竜の王様
第六章 終わりから始まりへ
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※ここでの『』の言葉は日本語です
あまり長い間アオカを1人にしておくのはやはり心配だと言った龍巳の言葉に、昂也も、もう一度グレンにシオンと会う許可を貰おう
と階下に下りることにした。
『あ』
先程登ってきた階段を下りようとドアを開いた所に立っていたのはコクヨーだった。
どうして彼がここにいるんだろうと不思議に思った昂也に、コクヨーはちらりと龍巳に視線を向けてから言う。
『話はいいのか』
『え?』
(そう言えば、さっきまで一緒にいてくれたんだっけ。おれ、何時の間に置いてきちゃったんだろう)
スオーと話していた時は、既に傍にはコクヨーの姿は無かったと思うが、もしかしたらどこかにいたのかもしれない。
自分に付いて来てくれている彼を無視した形になって申し訳ないと思いながら、昂也は終わりましたと一応報告した。
詳しく言えば、まだ自分も龍巳も答えは出ていないのだが、それでもこうして話す時間があって良かった。
『白鳴殿がお前を呼んでいる』
『ハクメーが?』
あまり接点の無い相手の名前に、昂也はその内容を考えたが、いくら考えても彼の用事というものに思い当るものは無く、とりあえず
ついて行くことに決めた。
『じゃあ、トーエン』
『ああ、また後で』
気軽に龍巳に笑顔を向けながら言い、ふと振り向くとコクヨーが龍巳を見ている。
その表情はとても険しくて、もしかして龍巳にも何か厳しい言葉を言おうとしているのだろうかと不安が頭をもたげた時、コクヨーがいき
なり龍巳に言った。
「お前は、碧香様をどうするつもりだ」
「コクヨー?」
「え?」
じっと見据えていた少年は、戸惑ったような視線を向けてくるが、それさえも黒蓉にとってはじれったいものだった。
絶対に幸せにすると、どんなことがあっても傍にいると言いきるのならまだしも、こんな風にまだ迷いが見える相手に大切な第二王子
を任せることなどとても出来ない。
「今の話を聞いた」
「え?」
「聞いてたって・・・・・うわっ、全然気付かなかった、なあ、トーエン」
「ああ」
「・・・・・」
2人は会話を盗み聞きされたことよりも、それまで全く気配を悟らせなかったことに感心をしているようだ。
どこか外れた感覚に黒蓉は眉を顰めてしまったが、咎められないのならばこのまま話を進めようと、コーヤと顔を見合わせているタツ
ミに言った。
「お前はどれほど真剣に碧香様の御身のことを考えている?」
タツミの表情が少し変化したのが見て取れる。話を聞いた上では、タツミも碧香のことを想っているのは分かったが・・・・・。
(だからといって、碧香様を人間界にやるなどと考えるなど・・・・・っ)
「生半可な思いで、この竜人界の第二王子を手に入れることが出来るなどと思わない方が良いぞ」
「・・・・・」
黒蓉にとって一番優先すべきことは紅蓮の思いで、彼の意志をそのまま遂行することに深い満足を得ていた。
しかし、だからといって碧香を蔑ろに思うことは無く、紅蓮にとって大切な弟君であると同時に、竜人界にとっても大事な第二王子の
幸せを願っている。
その、幸せにする者が人間というのはまだ引っ掛かるが。
「トーエン・・・・・」
黙ってしまったタツミに、コーヤが気遣わしげな視線を向ける。それが面白くなく、黒蓉はコーヤの腕を掴んだ。
「行くぞ」
「あ・・・・・っ」
まだ何か話し足りないような様子を見せていた2人だが、黒蓉は構わずに歩き始める。
しかしその速度には差があったのか、階段の途中でコーヤが足を取られ、そのまま黒蓉の背中にぶつかってきた。
