竜の王様
第六章 終わりから始まりへ
18
※ここでの『』の言葉は日本語です
『シオンの命は何とか助かったけど、グレンがシオンのこと許すって言ってくれないと、俺・・・・・安心してもとの世界に帰ることが出来
ない』
その言葉は、紅蓮に相当な衝撃を与えた。
紅蓮の中では、コーヤは無条件に自分の傍にいるものとして考えており、コーヤが人間界に帰ってしまうという選択は頭の中に全く無
かったからだ。
(コーヤが・・・・・この世界から、私の傍からいなく・・・・・なる?)
「・・・・・」
「ちょ、ちょっと、グレン?」
「・・・・・」
「腕、痛いって」
無意識のうちに、紅蓮はコーヤの腕を掴んでいたらしい。コーヤの言葉に自分の行動に気付いた紅蓮だが、その手を離そうとは思
わなかった。
「紅蓮?」
いったい、何時からこの人間の少年は自分の心の奥底にまで住み着いたのだろうか。
碧香と入れ替わるようにこの竜人界にコーヤがやってきた時、どうしてこんな人間がこの世界にやってきたのかと思い、無垢な身体を
引き裂いた。
そのことに少しの後悔もせず、むしろ視界の中でちょろちょろと動きまわる姿を見るたびに、心のどこかでイライラとした感情が燻って
いたのだが・・・・・。
もう、その命も無いだろうと諦めていた卵を孵化させ、わざと作った試練、北の谷へと差し向けた時、貴重な角持ちを見付け。
どんなに冷淡に対応しても、諦めずに自分に話し掛けてきて、王族に反抗的だった江幻や蘇芳まで味方にして、裏切ったはずの
紫苑を、こちら側へと引きとめた。
コーヤ自身に、自分達が持っているような気の力は無いのに、誰よりも強い心を、諦めない気持ちを持っている。
(惹かれずに・・・・・いられるものか)
「お前は、もとの世界に帰るつもりなのか?」
「え?だって、それが始めの条件なんだよな?俺がここに来たのって、碧香が人間界で玉を見付けるためだって聞いたし、それはもう
叶ってるんだろう?」
確かに、それは叶った。
まだ、紅玉と蒼玉を一緒にして、翡翠の玉という一つの存在にはしていないし、翡翠の玉が自身を次期王として認めてくれるかどうか
も分からないが、紅蓮はたとえそれが今直ぐには無理でも、王族として民のために動くことを決意している。
「だったら、俺がこの世界にいる意味なんて無いと思うし」
それは、違う。
傍にいて欲しいと、思っている。
「家族にだって会いたいと思ってるんだ。あ、マザコンじゃないぞ?」
「・・・・・」
(家族・・・・・)
そう、この世界にはコーヤの身内はいない。人を思いやるコーヤが、自身の家族を思うのは十分分かり、紅蓮はらしくも無く次の言葉
が出てこなかった。
(・・・・・痛いんだけど・・・・・)
昂也は自分の腕を掴んだまま離さないグレンの手をじっと見下ろす。
思った以上に力が入っているそれは結構痛くて、早く離して欲しいと思うのだが・・・・・それを口に出せないような、何だか緊迫した雰
囲気を感じていた。
(グレンだって、俺が早くもとの世界に帰って欲しいって思ってるはずだと思うんだけど・・・・・)
人間のことが嫌いなグレンは、最初から自分に対しては非友好的だった。
それを想像させる様々な出来事を今改めて考えるつもりはないが、それでも自分がどうすべきかは分かっているつもりだ。
ただ、帰るにしても気になることが幾つかあり、この機会に王様になるグレンにちゃんと確かめたいと思った。
『シオンのことだけど・・・・・このまま、重い罰を与える気?』
『無罪放免というわけにはいかない。仮にも、皇太子の側近である者が謀反を犯した者に力を貸したのだ』
やはり、その件に対しては消えない罪になってしまうらしい。しかし、
『最後に紅玉を取り戻したことで罪は軽くなるだろうが・・・・・』
と、続いて出てきた言葉に、コーヤは思わずホッと安堵の息をついた。
『そっか・・・・・』
(でも、シオンもそれを覚悟しているかも・・・・・)
何も無いよりも、きちんと罰を受ける方がシオンにとってはいいのかもしれない。今のグレンの言葉からも、命に係わるような罰にはな
らないような気がするし、昂也はその件に関しては安心出来た。
『えっと、この青嵐のことも、きちんとして欲しいんだ。角を持っている子は凄い力があるって聞いたけど、それでも青嵐はまだ子供だ
し、ちゃんと愛情を持って接して欲しい』
『・・・・・青嵐にはお前がいるだろう』
『だって、俺はもう傍にいられないし・・・・・』
本当は、青嵐が大人になるまで傍で見ていたかったが、額に角を持つ青嵐を人間の世界に連れていけるはずが無い。目立ち過ぎ
て駄目だと、最初から諦めていた。
『あーっ、あーっ!』
『青嵐?』
『あうぁ!』
『こ、こらっ、そんなに暴れるなって』
それまで大人しくしていた青嵐が、急に大きな声で騒ぎ始めた。
昂也は慌てて身体を揺すって機嫌を直そうと試みたものの、一度泣き始めた青嵐はなかなか泣きやんでくれなかった。
オレハモウ ソバニイラレナイシ
どうしてそんな悲しいことをコーヤは言うんだろうか。
自分を、あの真っ暗な世界から連れ出してくれたのはコーヤで、その手を急に離すなんて許せるはずが無い。
