竜の王様
第六章 終わりから始まりへ
4
※ここでの『』の言葉は日本語です
大きく身体を揺らしたコーヤをとっさに抱きとめた琥珀は、そんな自分の行動を不思議に思う前に直ぐに感じた気へ意識を向けた。
少し変化しているように感じるものの、これは琥珀が知っている聖樹の気だ。
(やはり、まだこの地にいるということか)
姿を隠したまま高みの見物をしているか、それともとうにこの地を離れているのか。
そのどちらかではないかと付けていた見当は、この気を探る限りはどうやら当たったらしかった。
「・・・・・っ」
「こ、琥珀?」
コーヤが何か言っていたが、それに答える間もなく琥珀は歩き始める。
この地にまだ聖樹がいるのならば、早く自分も会って確かめたかった。自分の後ろに本来は敵対する紅蓮側の者がいることは全く意
識にはない。
(私達がしていることが正しいのかどうか・・・・・)
原因を作ったのは紅蓮だが、最初に手を出したのは自分達側の方だ。動いた時期やその方法も、今更ながら本当に良かったのか
と考えてしまう。
(どうか、私達の方が正しいと・・・・・明確な証を示して欲しいっ)
琥珀はどんどん足を速めた。
『コハクッ?』
倒れそうになった自分を助けてくれたコハクに礼を言おうと思ったものの、当のコハクは直ぐに自分から手を離して歩き始めてしまっ
た。
明確な目的があるその足取りに、昂也は声を掛けるのも躊躇ってしまう。
(この先にセージュがいるのかっ?)
コハクがどこに向かっているのかは昂也も当然知っているし、自分も彼に会いたいと思っている。
しかし、いざそれが本当に目の前に迫ってくると感じると、心の中に多少の躊躇いが生まれてしまった。
彼に会って、自分は何を言えばいいのか。
闘いを止めて欲しいと言って、受け入れてくれるのか。
この世界の争いごとに無関係の自分がしゃしゃり出て良いわけがないと自覚しているからこそ、進んでいた足が止まりそうなほどに
ゆっくりとした足取りになる。
『コーヤ』
『・・・・・』
『コーヤァ』
何度か腕を引かれ、昂也はようやく青嵐の声が耳に届いたが、自分の情けない顔を見られるのは恥ずかしいので視線を向けない
まま触れる手を握り締めた。
『あ、ごめん、どうした?』
『あいつ、きらい』
『え?』
『コーヤにかなしいおもいさせてる』
『せ、青嵐?』
青嵐の口調は思いがけず厳しい。
自分の態度が青嵐に誤解されたと分かった昂也は慌てて振り向き、青嵐に謝ろうとした・・・・・が。
(ゆ・・・・・れてる?)
なぜか、青嵐の姿がぼやけて見える。霞が掛かっているのか、自分の目がおかしいのか、はっきりと青嵐の姿が見えなくて焦ってし
まい、昂也はそれを誤魔化すように急いで言った。
『コハクは悪くなんだぞ?今から俺達をセージュのもとに連れて行ってくれようとしているんだ。俺が弱虫だから、ちょっとだけ怖いなっ
て思ってるだけだから』
自分のことを慕ってくれる青嵐は、敏感にその感情も感じ取ってしまう。
子供に気を遣わせてどうするんだと心の中で自分に舌を打った昂也に、再び青嵐が口を開いた。
『コーヤ、しんぱいばっかり』
『ち、違うって』
これは単に自分が弱いだけだ。
『本当に青嵐は気にしなくて・・・・・』
『コーヤがいやなら、ぜーんぶけしちゃうよ』
違和感を感じ、昂也はマジマジと青嵐を見つめる。ぼやけていたはずの視界が明確になって、昂也の目の前には見慣れない少年が
立っていた。
子供らしい丸みをもった頬に、大きな金の目。身体だって自分の腰ほどしかないはずの青嵐・・・・・いや。
(・・・・・成長、してる?)
