竜の王様
第六章 終わりから始まりへ
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※ここでの『』の言葉は日本語です
昂也が見付けた時、青嵐はようやく這うことの出来るくらいの赤ん坊だった。
しかし、その成長は驚くほど速く、聖樹と相対した時は既に中学生くらいの外見になっていた。
ただ、その時、この竜人界を救うために力を使い過ぎたのか、再び青嵐は赤ん坊の姿へと戻り、今は庇護されるべき存在になってい
る。
昂也の言葉を受け止め、力を出しつくしてくれた青嵐。
大好きだからと、真っ直ぐな好意を向けて来てくれた青嵐。
赤ん坊に戻ってしまうほどに急激に力を使った青嵐に、二度と同じようなことはさせたくないと思っていたのに、昂也は今シオンのた
めに走っていた。
助かるかもしれないのなら、何とかして彼を助けたい。
駄目かもしれないとしても・・・・・諦められない。
しかし、そのために再び、今度はまだ赤ん坊の姿の青嵐の力を借りるのは本当に申し訳ないと思うものの、昂也の足はどうしても止
まらなかった
『青嵐!』
他の赤ん坊達と眠りに付く青嵐の部屋に飛び込んだ昂也は、部屋の中央で柔らかな布に包まれている青嵐に視線を向けた。
寝ているかもしれないと思ったが、青嵐の目はしっかりと開いていて、真っ直ぐに昂也を見つめている。
『青嵐・・・・・っ』
『あー』
昂也はフラフラと歩み寄ると、直ぐ傍まで行ってその場にペタンと座り込んだ。
もぞもぞと身体を動かし、昂也の膝の上にのぼってくる青嵐と、今の自分の声で起きてしまったのか、他の赤ん坊達も昂也の周りに
這い寄ってくる。
『・・・・・ごめん、俺、いっつも青嵐に頼んでばかりだ』
『あー』
『でも、青嵐、お前ならシオンを助けることが出来るかもしれない。それなら俺は、どうしてもシオンを助けて欲しい・・・・・っ』
昂也は自分を見上げてくる金の瞳を見つめ返した。
(・・・・・俺って、凄い傲慢・・・・・)
強く手を握り締めた昂也は、少しだけ気持ちが落ち付いた。
コーゲンの言葉でここまで来てしまったが、考えたら赤ん坊の青嵐にコーゲンさえも助けられないようなシオンを救うことなど無理では
ないかと思い始める。
自分の思いばかり先走ってしまい、それによって引き起こされる様々なものに目を瞑ってしまうなんて・・・・・。
(もしかしたら、俺が一番自分勝手なのかも・・・・・)
『ごめんな、青嵐』
(俺、自分のことだけ・・・・・)
俯いた昂也が溜め息を零した時だった。
《コーヤ》
『・・・・・え?』
頭の中に直接声が聞こえた。
それは、この世界にいる自分と人間界にいたアオカが交感した時のような、頭の中で相手の声が反響したのだ。
『こ、これって・・・・・青嵐?』
《コーヤ、シオンを助けたい?》
『う、うん!うん!』
《シオンの身体に浸透してしまっている紅玉の気を全て抜き取れば、シオンは助かると思うよ》
『本当にっ?』
《私なら出来る。でも、コーヤ、その時はコーヤも私のお願いを聞いてくれる?》
『青嵐の、願い?』
自分がそれを叶えてやれるのかどうかとても自信が無かったが、出来ることならば何でもしてやりたいと思った。シオンを助けてもらう
からという取引の条件からではなく、昂也自身、青嵐に何かしてやりたいという思いも強かったからだ。
《じゃあ、コーヤ、私の傍にいて》
『え?』
《ずっと、私の傍にいて》
『青嵐・・・・・』
元の世界に戻らず、この世界で青嵐の傍にずっといろというのか。
思い掛けない青嵐の言葉に、昂也は一瞬言葉が詰まってしまった。
「青嵐の、願い?」
コーヤの後を追い掛けてきた江幻は、膝に青嵐を抱えたコーヤが不思議そうに聞き返す姿をじっと見てしまった。
(何か・・・・・話しているのか?)
