竜の王様
第六章 終わりから始まりへ
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※ここでの『』の言葉は日本語です
紅蓮は眉を顰めて高揚感を押さえていた。
タツミの力が自分の身体の中に流れ込み、今まで感じたことのないような気が全身を駆け巡っていた。
(これを・・・・・御しきれるのか?)
侮っていたわけではないが、タツミの力は相当に強い。辛うじて受け止めることは出来ても、それを自分の意思どおりに扱えるのか
不安に思ったが、それでも紅蓮は自分がしなければならないと決意していた。
「・・・・・っ」
(紫苑っ?)
そんな中、目の端に紫苑の姿が映った。
「シオン!」
コーヤが、そんな紫苑の名前を必死に呼んでいる。
(紫苑っ、お前は・・・・・!)
本当は、その腕を掴んでしっかりとその真意を問い詰めたかった。自分を裏切るのかと、聖樹の側につき、この世界を混乱の渦に巻
き込むつもりなのかと。
しかし、今の紅蓮は個人の感情のまま動くわけにはいかない。
「・・・・・っ」
意味ありげな視線を交わす聖樹と紫苑。
そして、そのまま2人は地面に片手を置く。
「・・・・・っ、タツミッ!」
「はいっ」
「時間が無いっ、放出するぞ!」
あの2人がどこまで大きな気を操れるのかは分からないが、もはやそれを考えている時間もなかった。もう既にあちらは力を解放しよ
うとしている。
もう、こちらも覚悟を決めなければならなかった。
「・・・・・!」
紅蓮は意識を集中させ、両手を地面に付ける。
今が、竜の王となる自身の力を使う時だった。
(な、何かの前兆なのかっ?)
大きく揺れる地面に足を踏ん張り、辛うじて立っていた昂也は、目の前で繰り広げられている光景をただ見ているしかない自分に悔
しい思いがしていた。
地面に手を着くシオンとセージュ。
その少し先では、同じような体勢になろうとしている龍巳とグレン。
今まさに2つの大きな力がぶつかりあおうとしているのは分かるものの、どうしていいのか分からない。
(俺に、もっと力があれば・・・・・!)
『コーヤ、あっちいってよう?』
そんな昂也の手を、不意に青嵐が引っ張った。
『コーヤは私が守るけど、コーヤはやさしいから、こいつらが死んじゃうすがた、見たくないでしょう?』
『し・・・・・っ』
頭の中にはっきりと浮かんでいたが、それでも口に出すのは怖かった現実。それを青嵐が言ったことに昂也は動揺してしまった。
もちろん、死ぬのは怖い。怪我をするのだって痛いし、好き好んで傷付く者はいないと思う。それでも、自分だけが助かるというのは違
うのだ。
『青嵐、俺だけ逃げるなんて出来ないっ』
『コーヤ』
『ここにいる皆、俺の友達なんだ、仲間なんだよっ?俺だけ助かったって・・・・・意味が無いっ』
それよりも、少しでも現状を良くすべく、何かを考えなければ。
それには、まず子供の青嵐を逃がしてやらなければならない。
『青嵐っ、逃げろ!俺は大丈夫だから!』
『コーヤが死んじゃう』
『死なない!』
『どうして?』
『俺はっ、1人じゃないから!』
『・・・・・コーヤ』
今の昂也の頭の中には、青嵐が角持ちだということは全く消えていた。いや、その容姿はもちろん目に見えているものの、それが特
別な存在であるということなど頭の中から抜けていて、とにかく、自分が庇護しなければならないのだとしか思えなかった。
『早くっ、青嵐!』
どうして、コーヤは自分とここを立ち去ろうとしてくれないのだろう。
身体は大きくても、コーヤには何の力もなく、このままこの場にいたとしたら四肢が裂けるほどの大きな衝撃を受けるのは間違いないの
に、今のコーヤは恐怖を感じているとも思えない。
「・・・・・」
「青嵐っ、逃げろ!俺は大丈夫だから!」
誰かに守られる存在というものの心地良さを、青嵐はコーヤと出会って初めて知った。
自分の能力が飛び抜けたものだという自覚はあるし、この場にいる誰よりも強いはずなのに、コーヤの前にいると青嵐はただの弱い子
供になってしまう。
(コーヤが、大切なもの・・・・・)
自分以外にそんな存在があるというのは面白くないが、それでも目の前にいる者達が死んでしまったら、コーヤは泣いてしまうだろう。
コーヤの泣いた顔は見たくない。
(・・・・・私が助けたら、コーヤは褒めてくれるかな?)
どうでもいいと未だに思っているものの、それでも自分がこの現状を変えればコーヤは褒めてくれるだろうか。
「コーヤ、ぎゅっとしてくれる?」
「え?」
唐突にそう言ったので、コーヤは驚いたように目を丸くしている。
こんな顔はすごく可愛くて、コーヤが喜んでくれるならば自分も力を貸してやろうかなと思った。
「・・・・・」
青嵐はコーヤの身体から手を離し、一気に身体の中の気を高める。
目の前で爆発し、ぶつかり合う気に合わせるには、さすがに急がなければならないだろう。
(ぜったい、コーヤにほめてもらうんだから!)
