竜の王様
第六章 終わりから始まりへ
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※ここでの『』の言葉は日本語です
イメージだけだが、グレンは人の恋愛などに全く興味が無く・・・・・いや、そもそもそういった感情があるなどと考えることも無いと思っ
たが、どうやら兄らしい気持ちでアオカのことは心配をしているらしい。
(普段の態度から全然感じないんだよ)
不器用だなと思う。
外見はとても綺麗で男らしくて、多分人間の世界に来たとしても女の人が放っておかないほどに良い男なのに、それを利用しようと
も思わないのだろう。
でも、昂也はそんな性格を好ましく思えた。
大親友の龍巳に通じる不器用さが、一見完璧に見えるグレンにもあるのだと思うと、彼がとても身近に感じる。
『じゃあさ、2人が付き合っても、文句は無いってこと?』
『付き合う、とは、どういうことだ?』
『だから、一緒に遊びに行ったり、その・・・・・手を繋いだり、とか』
さすがにアオカの兄であるグレンに、キスやそれ以上の行為を示唆することは言えなかった。
男同士でも身体を繋げることが出来る・・・・・それは昂也自身身に沁みて分かっていたが、あの場合昂也が抱かれる立場だったが、
龍巳とアオカのことを考えると、どちらが抱かれる立場かというのは明白だ。
しかし、竜人であるアオカを龍巳が抱けるのかと言えば、いや、そういったことを想像するのさえ2人には申し訳ないと思うが、避けて
話すというのはやはり出来ない。
龍巳とアオカが出会ったのは最近と言っていいが、人を好きになるのに時間は関係ない・・・・・あの2人を見ていると本当にそう思え
た。
『コーヤ、それならば、タツミは竜人になるというのか』
『はあ?』
『碧香と身も心も結ばれるというのは、タツミがこちらに来るしかないということだ』
『トーエンが・・・・・?』
(トーエンが、竜人?)
『あの者は、かつて人間界へと流れた私達の祖先の血が流れている。だからこそ、あれほど大きな力を発揮出来たのだ。あの者な
らそのままこの世界にいたとしても何の不思議もない』
真っ直ぐに自分を見下ろしながら説明をしてくれるグレンの口調には少しの迷いも無かった。彼がただの脅しでそんなことを言ってい
るのではないということが昂也にもよく分かる。
しかし、昂也はどうしても抵抗感があった。
たった16年とはいえ、日本で生まれ育った自分達にはそれなりの生きてきた歴史がある。龍巳には、血の繋がった両親も、そして祖
父だって日本にいるのだ。
(トーエンが1人でこっちの世界に来るなんて・・・・・考えられない)
コーヤは黙り込んでしまった。
そんなにも考えることではないだろう。碧香とタツミが好き合っているのならば、当然タツミがこの世界に来なければならない。
王子である碧香を人間界にやることは出来ず、それならばタツミがこちらへと来るしかないのだ。
そして、今回のことで多大な協力をしたタツミを紅蓮も、そして他の竜人達も受け入れることが出来る。
「・・・・・」
(お前はどうするんだ?コーヤ)
人のことばかりを考えて、いったい自分はどうすると決めたのか。まさか、本当に人間界へと帰るつもりなのか・・・・・?
