竜の王様




第五章 
王座の真価



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 身体に隠してあった玉の影響か、自分の力はそれまで感じていたものよりもはるかに大きいものになっている。
しかし・・・・・それを喜んでばかりはいられないということを聖樹は悟っていた。
あまりにも力が大きくなってきたために、自身で御することが難しくなってきているのだ。
 代々の王の資質を見極めて光るという翡翠の玉。それがその資質を持たない物が有してしまえば、それなりの弊害は生まれてしま
うのかもしれない。
(まあ、私は構わないが)
 この先ずっと生きていくという希望などない自分には、玉に自分の命を吸い取られても全く構わなかった。とにかく、現王族、紅蓮を
引きずり落とすだけでいい。
あの、先王の血を受け継ぐ紅蓮だけは、絶対に新王にはさせたくなかった。
 「ぅぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」
 気を集中し、今紅蓮達がいる場所を次々と崩壊させるために力を放つ。そこには自分を慕う反乱軍の者もいるのだが、今の聖樹
にその者達の命を憂う気持ちは皆無だった。







 「タツミ・・・・・!」
 身体の中で、制御出来ない大きな気が浅葱の肉体を壊して放出しようとしているのが分かる。
多分、近付くだけでも熱く、呼吸さえもままならないような圧迫感があるはずだ。それなのに、龍巳は浅葱を背後から抱きしめたまま、
気を抑えようとしている。
 自分でもかなりの力を必要とするだろうが、人間の龍巳が出来るはずなどないことだった。
 「離せっ!私達に任せろ!」
浅緋が叫び、2人に近付こうとする。しかし、眩いほどの赤い光が、その存在を拒絶するように、差し出した手を弾き返した。
 「・・・・・っつ」
 「紅蓮様っ」
 「あれは、あの気の色は・・・・・っ」
 黒蓉が紅蓮を真っ直ぐに見つめながら何か言い掛けた。ただ、それ以上はどういっていいのか分からなかったのか、いや、もしかした
ら紅蓮以外の王位継承者候補を認めたくないのか、口を噤んでしまった黒蓉を振り返り、紅蓮は厳しい声で命じる。
 「辺りに結界を張れっ。聖樹がどこから気を放っているのか探るのだ!」
 「はっ」
 「浅緋っ、蒼樹っ、お前達も同様に!」
 「紅蓮様っ!」
 「蒼樹っ、今は感情を捻じ伏せろ!」
蒼樹が今すぐにでも浅葱を倒し、父である聖樹に立ち向かおうとしているのは分かっているが、今はそんな蒼樹の感情を許せる時で
はない。
何より、今感じるこの気だけでも、蒼樹が聖樹に敵うはずがないということが分かるのだ。
 「命に従え!背くのならばこの場で任を解く!」
 「・・・・・っ」
 この場から立ち去れという命令だけは従えないのだろう、蒼樹は蒼白な顔色で唇を噛み締めていたが、やがて御意と紅蓮の命令を
受け入れる答えをし、気を防御へと切り替えた。
それに合わせるかのように浅緋も今この場の結界を強める手助けをし、他の兵士達は先に助け出された者が後の者を救い始めた。
 「・・・・・」
 それを見届けた紅蓮は、一歩一歩、龍巳と浅葱のもとに近付く。直ぐに光は自分を取り巻き、肌を刺すような痛みを感じたが、そ
れでも動けないというわけではなかった。
(これほどの気を、御し切れていない)
 龍巳は浅葱を押さえることに必死なのだろうが、今はその浅葱の放っていた気よりも龍巳の纏っている気が暴走しかねない勢いに
なっている。それを押さえなければ、それこそこの地は跡形もなく崩壊してしまいかねない。
(同じ王の素質がある者ならば、これくらい制御出来ないでどうする)
紅蓮は手を伸ばした。



