竜の王様
第五章 王座の真価
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※ここでの『』の言葉は日本語です
自分の監視をするために誰かが付いてくることは考えたが、それが浅葱で良かったと思った。
初めから自分や人間に対しても疑心を持っている浅葱ならば、この場の妙な空気にも反応は少ないはずだ。これが琥珀だったら、話
はもっと複雑になっていたかもしれない。
「結果報告を待たれていても良かったのに」
「待って、そのままお前が帰らないという可能性もある」
「今更それはあり得ませんよ」
「・・・・・そう思うほどに、我らはお前を信用しきってはいない」
「・・・・・」
(確かに、そう思われていても仕方がないが・・・・・)
それは、とても寂しい言葉だ。大切な仲間を裏切った上に、その相手にも信用してもらえないということは、結局は自分の立場は宙
に浮いた形ということだ。
この上、今ここで何らかの結果を出さなければ、自分がここに立つ意味が無くなってしまう。
「・・・・・」
紫苑は、まだ倒れたままのコーヤを見つめた。
とっさに力を弱め、もう1人の人間に庇われたとはいっても、かなりの衝撃をその身体に受けてしまったはずだ。
(次に目覚めた時は、私を恐怖の目で見つめるかもしれない)
それもまた仕方がないと、紫苑は黒蓉と再び向き合った。
『・・・・っ、く・・・・・っ』
痛みというよりも、痺れと熱さを全身はおろか身体の内部にまで感じて、龍巳は低く呻いていた。
(こ・・・・・や、は・・・・・っ)
その中でも、自分が直前に抱きしめた昂也のことが気になって仕方がなかった。自分でもこれほどの衝撃を受けたのだ、無防備な昂
也にどれほどのダメージがあるかなんて考えるのも怖い。
『だ・・・・・れ、か』
『タツミッ、しっかりしろ!』
誰かが力強く自分の名前を呼びながら身体を揺すっている。
その相手に向かい、龍巳は必死に昂也の安否を訊ねた。
『こ、や、こーや、は?』
『大丈夫だ!大きな怪我もしていないし、ちゃんと生きてる!よくやったぞっ』
(いき、てる・・・・・)
確かに、そう聞こえた。まだ自分は何もしていないし、出来ることさえ分からないままだったが、大切な相手を守ることはとりあえず出
来たようだと、龍巳はほうっと深い吐息を漏らした。
「2人を安全な場所に移動させよう」
「そうだな」
今も一触即発な雰囲気を醸し出している黒蓉と紫苑。先ほどまでは確かに同じようにコーヤを心配していたはずなのに、浅葱が来
たせいか、紫苑のまとう気が急激に変化した。
多分、このままここにいたら巻き込まれてしまうだろうと、蘇芳はコーヤを抱きかかえ、江幻は龍巳を担ぎあげて、その場から少し離
れた場所へと移動した。本当はもっと距離を置く方がいいのだが、今のこの状態では大きく動かない方がいいだろう。
「紫苑は」
「本気だろうね」
「どっちが勝つだろうな」
「・・・・・視えない?」
江幻が自分の顔を覗き込むようにしながら聞いてきた。
(予想は付いているくせに)
「・・・・・前にも言っただろう、未来は変えてこそ面白い」
その答えをどういう風にとったのか、江幻は何時もの読めない笑みを頬に浮かべている。
(・・・・・今のままでは、黒蓉の方の分が悪い)
全てを捨てる覚悟で向こう側に立っている紫苑と、未だ紫苑に未練を残している黒蓉とでは、どちらが優位かなど考えなくても分か
るだろう。
その点で、黒蓉は甘いのだ。
(しかし、紫苑を助けるつもりで来たコーヤには辛い話だろうがな)
気を失っている時で良かったと、蘇芳はその顔を覗き込むようにして見ながら思う。
「・・・・・ん?」
その時、コーヤの閉じられた瞼が震えるのが分かった。
「まさか、気づくのか?」
「蘇芳?」
「・・・・・大した意志だ」
こんな状態になっても、コーヤは自分も何かしようとあがいているのだろう。そうでなければあんな衝撃を受けて間もなく、すぐに意識
を取り戻すなど考えられない。
「コーヤ」
このまま、眠らせておくことも出来るが、蘇芳はあえてコーヤの名前を呼ぶ。このまま、意識がないうちに全てが終わったとしたら、コ
ーヤがどれほど後悔するか想像がつくからだ。
「早く起きろ。お前の大事な誰かが傷つくかもしれないぞ」
その一方で、蘇芳自身がコーヤの意識が戻ることを待ち望んでいるのも事実だった。
江幻と蘇芳が倒れていた人間2人を移動した。
その姿が目に入らなくなっただけでも黒蓉は気持ちを立て直すことが辛うじて出来た。いや、しなければならなかった。自分に未だ相
対している紫苑から闘志は消えていないからだ。
(あくまでも、私と戦う気なのか・・・・・っ!)
今度は、先ほどのような邪魔は入らない。
「・・・・・っ」
紫苑と戦ったことは練習でももちろんなかった。力の種類が違い、優劣をつけることなど出来ないと始めから分かっていたせいだ。
ただ、黒蓉の中では、神官を目指す紫苑と、未来の竜王になる紅蓮を守るという立場を目指す自分とでは、どちらがより大きな力を
持つのか・・・・・。
(私は、自分の力を過信していたのかっ?)