「コーヤ」
「・・・・・」
「お前は誰のものだと思っている?」
「ふぇ?」
「お前の身体は既に私のものだろう?」
そう、当然のことを言えば、コーヤは目を丸くして自分を見つめてくる。驚くことなど何も言っていないのに、そんな表情をされて面白
くなかった。
「・・・・・俺って、グレンのものだったのか?」
「この世界に来た当初、私はお前を抱いただろう」
「・・・・・っ、そ、そう、だけど・・・・・」
コーヤの表情が少し怯えたものに変化したのを感じ、紅蓮は内心舌を打った。
あの時の自分はコーヤを感情のある生きている存在としては見ず、ただ碧香の身代わりに来ただけの不必要なものとしか思っていな
かった。たまたま、言葉が通じるかもしれない一つの方法として、紫苑の案で紅蓮の精をコーヤの身体の中に入れるということを試み
ただけだった・・・・・はずだ。
しかし、きっと紅蓮は初めてコーヤを見た時から、何か感じるものがあったのだと今ならば言える。そうでなければ人間の、それも少
年を、方法が無いからといって抱くことなどしなかったはずだ。
(今となっては、あの時抱いていて良かったと思う。だからこそ、コーヤが私のものだと思えることが出来るからな)
ただ、そのやり方が少々乱暴だったのは、今のコーヤの態度からも読みとれはするが。
「あの瞬間から、お前は私のものだ」
「ちょ、ちょっと、待ってよ、グレンッ」
「考えることなど無い。お前はこのまま私の傍にいればよい」
「・・・・・そんなの・・・・・」
出来るわけがない。
小さなコーヤの呟きが耳に入ってきた気がするが、紅蓮はもう話は終わったと言い切った。
「ここで少し待っていろ。今から聖樹の骸を始末しなければならない」
コーヤの抵抗をこれ以上見たくなくて、紅蓮は早々に話を切り上げるために背を向ける。
すると、コーヤも先程までの戸惑った表情から、一転して強い目の光を取り戻した。
『今から聖樹の骸を始末しなければならない』
『えっ?ま、待ってよ!』
いきなり、グレンがそう言って背を向けたので、昂也は焦って呼び止めてしまった。
『・・・・・何だ』
『セージュ、どうするんだ?』
こんな時、普通なら肉親が見送るべきなのではないか。ソージュが傷を負っていることももちろん分かっているが、せめて弔いはして
やって欲しかった。
(罪を犯した者は、それさえもしてもらえないって言うのかっ?)
『このまま消滅させる。既に命の炎は消えているとはいえ、万が一にも蘇り、再び王家に刃を向けないようにしなければならない』
そんな思いで必死にグレンの顔を見たが、グレンは淡々と事実だけを口にする。それは上に立つ者の傲慢な、それていて厳しい考
え方だ。
『で、でもっ、ここにはソージュもいないよっ?』
『蒼樹もそれを覚悟しているはずだ。罪を犯し、その上で命を落とした者は、愛する者達から見送りもされずに肉体までも滅びてし
まう・・・・・それさえも罰なのだ』
『・・・・・っ』
『・・・・・』
口を噤んだ昂也を一瞥し、グレンは少し離れた場所に安置しているセージュのもとへと歩き始める。
(消滅・・・・・この世界に始めからいなかったように・・・・・?)
『・・・・・待って!』
昂也は駆け寄り、グレンの腕を掴んだ。
『コーヤ?』
『俺だったら、手伝ってもいいよなっ?』
『・・・・・お前が?』
『俺はセージュの身内じゃないし、今回何も傷付けられてないっ。だったら、俺1人くらい、セージュを見送ってもいいだろっ?』
誰の記憶にも残らないまま、いや、グレン1人がその最後を見送るとはいえ、頭の固い彼がソージュにその最後を話してやるとも思
えず、それならば唯一この場に残っている自分がその役割を出来ないだろうか。
『グレン!』
ここで彼が駄目だと言えば、昂也はそれ以上強く言えない。この世界のことを何も知らない自分が、勝手にひっかきまわすことが出
来ないことは十分承知しているが、どうかこの気持ちをグレンには分かって欲しいと思った。
『・・・・・』
『・・・・・』
(分かって、くれないか・・・・・?)
