竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
1
※ここでの『』の言葉は日本語です
あっという間に上半身を脱がされた昂也はジワジワと壁際に追い詰められていた。
何をされるのか、全く変化の無い男の表情からは読みとれはしないが、昂也は暴力以外にも身体を痛めつけられてしまう方法を既
に知っていた。
まだ会ったばかりの相手にそんなことをされる理由は無いと思うが、グレンにあの行為をされた時も初対面だった。
(お、俺、セクシービームでも出してるのかっ?)
『・・・・・』
どうしようかと思いながら目の前にいるアケネを見ると、彼はそんな昂也の表情を見ながら肩をすくめてみせた。
「そんなに怖がられても困るが」
溜め息をついたアケネは身体の向きを変えて歩き出し、部屋の隅にあった木のタンスのような中から服を取り出して再び昂也の前
にやってきた。
「濡れた服をいつまでも着ていたら身体に悪い。それに、あの湖に落ちたのなら怪我をしているかもしれないだろう?見てやるから大
人しくして」
『な、何?』
「ほら」
どうやらこれに着替えろと言っているような気がする。
(も、もしかして、俺・・・・・勘違いしてた?)
よくよく考えたら、男が男に欲情するなんて本当に稀なケースしかないはずだ。グレンだって、欲情して襲いかかったわけではなく何ら
かの事情があったようだし、そもそも自分が男を惹きつけるタイプだとは思えなかった。
『・・・・・』
昂也は手を伸ばし、男が差し出していた服を手に取る。
すると、アケネはにっこりと笑っていきなり昂也の身体の向きを変えて背中を見た。
「・・・・・どうやら、上半身に怪我は無いようだな」
『?』
「足の方は・・・・・」
『うわあ!』
腰を掴まれ、ジーパンを膝まで下される。昂也が焦って足をバタバタさせたので、ジーパンは余計にずり下がって足元にまで落ちてし
まった。
「足も大丈夫なようだな」
『ヘッ、ヘンタイ!』
「ほら、早く着替えないと風邪をひくぞ」
我慢できなくなって手を出そうとすると、呆気なく身体が解放されてポンポンと背中を叩かれた。
それきりアケネは昂也の身体には触れてこずに、かまどの前で何か支度を始める。
『・・・・・』
何だか置いてきぼりにされたようでしばらく呆然と立ちすくんでいた昂也は、アケネが本当にこちらを向こうとしないのが分かってゴソゴ
ソと着替えを始めた。
(・・・・・なんか、1人だけ馬鹿みたいじゃんか)
服はもう乾いていたと思ったが、こんな風に着替えると生乾きだったことが分かる。
(大きいよなあ、これ)
頭からすっぽりと被る形のロングTシャツのようなものは昂也の膝下まであり、下ズボンは腰を紐で縛るタイプのものだった。
気を付けないと肩も大きく露出してしまいそうだなと思いながら、昂也はかまどの方へと歩いて行った。
「アケネ」
「お、着替えたか」
こちらを向いたアケネは昂也の姿をしみじみと見てからプッとふき出した。
「やっぱり大きかったか」
言葉が分からなくても、何を言われようとしているのかはさすがに分かる。
(俺だって、似合ってないのは分かるよ・・・・・)
まるで父親の服を子供が着たような感じだが、今更あの生乾きの服を着直すのは遠慮をしたかったので、昂也は頬が引き攣りそうな
気がしながらもこの不格好な自分を受け入れるしかなかった。
『あ』
そして、アケネの手元を見てみると、どうやら彼は何か料理を作ってくれているらしい。
「ご、あん?」
「・・・・・そう、飯だ」
アケネは頷いた。
「おいし?」
「どうかな。俺も何時も適当にしか作らないからなあ」
『・・・・・』
会話が続いて、昂也は思わずヘラっと笑った。自分が意図したことが相手に伝わるのが凄く嬉しくて、もっと何か話したくてたまらなく
なった。
昂也はアケネが刻んでいたジャガイモのようなものを指さす。
「ん?これはタモだ」
「らも?」
「タモ」
「たーも」
「そう、タモ。この辺りじゃ茹でたり、揚げたり、主食として食ってる。コーヤの口に合えばいいけどな」
「たーも、たーも」
見掛けに寄らずアケネは気が長く、辛抱強い男のようだ。子供のように一々指をさして訊ねる昂也に対し、ちゃんと分かるまで教え
てくれる。
昂也は幾つか同じことを繰り返した後、アッと気付いて脱いだ服の傍に置いてあった鞄の中を探った。
『あった!』
こういう場合を想定して持ってきたノートに、今アケネから教えてもらったばかりの言葉を書きとめる。
ジャガイモ=ターモ。
ニンジン=ラスカ。
物の見た目は自分が住んできた世界にあるものに似ているので、一度覚えれば忘れることは無さそうだ。
まずは単語を端から覚えていけば、それを繋げて会話も出来るはずだ。コーゲンが傍にいない今、自分で相手とのコミュニケーション
をどう取るか考えなければならなかった。
明らかに竜人ではない少年。
この世界にいるには異質な存在だと肌で感じるが、茜は薄気味悪くは思わなかったし、余計なものを拾ったという後悔もなかった。
仮にこの少年、コーヤが自分に害を与えようとしても、茜はそれをねじ伏せることが出来ると思っている。
いや、そもそもコーヤにそんなに力があるようには思えなかった。
(能力者ではないな)
だとしたら、コーヤは一体《何》なのか?
