竜の王様
第五章 王座の真価
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※ここでの『』の言葉は日本語です
「待て。紅蓮様が拘束した者を、勝手に解放することは出来ない」
目の前で繰り広げられた会話に、白鳴は静かに割って入った。
「紅蓮様不在の今、この王宮内のことは私に任されている。その私の許可なく、反乱者達を連れ出すことなど許されることではない
ぞ」
あまりに立て続けに起こることに、白鳴自身気持ちを追いつかせることは大変だったが、それでも、自分がしなければならないことは分
かっているつもりだった。
(いくらこの場に玉は無いとはいえ、聖樹側に付いた者達を自由にすることは出来ない)
しかも、シュリという人間の少年はまだしも、琥珀は相当優秀な能力者だ。
「ハクメー」
「碧香様のことは私が至急兵を差し向け、無事に御身を・・・・・」
「遅かったらっ?」
「・・・・・」
「今から選んで、向かわせてっ、それで間に合うと思ってるっ?」
いきなりそう叫んだかと思うと、コーヤは自分の胸元を掴んできた。もちろんその力はたいしたものではないが、圧倒するような勢いを
感じ、直ぐに振りほどくことが出来なかったのも確かだ。
「俺っ、アオカを助けたい!でもっ、シオンだって助けたいんだ!」
「・・・・・紫苑は、もう無理だろう。あれの心は決まっているようだった」
四天王の中でも物静かで目立たない存在だったはずの紫苑。だからこそ、気付かなかったのかもしれない。
彼が、自分が想像もしていなかったほどの大きな力の持ち主で、それと同時に、紅蓮への反心をその心の奥底に抱いていたことを。
「ねえってば!」
「・・・・・」
自分の思考に沈みかけていた白鳴は、強く名前を呼ばれて顔を上げた。
ただ、コーヤがどんなに訴えようと、自分の決意に変更は無い。それが、紅蓮不在の王宮を任されている自分の使命だと思っている。
「先程も言った。私は今はここの責任者で、私の決定は・・・・・」
「じゃあっ、ハクメーが決めたらいいんだろっ?」
「・・・・・何?」
「今、ここで一番偉いのがハクメーなら、あんたが決めることが出来るってことだろっ?」
「私、が?」
「ハクメーが、コハクと朱里を連れて行くって決めてくれればいいんだよ!」
コーヤの訴えに、白鳴は唐突に心を硬く縛っていたものがするりと解けるような気がした。
紅蓮の留守を守るのが自分に与えられた任務で、彼の意図するものから少しでも外れてはならないと思っていたが、コーヤの言うとお
り、今ここの責任者は自分で、自分が決定を下せばその通りにすることも可能かもしれない。
もしかすれば、後で紅蓮の叱りを受けてしまうかもしれないが、今は紅蓮に認めてもらった自分の能力を思う存分試せる時・・・・・
かも、しれない。
「・・・・・」
白鳴はコーヤを見下ろす。力の無い、こんなにも小さい存在のはずなのに、その言葉はとても重く、そして・・・・・強い。
「ハクメー!」
たどたどしい口調で自分の名前を叫ぶコーヤに苦笑を向けると、続いて白鳴は黙って事の成行きを窺っていた琥珀へと改めて眼差
しを向けた。
「ったく、結局、コーヤはあいつに絆されたんだな」
「それとも、少し違うとは思うけどね」
(コーヤは碧香と紫苑を本気で救いたいと思っているからこそ、あらゆる力を借りたいと思っただけなんだろう)
その方法は、多分コーヤにしか出来なかったはずだ。自分も蘇芳も、多分無駄だろうと、始めから琥珀の解放を願い出るつもりは
