竜の王様
第六章 終わりから始まりへ
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※ここでの『』の言葉は日本語です
ギャアァァァァァ!!
雄々しい声に、皆の視線はいっせいに上空に向けられた。
地の崩壊を抑えるために手を翳している紅蓮や龍巳、琥珀も、少し離れた場所に立つ昂也に江幻、蘇芳も。
目が見えるようになった碧香や、黒蓉、白鳴、浅緋に、蒼樹、他の王家側に付く者達全ても空を見つめ。
そして、ただ1人、この中で孤立していた聖樹も、全身が血に塗れた状態のまま、ただ茫然と空を雄々しく飛び回る金の竜を見て
いた。
(空気が変わった・・・・・)
それまでは、明らかに空が切り裂かれ、地にひび割れが出来てしまうほどに気が乱れていた。
それなのに、青嵐が竜に変化して空にとび立ち、あの不思議な光を放つようになった途端、気が安定してきたのを感じた。
その理由を改めて考えるまでもなく、確かにこれは青嵐の力のようだ。
「・・・・・これが、角持ちか」
王家の宝である翡翠の玉が聖樹に与えた力さえ簡単に凌駕する気。もちろん、それは翡翠の玉の正式な継承者である王族では
ないことが関係していることもあるだろう。
ただ、これだけを見ていても、角持ちを手にした者がこの世界を制するという言い伝えはあながち嘘ではなかったようだ。
そして、今回その大きな力を発揮出来たのは、間違いなく青嵐が慕うコーヤの存在のためで・・・・・。
「・・・・・」
江幻は、無言のまま空を見つめている蘇芳に話しかけた。
「どうだ、未来は感じる?」
「・・・・・光」
「そうか」
「まさか、あのチビがここまで力を持つなんてな」
「そうだね」
いくら角持ちでも、まだ子供だというのにここまで力を発揮出来るとは、確かに江幻も感じていなかった。後世のためにも、史実にしっ
かりと書き残した方が良いかもしれない。
(ああ、でもその前に)
コーヤをこの場から少し遠ざけた方が良いかもしれないと、江幻は少し離れた場所に立つコーヤを呼んだ。
「コーヤ」
「・・・・・」
「コーヤ?」
「・・・・・ホントに・・・・・青嵐?」
角持ちのことを知っている自分さえ、この状況を見てどこか動揺しているのだ。何も知らないコーヤが、しかも今まで普通の子供のよう
に接してきた青嵐の変貌に驚くのは分かる。
だが、この青嵐の変化を促したのが自分自身だということを、きっとコーヤは気付いていないだろう。江幻は話すつもりはなかったが、
少しだけ・・・・・現状を好転してくれた青嵐のために説明してやるのもいいかもしれない。
「この世界の最高位は竜王だが、最強の存在は角持ちなんだよ」
「・・・・・え?」
コーヤが視線を向けてきた。
「じゃ、じゃあ、この中の誰よりも、青嵐の力が強いってこと?」
「悔しいが、そういうことだ。ただ、青嵐はまだ子供で、自分の意思で力を使うというより、周りの感情に左右されることの方が多い。
今回は、コーヤ、お前のために青嵐は力を使っているんだ」
「俺の・・・・・」
「はは、今はその意味など考えなくてもいい・・・・・気付いても欲しくないしね。とにかく、コーヤ、今はここにいない方が良い。青嵐の
力がお前を傷付けることはないだろうが、念のために避難しておいた方が良い」
そう言った江幻は、まだ呆然としているコーヤの腕を取ってこの場から移動しようとしたが、
「ま、待って、シオンが!」
「え?コ、コーヤッ?」
突然コーヤは江幻の腕を振り払い、未だ気がぶつかり合っている闘いの中心へと走り出してしまった。
(何が起きているのか分からないけど!)
それでも、昂也は目の前で青い液体に塗れているシオンを見捨てることなど出来なかった。
彼は、確かにグレン達を裏切ったかもしれない。それでも、あれほど傷付きながらも、今玉をグレンに差し出してくれたではないか。
シオンはきっと改心してくれた。それならば、ここで助けなくてどうするのだと思った。
『コーヤッ!』
コーゲンが名前を呼んでいる。それに、心の中で謝りながら、昂也は風が渦巻いている(昂也にはそう感じた)場所の中心に飛び込
んだ。
『シオン!』
『コ・・・・・ヤ・・・・・?』
地面に崩れ落ちていたシオンは、信じられないというような眼差しを向けてきた。何時もの、感情を見せない淡々とした光ではなく、
本当に驚き、焦ったような色をしている眼差し。自分のことを考えてくれていると良く分かる視線や口調に、昂也は嬉しくて、それ以上
に何だか胸が詰まって、駆け寄ったシオンの身体を抱き上げようとした。
『早く、逃げなさいっ!』
『シオン!』
『は、やく!』
グレンやアサヒ達よりも細身だという印象があったシオンだが、自分よりも二周り近く大きな身体は起こすのも大変で、とてもこの場
から彼を連れだすことは無理だ。
『ふ・・・・・ぐっ』
それでも諦めず、どうにかしてシオンの身体を起こそうとしていた昂也は、突然背後からグッと腰を引き寄せられて身体が宙に浮いて
しまった。
「コーヤッ?」
いきなり戦いの最中に飛び込んできたコーヤの姿に驚いたタツミが叫んだ。
それは、紅蓮ももちろん気付いていて、
(あの馬鹿者がっ!)