ずっと傍にいたはずなのに、今の青嵐はまた変化している。
もう幼稚園ぐらいの歳はとうに過ぎ、今は小学校の高学年ほど・・・・・身長も、頭一つ分しか違わないくらいだ。
『せ・・・・・らん?』
いったい、何時の間にこんなにも成長してしまったのか。その瞬間を見ていなかった自分に悔やんでしまっても遅く、青嵐は随分と大
人びた綺麗な笑顔を昂也に向けてきた。
『コーヤが傍にいてくれたら、私は何もいらないんだ』
言葉の意味を分かっているのかどうか、青嵐は思い掛けないほど淡々とした口調でそう言うと、不意に自分の手を空へと翳してにっ
こりと笑った。
『コーヤ、誰がいらない?』
大好きなコーヤ。
何時でも自分を抱きしめてくれるコーヤ。
綺麗な気を身にまとい、何時だって笑ってくれているコーヤを悲しませるものは必要ない。
自分には、この世界を消滅させるぐらいの力はある。コーヤが一言いらないと言えば、コーヤと自分以外の者全てを一瞬で消し去っ
てしまうのに、優しいコーヤは自分だけを見てくれないのだ。
嫌がるコーヤを抱きしめる蘇芳は嫌い。
コーヤに頼られる江幻も嫌い。
コーヤを苛める紅蓮も、黒蓉も、みんな、みんな、みんな・・・・・いなくなってしまえばいい。
この身体にはそれが出来る。大きな力を生じるために耐えれるように、直ぐに身体の成長も早めた。
本当は力だけではなく、この身体でもコーヤを守れるほどにもっと成長したかったが、あまりにも急速な成長は自分の身体に負担を掛
けてしまうのでこれくらいしか出来ない。
『コーヤ、誰がいらない?』
目を丸くして驚愕の表情で自分を見るコーヤ。
(コーヤ、可愛い)
力と引き換えのように何も無かった自分に、たった一つ与えられた大好きな人。その人を自分だけのものにするために、青嵐は今ま
さに秘めた力を放とうとした。
「・・・・・っ?」
「何だっ?」
再び空気が揺れ始めた。
しかし、それは先程のように距離を置いたものではなく、直ぐ傍から・・・・・そう、目の前の幼い少年の手の先から放つ気のせいだ。
「青嵐!」
ただ、幼いという言葉はもう間違いかもしれない。自分も気付かないうちに、青嵐はまた成長していた。
少し後ろを歩いていた江幻が駆け寄ろうとしたが、その声に振り向いた青嵐の輝く金の目を見た瞬間身体が強張って動かなくなっ
てしまう。
そんな江幻の異変に直ぐ気付いた蘇芳も視線を向けようとしたが、
「動くなっ、蘇芳!」
その動きを鋭い声で止めた。
(今の青嵐にとって俺達も敵だということか・・・・・っ。こんな時にどうして・・・・・っ)
角持ちの力の開花が何時なのかは文献でしか知らないが、それは成人を迎える時だと書かれてあった。
驚くほどに成長の速度が早い角持ちは、成人したとしてもその精神はまだ幼いままのはずだ。制御する者が正しく導けばいいが、そ
れが欲望のままに引き出されるととんでもないことになってしまう。
「・・・・・っ」
(どうすればいいっ?)
今の青嵐の主はコーヤだ。しかし、多分コーヤにその自覚は無い。
このままでは青嵐はコーヤに害をなすと思った相手を全て抹殺するためにここで力を解放してしまうだろう。そうすれば、聖樹がどうの
と言ってはいられない。この竜人界全てが壊滅してしまうかもしれない。
「どうするんだっ」
青嵐から視線を離したまま、蘇芳が焦ったように聞いてくる。彼もまたこの巨大な力のうねりを感じ取っているのだろうと思いながら、
江幻は蘇芳にコーヤだと告げた。
「コーヤしか止められないっ」
「・・・・・っ」
2人の視線の先にいるあの少年に全てを託すことしか出来ないのが悔しくて、江幻は何度もすまないと心の中で謝罪しながらコー
ヤが行動してくれることを願った。
「・・・・・っ?」
(何っ?)