先程の衝突で、紫苑の気は全く自分に劣っていないことが分かった。
このまま戦えば、きっとどちらも深く傷ついてしまうだろうが、今更引くことなど出来ない。
「紫苑」
「・・・・・」
「最後に、もう一度だけ聞く。私達のもとへ戻ってこい」
「・・・・・」
紫苑は笑みを浮かべていた。それでも、ゆっくりと首を横に振る仕草を見て、黒蓉は拳を握り締める。
(生きて連れ戻すことが出来なければ、その時はっ)
「覚悟しろ、紫苑!」
黒蓉は一歩足を踏み出すと同時に、熱い気を紫苑の左手へと放った。
自分が姿を現したことで本気になったのか、それとも元々そのつもりだったのか、2人の気が激しくぶつかった。
能力者同士は肉体や武器を交えるよりも、こうして自分の気を使って戦うことが多いが、それは物理的に身体を傷つけられるよりも体
力を削ぎ、精神を疲弊する戦いだった。
「・・・・・っ」
「くっ・・・・・!」
「・・・・・」
(さすがに、紅蓮の守役だな)
考えなしに力を放つのではなく、相手の弱点を狙って動けなくなるように考えているらしい。
紫苑の気を放つ両手、動く両足。浅葱の目から見ても要所を突いていると思えるが、紫苑はまるで風のようにするりとそれをかわして
いく。
涼しい表情に、全く痛手は受けていないように見えるが、その白い顔からますます血の気が無くなっていることから見れば、身体の内
側にはかなりの損傷があるのかもしれない。
シュッ ガッ
気同士がぶつかる高い音と、眩い閃光。
浅葱は目を細めながら、紫苑が自分達側についたという証の勝利を持ち帰るのを黙って見つめていた。
(・・・・・って、か、らだ・・・・・しんど・・・・・)
少しでも腕や首を動かそうとすると、ピシッと筋肉痛の激しいような痛みが全身を走る。
昂也はもう起き上がれると自分では分かっていたが、はっきりとした意識を持てばさらに痛みが大きくなってしまうだろうことが怖くて、
なかなか目を開くことが出来なかった。
(俺・・・・・生きてるんだよな?これ、考えてるの、生きている俺、だよな?)
物凄い衝撃を受けたのは分かっているが、その後のことは一瞬記憶が飛んでしまって分からないままだ。
それでも、死んだとしたらこんな痛みは感じないはずだという思いがあり、あの後、シオンとコクヨーがどうなったのかも気になって仕方
がなくて、
『ふ・・・・・ぅぅ・・・・・』
『コーヤ!』
『う・・・・・』
『コーヤ!分かるかっ?』
『・・・・・さ・・・・・』
(うるさい・・・・・聞こえてるって!)
耳元で自分の名前を繰り返し呼んでいるのは誰だろう。あんまり、大声で呼ぶなよなと思いながら、昂也はようやく重くて仕方がな
かった・・・・・いや、開くのが怖かった瞼をそろそろと開いた。
『コーヤ!』
最初に見えたのは、眼鏡を掛けた紫の瞳。
『コーヤ、私達が見える?』
ゆっくりと、目だけ動かして次に見えたのは、赤い髪に、赤い瞳。
『・・・・・っ』
身体を起こしかけて、やっぱり重くて、痛くて。それでもこの痛みこそが生きている証なのだと、昂也は少しだけ唇を緩めた。
『良かったあ・・・・・俺、生きてた』
しみじみとした思いだったのに、昂也は目の前の顔が2つとも複雑に緩むのが分かる。
『ば〜か、無茶なことするな、コーヤ』
『本当に。タツミがいなければ、今頃こうして話すことは出来なかったよ』
『・・・・・!ト、トーエンはっ?』
自分のことばかり考えていたが、今自分が無事なのは、あの時、直前で龍巳が抱きしめてくれたからだ。
自分がこうして無事でも、モロに衝撃を受けただろう龍巳はどうなったのかと、昂也は今まで痛みで動かさなかった身体を一気に起こ
した。
『・・・・・っ』
ギシギシと身体が痛むのなんかなんともない。早く龍巳の無事を確かめたかった。
『トーエン!』
『コーヤッ、急に動くなっ』
『でもっ、だって、トーエンはっ?』
『安心しろ。お前みたいな擦り傷も無い、全く無事だ』
『そ、そうなの?』
スオーの言葉に、昂也は江幻に視線を向けた。スオーの言っていることが全て嘘だとは思わないが、どうしても誰かにそれが本当な
のだと念押しをして欲しかった。
『ああ、本当だよ。2人の行動には驚いたけれど、結果的には・・・・・あまり変わらなかったようだ』
『・・・・・え?』
自分が飛び出して、シオンとコクヨーの諍いは収まったのではないのか?
昂也の表情に浮かんだ疑問にコーゲンが答えようとした瞬間、
『うわっ?!』
物凄い熱風を身体に感じたかと思うと、そのままスオーの身体が自分を庇うように覆いかぶさってきた。
(な、何なんだっ?)
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