自分達の耳には聞き取れない会話を青嵐としているのは予想がついたが、どんな話をしているのかは分からない。
江幻はじっと2人の様子を窺う。
「え?・・・・・青嵐・・・・・」
驚いたような、困ったようなコーヤの顔。一体何を話しているのかと江幻は歩み寄った。
「コーヤ」
傍に行けば、青嵐が自分を睨んでくる。もちろん、赤ん坊のそれを怖いとは思わないが、一度あそこまで成長した青嵐の精神は見た
目とは裏腹に大人のままだ。
「青嵐は何と言った?」
「・・・・・」
「コーヤ」
「・・・・・ごめん、コーゲン。でも、これは俺が決めなきゃいけないことだから」
そう言ったコーヤは俯いたが、直ぐに顔を上げて青嵐を見つめた。
「分かった、青嵐」
「・・・・・」
「ずっと、お前の傍にいる」
「・・・・・」
(ああ・・・・・そういうことか)
きっと青嵐はコーヤに紫苑を助けるための条件を出したのだろう。それは、今の言葉から想像すると自分の傍にいるようにとのことで、
それは結果的にコーヤがこちらの世界にこのまま残るということだ。コーヤはそれに頷いた。
「いいのか、コーヤ」
江幻も、もちろんこのままコーヤがこの世界にいてくれたらと思うが、本当にそれで良かったのかと後で後悔はしないだろうか。
コーヤの心境を考えれば、江幻はその気持ちを確かめずにはいられなかった。
「うん」
しかし、コーヤの表情はとても後悔しているようには見えなかった。
「してもらってばかりなんて駄目だし。俺が出来ることって限られてるから」
「だが、お前は帰りたいんだろう?」
「・・・・・コーゲン、青嵐は今まで何度も俺を助けてくれた。俺の願いも何度も聞いてくれて、せっかく大きくなったのに、また赤ん坊に
戻っちゃって・・・・・。青嵐がそこまでしてくれて、俺がここに残ることを望んでくれているなら、俺が嫌だなんて言うはずが無いよ」
そう言い、コーヤは青嵐を抱き上げる。
「ずっと傍にいるから、シオンを助けてやって、青嵐」
自分はどうするべきなのか、さすがの江幻もとっさに判断が付かなかった。自身や蘇芳の思いは、コーヤがこの地に残ることを望んで
はいるものの、本人がそれを心から望んだものなのかどうかが大切だ。
(この判断が、後でコーヤの心に響かねばいいが・・・・・)
「紅蓮様!」
兵士達を見舞っていた紅蓮は、大きな声で名を呼んでくる黒蓉を足を止めて見た。
今頃はコーヤに付いているはずなのだが、一体何事が起ったのか。新たな危機がと緊張感を漲らせる紅蓮に、黒蓉はバッと跪いて報
告をしてきた。
「ただいま、コーヤが紫苑の元にっ」
「何?」
紫苑は怪我の回復後に罪の詮議をすることになっており、その間は軟禁状態で限られた者との接触しか許してはいない。
その中にはコーヤは含まれておらず、紅蓮はなぜ止めなかったのだと黒蓉を叱責した。
そうでなくても、紫苑とコーヤは近い。コーヤに対して複雑な感情を抱いている紅蓮は2人の接触を好まなかった。
「しかし、紅蓮様っ、江幻でさえ見放した紫苑を、コーヤが、いえ、コーヤが連れていく青嵐が助けることが出来るとっ!」
「・・・・・青嵐が?しかし、あれはまた赤子に戻っている」
「それでも、出来るというのですっ」
「・・・・・」
黒蓉が虚言を言うはずが無く、紅蓮はそれがかなり信憑性の高い話だと見当がついた。
あれほどの力を持っていた青嵐だ、姿が赤ん坊に戻ったとしても力までが後退したという理由にはならず、何より特徴である額の角は
そのまま残っている。
(あれならば・・・・・できるやもしれぬ)
言葉では回復を願いながらも、心のどこかでその生を諦めねばならないのかと思っていたが・・・・・。
「紅蓮様っ」
そして、それほどに大きな力を持つ青嵐は、コーヤの言葉一つでそれを使うのだ。
「今どこにいる」
「紫苑の元に向かっておりますっ」
「・・・・・参るぞ」
出来る、出来ないにかかわらず、その場に己がいなければ。
紅蓮は直ぐに紫苑がいる部屋へと足を向けた。
碧香の部屋に向かっていた龍巳だが、ふと気の揺れを感じて足を止めた。
(・・・・・誰のだ?)