紅蓮は背後から感じる別の大きな気を感じ取った。
それは自分達竜人が持っている気とはまた別種の気配で、かなり大きな力だと直ぐに気付く。
(一体誰のものだ?)
背後にいるのは自分の部下達と、多分琥珀だ。だが、今感じる力はそれとは違う。
『グレン』
隣にいるタツミが自分を呼んだ。その目を見れば、タツミも同じような力を感じているのが分かった。
(どうする・・・・・?)
背後の巨大な力も気になるが、目の前の聖樹の存在からも目を離すことは出来ない。もしもここで逃がしてしまったら、もう一つの
玉の在り処はまた分からなくなり、新たな竜人が聖樹の甘言に踊らされてしまうだろう。
「・・・・・進むしかない」
紅蓮は前方の岩に手を置いた。先程から揺れている地に足を踏ん張り、タツミとその名を呼ぶ。
「今は前方だけに意識を向けろっ。聖樹を引きずり出す!」
紅蓮の行動にその意思を読み取ったのか、タツミも同じように手を岩に当て、再び気を放ち始めた。聖樹の方から放たれる気と、自
分とタツミが放つ気がぶつかり合い、どういった現象を引き起こすのか。
さすがに紅蓮もそこまでは分からないが、それでも目指す相手はもう直ぐそこに迫っていた。
『青嵐・・・・・』
見下ろす目線の角度の違いにまだ慣れないものの、昂也は驚いてばかりはいられなかった。
空に向けて高々と差し上げられてる青嵐のその指先から、輝く金の光が一直線に空に伸びているのが見える。その光がどんどん太
く、大きくなっているのはきっと気のせいではないはずだ。
(コーゲンッ、スオーッ!)
頼りになる2人はなぜか身じろぎせず、少し離れていたコハクや朱里、そしてハクメーも驚愕に満ちた表情をしているだけで、今動く
ことが出来るのは、青嵐を落ち着かせることが出来るのは自分しかいない思った。
『落ち着け、青嵐。俺は誰もいらなくなんかない』
『優しいね、コーヤ。でも、庇う必要なんてないんだ。私はコーヤが何を望んでいるのか知っているんだよ』
『だからっ!』
『私も、他の奴にコーヤが取られるのがとても嫌だった。2人きりになれるなんて、ふふ、すごく楽しみだね』
『・・・・・』
どうして青嵐がここまで誤解してしまったのか分からないが、今正さなければずっと誤解されたままだ。
昂也は一瞬唇を噛みしめたが、直ぐに顔を上げるとしっかりと青嵐の肩を掴んで言った。
『青嵐、俺は凄く弱いし、頼りないかもしれないけど、そのせいで嫌な奴を全部消してしまいたいなんて思わない。そんなことをした
ら、俺は何時まで経っても弱いままだろう?』
『コーヤ』
『俺は強くなりたいんだよ。青嵐、俺の気持ち、分からない?』
青嵐は首を傾げている。本当に分からないというような表情のままだ。
(まだ子供なんだよな)
急に大きくなってしまったせいか、青嵐にはまだ感情というものが育っていないような気がする。
それはとても悲しいことかもしれないが、考えを変えたらこれから育てて行こうと思えば未来を期待出来るのではないか。
(俺も、出来るだけ傍にいるからっ)
『青嵐、その手を下して』
『・・・・・』
『青嵐』
『・・・・・うん』
素直に頷いた青嵐はそのまま手を下す。何時の間にか手からは金の光は途切れてしまっていた。
![]()
![]()
![]()