竜の王様




第六章 
終わりから始まりへ



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 『戻ってこいっ、青嵐!』
 コーヤが呼んでくれたので、青嵐は嬉しくなった。
きっと、コーヤは良くやったと褒めてくれる。温かな手で抱きしめてくれ、もしかしたら頬に口付けをしてくれるかもしれない。
そう考えるだけで嬉しくて、青嵐は数度大きく旋回した後、猛烈な勢いで地上を目指した。もちろん、コーヤを危ない目に遭わせるよ
うな馬鹿なことはしない。
 本当はこの姿が自分の真の姿なので、出来ればコーヤに抱きしめられたいが・・・・・コーヤを押し潰してしまうのが目に見えている
ので我慢をする。

 クウォォォォォ!!

早く、早くコーヤの傍に戻らなくては。
あの隣を誰にも渡すつもりはない。






 『うわあ!』
 『・・・・・っと』

 視界一杯な竜が落ちてくる。このままでは青嵐が地面に叩きつけられてしまうと、受け止めることが出来るわけが無いのに昂也は
大きく両腕を広げてしまった。
 すると、竜の姿は再び金の光に包まれ、見る間にその影を小さくしていく。そして・・・・・。
(え・・・・・っ?)
人の形になった青嵐が腕の中に舞い降りてきた時、抱きしめるはずが反対に抱きしめられ、昂也は思わず目を見張ったままヨロヨロ
とよろけてしまった。
 その身体は、とっさに傍にいたスオーが抱きとめてくれた。
だが、コーヤはそれに礼を言う前に、まだ今目の前で起こっている変化に思考が追いつかなかった。
 『せ、青嵐?』
 『コーヤ、どうだった?私の力』
 『・・・・・』
 『コーヤ?』
 『な・・・・・なんで、そんなに大きくなっちゃったんだ〜っ?』
 さっき、空に飛び立った青嵐は確かにまだ自分よりも小さかったくせに、今では目線が見上げるほどの身長になっていた。
これは、確か中学2年生頃の龍巳と同じくらい・・・・・170センチは越している。
(こ、こんな短時間に成長しちゃったってことっ?)
 たった数十分の間に、青嵐の外見は驚くほどに成長した。
昂也の身長は追い抜かしても、龍巳やグレン達にはまだ追いつかないだろうが・・・・・もしかしてこの調子で成長していけば、青嵐は
1年も生きていられないのではないかと心配になってしまった。
 『青嵐っ、そんなに早く成長しなくっていいんだぞっ?』
(俺が、何時も頼ってしまうばっかりに・・・・・っ)
 角持ちの青嵐の力の強さをあてにしてしまい、つい何とかして欲しいと頼んでしまう。その結果が青嵐の肉体の成熟を早めたのだと
したら、彼に本当に申し訳ないと思ってしまった。
 『コーヤ?』
 抱き締める(傍目から見れば昂也の方がしがみついているように見える)昂也に、戸惑うように掛けてくる青嵐の声は既に声変わり
をした大人のものになっている。
その低く、甘やかな声と、口調の幼さがあまりにもギャップが大き過ぎで、昂也はさらに胸が苦しくなった。
 本当はまだ、子供時代を送っているはずなのに、こんなにも急に大人になって、いや、大人にさせられてしまった青嵐。
 『ごめんっ、青嵐!』
 『・・・・・コーヤが謝ることないのに・・・・・』
青嵐は本当に意味が分からないようで、それでも昂也に抱き締められることが嬉しいと笑っている。頬の丸みも無くなり、青年になり
掛けているその表情に、昂也は唇を噛みしめて俯くしかない。

 しかし、そんな昂也の感情とは裏腹に、今という時に青嵐の力は必要とされていた。
 『青嵐!』
その名を呼んだのはコーゲンだ。
 『こっちに来てくれ!』
 『・・・・・』
 『力を貸してくれっ!』
 『・・・・・嫌だ。私はコーヤのためにしか動かない』
ギュウギュウと身体を抱きしめてくる青嵐の目には本当に自分しか映っていないようで、昂也は困ったような表情のコーゲンに自分が
どうすればいいのか考えて・・・・・迷った。
 コーゲンの目の前に倒れているソージュの傷には、コーゲンだけではなくグレンや龍巳も力を注いでいるようだが一向に状況が回復
しているようには見えない。そこには、確かに青嵐の力が必要なのだろうと想像はつくものの、これ以上まだ(精神は)幼い彼に力を強
いてもいいのだろうか。
(もしも、また青嵐が成長しちゃったら・・・・・?)
 寿命が縮まることはないのか?
 『・・・・・っ』
青嵐が動かないことが分かると、コーゲンは早々に諦めたかのように視線を逸らした。
多分、3人とも力が強いはずだ。その彼らが揃っても癒えない傷・・・・・。
 『・・・・・青嵐、頼みがあるんだけど・・・・・』
 こう言うと、青嵐が断らないことを知っているのに言ってしまう自分が卑怯だと思いながら、昂也は自分の顔を見下ろしてくる青嵐に
視線を合わせた。



