竜の王様
第六章 終わりから始まりへ
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※ここでの『』の言葉は日本語です
昂也が青嵐を強く抱き締めた時、慌ただしくドアをノックする音が聞こえたかと思うと、部屋の中に龍巳が飛び込んできた。
『良かった、やっぱりここだった』
気を追い掛けてきたんだと言う龍巳の姿を、昂也は戸惑いながら見つめる。ついさっき別れたばかりの龍巳が、どうして今ここにいる
のだろうか?
『トーエン・・・・・アオカは?』
『その前に、青嵐の気の揺れを感じたから何かあったのかと思って』
『そんなことも分かんの?すっごい』
龍巳と別れた時には今の状況になることを想像もしていなかったのに、龍巳はちゃんと変化を感じ取って引き返して来てくれた。
その能力の高さと共に、優しさを感じて、昂也はニッと笑ってしまう。
『お前が来てくれて心強いよ』
自分だけの力で解決できる問題ではなく、助けてくれる青嵐の身体も心配で仕方が無かったが、龍巳がこうして来てくれたことだけ
でも何だか安心して、絶対シオンは救われるのだと信じることが出来そうだ。
(青嵐の力を信じていないわけじゃないんだけど・・・・・)
『それで?何をしようとしているんだ?』
『・・・・・トーエン、このままじゃシオン、助からないって言われた』
『え?』
龍巳も全く考えていなかったのか、本当かと昂也に確認を取ってくる。
『うん。だから、俺、どうしてもシオンを助けたくて、青嵐の力なら出来るって言われて・・・・・』
腕の中の青嵐を見下ろしながら、昂也はコーゲンに言われたことを龍巳にも説明した。驚きから険しい表情になった龍巳は、じっと青
嵐を見つめていたが、俺も手伝うと言いだす。
『俺も、少しでも協力したい』
『トーエン・・・・・っ』
《駄目》
『え・・・・・』
龍巳の申し出に顔を綻ばせた昂也だったが、直ぐに頭の中に響いてきた声に慌てた。
それは腕の中の青嵐が自分に話し掛けてくる頭の中の声だ。
『で、でも、少しでも協力してくれる人がいた方が・・・・・』
《コーヤのお願いは私だけが叶えるの。タツミは邪魔》
『邪魔って』
『おい、昂也、お前何1人で話しているんだ?』
青嵐の声を聞くことが出来ない龍巳には、昂也がまるでブツブツと1人で話しているように見えたらしい。
(うわっ、俺って怪しい人じゃんか)
(タツミもか。それなら・・・・・本当に可能かもしれないな)
紅玉により、その身体を侵された紫苑に残された道は死のみだった。しかし、彼が幸運だったのは、この世界にコーヤという少年が
いたことと、角持ちが存在したことだ。
いや、もしかしたら紫苑本人は全ての覚悟を持って今回の行動を取ったはずで、ここで命を終えることも(場所が王宮だとは思わな
かったかもしれないが)覚悟は出来ていたのだろう。
ここで紫苑の命を長らえる手段を講じるのは、紫苑にとっては必ずしも望んだ結果で無いだろう。ただ、江幻はコーヤが懸命に望ん
だことを叶えてやりたい。蘇芳のことは言えない、江幻もかなりコーヤに甘いのだ。
「紫苑、諦めろ」
「・・・・・」
「お前を必要としている者が、ここに少なくとも1人、存在しているんだからな」
助かることを残念というのもおかしいが、死を望む者に生を与えるのだからそういう言い方になってしまうのも仕方が無い。
「コーヤ」
「あ、うん、青嵐、頼むな?」
コーヤはそう言い、青嵐を紫苑の腹の上にそっと下した。無意識だったのだろうが、丁度そこから紫苑の命が食いつくされているという
箇所だ。
「青嵐、くれぐれも力を出し過ぎてこの王宮を壊さないように」
「あー」
分かっていると言いたいのだろうか、青嵐は江幻を見上げて声を上げた後、ゆっくりと紫苑の腹の上に抱きついた。
「・・・・・っ」
「うわ・・・・・」
「な、なに?どうしたんだよっ?」
昂也には見えないのだろうが、青嵐が紫苑の身体に手を回した瞬間、その全身が金色の光に包まれたのだ。
(気で全身を覆っている・・・・・このまま身体の中を修復するのか?)
その時、再び扉が開く気配がする。
コーヤもタツミも紫苑と青嵐の様子を見ることで精一杯だったようだが、江幻はそちらに視線を向けると、やはりというように口元を緩め
た。
(気付かないのなら、王となる資格などないものな)
紅蓮は目の前の光景に足を止めた。
眩いほどの金色の光。まるで青嵐が竜に変化する時に纏ったような光が寝台の上に横たわる紫苑の身体を包んでいた。
一見すればそのまま光に飲み込まれ、消滅するのではないかという錯覚を案じてしまうが、その光は紫苑の身体に入り、また出てい
くといったことを繰り返している。
まるで、気で身体の中を洗浄しているかのようだ。
「紅蓮様・・・・・」
「角持ちとは、本当に貴重な存在なのだな・・・・・」
聖樹を追い詰めた時の力も、崩壊しそうになったこの世界を支えた力も。
そして、死を迎える者に生を与える力も、明と暗、相反する力を、それも巨大なものを有しているのだ。
この力が聖樹側に渡っていたとしたら、間違いなく自身も、そしてこの竜人界も滅んでいたと思う。
「紫苑は助かるのでしょうか・・・・・?」
「この力を感じてどう思う?」
「・・・・・」
「紫苑はきっと助かる」
(それが出来るのが青嵐だけだということが・・・・・悔しいが)
幼馴染でもあり、大切な側近でもある紫苑を、出来れば自分が助けたかった。
しかし、いかに皇太子といえども出来ないことは多くある。それを補うことが出来るのが角持ちである青嵐で、紅蓮がしなければならな
いのはその青嵐を上手く御することだ。
「・・・・・」
紅蓮は寝台の直ぐ傍で、泣きそうな顔をして2人を見ているコーヤに視線を移した。間違いなく、今青嵐が紫苑を助けようとしてい
るのはコーヤの口添えがあったからだろう。
(・・・・・コーヤは、青嵐に必要な存在だ・・・・・いや)
「私にも・・・・・」
「紅蓮様?」
「・・・・・」
黒蓉の問い掛けるような眼差しを横顔に感じたが、紅蓮は今目前の光景から気を逸らすことは出来なかった。
ぼんやりとだが、シオンの身体全体が光っているような気がする。
力の無い自分は明確な変化をその目で確認することは出来なかったが、それでも確実に青嵐がシオンの身体に何か影響を与えて
いるのは分かった。
青嵐は自身に影響は無いと言った。少し成長が遅れてしまうだけだと言ったが、本当にそれで済む話なのだろうか?