コーヤがそんな風に思っているのならば・・・・・いっそのこと、コーヤの住んでいたという人間界とやらを壊してやろうか。
「・・・・・」
泣き続ける青嵐を、けして羨ましいとは思っていない。
しかし、多分コーヤが帰ると言った言葉に反応して泣き出したであろう青嵐を、今は良くやったと褒めてやってもいいかもしれない。
「お、おい、青嵐ってばっ」
「あー、あーっ」
「青嵐~」
コーヤは泣きやまそうとして青嵐を揺するが、コーヤの腕では大きな動きをすることは出来ないようだ。
それを見かねた紅蓮は青嵐を引き取った。
「・・・・・」
途端に泣きやみ、まるで睨むような金の眼差しを向けてくる青嵐に、やはりあの泣き声は嘘だったのだろうと直ぐに分かる。
だが、コーヤは青嵐を泣きやませた紅蓮を凄いと褒め称えてきた。
「グレンって、案外子供には好かれてるのかもなっ」
「・・・・・」
「これだったら、青嵐を任せても大丈夫かも」
「・・・・・」
(私は、子供の守りなどしている暇などないぞ)
それにこの青嵐は見掛けは赤ん坊でも、中身は一筋縄ではいかない性格だ。懐くのはコーヤだけだし、多分他の竜人達は角持ち
の青嵐を恐れて近付かないだろう。
「・・・・・コーヤ、お前は自分が見付けたこの子供を見捨てる気か?」
「え?」
唐突にそう言った紅蓮に、コーヤは困惑した表情を向けてきた。いったい何を言われているのか当人には分からないだろうが、紅蓮
はこの機会を逃すつもりは無かった。
(お前の手を望む者がここにはいるというのに、お前は何も無かったように自分の世界に戻る気か?)
「青嵐は、お前にだけしか懐かない」
そう言い切ると、さすがにコーヤは困ったように紅蓮の腕の中にいる青嵐を覗き込んできた。
(どうしよう・・・・・)
グレンよりも、ずっと傍にいた自分の方がより青嵐のことを分かっているつもりだ。その中で、確かに青嵐は自分と他の者に対する
言動には差があったように思う。
それでも、それは時間が解決するのではないかという甘い期待もあるのだが・・・・・。
『青嵐・・・・・お前、ちょっと協調性を持てよな』
『あう、あー』
『・・・・・分かってる?』
『あー』
青嵐は手を伸ばしてくる。早く自分の腕の中に戻ってきたいと思っているのかもしれないが、腕から離れた途端にその重みを感じてし
まった昂也は、もうしばらくグレンに預けておこうと思った。
そして、そのままグレンの腕の中の青嵐に話し掛ける。
『青嵐、グレンのこと嫌いなのか?』
コクンと、まるで昂也の言葉が分かっているかのように頷く青嵐に、昂也は思わずグレンの顔を仰ぎ見た。抱いているのに何を言うの
だと怒っていると思っていたが、その表情は先ほどと変わりない。
(・・・・・やっぱ、子供にムキになるのはおかしいって思ったのかな)
少しはお互いに歩み寄ったのだろうか?
『あー』
しかし、青嵐の足がグレンの腹を蹴っているのに気付いて、昂也は思わず隠れてくっと笑みを漏らしてしまった。
(やっぱり、あんまり変わらないか)
こんな風に穏やかにグレンと話せるようになるなどと考えたことも無かったが、昂也はさらに言葉を続けた。
青嵐のことも気になるが、他にもグレンに相談したいことはあるのだ。
『グレン、トーエンとアオカのことだけど』
『・・・・・』
『あの2人の仲に反対?』
『仲とはなんだ?』
『・・・・・まさか、気付いてないって・・・・・ないよな?』
2人がどんな関係なのか、その見つめ合う眼差しや、言動でも十分分かると思う。
もしかしたら認めたくなくてそんな風に言っているのかもしれないと思った昂也は、自分が口を出すことでもないということは承知の上
で、どうしても龍巳の恋を応援したかった。
今の自分達に、碧香とタツミの話は関係ないだろうと、紅蓮はじっと自分よりも小柄なコーヤを見下ろす。
コーヤも、下からじっと紅蓮の顔を見上げてきて・・・・・。
(・・・・・吸い込まれそうな黒い瞳だな)
自分達の住む世界には無い瞳の色。忌々しいと思っていたはずの人間が持つその色が、今自分を映していると思うだけでとても魅
惑的に思ってしまった。
「あ、あのさあ」
「・・・・・」
「あの2人・・・・・」
「・・・・・」
「その・・・・・」
なかなかその先を言わないコーヤに、紅蓮は眉を顰めた。
「・・・・・はっきり言えばいい。あの2人がどうした」
「だからーっ、あの2人は好き合ってるの!」
両手を握り締め、頬を真っ赤にして叫んだコーヤを見て、紅蓮は表情も変えずにその先を促す。
「それがどうした」
「・・・・・え?もしかして、知ってた?」
「お前、私がどれだけ周りを知らないと思っている。我が弟のことだ、その想いを知らぬわけないであろう」
「・・・・・そうなんだ」
なぜか、緊張していたらしいコーヤは紅蓮のその言葉にホッと息をつく。さらに、分かっているのならばもっと早く言ってくれたらいいの
にと、紅蓮の耳に届くように文句を言っていた。
(今は人のことよりも、私とお前の話をしなければいけない時だろう)
![]()
![]()
![]()