竜の王様
第五章 王座の真価
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※ここでの『』の言葉は日本語です
竜人界の王は、代々その力の証ともいえる翡翠の玉(ぎょく)を守ってきた。
力の象徴である紅玉と、精神の象徴である蒼玉。この2つが融合して翡翠の玉になり、王の代替わりの時はそれが眩く光り輝くと
いう玉。
翡翠の玉の時は七色に美しく光っているというが、2つに分たれている今、目の前にある紅玉はほのかに赤く光っているだけだ。
それでも、これが紅玉だと分かるのは、玉自身から溢れ出ている気の色からだった。
(金色の気・・・・・これが、紅玉であるのは間違いが無いだろう)
「・・・・・自らお持ちになっておられたのですか」
「王族で無い者が竜人界から人間界へと移動するのは簡単ではない。私も、そして琥珀や浅葱、他の者も、自分の身体の何らか
を犠牲にしてその力を得ているが、丁度その空いた空間に入れることが出来てな」
「・・・・・」
聖樹は何でもないことのように言っているが、身体の中に異物が入るということは大変な負担だ。その上、紅玉自体に潜在的な気
があるので、普通ならばこうして自分の意思で動き、話すことなど出来ないはずだった。
それが出来るということは、やはり聖樹の力は今まで自分達が把握していたもの以上だと思えた。
「これを、お前に預けよう」
「・・・・・私に?」
「お前は、私達の仲間なのだろう?」
「・・・・・」
紫苑は紅玉を見つめ、続いて聖樹を見た。
本当はまだ自分のことを認めてはいないはずだろうに、大事な紅玉を預けると言い出すのは・・・・・。
(罠、か?)
紫苑の真実の気持ちを探るためにそう言いだしたというふうに考えれば一番分かりやすい。それに、紅玉1つでは価値が無いのだ。
これを1つ紅蓮に手渡したとしても、それだけでは王とは認められない。
「紫苑」
なかなか動かない紫苑に、聖樹は促すように声を掛ける。紫苑は一度大きく息を吐いた後、自分の左手を差し出した。
「お預かり致します」
どうするだろうかと思っていれば、紫苑は静かにそう言って手を差し出してきた。
これを自分が預けるという意味、受け取るという意味を賢いこの男が思い付かないわけは無く、それらを全て了承したうえで手を差し
出しているのだと思えば笑みが漏れた。
「では」
聖樹は紅玉を紫苑に手渡す。
紫苑はそのまま目を閉じて意識を集中させ・・・・・やがて、紅玉はまるで水の中に沈むように紫苑の手の中へと消えていく。
(ほお・・・・・)
四天王の中でも、神官長という一番目立たない地位にいた紫苑だが、持っている力はもしかしたら4人の中でも一番強いのかもし
れない。
「・・・・・」
やがて、紅玉の姿が全て手の中へと消えると、紫苑は一度強く左手を握り締め、何事かを呟いた。封印の言葉・・・・・これは、その
当人で無いと解除することは出来ない。
「・・・・・確かに、お預かりしました」
「紫苑」
「はい」
「・・・・・お前を信用するぞ」
「ありがとうございます」
「では、お前が捕まえた者達に会いに行こう。どのような顔をしているのか楽しみだな」
紅玉の運命はもう自分の手の中から離した。後は紫苑がどう行動するかだが、この男はこれを持って紅蓮の元に戻ることは無いだ
ろう。
それほど愚かな行動を取るなら、最初から裏切ることもない・・・・・聖樹はそう考え、ゆっくりと歩き始めた。
『はあ〜ぁぁぁぁぁ』
『凄い溜め息だな、コーヤ』
眼鏡の向こうの目が、呆れたように自分を見る。
『だって、今の状態を考えると、溜め息しか出ないじゃんか』
『そう思うのなら、始めから少し考えて行動した方が良かったんじゃない?』
赤い瞳が、やれやれと苦笑を浮かべている。
『・・・・・』
あまりにももっともなコーゲンの言葉に、昂也は言い返す言葉も無かった。確かに、考えなしに飛び出した自分も馬鹿だが、分かっ
ているなら強引にでも止めてくれれば・・・・・そう思ってしまうのも、自己弁護かもしれないが。
今自分達がいるのは、以前コーゲンと初めて浅葱に連行された時に入れられた洞窟の奥だ。同じように格子など無いが、以前よ
りも強力なバリアーみたいなものが張られているらしく、何の力もない昂也が見ても、時折、キラキラとその空間が光っているのが分
かった。
(あれ・・・・・触ると結構な威力なんだよな)
以前は何度も触れて、そのたびに電気ショックを感じ、コーゲンには苦笑されてしまった。
同じことは二度繰り返さないつもりだが・・・・・。
『おい』
『コーヤ』
もしかして、バリヤーを張り忘れている可能性も0ではないかも・・・・・そう思ってしまったコーヤは恐る恐る手を差し出して、
ピシッ
『いてえっ!!』
何だか以前よりも増したようなそのショックに、手を押さえて蹲ってしまった。
『だから、少しは考えて行動した方がいいと言っただろう?』
口調に少し笑みを含ませながらも心配してくれているのは伝わり、昂也は癒すために握られた手を見下ろしながらごめんと謝った。
(ホントに・・・・・ちょっと考えなきゃな、俺)
江幻がコーヤの痛みを癒すのを見た蘇芳は、その視線を周りに向けた。
「ここが奴らのアジトってわけか」
「こちらにいる時に使っているんだろうな。元々、北の谷は罪人を流してきた場所だし、そのせいで監視が強いかと思えばその反対
だしね」
確かに、死罪にはならなかった罪人が多く住まうこの地は監視が強いと思われがちだが、そんな輩とは接触しないことが一番だと、一
種忘れられた地域になっていたのだろう。
(あの暴君が王になるためだけに必死だったツケだな)
王位継承など後回しにして、この世界の安定のために改めて隅々にまで目を配っていたのならば、ここまで事態は悪化しなかったか
もしれない・・・・・いや。
(もう、起きたことは仕方ない)
今はこれからをどうするかを考えなければならない。そこまで考えた蘇芳は思わず苦笑を零した。竜人界などどうなってもいいとうそぶ
いていたはずの自分がこんな風に考えるなど、随分コーヤに影響をされてきたようだ。
「江幻、何が見える?」
「・・・・大きな気の持ち主は5人」
「五人?」
(聖樹と、琥珀と浅葱、そして紫苑・・・・・もう1人いるのか?)