「ご、ごめんっ」
「・・・・・」
軽いコーヤの身体がぶつかっても何ともない黒蓉は、それが自分の行動のせいで起きてしまったことだというのに気付く。
「・・・・・すまなかった」
そして、今度はコーヤの歩みに合わせるようにゆっくりと歩を進める。それが気遣いだということに、黒蓉は気付かないままだった。
青白い蒼樹の顔を見下ろしながら、浅緋は拳を握りしめていた。
蒼樹の手を汚したくなくて、それ以上に、彼に父親殺しという重責を負わせたくなくて、何とか自分の手で聖樹を討とうと思ったが、力
不足のせいか結局は早々に膝を着いてしまい、蒼樹に父親の胸を貫くという悲しい役目をさせてしまった。
竜の背に乗って王宮に戻るまでは蒼樹は意識を保っていたが、到着したと同時に意識を手放してしまい、そのままこうして眠り続け
ている。
江幻を引っ張ってきて診てもらったが、今のところ命に別条はないようだと言われた。
だが、今のところというのはどういうわけなのだろうかと心配で、今回の反乱のための後始末をしなければならない身であることは承
知の上で、浅緋はこの傍から離れることが出来なかった。
「・・・・・」
その時、不意に扉が開かれた。
こんな時に入室の許可も取らないでときつい眼差しを向けた浅緋は、そこにいた人物の姿に慌てて椅子から立ち上がるとその場に膝
を着いた。
「蒼樹は」
「・・・・・まだ、目覚めませぬ」
「・・・・・」
ゆっくりと蒼樹の枕元に近付いた紅蓮は、そのまま青白い顔を覗き込んだ。
「今回のことでは、蒼樹に一番の苦行を強いた」
「紅蓮様」
「礼と、詫びを言いたいが・・・・・このまま目覚めてくれなければどうにもならぬ」
「・・・・・っ」
紅蓮の口から出た侘びという言葉に、浅緋は胸がざわめく。
普段、紅蓮は功労を労う言葉は口にしても、支配者が後悔をしてはならないという信条のせいか、詫びなど口にしたことは無かった。
きっと、紅蓮が曲げてそう思ってしまうほど、今回のことは大きな出来事だったのだろう。
「・・・・・」
しばらく蒼樹を見つめていた紅蓮は、続いて浅緋を振り返った。
「浅緋」
「申し訳ありませんっ」
「・・・・・」
「職務怠慢は重々承知のうえですが、どうしても蒼樹殿の傍から離れがたく・・・・・っ」
それが単に自身の感情故で、軍を率いる将軍という立場の自分がとる行動ではないと分かっていたが、それでも自分の思いは止め
られなかった。
それで、任を解かれても仕方が無いと覚悟は出来ていたが、出来れば蒼樹の傍にいることは許して欲しい。
そんな思いで頭を下げた浅緋の耳に、紅蓮の声が響いた。
「蒼樹は今回の功労者だ、ゆっくりと休ませてやるのは当たり前」
「・・・・・」
「そして、その安眠をお前は守ってやっているのだろう?立派な任務だ、くれぐれも蒼樹を頼む」
「紅蓮様っ」
紅蓮の温情に胸を熱くし、浅緋はこみ上げてくる感情を何とか押さえながら深々と頭を下げた。
「・・・・・」
「・・・・・」
琥珀と浅葱、そして朱里は、一室に軟禁をされていた。
かつて自分達がコーヤ達を捕らえた時に入れていたような岩牢ではなく、きちんとした寝台や机、そして窓までもある、一見普通の部
屋だ。
ただし、当然のことながらこの部屋の出入りが出来る扉や窓には結界が張られていて、容易に抜け出すことは出来なかった。
そして、今の3人にはここから抜け出すという選択も持っていない。自分達を率いていた聖樹が命を落とし、そのやり方に疑念を抱い
ていた今、新たな信念を持って立ち上がることは容易ではなった。
「・・・・・」
琥珀は、寝台の隅で蹲っている朱里を見た。この人間の子供だけでも、早々に元の世界に帰してもらえるように願わなければなら