 角持ちが地上に降り立ち、辺りの荒れ狂った気も静まり返ったのを感じる。
 「・・・・・」
(これで、終わったのだろうか・・・・・)
黒蓉は身体の節々が悲鳴を上げていたが、出来るだけ何時もと変わらないように毅然と顔を上げると、少し離れた場所に膝をつく大
勢の同族を見た。
 「聖樹は死んだ!」
 「・・・・・っ」
 今、実際に目の前で繰り広げられた光景を見ていた者達には分かっていたかもしれないが、あまりにも驚くことばかりでそれを幻だっ
たと思われては困る。全ては現実で、裏切り者にはこんな悲惨な末路しかないことを身にしみて分かってもらわねばならなかった。
 「聖樹の指揮の下、皇太子紅蓮様に反意を抱き、刃を向けてきたお前達を今から拘束する!」
 逃げられる状態の者はいないが、それでも改めてそう宣言した。
 「反抗せず、速やかに縄が掛けられるのを待て!」
 本来、反逆者へ向ける言葉は紅蓮が言うのが本当だろうが、今は蒼樹の延命のために必死になってくれている。
以前の紅蓮ならば、1人の臣下の命よりも先ず自身の立場を明確にし、反逆者を捕らえることを優先しただろう。しかし、黒蓉は、こ
んな風に臣下のために力を尽くす紅蓮により強い忠誠心が芽生えた。
この方にならば命を捧げても惜しくない・・・・・そう思える。
 「・・・・・」
 負傷している自軍の者が、負傷している反逆者を次々と捕らえていく中、黒蓉はじっとこちらに視線を向けてくる琥珀の前へと歩み
寄った。
 「琥珀」
 「・・・・・」
黙って両手を差し出す琥珀の、欠けている左手首。
(これも・・・・・)
 「お前は逃げないだろう」
 「・・・・・出来れば、朱里も拘束しないでやって欲しい。彼はもう・・・・・ただの人間の少年でしかない」
 「・・・・・」
 その言葉に琥珀の背後に視線を向ければ、怯えたような表情でこちらを見ている少年がしっかりと琥珀の衣を掴んでいる。
幼子のようなその行動に、黒蓉も否とは言えなかった。



 どうして、蒼樹の傷は塞がらないのか?
紅蓮は必死に気を注ぎながら、先程から考え込んでいる江幻を睨みつけた。
 「要因は分からないのかっ?」
 「・・・・・推測になるが」
 「・・・・・」
勿体ぶった言い方の江幻に、焦る紅蓮は早く言えと叫ぶ。
 「聖樹の血のせいじゃないかと思う」
 「何?」
 「蒼樹は聖樹を貫いた剣で己の腹を刺した。剣には聖樹の血潮がついていたはずだ。それが何らかの要因になっているとしか考え
られない」
 「聖樹の・・・・・」
(死してなお、自分の息子を苦しめるのか・・・・・っ)
 実際、聖樹が蒼樹に対してどんな思いを抱いていたのかは紅蓮には分からない。まだ叔母が生きていた時は、確かに幸せそうな親
子だったと思う。叔父である聖樹が変わってしまったのは、叔母が亡くなってからだ。
(今では、大切な者を失った聖樹の慟哭を想像することは出来るが、それではあまりにも蒼樹が哀れだ)
 父の行いで裏切り者の血族と陰口をたたかれ、肉親の愛情を求めるも手に入らず。
そして、今・・・・・死に直面しようとしている。
 「・・・・・っ」
(どうにかならないのか・・・・・っ!)
 「青嵐!」
 唐突に、紅蓮は脳裏にその名が浮かんだ。巨大な力を持つ青嵐ならば、もしかしたら蒼樹を助けることが出来るかもしれない。
 「力を貸してくれっ!」
たった一つの命ではない。その一つこそが、竜人界にとって大切な命なのだ。

 紅蓮の言葉には難色を示した青嵐も、コーヤの言葉には逆らえないらしい。
 「頼む、青嵐、力を貸してやってくれ」
 「・・・・・コーヤは、そうして欲しいのか?」
 「うん。絶対に死んで欲しくないんだ」
 「・・・・・」
コーヤのきっぱりとした言葉に、青嵐はそのままこちらへと歩み寄ってきた。
 「・・・・・」
 そして、地面に仰向けに寝かされている蒼樹を見下ろす。
周りでは自分も含めタツミも江幻も力を注ぎ続けていた。
 「これ、普通の力じゃ効かない」
 「何っ?」
酷くあっさりとした言葉に、紅蓮は思わず青嵐の顔を振り返ってしまった。



 『あの男の身体は紅玉の負の気で一杯だ。王族で無い者が翡翠の玉を手にした時、玉は存在価値を守るため、その人物が絶対
に玉を手放すように負の気を放出する。結構長い間、身体の中に隠していたんだろうな、もう、身体の中は侵されて何も無い』
 青嵐が指を指しているのはセージュだ。と、いうことは、自分達が人間界でずっと探していた紅玉は、セージュ自身が持っていたと
いうことなのか?
(あの時会った時も・・・・・?)
 玉の気配を感じたあの山でセージュに会った時、彼はその身体の中に紅玉を隠し持っていた。どうしてそれに気付かなかったのか
と、龍巳は唇を噛みしめる。
(その時分かっていれば、もしかしたらセージュも死なずに済んだかもしれないのに・・・・・っ)
 この世界にとってどんなに悪い存在だったとしても、死んでもいい者など1人だっていないはずだ。それが、甘い考えなのかもしれな
いとは思うものの、昂也もきっと同じように考えているはずだと思う。
 『青嵐、どうやったら彼を助けられるんだっ?』
 『・・・・・』
 『君なら出来るんだろうっ?』
 竜に変化し、壊れる寸前だったこの世界を見事に救ったのだ。自分とは全く比べ物にならないほど大きな力を持っている青嵐なら
ば、絶対に助ける方法を知っている。
 『教えてくれっ!』
 『・・・・・どうしても?』
 『頼む!』
 『・・・・・』
 龍巳は頭を下げた。
分かってもらえるまで、何度だって頼むつもりだ。プライドなど、今の龍巳にはなかった。