無かったが、もしも、自分達がそう言いだしたとしても、白鳴は頷かなかったように思う。
「まあ、今から北の谷に向かうことは決定事項なんだ。せいぜい、コーヤを守ろう」
「当たり前だ」
江幻の言葉に、蘇芳は嫌々ながらも頷いた。
結局、白鳴は琥珀とシュリの一時解放を決め、自らも北の谷へと向かうことを決めた。王宮が大切なのは本当だが、今は地下神殿
の機能も失われているし、翡翠の玉も無い。
なにより、紅蓮と碧香という、王位継承者がいないのだ、建物よりもその存在を先ず守らなければならないというのが白鳴の思いのよ
うだ。
当然のごとく、コーヤも向かうと手を上げたし、そうすれば必然的に自分と蘇芳も同行することになり、今自分達は飛び立つ裏山へ
と向かっていた。
「ところで、コーヤはさっきから何をしているんだ?」
振り向いた蘇芳につられるように同じ方向へと視線を向けた江幻は、眉間に皺を寄せて目を閉じているコーヤを見てふっと口元を
緩める。
「碧香を呼んでいるそうだよ」
「碧香を?」
「コーヤと碧香は交感が出来るだろう?だからそれで、今どこにいるのか聞き出そうと思っているみたいだ」
「・・・・・そんなの、紫苑が許すはずが無いだろう」
呆れたように言う蘇芳の言葉に江幻も同意するものの、それでも、何か出来ないかと必死で考えるコーヤの行動を止めることは出来
なかった。自分達のように力を持たないことを気にしているようだが、コーヤはそんな力以上に自分が持っているものに気が付いていな
のだろうか?
(傍にいるだけで力の湧く存在なんて、そうはいないと思うんだけどね、コーヤ)
(アオカッ、アオカ!)
何度呼び掛けても、頭の中に返ってくる言葉は無い。この方法は人間界と竜人界に別れた時から有効だったので、距離のせいだ
ということはないはずだ。
(・・・・・くそ!)
グレン達と旅立つ龍巳を見送った時、置いて行かれる寂しさをアオカを守る使命感にすり替えたつもりだった。
しかし、そのアオカをあっさりとシオンに連れて行かれてしまい、昂也は龍巳に合わせる顔が無いと思ってしまう。いや、そんな自分の
面子より何より、アオカが無事なのかどうか、気になって仕方が無かった。
(シオンがアオカを傷付けるわけはないと思うけど・・・・・)
それでも、グレンに対してはアオカの存在は立派に脅しになるだろう。
『・・・・・っ』
『コーヤ』
『・・・・・』
(アオカ!)
『コーヤ!』
強い調子で名前を呼ばれた昂也は顔を上げた。何時の間にか足が止まっていたらしく、先頭を行くハクメー達の背は随分小さくなっ
ていた。
『あ、ごめん!』
振り返って自分を待ってくれていたコーゲンとスオーに強張った笑みを向け、昂也は足を速める。
とにかく、シオンがセージュの元に行くという可能性は大きく、自分達もそこに向かうしかない。とにかく、無事でいてくれと昂也は願う
しか出来なかった。
頂上に着くと、スオーが変化を始める。
自分と同じ人の姿から、見る間に雄々しく、美しい竜の姿に。
(綺麗だよなあ、何時見ても)
『コーヤを背に乗せるのは俺』
なぜか、妙なこだわりを口にするスオーに反対の意見は出ず、やがて完全な竜の姿になったスオーの背に次々と乗り込んでいく。
その時だった。
『コーヤァ!』
『・・・・・っ?』
幼い叫び声に敏感に反応した昂也は、竜に乗ろうとしていた足を止めて振り返る。その視線の先には、山道を駆けあがってくる青
嵐の姿があった。
『青嵐っ?』
(どうしてここにっ?)
