竜の王様




第六章 
終わりから始まりへ








                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 タツミと合わせた気で、北の谷の全ての気配が紅蓮には分かった。
どこに誰がいるのか、それは自分達の前方だけでは無く、後方にいる者・・・・・本来ここにはいないはずの味方の気も感じ取る。
(なぜに江幻と蘇芳が?)
 それだけでは無い。白鳴の気も感じ取ったし、それ以外の二つの能力者の気も分かる。
後二つの異質な気の内、一つは明らかに何の力もない凡庸な存在で、それがコーヤのものだと今の紅蓮には直ぐに分かった。
(白鳴・・・・・己だけではなく、コーヤまで連れてくるとは・・・・・っ)
 何の力も持っていないコーヤは、その分誰かが守ってやらなければならない。それが自分ではないということも面白くないと思ってい
る紅蓮だが、そのコーヤの気の直ぐ傍にある大きな力にさらに神経を尖らせた。
(あれは、青嵐か)
 離れていても、その力の大きさをまざまざと感じさせる青嵐の気に、紅蓮は異怖と共に新たな活路を見出す。
もしも自分達と聖樹の力が拮抗したとしても、青嵐がこちらにあれば必ず勝利が手に入るはずだ。
 「タツミ、もっと奥深く探れっ、聖樹はそう遠くない場所にいるはずだっ」
 『・・・・・っ』
 「タツミ!」
 自分が敗北し、地に這いつくばる姿を見るために、必ずこの場所が己の目で見える場所にいるはずだ。
早く、早くと自身の心を急きたてながら、紅蓮はさらにタツミと合わせる気を強くした。



 『どこに向かってるんだろ』
 『さあ。北の谷のことは私も良く知らないのでね』
 『意外』
 何でも知っていると思っていたコーゲンのその言葉に、昂也は残念という思いと共にそんな一面もあるのかと意外に思った。
 『スオーは?知ってる?』
 『俺も知らない。岩山ばかりで、犯罪者しかいないこの地に全く興味は無いからな』
 『あ、なんかそんな感じ』
全てのものに興味を持ち、見識を深めていそうなコーゲンと、楽しいもの、興味があるものだけに目が行くスオーの違いは良く分かる気
がした。
 確かに、この世界は広いのだろうし、自分に関係が無ければそれほど深く掘り下げては調べないだろうが、それでは本当に後はコハ
クについて行くしかないのだろうか。
(もしも・・・・・もしも、だ、嘘つかれちゃったりしたらそれまでか)
 まだ、完全には味方と言えないコハクが、どこまで自分達に協力してくれるのかと思うと全く先が読めなかった。もちろん、信じてはい
るが・・・・・。
 その時だった。
 『ん?』
つんと服を引っ張られて視線を向けると、青嵐がニコニコしながら昂也を見上げている。
 『わかるよ、コーヤ』
 『へ?』
 『おっきなちからがどこにあるのか、コーヤにおしえてあげる!』
 『青嵐、お前・・・・・』
(あっ、そっか。青嵐はここで見付けたんだった)
 まだハイハイをしている赤ん坊だった青嵐を見付けたのは北の谷だった。
今までどうして青嵐がこの地にいたかということなど、昂也は全く気にしていなかったが今更ながら考えてしまう。
(この地には青嵐の両親がいるってことだよな?角が生えている子は珍しいって聞いたけど、それなら青嵐の両親はその姿が嫌で捨
てたってことなのか?)
 本人にはとても聞けないことだが、もしもそうならば反対に何も聞いてはいけないような気がした。
 『青嵐、俺・・・・・』
 『こっち、あってる。いこ。コーヤ』
コハクの向かっている場所は正しいということらしい。セージュの居所は聞いてもいいのかなと思いながら、昂也はグイグイと自分の手
を引く青嵐について行った。



(あの場所にいるだろうか・・・・・)
 これだけ長い間一度も連絡を取らなかったということは、自分に何かあったということだと聖樹も予想が付いているはずだ。
そんな時、琥珀が知っている場所にそのままいるということは考えにくかったが・・・・・それでも、予想が付くのはそこしかなかったので
琥珀は歩みを止めなかった。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 自分の後ろをついて来る者達は何も言わない。それほど自分を信頼しているのかと思うと少しばかり波立つ感情があったが、琥珀
はそれから強引に目を逸らしたまま、ただ真っ直ぐに歩き続けた。