ないだろう。
「朱里」
「・・・・・っ」
言葉は分からなくても、名前くらいは通じる。
こちらを見た朱里に、琥珀は意味が分からないだろうなと思いながらも言葉を続けた。
「お前は必ず人間界に帰してやる。それが、何の罪もないお前をこちら側へと引き込んでしまった私達の贖罪だ。それまで、大人し
くしていろ、いいな?」
「・・・・・」
朱里はじっとこちらを見ているまま何も言わない。それでも、その表情の中に反抗的な色は無かった。
「浅葱」
「・・・・・」
「私は紅蓮様に直接朱里のことを願い出るつもりだ。そして、我らに手を貸してくれた能力者達の罪の軽減」
「琥珀」
「お前の中で紅蓮様への複雑な思いが消え去ったわけではないと分かっているつもりだが、どうかこれ以上仲間の命を無駄にしな
いように考えて欲しい」
竜人界のことを純粋に思っていたからこそ、浅葱は聖樹に力を貸した。それが間違いだったと分かれば、正す勇気のある男だと琥珀
は信じている。
「きっと・・・・・今回の我らの動きは、紅蓮様の考えを変えた。あの方に賢王となってもらえるよう、祈るつもりはないか」
「・・・・・分かっている、お前の言いたいことは。私も、また新たに戦いを挑むつもりはない」
「そうか」
浅葱の言葉にほっと安堵の息を着いた琥珀だったが、次の瞬間胸元の服を掴まれ、そのまま壁に身体を押し付けられてしまう。
浅葱の急変にただ目を見張ると、彼は辛そうに眉を顰めながらじっと自分を見つめていた。
琥珀が何を思ってそんなことを言ってきたのか、少なくない年月を共にしたのだ、気付かないはずは無かった。
「お前1人で罪を背負う気だな・・・・・?」
「・・・・・」
「私も同罪だろう!なぜ、1人だけ・・・・・っ」
琥珀は己の命と引き換えに、今回反乱に参加した浅葱を始めとする竜人達の延命と、朱里の人間界への帰還を願い出るつもりな
のだろう。
そんなことを浅葱は望んでいなかった。世界を変化させることが出来るのなら、この命など惜しく無かった。
「己1人で何もかもを決めるな!」
「浅葱・・・・・」
「私達は・・・・・同志だろう」
紅蓮を討つことが最終目的なのではなく、竜人界を再生することこそが目的だった。
そして今回の戦いの中で、紅蓮が変化してきたのは浅葱も感じていたし、もしかして今の彼ならば、この世界を託すことも出来るかも
しれない・・・・・そんな思いでいる。
ただし、そんな風に自分の中で反乱への思いが決着がついたからといって、今まで行ってきた様々なことが全て許されるとは思って
いない。
そして、罪を受けるのならば自分もと、浅葱は決めていたのだ。
「紅蓮様に願い出るのは、協力をしてくれた能力者と、朱里のことだけでいい。先頭で彼らを率いてきた我ら2人は同罪。それでい
いな、琥珀」
琥珀と浅葱が何かを話している。
真剣な顔で、浅葱は琥珀の身体を押し付けて・・・・・それなのに、何を話しているかは朱里には全く分からないままだ。
(・・・・・もう、やだ・・・・・)
ここに、自分の居場所は無い。
(帰りたいよ・・・・・聖樹・・・・・っ)
自分を見付け、素晴らしい力を引き出す手伝いをしてくれた聖樹も、今は傍にはいない。寂しくて寂しくて、そして・・・・・訳のわから
ない焦燥を感じて、朱里はただ願う。
(帰して、僕を・・・・・元の世界に・・・・・っ)
自分のことを見てくれない者達がいるここにいること自体が苦痛で仕方が無いのだ。
『聖樹・・・・・っ』
縋るように呟いたその言葉に、琥珀と浅葱が気付くことは無かった。
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