竜の王様
第六章 終わりから始まりへ
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※ここでの『』の言葉は日本語です
昂也がセージュに会ったのは本当に数えるくらい・・・・・それも、ごく短い時間だけだ。
それなのに彼の内に秘められた怖さというものを無意識に感じ取り、昂也は思わず青嵐を抱きしめた。
『コーヤ』
『・・・・・』
既に、腕の中にすっぽりとおさまるというには成長し過ぎた青嵐だが、それでも自分よりまだ身長は低いし、何より昂也の中ではま
だ1歳にも満たない子供だという意識が残っている。
どんな意味でセージュが青嵐を見ているのかは分からないものの、絶対に自分が守らなければならないと昂也は思っていた。
『角持ちは何時現れた?』
『・・・・・』
『今まで、全く分からなかった。・・・・・いや、何度か大きな力を感じることはあったが、まさかそれが・・・・・』
『・・・・・っ』
(こ・・・・・わい、この人・・・・・っ)
一歩、セージュが足を踏み出す。
それに合わせて昂也は後ずさった。
こちらには、多くの仲間がいる。自分以外誰もが強い力を持つ者達ばかりで、対して聖樹は1人だけだ。
数は勝っているのになぜか圧倒される雰囲気を感じて、昂也はますます強く青嵐を抱きしめてしまった。
『コーヤ、こいつ嫌い?』
不意に、青嵐が言った。密着している身体から、昂也の身体の震えを感じ取ったらしい。
幼い口調で無邪気にそう言ってきたが、その言葉を簡単に肯定してはならないということは昂也も分かっていた。青嵐は見掛けのよ
うに幼い少年ではなく、大きな力を持っている存在なのだ。
『だ、大丈夫だから!』
『だって、コーヤ怖いって言ってる』
『青嵐・・・・・』
『コーヤをいじめる奴、嫌い』
『だ、駄目だって!』
自分とは違い、青嵐はその感情のままに大きな力を扱えることが出来る。
ここでその力を発揮させるとどんなことになってしまうか分からないと、昂也は慌ててその口を片手で塞いでしまった。
(本物の・・・・・角持ち)
聖樹も初めて見る存在だ。
見たところ普通の子供と変わらない見掛けであるものの、特異な髪や瞳の色と共に、額につきだしている角はやはり異質に見えた。
だが、問題は見掛けではない。それ以上に脅威に感じるほどの大きな気が、あの小さな身体から溢れ出ているのが見え、聖樹は
自然に頬を緩めた。
「お初にお目に掛かる。私は聖樹」
「・・・・・」
「お名前は、セイラン様?」
先程から人間の少年が呼んでいたし、本人もそう言ったが、聖樹は恭しく頭を下げながら改めて角持ち自身に問いかけた。
祖竜の血を濃く繋ぐ角持ちの矜持は高く、気安く名前を呼ばれることを好まないと思ったからだ。
「私は青嵐。コーヤが付けてくれた」
「セイラン」
「青嵐」
「・・・・青嵐、様」
案の定、青嵐は自分を立てて話す聖樹に気を良くしたように名前を教えてくれた。その名前の意味も頭の中に伝わってきたが、な
るほど・・・・・角持ちには似合った良い名前だ。
「お前が付けたのか」
青嵐の隣にいる人間の少年に視線を向ければ、怯えたような眼差しが戻ってくるが、それでもそのまま他の者の影に隠れようとは
せず、目一杯の威嚇を込めた眼差しを向けてくる。
「そ、そうです」
「・・・・・良い名を付けた」
「え?」
「まさか、生きてこの目で角持ちを見ることが出来るとは・・・・・運命とは本当に不可思議だ」
「あ・・・・・と、ありがとう、ございます」
角持ち1人の存在で、どれほどの能力者に匹敵する力があるか。さすがに聖樹も把握はしていないが、手に入れれば簡単にこの
世界を制すると言われているだけに相当なもののはずだろう。
(この角持ち1人がいれば、私がしようとすることはもっと容易かったはず・・・・・)
今、なぜ。
どうして、もっと早く。
(この世界を滅ぼすために現れて下さらなかったのか)
「せ、セージュ」
「・・・・・」
そんな聖樹に向かって、角持ちを抱きしめたままの人間の少年が声を掛けてくる。気安く名前を呼ばれることを良しと思わないもの
の、聖樹は今この場では穏やかに、何だと問い掛けることにした。
「・・・・・」
聖樹の眼差しは青嵐に向けられている。
それを悔しいと思うよりも、紅蓮は今のうちに何とか聖樹を拘束することは出来ないかと考えていた。
角持ちである青嵐を見た聖樹の衝撃は、多分表面上で見て取れるよりも遥かに大きかったはずだ。その青嵐に意識が向けられて
いるうちに・・・・・紅蓮は左手を自分の背に隠し、静かに気を蓄え始める。
「・・・・・っ」
(使い過ぎたせいか・・・・・っ)
しかし、通常ならば直ぐに溜まる気も、今は思ったようにならない。
つい先ほどまで聖樹の気を探るために使ったせいかもしれないと思っていると、自分の手に新たな気が加わるのが分かった。
(タツミ・・・・・)
タツミが自分の直ぐ傍に立ち、溜めている紅蓮の気に自分の気を重ねるようにしている。同じように疲れ、力も思うように溜めること
が出来ないだろうに、それでも自分に協力しようとしているタツミに、紅蓮は何とも言えない思いを感じてしまった。
人間などがと、今はとても言うことは出来ない。
