竜の王様




第六章 
終わりから始まりへ








                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 青嵐の力が一瞬で消えてしまったことに安堵したのはコーヤだけではなかった。
息をつめて2人を見ていた江幻も、あっさりと怒りを鎮めた青嵐に、やはりコーヤの存在は偉大なのだと思い直す。
(大きな力だったな。私と蘇芳2人でも鎮めることが出来ないほどのものだった・・・・・)
 まだ成人していない子供の身体でこれほどの気を放つことが出来るということは完全体になったらどれほどの能力を発揮するのか
想像するだけで背中に汗が滲む。
 今はコーヤの言葉を素直に聞くものの、これが制御が効かなくなった場合、どんな嵐が竜人界を巻き込むのか分からない。
 「・・・・・怖いな」
思わず呟いた江幻に、蘇芳も溜め息混じりで応える。
 「どうしてコーヤはあんな変なのに好かれるんだ」
 「・・・・・自分のことを言ってる?」
 「・・・・・」
 「まあ、それはコーヤのせいではないけれど」
(角持ちはこの竜人界の善悪を背負った存在なのだから・・・・・)
 「コーヤ!」
 江幻はコーヤの名を呼ぶ。青嵐を抱きしめていたコーヤは、その声に頼りなげな眼差しを向けてきた。青嵐を説得していた時、あれ
ほど力強く、眩しいほどだったのに・・・・・。
その様子を見れば、コーヤ自身まだ子供だったことに改めて気付いた。一生懸命自分の出来ることをしているコーヤだが、せめて誰か
が・・・・・自分達が傍にいる時は、張りつめた気を休めてもいい。
(蘇芳は、邪な思いも含んでいるけどね)
 自分にとって、コーヤがただの庇護すべき存在なのか、それともより深い意味がある存在なのかは、今この時点で江幻は何も断言
出来ない。
それでも、大切な存在であることは確かで、ここにいる自分を頼って欲しいと思った。
 「行こうか」
 「・・・・・え?」
 「私達がここに来た目的。まさか、忘れた?」
 ただ、コーヤが大人しく誰かの庇護下にいるだけの少年ではないことはもう知っている。それならば、自分達が支えられる範囲内で
自由に動かしてやることもまた、必要なことではないだろうか。
 「ここで待つ?」
 「まさか!」
 案の定、弱々しかった眼差しに、再び強い光が戻った。この方がコーヤらしい。
 「行こう!」
 「ああ」
 「青嵐も、なっ?」
 「うん!」
既に手を繋ぐというには大きくなり過ぎた青嵐だったが、コーヤの中では今だ幼い面影が残っているのか、握り締める手を離そうとはし
ない。
その様子を苦々しく見つめる蘇芳に思わず苦笑をして、江幻はいまだ驚きから目覚めていないような琥珀に向かって言った。



 「案内を」
 「あ・・・・・」
 江幻に声を掛けられた琥珀は、ハッと顔を上げた。
 「どうした?」
 「・・・・・いや」
(今、この目に映っているのは・・・・・真実か?)
幼かった角持ちが、この一瞬で一気に成長していた。
そして、肌を突き刺すほどの大きな気。まだ成人前だというのにこんな大きな力を見せ付けるとは・・・・・末恐ろしいものを感じ取った
琥珀は手を握り締めることしか出来なかった。
 「・・・・・」
 そんな自分の動揺を分かっているかのように笑みを浮かべる江幻の眼差しが痛く、琥珀は歯を噛みしめるとそのまま前へと歩き始
める。今の自分の中には聖樹への疑念の思いよりも、角持ちに対する恐怖や疑問の方が大きかったが、それをこの場で聞くのは違
うとも分かっていた。
 いや、多分聞いても、誰も正確に答えることは出来ないはずだ。
 「・・・・・っ」
(早く、全てを明らかにしなければ・・・・・っ)
誰も分からない角持ちのことは自分にもどうにもならないが、聖樹のことは・・・・・自分でも何とかなるかもしれない。いや、早くこちらの
問題を解決しなければと、琥珀は追い詰められるような思いがしていた。



 「・・・・・っ」
 「・・・・・!」
 目の前の岩山は地盤のせいかなかなか細部まで探ることが出来ない。
力を使って崩壊した方が早いのだが、万が一それで聖樹の命を落とすことになれば様々な疑問が闇に葬られてしまうし、かなりすそ
野が広いようなのでこの辺りの全ての生態系が狂ってしまう。
(・・・・・いないのかっ?)
 逃げたのかもしれない。
いや、いるはずだ。
全てを見捨てて・・・・・。
必ず、ここに。
 相反する思いが紅蓮の中に渦巻いているが、心が揺れてしまえば力が分散してしまう。
信じなければ・・・・・紅蓮はそう思い、さらに力を注ぎこんでいたが。
 「紅蓮様っ!」
 「!」
 聞こえたのは黒蓉の声だ。しかし、いっせいに感じる力は1つだけではない。浅緋の力も同時に感じる。
(・・・・・こんな力を使う気もないはずなのにっ)
先の気のぶつかり合いで、浅緋もかなり力を消耗しているはずだ。そのままでさらに気を使えばどんなことになるか、本人ももちろん
分かっているはずだ。
 「・・・・・っ」
 嬉しいが、困る。
以前ならば当たり前だと思っていた臣下達の行動にも、無感情に受け入れられない自分がいる。その変化は上に立つ者としては致
命的なものかもしれないが・・・・・変えるつもりは無い。
 増えた気のおかげか、探索は加速して進んだ。明らかに無機質な自然の中に、僅かに感じ取った気。
 「いるっ!」
 「紅蓮様!」
確信したうえで叫んだ紅蓮の言葉に重なるように聞こえてた新たな声に、紅蓮は振り向いて・・・・・目を見張った。
 「コーヤッ?」



