこない。
(どうして・・・・・どうして、今、こんな・・・・・)
 「だが、私はこれが遅かったとは思わない。こんなにもこの竜人界のことを思っている民がいてくれることが嬉しいし、きっと、皆の力
があれば再生出来ると信じている」
 「こ・・・・・」
 「こちらにきて、私の手を取って欲しい。破壊しか望まない聖樹の言葉をきちんと聞き取ってくれ」
 「!」
(聖樹殿・・・・・っ!)
 その瞬間、浅葱はパッと辺りを見回した。
皇太子である紅蓮が姿を現したせいで、身を潜めたのか逃げ出したのか、仲間の気配は全く感じられない。
(私1人で皇太子に対抗出来るのか・・・・・?)
 それはとても無理だと分かっている。
しかし、浅葱はこのまま情に流されて降伏することは出来なかった。そんなことで気持ちを変えるくらいなら、何のために自分達は今ま
で準備をしてきたのか。
 「聖樹殿!!」
 「おいっ!」
 いきなり叫んだ浅葱を止めようと蒼樹が手を伸ばしてくる。

 パシッ!

 「!」
 しかし、その身体に触れた瞬間、まるで雷でも落ちたかのような光と衝撃を受け、蒼樹の身体が大きく吹き飛ばされた。
 「蒼樹!」
はっと紅蓮がそちらへと視線を向けたが、浅葱は今の反応に茫然と自分の身体を見下ろしてしまう。
(今のは・・・・・)
自分では何の力も放っておらず、それなのに、蒼樹へあれほどの衝撃を与えたとすれば思い当ることは一つしかなかった。
 聖樹・・・・・彼が、何時の間にか、自分の身体に何らかの力を注いでくれていたのか?聖樹ならば、もしかしたら紅蓮を超える力を
持っているかもしれない。自分の信念が折れそうになっていた浅葱は、その可能性に縋ろうと大きく叫んだ。
 「聖樹殿!」
 紅蓮に支えられた蒼樹が、止せと叫んでいるのが分かったが、浅葱は声を止めることが出来なかった。
 「聖樹殿!!私に力を!ちか・・・・・ぐはっ・・・・・ぐああぁぁぁ!」
しかし、浅葱が求め、直ぐに湧き上がった力は浅葱の許容量以上のもので、このままでは四肢が裂けてしまうほどだった。
きりきりと痛む自身の身体を片手で抱きしめながら、浅葱は地面を転がり続ける。
(どうして・・・・・っ?)
 なぜ、自分がこんな目に遭ってしまうのか・・・・・浅葱は薄れて行く意識の中でそんなことを考えた。自分はただ、この竜人界を良く
したいと思っただけなのに・・・・・。
 『くそっ!』
その時だった。
あの日本語の言葉が聞こえ、自分の身体が再び背後から抱きしめられる。今度はそれをはね退ける気力も力も出ないでいると、
 「・・・・・な・・・・・んだ?」
 俯き、かすれている視界の中に、ぼんやりと映った輝く光。
(金・・・・・い、や、赤・・・・・?)
眩いほどの赤い光が自分を包んでいる・・・・・それを自覚した浅葱は、痛む身体を何とか動かし、首だけを背後に向けた。
 「!」
その目に映ったのは、金色を帯びた赤い気を纏う、あの人間の男の姿だった。






                                        






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