「・・・・・」
「・・・・・」
視線が合う。
頷いた紅蓮は、タツミの気と己のそれを一つに重ね、聖樹にぶつける機会を窺った。
(絶対に、逃がさない・・・・・っ)
この一撃を外してしまえば、闘いはさらに長引いてしまう。
今の状況だけを考えればこちら側が圧倒的に有利のはずだが、聖樹には何か考えているのではないかと思わせるほどの不気味な
雰囲気があった。
「黒蓉」
紅蓮は背後に控える黒蓉に言った。
「私が気を放った時、コーヤと青嵐を直ぐに保護するように」
「・・・・・コーヤも、ですか」
「コーヤと青嵐だ」
どちらがより大切な存在なのか、自分の一番傍にいる黒蓉ならば分かるはずだろう。紅蓮は一瞬だけ背後の黒蓉を振り返った後、
再び目の前の聖樹を見据えた。
(知ってしまったか・・・・・)
少し離れた場所で、紫苑は今自分の目の前で行われている光景をただ見つめることしか出来なかった。
「何が、したかった」
そんな紫苑の背中から聞こえる淡々とした声。
「・・・・・」
「まさか、お前まであの愚かな男と同じような思いではないだろう」
「蒼樹殿」
父親のことを父と呼ばず、男と言う蒼樹が悲しい。しかし、傍にいた紫苑は蒼樹の苦しみを見てきたので、それについて何も言うこと
が出来なかった。
いや、傍にいたくせに聖樹に付いてしまった自分を敵として見ていることは明らかで、いくら消耗しているとはいえ、何の拘束もされ
ずにこの場にいることなど、本来許されるはずがなかった。
「・・・・・」
「この世界の王となりたかったのか?」
「・・・・・」
「それとも、滅ぼしたいと思っているのか」
紫苑は蒼樹を見た。
片膝をたてた状態でいるその腕の中には、目を閉じたまま、気を失った碧香の身体がおさまっている。あれほどの衝撃を受け、紫苑
はまだ気を溜めることが出来ないが、碧香はずっと目を閉じたまま起き上がろうとしなかった。
大きな怪我は無いものの、元々身体が強い人ではなかった。
(碧香様・・・・・)
「紫苑」
「あなたの目には、どう見えますか?」
(私が私欲のために動いていると、そんな風に見えているのだろうか)
そう言ってしまってから紫苑は後悔した。今更聞いても仕方がないことかもしれないと、視線を逸らして何も無かったことにしようと思っ
た。
「そう見えないから、お前自身に聞いている」
蒼樹はそう言って、逃げるのは許さないと続けた。
「紅蓮様を裏切り、あの男に与した理由、私は聞く権利があると思うが」
「蒼樹殿、私は・・・・・」
自分は何を言おうとしているのか。
迷いながらも口を開こうとした紫苑は、
「ん・・・・・」
「・・・・・碧香様っ!」
小さく呻いた後、身じろぎをした碧香に気が付き、蒼樹が焦ったようにその名を呼ぶ。
紫苑もとっさに手を伸ばしたが、その手は碧香の身体に触れる直前に自らの意思で止めてしまった。
(私には、触れる資格などない)
真っ直ぐに見つめられると、さすがに怖くて身体が震えそうだ。
しかし、自分が怖がっているとその動揺を青嵐が感じ取り、思いがけない方向へと暴走しかねないのでぐっと我慢する。
多分、これは自分にしか聞けないのではないかと思っていた。セージュに近い紅蓮も、グレンに付いているコクヨー達も、冷静にセー
ジュの動機を聞くというよりも、一刻も早い終結を望んでいる気がする。
もちろんそれは大事だが、でも・・・・・。
『どうして、玉を取ったんですか?あれは王様になる人が持つものですよね?本当なら、皇太子のグレンのもののはずだし、みんな
グレンが王様になることを望んでいたんじゃないんですか?』
震えそうになる声を必死に我慢しながら聞くと、少しだけ意外だというような眼差しを向けられた。
『人間の子よ』
『コーヤ、です』
セージュは目を細める。
『コーヤ、それを言うのなら、王族の血筋の者には皆、資格があるということだろう?第二王子碧香もそうであるし、人間界に渡った
竜人の血を引く朱里もそう。ああ、もう1人、竜人の力を持つ人間がいたか』
『それって・・・・・』
コーヤは振り返りそうになったが、何とか我慢した。
(この人、トーエンにもその資格があるって言ってるのか?)
それは、絶対にあり得ない。
龍巳に自分が持っていないような不思議な力があることは分かっているが、その力があるからといってこの世界の王様になるとは考え
られなかった。
(あ・・・・・でも)
全てが終わって。
そうしたら、自分と龍巳は元の世界に帰る。その時、龍巳とアオカの関係はどうなるのかと改めて思った。
龍巳はアオカを大切な存在だと思っているし、それは多分アオカも同じだ。男同士ということも引っ掛からないわけではないが、そもそ
もアオカは人間でなくて・・・・・。
そんなことを考えれば、性別の違いなどはもしかしてあまり大きな意味など無いのかもしれないが。
『権利がある者がそれを主張することはおかしい話ではないだろう』
『あ・・・・・』
『違うか?』
全然別のことを考えていた昂也は、淡々と言葉を続けてきたセージュの声に、慌てたように視線を向けた。
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