蘇芳は眉を潜めた。いったい、それは誰なのだろうと考えるが、蘇芳が思い浮かぶ者の中に当てはまるような人物はいなかった。
聖樹がまた人間界から何者かを連れてきているという可能性もあるが、人間界にそう何人もの能力者がいるとはとても思えない。
「・・・・・」
蘇芳は胸の中に入れていた自分の玉を取り出した。その姿は映らなくても、何らかの姿は見えるかもしれないと思ったのだが、
「・・・・・」
眉を潜めた蘇芳に江幻が声を掛けてきた。
「見えた?」
「駄目だ、邪魔をされている」
自分の気が通じないことを苦々しく言うと、江幻もやっぱりねとコーヤの手を離しながら、自分も周りに目をやって言った。
「全ての力をというわけじゃないようだが・・・・・私達を一か所に集めて閉じ込めているのも、このせいかもしれないな」
「・・・・・」
蘇芳は自分の手を見下ろす。通常の生活の中では、今までそれほど力に頼ってはいなかったが、それが制限されてしまうとなった途
端に、なんだか心許無くなったような気がした。
『トーエン、大丈夫か?』
『ああ。悪い、足手まといになって』
岩場に腰をおろし、俯いていた龍巳は、心配そうに声を掛けてくる昂也に何とか笑みを向けた。
自ら願い出てついてきたくせに、呆気なく地面に手をついてしまったのが情けなかった。しかし、そんな自分の言葉を、昂也は直ぐに打
ち消してくる。
『何言ってるんだよ!俺を助けてくれたじゃん!』
『昂也』
『あの時、トーエンが助けてくれなかったら、俺こうしてしゃべることも出来なかったかもしれない!』
『・・・・・』
『俺が何も考えなくて無茶をすると、何時もトーエンに迷惑かけるんだよな・・・・・・ごめん、今回はもしかしたらトーエンだって危ないく
らいだったのに・・・・・俺、ホント、ごめんな』
ペコっと頭を下げる昂也の姿に、龍巳は苦笑を漏らした。確かに昂也は後先考えずに突っ走ることが多いが、それを素直に反省し、
謝ることが出来る。
同じことを繰り返すと昂也は反省しているが、昂也が口火を切ってくれなければ動けないという場面も多くて、龍巳も、そして周りの
友人達も、そんな昂也の性格を好ましいものだと思っていた。
(俺は何時だって、昂也には敵わないのかもしれないな)
それは、力があるなしではなく、心の問題だった。
『気にするな、コーヤ。お前が動いてくれなかったら、俺は何時までも萎縮していたかもしれない。それに、こうしてお前よりも無傷なん
だ、お互いもう謝るの止めよう』
『・・・・・うん、そうだな』
ようやく昂也が笑ってくれて、龍巳もその笑顔に笑い返した時だった。
(なん、だ?)
肌を突き刺すような冷たい気を感じ、龍巳はとっさに昂也を庇うように前に立つ。その自分の動きと同時に、他の2人・・・・・コーゲン
とスオーも自分達を庇うように立った。
もう1人の男も、腕を押さえながら立とうとしている。何かが近付いてきていることを龍巳はヒシヒシと肌で感じた。
コハクとアサギを従えてやってきた男を見て、昂也は無意識のうちに緊張したのか龍巳の腕を掴む指先に力を込めてしまった。
何がどうとは言葉では説明しにくかったが、圧倒的な威圧感を感じてしまったのだ。
(グレンも似たようなもんだけど、あっちはまだ分かりやすい、かも)
『まさか、またここで会うとはな』
『・・・・・』
『どうした?私の言葉は分かるだろう?』
『え?あ、俺に言ってんの?』
これだけ力のある者達が揃っているので自分など眼中にないと思っていたが、どうやら男・・・・・セイジュは自分を見て言っているよ
うだ。
『こ、こっちだって、そう思ってる、けど』
直ぐに言い返したが、語尾が情けなく小さくなってしまったのが恥ずかしい。それでも、昂也は俯くことだけはしないようにと、両手を
ギュッと握りしめた。
『紅蓮は、何のためにお前をこちらへと向かわせた?』
『グ、グレンからは言われてない』
『何?』
『俺がこっちに来たいと言って、許可をもらってこっちに来たんだ。・・・・・セージュ、シオンと赤ん坊達を返してくれ。そして、戦おうなん
てこと、止めてもらいたいんだ』
『ほお・・・・・お前の意志でそう言うのか』
『俺のっていうか・・・・・うん、そう、これは俺の気持ち。馬鹿なことをって思うんなら、それは俺だけに向けて言ってくれないかな。なん
だかグレンに悪いし』
『はははっ』
いきなり声を出して笑いだしたセイジュに、昂也は呆気にとられてしまった。自分の言った言葉を考え直しても、特におかしい所は無
かったような気がするし・・・・・。
(セージュも、笑い上戸なのか?)
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