心の中で自身も叫んでいた。
普通に考えて、こんな状況の中に自ら飛び込んでくる者などいない。死に急ぐ者か、死ぬことが分からない者か。コーヤはきっと後者
だろう。何の力もないコーヤがまともに力をぶつけられたら、それこそ死んでしまうというのに。
「・・・・・っ」
「グレンッ?」
タツミの引き止める声を聞きながら紅蓮は地から手を離し、紅玉をタツミに手渡すと、少し離れた場所に倒れている紫苑の直ぐ傍
に跪いているコーヤのもとに急いで、その身体を抱き上げた。それは、無意識の行動だった。
「え?グレ・・・・・」
「馬鹿者がっ!お前は自身の命を縮める気か!」
「・・・・・っ、だ、だって、だってっ、シオンが!」
「・・・・・っ」
己の危険を顧みずに行動したその理由が紫苑のためだと知り、紅蓮はこみ上げる感情を抑えるように眉を顰めた。心の中のどこか
で、それを悔しいと思い、それと同時に、そこまで紫苑のことを考えてくれる昂也の気持ちを貴いとも思えたのだ。
種族など関係ない。危険など、ものともしない。
本当に強いのは誰なのか、紅蓮は改めて面前につきつけられた気がする。
「グレン!」
「分かっているっ!タツミ!保て!」
「は、はいっ!」
僅かの間、タツミに全てを任せ、紅蓮は反対の手で紫苑の身体を抱き起こした。
「ぐれ・・・・・さ、ま・・・・・」
「この場で死ぬことこそ、最大の裏切りだと思えっ」
生きろと言えば、紫苑はきっと自身にその価値が無いと思うかもしれない。罪悪感に囚われている今の紫苑には、その罪を知らしめ、
償うように言った方が効果的だ。
「コーヤ!」
気が渦巻く場所を抜けた途端に、駆け寄ってくる江幻と蘇芳の姿が見えた。
「大切に思うのならば目を離すな!」
「・・・・・っ」
紅蓮の言葉に蘇芳は顔を顰めたが、江幻は直ぐ様頷き、手を伸ばしてくる。
「すまなかったっ」
その2人にコーヤと紫苑の身体を託し、紅蓮は再び渦巻く気の中に戻った。
紅玉を手にして気を発しているタツミの力は未だに衰えてはおらず、それに対立している聖樹の方は息も絶え絶えに辛うじて立ってい
るという感じだ。
「・・・・・」
空を見上げれば、未だ輝く光を放ちながら飛んでいる竜がいる。
(竜人界は・・・・・変わる・・・・・)
それが、自分がもたらした変化でなくても、嬉しいと思う感情が大きい。自らの功績などよりももっと大切なものがこの手の中にあるの
だと分かったからだ。
「タツミッ、もう少しだ!」
聖樹の中から放たれている気の力は先程よりもかなり小さくなっている。
紅蓮は声もなく頷くタツミが握っている紅玉に手を当て、この世界を創った祖竜に願った。
(どうかっ、竜人界に新たな光を・・・・・!!)
どこから狂ってしまったのか、聖樹はもう考えることも出来なかった。
ただ、苦しみの中で見えるのは、角を持つ金竜。ほの暗い空を輝く鱗で照らしながら、気の荒れを恐ろしいほどの大きな力で鎮めて
いる。
聖樹は口元を歪めた。紅玉が身体に与えた影響は大きく、もはや自身の命が消える寸前だということは分かっていた。
せめて紅蓮をこの手に掛けたかったのに、その願いさえも叶わない。
薄れゆく意識の中、悔しいと思う気持ちは消えないまま、聖樹はどうしても一矢を報いたいと思いが募る。ここにいる全ての者に、い
や、紅蓮だけでいい。
(紅蓮が血を吐くほどに苦しむ・・・・・方法、は・・・・・っ)
「・・・・・っ」
(あれ・・・・・か・・・・・?)
聖樹の脳裏には、弟の碧香以外には見せないような眼差しや感情を紅蓮が向けた唯一の存在が思い浮かんだ。
力が無いくせに、この場にいるあれを・・・・・。
「お前、だっ!」
「!聖樹っ!」
自分でも、不思議に思うほどに身体が動く。
聖樹は紅蓮の唯一の光を奪ってやるために、驚くほどの力強さで地を蹴った。
スオーが身体を支えているシオンは、息をしているのかどうかさえ分からないほどにぐったりとしている。
『コーゲンッ、早くっ、早くシオンを診て!』
『分かっているよ。でも、今はこの場を離れよう』
『あれ、あの青いのって、血なんだろっ?あんなにいっぱい出て、シオン、まさか・・・・・っ』
はっきりと口に出してシオンの生死を言うのは怖いが、それでも確認しないといけない。昂也は震える言葉を何とか押し出し、腕を掴
むコーゲンの手を振り払うようにしてその場に立ち止まった。
ちゃんと話してくれなければ動かない、そんなつもりだった。
『コーヤ、とにかくこっちに来なさい。紫苑は直ぐに私が診て応急処置をとるから』
『・・・・・コーゲン、シオンは助かる?』
『助ける』
きっぱりと言い切ってくれたコーゲンに、昂也はようやくほっと息をつく。
(コーゲンがこんな風に言いきってくれるなら、きっと大丈夫)
少しだけ安心した昂也は、彼の言う通りコーゲンが差し出した手に自分の手を伸ばそうとしたが、
『うわぁっ?』
いきなり背後から肩を鷲掴みにされ、そのまま後ろに引き倒された。
『なっ、え・・・・・あっ』
上から圧し掛かるようにして自分を見据えていたのは、青い血に塗れたセージュだった。
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