竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



プロローグ





                                                             
※ここでの『』の言葉は日本語です





 行徳昂也(ぎょうとく こうや)はどうしようかと迷っていた。
目の前には1人の男が不思議そうに自分のことを見ている。敵意を感じないだけましかもしれないが、それでも観察されているような
気がして居心地が悪かった。
(俺って、本当に考え無し・・・・・)
 全く見知らぬ土地で1人でいるのはさすがに居たたまれないというか、不安を感じてしまったのは確かだったが、何の対処も考えな
いまま誰かの前に姿を現しても良かったのか、今更ながら考えてしまった。
 しかし、ここまで来てサヨナラと立ち去る考えはない。
第一、ここにいたって何もしようが無いのだ。
 『あ、あの』
(いきなり日本語で話し掛けたって、余計に用心されるだけだよな)
 「こ、こにゃ、ちは」
 「・・・・・」
 挨拶は、多分この発音で間違いが無いはずだ。
後は、この世界で絶対的に信頼のあるらしい言葉を言えば・・・・・。
 「わらし、は、しんか、の、みらい、です」
(ちょ、ちょっと、違ったっけ?)
 「わらしは、しんかん、の、みなら、です」
 碧香の教えてくれた言葉は、目の前の男にも通じるものなのだろうか。
久し振りに言ったので発音が合っているかどうか自信はなかったが、昂也はとにかく相手に警戒心を抱かせないようににかっと笑って
見せた。
笑顔は万国共通のはず・・・・・そんなことを思いながら頬に笑顔を張りつかせていると、男の頬が少しだけ笑みの形になった。
 「付いて来い」
 『?』
 そう言って、昂也に背中を向けて歩き始める。
 『・・・・・ど、どうするんだ?』
後をついていっていいのか、それとも拒絶されたのか悩んでいると、男は立ち止ってもう一度さっきの言葉を言った。どうやら付いて来
いと言っているらしい。
 「はい!」
(やった!通じたんだ!)
 神官という存在はどの土地でも貴重な存在で、医療行為や教師の役割も果たすものだと碧香から聞いた。
シオンはともかく、コーゲンはどう見てもいい加減な性格にしか見えなかったが、確かに彼は凄く強かった。
(俺にあんな力を期待されても困るけど)
とりあえずは、寝る場所と食べる物は欲しい。不思議な力はなくても労働でその代償は払えばいいかと、昂也は前向きに意識を切り
替えて男の後を小走りに付いて行った。




 昂也は今年高校2年生になった16歳の少年だ。
身体つきは少々小柄ながら、性格は明るく前向きで、運動神経には自信があった。
 そんな昂也は、ある日幼馴染の龍巳東苑(たつみ とうえん)の実家である神社の裏山の滝壺から、いきなり現代とは全く違う世
界、竜人界へと引きずり込まれてしまった。

 その世界の皇太子である紅蓮にいきなり強姦されてしまったものの、昂也はタフな精神力で乗り越えていき、様々な竜人達と出
会った。

 2つの世界が繋がったのは、竜人界の王の証、翡翠の玉の一片である紅玉が人間界に持ち去られたせいで、それを探すために昂
也と入れ替わるように人間界へと向かった紅蓮の弟碧香は龍巳と出会い、共に紅玉探しをしていくうちにお互いに惹かれ合うように
なった。

 翡翠の玉を盗み出したのは紅蓮達の伯父、聖樹と分かり、王家に対する反逆を起こした彼らとの戦いの中、聖樹は息子でもある
王家の副将軍、蒼樹に討たれて命を落とし、紅蓮を裏切った紫苑は神官としての力を失った。

 元に戻った翡翠の玉に次期竜王として紅蓮が認められた後、昂也はまた不思議な力で人間界へと戻った。
しかし、置いて来てしまった仲間に残った思いや、まだ立て直しの最中の竜人界を助ける手助けがしたいと思った昂也は、平穏な日
常を捨て、今度は自ら望んで竜人界へと向かうために再び滝壺に飛び込んだのだが。




 目が覚めた時、昂也がいたのは竜人界の見慣れた王宮の中ではなく、全く見たことのない森の中。
そこで見掛けた男に、昂也は付いて行くという選択をした。








 森の中を出ると、そこは一面畑のようだった。
元々竜人達の食は細く、力があるものほど通常の食事を長くとらなくても大丈夫らしいが、普通の竜人達は人間と変わらない生活
を送っているのかもしれない。
(そういえば俺、王宮以外あんまり出掛けて無いし)
 出会った相手もあの妙な力がある者達ばかりだったので、普通の竜人達がどんな暮らしをしているのか全く分からないままだったな
と改めて思う。
 『・・・・・』
 昂也は目の前の背中の主を見つめた。
大柄な者が多い竜人達の中でも、目の前の男はグレンやコーゲンと同じくらいに長身で、髪は赤みの強い茶髪に、瞳の色も同じよ
うな茶色だった。
そして、やはり整った容貌をしている。精悍な風貌は、どこかアサヒに似ているような気もした。
(名前、何て言うんだろ)
 「ありがとっ」
 「ん?どうして礼など言うんだ?」
 「ありがと、えー、なまえ?」
 「・・・・・名前?」
 同じ発音が返ってきて、昂也は嬉しくなって思わずブンブンと首を縦に振る。
 「なまえ!」
 「俺の名前は茜(あかね)」
 「あこね?」
言われた通りの言葉を返してみたが、相手の苦笑した顔を見るとどうも少し違うらしい。そのまま口にしているつもりでも、微妙なニュ
アンスは直ぐには掴めなかった。
 それでも、意外に辛抱強いらしい男は何度も昂也に名前を教えてくれる。この時点で昂也が普通の竜人でないのは分かっている
はずだったが、眼差しの中の温かな光に変化はなかった。
 「茜」
 「あ、あけね?」
 「まあ、そんなもんか」
 頭をクシャッと撫でられ、昂也は嬉しくなってまた笑う。何だか良く出来たと褒められたような気がしたからだ。
 「あけね、あけね」
忘れないように何度も口の中で繰り返していると、アケネはまた背を向けて歩き始める。この先何があるのか全く分からないものの、
それでも昂也はアケネを信じられる人物だと決めた。