他の赤ん坊達と共に少年神官達がその世話をしてたはずの青嵐。急に決まった北の谷行きに子供である青嵐を連れて行くことは
とても出来なくて、こっそりと王宮を抜け出してきたはずなのに・・・・・。
『いっしょ、行く!』
『青嵐、あのな』
『コーヤと、いっしょ行く!』
子供らしい駄々をこねて自分の腰にしがみついてくる青嵐を、昂也は困惑して見下ろしてしまう。
こんな風に自分を慕ってくれるのはもちろん嬉しいが、今から行く先は危険が待っていることは確実だった。そんな場所に青嵐を連れ
て行くことはとても考えられなかったが。
『コーヤ、仕方ないよ、連れて行こう』
『コーゲン・・・・・』
『今から説得したとしても時間が掛かるだろうし、多分、青嵐はもう自分の身くらいは守れるよ。そういった意味での心配は無いは
ずだから』
本当にそうなのかと、コーゲンに確かめる時間さえ惜しいのが現状だ。
昂也は唇を噛み締めて青嵐を見下ろすと、ギュッとその身体を強く抱きしめて言った。
『絶対、俺から離れるなよ?危ないこと、絶対するな』
『うん!』
昂也が自分の願いを聞き届けたということが分かったのか、青嵐は満面の笑顔で頷いている。
(また・・・・・少し、大きくなった?)
目線が変わったように思うのは気のせいかと考えながら、昂也は青嵐の身体を抱き上げた。
(角持ちも共に向かうのか・・・・・)
前方に乗り込むその異形の姿を見ながら、琥珀はこれが好機なのか、それとも絶望なのかを考える。
もしも、このまま角持ちを自分達の方側へとつかせれば、多分この争いは一気にこちら側の優位になるはずだ。しかし、それにはコ
ーヤという存在が必要不可欠だということも分かる。
どうして、孤高の存在であるはずの角持ちが、これほど人間であるコーヤに懐いているのかは分からない。
ただ、見た目がまだ幼いからか、どうしても伝説で聞き知っている存在にはとても見えなくて・・・・・。
「・・・・・」
角持ち・・・・・より竜に存在。
もちろん言葉を話すことは出来るし、意思というものもあるが、それはより純粋なものでしかなく、言葉を変えれば自分が受け入れな
い相手は即座にその存在を食い殺してしまうといわれる恐ろしい存在。
これまでの角持ちは歴代の王の手元で大切に育てられ、その能力を王家の繁栄の為に使って、竜に近い角持ちが現れた世は繁
栄するという言い伝えもあるが。
一方では、全てを破壊しつくす狂乱の顔も持つとされ、その扱いはかなり難しいはずだった。
「コーヤ」
「ん?寒いかっ?」
「ううん」
コーヤに抱きつき、安心しきっているその表情だけ見れば、年相応の子供にしか見えない。
(聖樹殿にこの存在を引き合わせるか・・・・・否か)
あの聖樹が角持ちの存在を知ってしまえば、それこそどうなるか。数年、彼と行動を共にしてきたというのにその真意は未だ謎で、
琥珀は自身の気持ちをいまだ決めかねていた。
(青嵐も連れてきちゃったけど・・・・・大丈夫かな)
この世界では凄く希少な存在らしい角を持った者。しかし、昂也にとっては自分が見付けた可愛い子供で、赤ん坊の頃の記憶が
鮮明なせいか、自分が守ってやらなくてはと思っている。
きっと、自分などよりも力は強いのだろうが、それと気持ちの問題は全く別物だ。
『コーヤ』
『ん?寒いかっ?』
『ううん』
青嵐は竜の鱗ではなく昂也の身体にしがみついている状態なので、昂也はその身体を落とさないようにしっかりと抱きしめなければ
ならない。
(あ、青嵐も、竜になれるんだっけ)
今まで何度か自分の危機を助けてくれたあの姿と、今自分に抱きついている姿はとても同一には思えなかった。
『しっかり、俺にしがみついてろよっ!』
『うん!』
その気持ちのまま、昂也は青嵐を守ろうと思う。まだ子供の青嵐に、自分の身は自分で守れなんて言えるはずが無い。
それに、誰かを守るという強い気持ちがあった方が、自分もより強くなれる気がする。
(アオカ・・・・・、シオン、待ってろよ!)
自分が行く先に何が待っているのか全く分からないが、それでも昂也は背を向けて逃げることだけはしたくないと思った。
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