能力者か、唯人かは関係なく、生きている者が纏っている気は1人1人違うことを、龍巳は自身の力が開花されてから気付いた。
だからこそ、今感じた気の揺れが誰のものなのか、龍巳には分かった。
『青嵐?』
恐ろしいほどの巨大な力を持っていた青嵐は、赤ん坊の姿になってもその気の大きさや色には変化は無かった。
ただ、その力が収まる器が後退してしまったことにより、自主的にその力を使うという気持ちが無くなったように見えたが、今感じたもの
は明らかに青嵐のものだ。
『・・・・・』
(何かあったのか?)
この王宮の中に危険があるとは思えないが、まだ聖樹との戦いが終わったばかりで気が抜けない。
龍巳は直ぐに向かう場所を変え、青嵐の気を感じた方へと急いだ。
『シオンッ』
昂也が青嵐を抱きしめてシオンのもとに戻ってきた時、彼はベッドから上半身を起こしてこちら側を見ていた。
その表情は昂也が見慣れた、少し困った笑みを浮かべている。
『コーヤ』
『シオン、俺は・・・・・っ』
『私は望んでいないのですよ』
何がと、改めて訊ね返さなくても分かった。
全ての覚悟を決めていたらしい紫苑は、今更自分が助かる道を探そうとも思わなかったかもしれないが、彼に生きていて欲しいと思っ
ているのは自分1人ではなく、ここには大勢いるのだ、我が儘だと思うが、絶対に死なせない。
『逃げるなよ、シオン』
『・・・・・』
『このまま逃げて、死んで・・・・・本当にそれでいいのか?』
死ぬのが怖いというような感覚がない彼に何を言っても無駄ならば、強引にでもその命を長らえさせてやると思った。
死んで全てを終わらせるなんて、シオン自身もそうだが、彼の周りの人達は・・・・・何より、これからこの世界を背負って行こうとするグ
レンにとっては、とても大きく、重い枷を背負うことになる。過去を反省し、これから先を頑張ろうとする彼に、そんなものは無い方がい
い。
『逃がさないから』
そう言い切った昂也は、腕に抱いた青嵐に視線を向けた。
『青嵐』
《シオンの傍に私を下して》
『あ、あのさ、青嵐、お前は大丈夫なんだよな?』
あまりにもあっけなく言い切ったので考えもしなかったが、この力を使うことで青嵐自身に影響は無いのかと確かめるように聞けば、青
嵐は小さな手でパシパシと楽しそうに昂也の頬を叩いた。
《大丈夫、成長が少し遅れるだけだから》
『成長が?』
《コーヤを抱きしめるのが少し延びちゃうけれど・・・・・》
『そっか・・・・・青嵐も大丈夫なんだ』
成長が遅れることは本人にとっては面白くないかもしれないが、以前のように瞬く間に大きくなってしまうよりも、人間のように何年も
掛けてゆっくりと大きくなった方が色々と楽しいはずだ。
(ずっと傍にいるって・・・・・約束したもんな)
青嵐との約束を反故にする気は全く無かった。
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