 森の中から、多分一時間近く歩いたはずだ。
時々休憩を取ってくれたがそろそろ足が疲れたと思った頃、目の前には幾つかの家が見えた。
(・・・・・集落?)
 ざっと見て、20軒ほどだろうか、以前見たコーゲンの小屋よりはマシだが、似通ったような石で出来た家が集まっている場所に出た。
 「なんだ、茜、そいつは誰だ?」
 「ん?拾った」
 「拾ったあ?」
ちょうど向かいから歩いてきた中年の男がアケネに話し掛け、昂也をジロジロと見ている。
 「・・・・・なんか、見たこと無い姿だな」
 「そう言えばそうだな。黒髪に黒い瞳なんて、一体どこの種族だか」
 『・・・・・』
(だ、大丈夫かな?)
 中年の男の眼差しは不審げに顰められていて、どうやら昂也に対して何らかの疑いを抱いているように見えた。
昂也はどうしようかと視線を彷徨わせていたが、不意に前にいたアケネが昂也の肩を抱き寄せた。
 「こいつ、神官の見習いだそうだ」
 「神官の?」
 「ああ。だから、少々訳ありの出かもしれないが、深く詮索しないでおいてやろう」
 「あー、そうだな。妙な力があるばかりに神官にならなきゃいけないんなら、訊ねるのは可哀想だ。まだ小さな子供のようだが可哀想
になあ」
 「どうやら道に迷ったらしいから、しばらく俺の家に泊めるつもりだ」
 何やら頭上では和やかに会話が続いている。
中年の男も顔に笑みが浮かんで、先程までの昂也に向けた不信感は払拭されたように見えた。
(・・・・・アケネのせいか)
 多分、アケネが男に昂也のことを良いように説明してくれたのだろう。
まだ会ったばかりだというのにこんな風に助けてもらえるなんて、本当に自分は幸運だなと昂也は思った。
 「一応、長老には知らせておいた方が良いぞ。近いうちに西の都に行くと言っていたからな。宰相様には些細な異変も報告するよう
にと言われているらしい」
 「分かった、後で行くよ」
 男と別れたアケネは再び歩き始める。
昂也も焦ってその後を追うが、ふと前方から聞こえてきた低い声に耳をすませた。
 「・・・・・ったく、今まで俺達を放っておいた皇太子が、今さら何をしてくれるというんだ」
 『・・・・・』
(アケネ?)
 チラチラと見える横顔はどこか厳しい色になって、昂也は声を掛けることが出来ない。いったい何が彼を急激に不機嫌にさせたのか、
やはりここでも言葉の壁は高いと思ってしまった。




 男と別れてから、何人かとすれ違う。
中年の女性に、アケネと同じくらいの歳の男。そして、何人かの子供もいた。
皆先程の男のように昂也の容姿を見て驚いたり不審に思ったりしたようだが、彼らもアケネの説明でにこやかに笑いながら引き下がっ
ていった。
 その様子を見ただけでも、アケネがこの集落の中で信用されているのだというのが分かる。
(どういう立場なんだろうな・・・・・学校の先生とか、あ、お巡りさんとか?)
想像は膨らむものの、結論は出なかった。
 「着いたぞ」
 「つ、た?」
 それからまたしばらく歩き、集落の一番端の家でアケネの足は止まった。どうやらここが彼の家らしい。
 「1人暮らしだから遠慮はしなくていい・・・・・って、言っても分からないか」
 「アケネ?」
 「そう言えば、お前の名前を聞いていなかったな。名前、分かるか?お前の名前はなんだ?」
指を指され、何度も同じ単語を繰り返された。その単語は昂也にも分かる。
 「わたし、コーヤ。なめえ、コーヤ、れす」
 「コーヤか。名前も変わっているな」
 アケネは木のドアを開き、中へ入るように促してくれた。
昂也は心の中でお邪魔しますと言いながら中に入った。テーブルと、椅子、それにかまどの様なものが置いてある場所もある。
簡素な作りだが整頓されているなと思っていると、いきなり後ろから手が伸びてきてシャツの中へと入ってきた。
 『うわあっ?』
 「とりあえず、一応身体を見せてもらおうか」
 『ちょ、ちょっとっ、何するんだよっ?』
 昂也が抵抗しようと身体を捻ろうとしても、アケネの大きな手から逃れることが出来ない。
焦っている間にシャツは簡単に頭からすっぽりと脱がされてしまい、今度はジーパンにまで手が掛かった時、昂也は本当に焦って叫ん
でしまった。
 『いったい、何なんだよ〜っ!』