グレンの紅い瞳が、射抜くように自分を見ている。
ここで逃げてはいけない・・・・・逃げられない。昂也はギュッと拳を握り締め、その目を見返した。
「そこで見ているだけだ。触れるな」
「わ、分かった」
紅蓮はコーヤの願いを切り捨てることは出来なかった。
少し潤んだ黒い瞳でじっと見つめられると、胸の中が、頭の中が、コーヤのことだけしか考えられなくなってしまう。
悲しませたくは無い。しかし、罪人である聖樹を一人だけ特別に扱うことは出来ない。
それならば、その最後の時を見届けさせてやることは許そう・・・・・そう思ったのだ。
「・・・・・分かった」
短くそう答えただけなのに、その瞬間のコーヤの笑顔としがみついてきた身体の熱さに少し動揺してしまった。
しかし、それをコーヤに見せるようなことはせず、紅蓮はコーヤに少し離れて見ているようにと言い残して聖樹の骸の前に立つ。
「・・・・・」
(もう・・・・・私を憎しみの目で見ることも無いのだな)
全身の血液が全て流れ出てしまったかのように聖樹の身体は一回り小さく見え、真っ白だった。
ただし、腹の辺りは薄黒く、まるで空洞になっているように感じる。きっと、盗み取ってから所持していた期間、翡翠の玉は聖樹の身
体を蝕んでいた。
王になる者からすれば神聖な玉も、他のものが手にすれば猛毒となってしまうこれがいい例なのかもしれない。
「聖樹・・・・・」
(なぜ、このように相対しなければならなかったのか・・・・・)
それを訊ねても、もう答えてもらうことも出来ない。
「・・・・・」
紅蓮は跪き、冷たいその手を取った。
怖いほどに軽いそれが何かこみ上げてくる感情を後押しするものの、ここにいる自分は王族の1人、それも王となる者で、罪人を裁
くのに私情など含んではいられない。
「・・・・・」
余計な思いを全て押し殺して念を込める。これは、王族の、それも長子だけに口伝された究極の術で、生涯に一度、使うかどうか
も分からない禁忌の力だ。物質を消滅させてしまうその術を口の中で唱えながら力を込めれば、聖樹の身体は足先から塵となって
風に運ばれ始めた。
生きた痕跡さえも全て消してしまうこの術を、今後二度と口にしたくない。
「・・・・・」
(コーヤ・・・・・)
視界の端に入ったコーヤは、両手を合わせて何か祈るように目を閉じていた。
きっと、聖樹のために祈ってくれているのに違いない・・・・・そう思うと、紅蓮の胸の中に熱く、それでいて温かなものが生まれる気
がする。
「コーヤ・・・・・」
この名前を、こんなにも愛しく呟く時が来るなどと、紅蓮は想像もしていなかった。
消滅させるというのは、単に言葉のあやだと思っていた。
しかし、実際に目の前でセージュの身体がだんだん塵になって消えていくのを見た時、昂也は思わず手を合わせていた。
どういった言葉を彼に送ったらいいのかは分からない。それでも、どんな罪を犯したとしても、もう死んでしまった人に対して、安らかに
眠ってくれと思うのは生きている自分の傲慢な思いなのか・・・・・。
『・・・・・』
(どうか、ソージュを守って下さい)
自分の息子を、そして、これからの竜人界をどうか見守って欲しいと、昂也は一心に祈った。
しばらくして、セージュの身体は跡かたも無くその場から消えてしまった。
グレンが握っていた手も、既に一握りの塵となって消えてしまった様子を見届けた昂也は、一度大きく深呼吸をしてから彼の傍に駆け
寄る。
『帰ろう、グレン』
『・・・・・コーヤ』
こんな所に1人でいたらずっと落ち込んでしまうはずだ。
今回のことがグレン1人の責任ではないのだと伝えたくて、昂也は未だかかげたままの彼の手の平をギュッと握り締めた。
『みんな、グレンが帰るのを待ってるよ』
彼の悲しみが伝わってくるようで、何だか辛くて涙がこみ上げてしまった。
『ほら』
急かすように握り締めた手を動かせば、グレンがようやく視線を合わせてくれる。その表情が何時もの自信過剰な俺様に見えないこ
とに、思わず泣きながら・・・・・笑ってしまった。
『その顔、一番似合わないぞ』
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