「ふふふ・・・・・ははは!全て壊れてしまえ!!」
聖樹は大声で笑った。愉快で心が高揚して、こんな気持ちになったのは愛する妻と出会った時以来かもしれない。
「お願い・・・・・これからも、お兄様を助けて」
死ぬ間際まで、自分ではなく兄である先王、紅蓮の父である紅芭(こうは)のことを気遣っていた愛しい人。
子まで成した伴侶の自分よりも兄を思うその言葉に、聖樹は自身の心が壊れていくのを感じた。
それを聞けば、血の繋がりは濃いものだと言う者もいるかもしれないが、聖樹はそれを認めたくはなかった。反乱を起こした時も、ね
じ伏せたくせに命を奪うまではせず、北の谷に追放という甘い処遇をされたことが屈辱だった。
始めは、小さなものだったかもしれない竜人界への疑念や不満は日々募り、それを唯一ぶつけられる相手だった先王が亡くなり、
聖樹はもう、この世界が存在することを厭うた。
たかが、私怨だ。だが、聖樹にとってそれは今まで生きてくるための拠り所だった感情で、この野望が叶うかもしれないという今、もう
全てがどうなっても良かった。
「紫苑っ」
自身だけでは敵わなかったかもしれないが、隣にいる紫苑の力があれば願いは叶う。
聖樹は身体の中に紅玉を隠し持つ紫苑の力を借りて、この復讐を完結させるつもりだった。
「・・・・・っ」
ドンッ ドンッ
大きな音が響き、地面が揺れる。
忌々しいこの世界が崩壊する音が聞こえる。
「ふははははは!!」
(全てだっ、全てを無にしてやる!)
憎んでも足りない先王の代わりに、その子紅蓮へ絶望を味あわせてやる。
ただ一つ、心残りがあるとすれば、亡き妻によく似た碧香の命も奪ってしまうことだが、考えれば碧香は妻ではない。あの憎い先王の
血を受け継いでいる王子に過ぎないのだ。
ガンッ ドンッ
放出し続ける力は紫苑の力を吸収し、地を、空を切り裂き、この地に生きている全ての生命の命を奪う・・・・・はずだった。
「・・・・・っ、紫苑っ?」
だが、聖樹は目を見開いた。
共にこの地に注ぐはずだった力の一部が、いや、正確に言えば紫苑の力が、己へと逆流してくる。
(何を・・・・・!)
「裏切るつもりかっ?」
「私は何時でもこの世界に生きる者達のことを考えている。あなたのように全ての生命を消滅しようなどと考えたことはない!」
「馬鹿が!今更止められるわけが無い!!あ・・・・・くぅあぁぁぁ!!!」
今更止められるかと、聖樹は全ての力を解放するために唸った。
「!」
ピシッと耳元で音が鳴ったかと思えば、両腕から血が噴き出し始めている。御しきれない力が聖樹の意思とは関係なく、身体の内側
から勝手に放出されているのだ。
(この命など、どうなろうと構わん!)
首筋から、腹から、足から。
そこかしこから鮮血を吹き出しながら、聖樹は紫苑の抵抗を押しのけようとした。
「く・・・・・ぁっ」
上手く聖樹の身体へ力をぶつけたつもりだったが、聖樹は自分を責め苛む力さえも利用しようとしている。
だが、それが身体に多大な負担を掛けているのは、全身を濡らす青い鮮血の量でも分かり、紫苑は自身の力を止めることなく放出
し続けた。
「ぐはっ」
せり上がってくる不快感に咳き込めば、口をついて出てきたのは血だ。
(私の身体も・・・・・限界なのか・・・・・っ)
元々持っている力もあり、聖樹に対抗出来るほどの力があるかもしれないと思ったものの、身体の中の紅玉の存在はかなりの負担
になってしまっている。
「・・・・・ふむっ」
「シオン!」
コーヤの叫び声を聞きながら、紫苑はもう片方の手を自身の腹に突き刺した。
もう、身体の中は玉の影響でかなり空洞化されてしまっていたものの、痛みや違和感は消えてしまってはいない。
「・・・・・っ!」
グチュッ
ぐっとその存在を握り締めて引き出せば、血に塗れた紅玉が姿を現した。ようやく、2つの玉が揃い、王となる者の手に戻ることが出
来る。
「ぐ・・・・・れんっ、さまっ、これを・・・・・っ!」
「紫苑!」
「寄越せっ、紫苑!」
聖樹が伸ばしてくる手から何とか紅玉を守り、紅蓮へと渡そうとした紫苑は大きく揺れた地面に身体を揺らして、そのまま聖樹とも
つれ合うようにその場に倒れてしまう。
何時でも超然としていた聖樹が必死の形相で掴みかかってこようとするのを転がりながら避けた紫苑は、最後の力を振り絞るようにし
て紅玉を空へと投げた。
(それをっ、どうか、紅蓮様に!)
裏切ってしまった己の主君に対する新たな忠誠の証として、どうしてもそれを紅蓮に渡さなければとしか考えられなかった。
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