 眩いほどの赤い光が指し示す方向。
そこは自分が向かう場所でもあり、聖樹がよく1人で過ごしている洞窟があった。その中には澄んだ地下水も湧き出ており、力を高め
るのには良い場所なのだと、一度だけその場所に呼ばれた琥珀は聖樹から聞いた。
 彼はあの暗く静まり返った場所で何を考えているのだろうか?今までならば新しい竜人界のことだと信じていたが、今の琥珀はそれ
ほど聖樹を神格化はしていない。
 いや、同志がこれだけ傷付いているというのに、自分1人だけ安全な場所にいるということ自体、彼は上に立つ存在ではないと思っ
てしまう。
 「・・・・・」
 眉を顰め、口を引き結ぶ琥珀に声を掛けるものはいない・・・・・と、思っていたが、
 「なあ、ホントにこっち?」
 「・・・・・」
 「セージュって1人でいる?それとも、誰か仲間といるのかな?」
 「・・・・・」
 「俺達が行って、何か言うかなあ」
全く応えない琥珀の態度を気にする様子もなく、コーヤは次々と話し掛けてきた。
その言葉は江幻がいるせいで琥珀にもしっかりと聞きとることが出来たが、それに答えることはない。どう答えていいのか分からないと
いうことももちろんだが、自分に対して全く警戒心を持たないコーヤへの接し方が今だ掴めなかったからだ。
 「なあ、コハ」
 「少し黙ってくれ」
 「え?」
 唐突にそう切り出した自分の言葉のあまりの冷たさに後悔をしたが、琥珀はそれを言い返すことは出来ない。
 「・・・・・黙ってついて来てくれ」
 「あ、ごめん、煩かったよな」
 「・・・・・」
(お前が謝ることはないだろう)
そんな態度を取られると、自分の方が居たたまれなくなってしまう。
琥珀は強く手を握り締めると、コーヤに向かって言葉を継ごうとしたが、改めると何と行っていいのか分からない。そのまま向き合って、
お互いの顔を見つめる形になってしまい、自分だけでなくコーヤも戸惑っているのが分かった時だった。

 ドンッ

 「うわあ!?」
 「・・・・・っ」
 地面が大きく揺れ、身体が傾く。
琥珀はとっさに目の前にいたコーヤの身体をしっかりと抱き止めた。
 「あっ、ありがとっ」
 「・・・・・」
(私は何を・・・・・っ)
 コーヤの礼の言葉で自分が何をしたのかを自覚した琥珀は、慌ててその身体から手を離そうとしたが・・・・・しっかりと自分の腕にし
がみついているコーヤの指先を無理矢理引き離すことは出来なかった。



 「見付けたっ」
 『いた!』
 グレンがそう叫ぶと同時に、龍巳も思わず叫んでいた。
自分達の気の中に見えた一筋の光。その気は確かに以前、自分が生きていた日本で感じたセージュの気だった。
 「このまま真っ直ぐ!」
 『あの岩山の下だ!』
 「行くぞっ、タツミ!」
 お互いの言葉なんて分からない。それでも龍巳はグレンが何を言っているのか分かる気がしたし、グレンもきっと分かっているのだと
思う。
 2人がほぼ同時に、同じ方向に向けて走り出した。
(あそこに、絶対いる!)
グレンの力のおかげで、自分の力も高まっている。絶対にという確信を持ったまま、龍巳はただ一生懸命、その光に向かって走ってい
た。

 『こ・・・・・こか?』
 やがて、着いたのは切り立つ岩肌を持つ山。一見したところでは入る場所も見当たらない。
 『・・・・・絶対、間違いないはずなのに・・・・・』
ただ茫然とその岩山を見上げている龍巳とは違い、グレンは厳しい眼差しを向けていたと思うと、手の平を岩に当てて目を閉じた。
その様子は、まるで触れているその場所から何かを探っているかのようだ。
(・・・・・っ、俺もっ)
 龍巳は直ぐに自分も同じように手を岩肌に当てる。それを壊すのではなく、探るというやり方はいまだ苦手であったが、それでも見よ
う見まねで気を集中してみた。
(あの気を、見付けろっ)
 セージュをどうすればこの争いが治まるのかは分からないが、彼の存在が最重要であることは分かっているつもりだ。
叔父を信じたいと言っていた碧香のためにも、どうかこれ以上の間違いは起こして欲しくない・・・・・龍巳がそう思いながら気を探り続
けていると、

 ガガガッ

突然、目の前の岩山が揺れたかと思うと、音を立てて崩れ始める。
 『うわっ!』
同時に、地面も揺れた。何かが地面の下からせり出してくるような感覚を感じながら、龍巳は揺れる地面に足を踏ん張って倒れない
ようにと必死になった。



 「うわあっ!?」
 不意に地面が揺れ、倒れそうになったコーヤの身体を琥珀が抱きとめるのが視界に映った。
その瞬間に江幻は当たりを見回し、この気の揺れの原因を探って・・・・・ある方向を見定める。
(向こうかっ?)
 それが、自然現象なのか、それとも異質な力のせいなのか、そんなことはここにいる者達ならば皆分かっているはずだ。
(これほどの力を持っているというのか?)
武人だと聞いた聖樹。その剣術の腕も、気の力も、当時の竜人達の中でも一、二を争うものだったというのも聞いた。
しかし、今感じている気の種類は武人が持っているようなものではない。もっと純粋な竜人の気のもので、とても大きなものだ。
 「・・・・・」
 さすがに、自分の予想以外のことが起こって江幻の眉間に皺が寄る。ただ、この感覚が自分だけが感じているものなのかどうか、傍
にいる蘇芳に視線を向けて言った。
 「どう思う?」
 「聖樹だろ」
 「・・・・・やはり?」
 「ただ、あまり感じない気だな。あまりにも清らかだし・・・・・いったい、どんな力を吸収したんだか」
 どうやら蘇芳も、この力が純粋な聖樹だけの力ではないと思っているらしい。
 「視えていた?」
 「俺には関係ないと思って視ていない」
 「なんだ・・・・・」
 「と、いうより、視えないんだよ」
苦々しく、蘇芳にしては不本意なことを口にしたのを聞き、江幻はやはりなとどこかで納得をしていた。
(視えない・・・・・何かが邪魔をしているということか)
江幻が感じているように、この聖樹の力は変則的なものらしい。