(無理しているんじゃあ・・・・・)
一番最初にその存在を見付けた自分を、とても慕ってくれている青嵐。昂也の願いならばどんなことでも叶えようとする気持ちはとて
も嬉しいが、それで自身に何か負の影響があっても困る。
(青嵐とシオン、どっちが大切なんて選べないよ・・・・・っ)
こんな時、本当に何も出来ない自分が情けない。
《コーヤ》
『!』
その時、青嵐の声が頭の中に響いた。
《終わるよ》
『ほ、本当?』
《でも、思ったより紅玉の力って強かった。だから、食べちゃったよ、紫苑の力》
『え・・・・・?』
青嵐の言っている意味が分からなくて思わず聞き返してしまったが、
『あ!』
次の瞬間、コロンとシオンの腹の上からベッドに転げ落ちてしまった青嵐の身体をとっさに抱きとめた。
『青嵐っ、青嵐!大丈夫かっ?』
『コーヤッ、揺すらないでっ』
コーゲンが慌てたように言い、そのまま昂也の手の中から青嵐の身体を受け取ろうとするが、意識が無くなったように見えた青嵐の
小さな手はしっかりとコーヤの服を掴んで離さない。
『・・・・・青嵐?』
恐々名前を呼ぶと、青嵐は少しだけ身じろぎをした。
《眠たい・・・・・》
『青嵐っ!』
《おやすみ・・・・・コーヤ》
『青嵐っ!』
昂也の焦った声に、龍巳はその身体を支えるようにして青嵐を一緒に抱えた。
『昂也っ、青嵐はどうしたってっ?』
『ね、眠たいって、お休みって言った!トーエンッ、青嵐、このまま眠ったままなんてないよなっ?』
『・・・・・』
即座に、昂也の望む否定の言葉は出てこなかった。龍巳は角持ちという存在がどんなものかはまだ良く知らないし、今昂也が聞いた
という青嵐の声も実際に聞いてはいない。
ただ、見下ろすその顔は多少青褪めてはいたものの、急激な体力低下というものは見えなかった。いや・・・・・。
(気が、少し薄くなった・・・・・?)
『トーエンッ!』
『コーゲンさん、青嵐は大丈夫でしょうか?』
龍巳は冷静にその判断をコーゲンに託す。この中で一番、コーゲンの判断が信用出来ると思ったからだ。
コーゲンは昂也の手の中の青嵐に手を翳し、ゆっくりと全身を診ている。そして、くしゃくしゃに顔を歪めていた昂也に、大丈夫だとはっ
きりとした口調で言い切ってくれた。
『気はしっかりしている。少し疲れているようだし、しばらくは眠ったままの状態になるかもしれないが、睡眠は身体を休めるものでもあ
るし、心配は無いはずだよ』
『そうですか・・・・・昂也、大丈夫だって』
『・・・・・青嵐・・・・・』
押しつぶさないように、そっと昂也が青嵐の身体を抱き寄せる。
『昂也』
『こんなに小さいのに・・・・・青嵐ばっか、頑張らせて・・・・・ごめん・・・・・っ』
昂也の呟きは龍巳の耳にも届いた。それは、龍巳も青嵐に対して感じていたことだ。
(もっと、俺に力があったら・・・・・っ)
昂也も、碧香も、そして青嵐も、この世界の人達も。傷付けずに居られたのにと、後悔ばかりが胸の中を占めていた。
柔らかなものに包まれている。
これが大好きなコーヤの腕なのだと、青嵐は直ぐに分かった。
紫苑が死んでも生きても、青嵐にとってはどうでもよいことだったが、コーヤがその生を望んだので身体の中を浄化してやった。
紅玉の力というのは青嵐の力とは相反するもので、思ったよりも少しだけ気を使い過ぎてしまった。そのために、しばらくは眠って力を
溜めなければならない。
その間、コーヤの顔を見たり、話したり出来ないのは寂しいが、ずっと傍にいると言ってくれたコーヤの言葉にウソは無いと思うので、
安心して眠ることが出来るだろう。
そして、紫苑にも、今後馬鹿なことをしてコーヤを悲しませないように、一つの罰を与えた。そのことで紫苑がどうなろうと、青嵐は全く
何とも思わない。
(コーヤ・・・・・直ぐに、目を覚ますからね)
目覚めた時、一番にコーヤの顔が見たい。そして、大好きな笑顔で抱きしめてくれて、良くやったなと褒めてもらいたい。その言葉が
一番のご褒美だ。
(他のものなんて、何もいらないんだ)
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