竜の王様




第五章 
王座の真価



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 紅蓮は目を見張った。
(やはり・・・・・)
先程と同じように赤い気を纏っているタツミを見て、紅蓮は今度こそ目の前の人間が王家に関係あるだろうということを確信した。
いや、そう思わなければ納得がいかない。
身体のどこかに赤い部分が現れて来るという王の証。それが持っている気に表れるということは、それだけ強烈な力を持っているとい
うことだ。
 「お前は・・・・・」
 『もう勝負はついているはずだ。これ以上無意味に傷付けるのは止めて下さいっ』
 「・・・・・」
 龍巳の言葉の意味はもちろん分からなかったものの、何を言おうとしているのかを紅蓮は感じ取った。
それは紅蓮ばかりではなく、側にいる蒼樹も、そして亀裂から這い上がってきた浅緋や他の兵士。庇われている浅葱にも、龍巳の感
情が読み取れ、皆驚愕の表情でタツミを見つめていた。
 「・・・・・お前は、何者だ?」
 紅蓮はそう聞かずには居られなかった。ただの人間が持っているとは思えないほどの大きな気は、何らかの意味があるはずだ。
それはもしかしたら・・・・・。
(・・・・・いや、あり得ないことではない)
 過去、人間界へ行った竜人の多くは王族だ。その血を引いているといえば、僅かながらも尊い血を受け継いでいるということで、そ
の上でこんな力を見せ付けられてしまえば、可能性としては一つしかなくなる。
 「・・・・・お前も、竜王となる資格があるのだな」



 龍巳は荒い息を吐きながらグレンを見つめた。
どちらの味方をしているのか、敵なのか、そんなことを考えるより先に、もしかしたら命に係わる怪我を負うかもしれない相手を、このま
ま見過ごすことなど出来なかった。
 「お前は、何者だ?」
 そんな自分を、グレンは赤い目で真っ直ぐ見つめながら問い掛けて来る。
何を言っているのだろうと考えることは無かった。龍巳にはグレンが何を考えているのか分かる気がするのだ。
 「お前も、竜王となる資格があるのだな」
 『この人を殺さないでください』
 「タツミ」
 『お願いします』
 この状況で、自分はとても甘いのだろうが、龍巳はアサギの身体を庇うように抱きしめたままそう言う。
 「・・・・・の、けっ」
 『・・・・・』
 「おいっ」
 『大人しくしてっ』
腕に中でアサギが身じろぐが、龍巳はギュウッと強く抱きしめた。自分の身体を不思議な赤い気が取り巻いているのを自分でも確認
出来たが、それはきっと高揚している気分のせいなのだろうと思う。
 ただ、身体の奥底から湧き上がってくる気はとても熱く、大きいもので、何時も以上に力が漲ってきた。
 「グレン」
こちらの言葉で、グレンの名を呼ぶ。
 「グレン」
 アサギをどうするのか、決めるのはグレンだ。
どうか彼が一番いい判断をしてくれるようにと龍巳は言葉を重ねる。すると、

 ガガッ

 『!』
突然地面が揺れた。
 「紅蓮様!」
 「どこからだっ?」
 「北の方から気が!」
 皆が口々に叫ぶが、龍巳は今の状況が分からない。
それでも、このままではアサギと共に地面の亀裂に落ちかねず、この場から立ち去らなければならないことは分かった。
 『・・・・・しょっ』
 「なにをっ?」
龍巳はアサギの腰を掴むと、勢いを付けて肩に担ぎあげる。自分よりも体格が良い相手だが、火事場の馬鹿力か重たいとは思わ
ず、そのまま先程まで自分達がいた方へと走り出した。
 「おいっ、下せ!」
 背中を拳で叩かれるが、龍巳の足は止まらない。
自分も痛いが、この体勢ではアサギもきっと痛みを感じているだろう。お互い様だと思いながら必死で走り、亀裂がある場所から離れ
ると、その場にアサギを下した。
 「・・・・・拘束しないのか?」
 『大人しくして』
(出来るかどうか分かんないけど・・・・・)
 不自然な方向へと曲げられているアサギの腕。それを治すことが自分に出来るかどうか・・・・・ただ、なぜか龍巳は今の自分には出
来るのではないかと思えた。
 『・・・・・』
 「・・・・・っ」
 龍巳はアサギの腕に両手を翳し、自分の気を注ぎ始める。どういう力の出し方をしたらいいのかは分からないが、とにかく治れ、治
れと祈りながら気を注ぎ続けた。