 パシッ

 『!』
何かが割れたような衝撃を感じて、龍巳はようやく顔を上げることが出来た。
(え・・・・・グレ、ン?)
 つい先ほどまでは離れた場所にいたはずの紅蓮が、今自分の腕に手を掛けている。何だかそこから別の力が自分の体内に逆流し
てくるような感覚を覚えて、沸騰しかけた意識が少し静まったような気がした。
 『あっ!』
 そして改めて、自分が押さえ込んでいる浅葱へと視線を落とすと、先ほどまでの凄まじい気は随分と小さくなったように思う。
いや、今の龍巳は分かっていた。
(あの力・・・・・俺が、吸収したんだ・・・・・)
 浅葱の許容量以上の気を押さえるために力を使ったはずだったが、それは何時しか自分自身の身体の中に入り込んできた。
熱くて、重くて。どうしたらいいのか分からないまま、それでも今この気を拒絶すれば浅葱の身体が、いや、精神が崩壊してしまうかも
しれないと思い、懸命に包み込むようにして受け入れていて・・・・・何時しか、龍巳も自分の意識が混濁し始めた。
 その時に、感じたのだ、別の気を。
どこか、自分の力に似た、熱いものを。
(それが、グレンだった・・・・・?)
 龍巳の身体の中を暴れまくっていた大きな気は、触れているグレンの手の平から放出されている。自分が受け止められない気をグ
レンが受け入れてくれているのだとようやく理解して、龍巳はほうっと深い溜め息をついた。
 「ありがと、グレン」
 「・・・・・」
(発音、違ったか?)
 反応の無い紅蓮に、龍巳はもう一度ありがとうと言ってみる。
すると、チラッと顔を上げたグレンは、龍巳を睨みつけていた。
 「自分の力以上のことをしようとするな。お前が死んでも、誰も喜ぶ者などいない」
 『あ、あの』
 「いや、碧香はきっと泣くだろうし、コーヤは私を責めるだろうな」
 「コーヤ?」
(今、昂也がどうとかって言ったよな?)
 碧香と昂也の名前を口にしたグレンに問い掛けるような眼差しを向けるが、グレンはそれ以上は何も言わずに、今度は龍巳の腕の
中でぐったりとしている浅葱へと視線を向けた。



 「今の力は聖樹がもたらしたものだな?」
 「・・・・・」
 浅葱は何とか瞼を開けた。
身体中が雷を受けたかのように震え、舌も張り付いて強張っていたが、それでも眼差しだけは降参を認めないようにと睨み付けた。
 いや、今ここで命を奪われるならば最後に訴えたい。
 「・・・・・ぁ・・・・・」
(くそっ、動け!)
 「・・・・・し、は・・・・・、こ・・・・・かい、しない。このまま、では、いずれ・・・・・同じ志を持つも・・・・・のは、現れる」
 自分達をここで制圧したとしても、紅蓮が、いや、王家が変わらなければまた同じことが起こる。それは脅しであると同時に、悲痛な
警告でもあった。
 「心して・・・・・民の、声を、聞いて・・・・・欲しい」
 浅葱はこの竜人界を愛している。大切な祖国だと思っている。だからこそ、このまま衰退し、滅びへと向かうのを止めなければと、聖
樹のもとについた。多分、他の同志も同じはずだ。
(この世界を、けして、けして・・・・・っ)
 「分かった」
 力強い手が、動かない自分の手を掴む。
 「お前達の言葉を、けして無駄にはしない」
 「・・・・・紅蓮、様」
 「だからこそ、お前達は生きて私の行動を見なければならない。私が賢王となるか、愚王となるか、しっかりと監視をして欲しい。浅
葱、ここで死ぬのは許さない」
 「・・・・・」
浅葱はふっと笑みを零した。謙虚なことを言うくせに、その口調は相変わらず傲慢だ。しかし、今はその言葉が力強く胸に響いてくる。
(竜人界を滅ぼそうとしているのは、紅蓮様ではなく、聖樹殿の方か・・・・・)
 数年、志を共に行動した者を、あっさりと力を放つ道具にしてしまえる聖樹こそが、私欲のために動いているのかもしれない。
自分の身体が動かなくなって初めて感じたその疑惑は、多分真実だろうと浅葱は思った。