 『コーヤッ?』
 龍巳は反射的に顔を上げた。いや、その紅蓮の言葉がそのままの意味で耳に届いたことに驚いたせいもある。
(どうして日本語で・・・・・って、あっ!)
振り向けは、数十メートル先にこちらへと駆け寄ってくる幾つもの人影が見えた。その中にあった一際小柄な姿に、龍巳はとっさに岩
肌から手を離してしまった。
 『昂也!』
 『トーエンッ!』
 『お前っ、ここまで・・・・・っ!』
 『ち、力っ、力を、きょ、りょくっ!』
 走りながらの昂也の言葉ははっきりと聞こえなかったが、その思いは正確に龍巳に届いた。待ってろと言ったのにここまで来た昂也
の行動力はさすがで、隠れて見ているのではなくこうして争いの真ん中にまで出てくるなんて、昂也にしか出来ないと思った。
 『よく来たな!』
 どうして来たんだとは言わなかった。心配よりも、嬉しさの方が大きい。
 『トーエンッ、大丈夫かっ?』
 『見ての通りっ』
あちらこちらに擦り傷が出来、服も破れて汚れてはいるものの、こんなものは喧嘩をしたり、山を駆け廻っていた時にはお互いに出来
ていたものだ。
堂々と笑ってみせると、昂也も納得したような笑みを浮かべてくれて、直ぐに後ろの人影に向かって叫んだ。
 『コーゲンッ、スオーッ、力を貸してあげて!』
 『分かってるって』
 苦笑しながら頷くコーゲンを見て龍巳は納得した。急に言葉が分かるようになったのは、コーゲンも同行していたからだ。
しかし、そのおかげで一段と意思の疎通が出来るようになった。
 『すみませんっ、力を貸して下さい!』



 コーヤがこの地にやってきたことは分かっていたが、ここまで来るとは思わなかった。
 「白鳴っ」
 「紅蓮様っ」
 「・・・・・っ」
どうしてコーヤをこんな所まで連れてきたのだと問い詰めようとしたが、今それをしている場合ではないということも分かっていた。
今はまず、一刻も早く聖樹を目の前に引きずり出すことだ。
 「コーヤ、ここ、どうするの?」
 「青嵐」
 「・・・・・っ?」
(せい、らん?)
 紅蓮は目を見開いた。自分が知っているはずの角持ちはもっと幼い姿をしていたはずなのに、今はもうコーヤに追いつこうとしている
ほどに成長している。
面影も、角も、見知っていたものに間違いは無いのに、紅蓮は一瞬時間が分からないという錯覚に陥ってしまった。
 「えっと・・・・・トーエン、何してるんだ?」
 「ここに、あいつ、聖樹がいるんだっ」
 「じゃあ、ここを壊そうとしてるのか?」
 コーヤが驚いたように言うと、その隣にいた少年・・・・・角持ちが無邪気な口調で答えた。
 「私がする!」
 「え?」
 「トーエン、コーヤを見てて」
何をするつもりだと、紅蓮がその行動を押し止めようとした時だった。凄まじい金の光が一瞬でその場を包んだ。



 こんな岩山を壊すことくらい簡単だ。
それでコーヤが喜んでくれるのならいいと、青嵐は目の前の岩肌に気を放った。
 「ふふ」
 傍にいるコーヤを怪我させないために、岩山は内部から壊して、外に一欠片も飛んでこないように結界を張る。
(・・・・・あ、本当に何かいる)
中に、生命の光が見えた。いや、生命ではなく、気の塊のようなものだ。コーヤとタツミはここに誰かがいるような話をしていたが、ある
のは生命ではなく力だ。
(こんなの、そのまま潰しちゃえばいいのに)
 消滅させることは簡単だったが、それをコーヤの前に出せば褒めて貰える。
 「見付けた」

 ドンッ!!

岩が・・・・・砂に変わった。
 「す、凄い!」
 「凄い?」
 コーヤの声に、青嵐は振り返ってにっこり笑った。
 「ほら、コーヤ、あそこにいるよ」
コーヤにはもっともっと喜んで欲しい。そう思った青嵐は、目当ての気の塊に結界を施してから指を指す。
そこには砂の山に埋もれた状態で立っている男が1人。不敵な笑みをこちらに向けながら立っていた。
 「まさか・・・・・角持ちがいたとはな」
 「・・・・・」
 角持ち?それは誰のことだろうか?あの男の視線は自分の方に向いているようだが、きっと自分ではないはずだ。
 「私は青嵐だよ」
コーヤが付けてくれた名前が自分そのものだ。青嵐はそう言うと、褒めて貰うために期待を込めた眼差しでコーヤを見上げた。