(・・・・・熱い)
 熱を直接当てられているようで、浅葱は眉を顰めた。しかし、感じているのは熱さだけではない。身体の中から何かが変化していく
ような不思議な感覚も同時に感じ、浅葱は目の前の人間をじっと見つめた。
(いったい、どういうことだ?)
 赤みを帯びた気を持つ者は王族の中でも特に高い能力者に表れると聞いたことがある。それがただの赤ではなく、金を帯びた神々
しい気・・・・・浅葱はこの人間に竜人界の王族と何らかの因果関係を感じてしまった。
 いや、そもそも、人間であるのに自分達と同じような力を持っているという時点で、普通の人間ではない。
 「お前は・・・・・」
 『・・・・・』
 「・・・・・」
(痛みが、薄れてきた)
あれほどの苦痛が、今やかなり治まってきた。それだけではない、全く力が入らなかった腕に自分の気が送れるようになってくる。
(信じれらない・・・・・)
 聖樹が次期竜王にと担ぎ上げた朱里には、こんな力は無かったように思う。
朱里と、目の前の人間。紅蓮に対抗する竜王候補にどちらを押すのかはこの時点でもうはっきりとした。
 「私達に、力を貸してくれっ」
 無意識のうちに、浅葱の口から懇願の言葉が漏れる。
 「新しい竜人界を共につくってくれ・・・・・!」
男はチラッと浅葱の顔を見た。だがそれは、どう見ても自分の考えに賛同したといった雰囲気ではない。
 『痛みは引いた?』
 「・・・・・」
 『俺、あっちの手助けをしないといけないから』
何かを言って再び先ほどの地へと戻っていく後ろ姿を、浅葱はただ茫然と見送ることしか出来なかった。



 「うっ」
 再び地面が揺れ、紅蓮は蒼樹と浅緋に命じた。
 「他の兵士を直ぐに救い出せ!」
 「はっ!」
このままではさらなる裂け目に落ちていき、悪くすれば命を落とす事態になりかねない。そうなる前にまだ地上に這い上がってきてい
ない者達の救助を口にして、紅蓮は一瞬だけタツミと浅葱が立ち去った方へと視線を向けた。
(タツミ・・・・・あ奴はやはり、新たな竜王候補か)
 本人は自覚していないようだが、持っている力は十分他の能力者に匹敵するほどだった。
当初、碧香と共に地下神殿に現れた時は、それほど力を持っているようには感じなかったのだが、この数日でタツミは恐ろしいほどに
成長した。まさしく、子供が成人するほどの変化をして見せた。
 「・・・・・」
 動揺が無いわけではない。
自分は正当な王家の血筋であり、皇太子である。聖樹が次期竜王候補として連れてきたシュリという少年を見た時も、それこそ、
父が手を出して愛人に産ませた蘇芳が目の前に現れた時も、紅蓮は自分の立場が覆るとは全く感じなかった。
 それが、今は違う。自分と同等の資質を持つ者だと、紅蓮はタツミをそう感じざるをえない。
(まさか・・・・・本当に人間の中に、そのような者がいるとは・・・・・)
皮肉にも、竜人界を崩壊させ、新しい世界を作ろうとしている聖樹の思惑通りになりそうだと自嘲したが、
 「紅蓮様!」
黒蓉の声に、紅蓮はパッとその場を離れ、それと同時に今いた場所に大きな亀裂が入るのを見た。
(今はタツミのことではなく、聖樹だ)
 タツミとは改めて向き合い、話さなければならないだろうが、今は先ず聖樹を捕らえなければならない。今回、王家に二度目の反逆
を行った男を、以前父がしたような流刑という甘い刑には出来ないが、それでも問答無用に殺すのではなく、先ず話したいと思った。
聖樹が何を思い、そして、自分達王族の何を嫌うのか。
それを知らないまま倒してしまっても、もしかしたら次の聖樹のような存在が生まれるかもしれない。
 「聖樹を捜せ!」
 紅蓮は叫ぶ
 「生きて捕えろ!」
 「紅蓮様っ?」
 「殺すな!」
殺すならばせめて自分の手で・・・・・紅蓮はそう思いながら、自分も聖樹の姿を捜すために走った。







(え・・・・・?)
 シオンの手が首筋に触れた瞬間、昂也は急に体中の力が抜けてしまった。
そのまま床にたたきつけられるかと思ったが、シオンは昂也の身体を抱きとめ、そのまま静かに床に横たわらせる。
(シオン!)
 行かないでと叫びたかったのに声は出なかった。
意識はあり、その姿がコーゲン達の間を縫って出て行くのも見えたのに、どうしても身体が動かなくて・・・・・。
 『コーヤ!』
 駆け寄って抱き起こしてくれたスオーに、早く追い掛けてと頼んだが・・・・・それは声にならなかった。
 『江幻!』
焦ったようにスオーは江幻の名を呼び、コーゲンは直ぐに昂也の首筋に手をあて、
 『!』
ズンッと、電流が走ったような刺激の後、
 『追い掛けて!』
声も身体も回復し、昂也は直ぐに起き上がってシオンが消えた方へと向かおうとした。
しかし、そんな昂也の腕を掴んだスオーが、もう遅いと苦々しく呟く。
 『今頃奴は空の上だ』
 『空の上って・・・・・』
 『変化して、聖樹のもとに向かったはずだ』
 『じゃあっ、俺達も行こう!』
 『コーヤ、俺達が行ったって何にも出来るはずが・・・・・』
 『分からないだろ!何も出来ないなんて始めっから決めつけるの止めろよ!』
 自ら進んで人質になったアオカを、このまま見捨てることなどとても出来ない。自分自身に力が無いことは十分分かっていたが、ここ
にはコーゲンもスオーも、そしてコハクや朱里もいる。
 『宝くじだって、買わなきゃ当たんないんだぞ!やる前に諦めるなんて』
 『タ、タカ・・・・・?なんだ、それは?』
 『・・・・・馬鹿じゃない』
 昂也の例えの意味が分からずに聞き返してきた蘇芳と、呆れたような朱里の言葉が重なる。それでも昂也は早く行こうとその場に
いる者を急かした。