(どこだっ?どこにいる・・・・・っ!)
 蒼樹は懸命に聖樹の気を探った。もう何年も生活を共にしておらず、その生死さえも分からなかった父親だが、絶対に自分にはそ
の居場所が分かるはずだと信じた。
 過去とは違い、恐ろしいほどの力を持っている聖樹を倒すことは簡単ではないだろう。それでも、倒すならば自分の手でという気持
ちに変わりはない。
いや、いっそ相打ちに・・・・・聖樹を殺してしまえば、その息子である自分も命を絶つ覚悟だった。
 「・・・・・っ」
 不意に、強く肩を掴まれた。
 「・・・・・浅緋」
 「自分1人だと思うな」
 「・・・・・」
(私に、そんな言葉を掛けるなっ)
父親の反乱以降、この竜人界で大きな戦は無かったものの、常に側にいて、共に剣術を磨いてきた相手だ。
 他の者達とは一線を引いた態度を取っていた蒼樹も、浅緋にだけは多少心を許していたが・・・・・そんな中で、あんな出来事が起
こってしまい・・・・・。
 それまで誰とも肌を合わせたことの無かった蒼樹にとって、自分の身の内に他人の熱を感じることは脅威と同時に、様々な感情を
蘇らせる切っ掛けにもなった。
 あの時は女扱いされ、暴力で組み伏せられたことに怒りを感じたものの、今の蒼樹にとってはもしかしたら紅蓮よりも身近な存在に
変化したといってもいいかもしれない。そんな感情を振り払うように、蒼樹はきつく浅緋を睨んだ。
 「私のことよりっ、紅蓮様の御身を考えろっ」
 「蒼樹」
 「煩い!」
 早く、早く聖樹を見付けなければ。
蒼樹は焦り、ますます苛立ったように気を探り始めた。



 腕の中の浅葱の身体が重くなった。
 『おい!』
龍巳は焦ってその胸元に耳を寄せ、僅かな鼓動を聞き取ることが出来てホッとする。
(気を失っただけなのか)
 それならば、ここにいては危険かもしれない。龍巳は辺りを見回し、頑強そうな岩を見つけるとそこに浅葱を抱いて行った。
 『・・・・・』
気を失っているせいか、纏っている気もかなり薄くなってしまっているが、返ってそれが周りから気づかれないという条件になるかもしれ
ない。それでも、一応結界を作ってやるとその身体を岩陰に横たわらせ、龍巳は今来た方向へと視線を向けた。
(・・・・・感じる)
 先ほどの浅葱の力ほど巨大な気に似た気配を感じるが、いったいそれがどこからなのか容易には見つけ出すことは出来なかった。
ただ、絶対に無理だとも思えない。なぜか今の自分は、持っている力以上のものを発揮出来るという気がしているのだ。
(どこだ?どこに・・・・・)
 『あ・・・・・気が?』
 突然、身体を覆ったあの眩しい赤の光が、また色を強めた気がした。
 『グレ・・・・・ッ』
慌てて顔を上げると、目の前の紅蓮も、自分と同じような赤い気を纏っている。
(同じ種類の力を持ってるってことなのか・・・・・?)
 それを訊ねようと口を開き掛けた瞬間、まるで雷のような光が直ぐ側に落ち、その周辺にいた兵士達の身体がまるで木の葉のよう
に吹っ飛んだ。
 『!!』
 何がと思う前に身体が動く。その時、
 『あっ?』
鋭い嘶きと猛烈な風圧に頭上を見上げれば、そこには雄々しい一匹の竜が飛んでいるのが見えた。