それを知りたいという好奇心は抑えられなくて、茜はしばらくコーヤを傍に置いておくつもりだった。
多分、寒いだろうと思ってくれたのだろう、アケネが作ってくれたのはポトフのようなもので、肉は入っていないが野菜の甘みが十分
出ていた美味しいものだった。
腹が減っていた昂也は遠慮することなく食べてしまい、三杯目のおかわりをする時にさすがに大丈夫かと心配された・・・・・らしい。
後片付けを手伝って、脱いだ服を外に干して。
ホッと一息ついた時、昂也は改めてアケネと向き合ってどうしようかと考えた。
(俺が人間だってこと、ちゃんと伝えた方がいいよな)
竜人は全般的に人間が嫌いらしい。
アケネも、今は友好的に接してくれているが、昂也が人間だと分かった瞬間に出て行けと怒り出す可能性はあった。
ただ、ここまで親切にしてもらったのに、黙っているのはやはり気が引ける。
「・・・・・アケネ」
「ん?」
「おれ、えっと・・・・・」
人間という単語は分からない。
「あの・・・・・」
「コーヤ」
どう説明しようかと困ってしまった昂也に、アケネが身を乗り出して笑い掛けてきた。
「今は何も言わなくていい」
「・・・・・」
クシャッと髪を撫でてくれ、そのまま腕を取って立つようにと促される。
「今から長老に会いに行くぞ。こんな辺境の村によそ者が現れるなんて滅多にないことだからな。みんなが不安に思ってしまう前に、
こちらから積極的に係わっていった方が良いだろう」
「?」
「まあ、俺に任せろ」
どうやら出掛けるらしい。どこに行くのだろうと思いながら、昂也はアケネに付いて行くしかなかった。
アケネが連れて行ってくれたのはかなり歳をとった老人の家だった。
アケネが昂也を見ながら何か説明してくれていたが、自分のことを何と言っているのかはさっぱり分からなかった。
ただ一度だけ、名前を言うように促されて詰まりながらも挨拶をして頭を下げると、老人はまるで孫を見るような優しい眼差しでうんう
んと頷いてくれた。
それで面会は呆気なく終わり、昂也はまた村の中を歩く。先程よりも日が落ちたせいかアケネくらいの若い男の姿が多くなったような
気がした。
「茜、そいつはどこの子だ?」
「まさかお前の子じゃないだろうな」
「馬鹿を言え」
ばったりと会った男達と笑いながら話しているアケネを見ていると羨ましく思える。
(俺も自由に会話したいな〜)
何気ない会話がしたくてたまらない。
(・・・・・ちょっと、だけ)
王宮の中で覚えた会話を使ってみようか。
「おれ、ごあん、すき。おいしー、すきよ」
「え?」
急に会話に割り込んできた昂也を、アケネ達は驚いたような眼差しで見つめてきた。
皆身長が高いので見下ろされているこの恰好は情けないものがあるが、それでも昂也は負けじと胸を張って話し掛けてみる。
「あまい、すき。まずい、おなかすいた」
(俺ってば、ご飯以外のこと覚えて無かったのか・・・・・)
朝夕の挨拶と食事の催促、そしてその感想。我ながら情けないがそんなことしかあの頃の自分には重要ではなかった。
それで十分事が足りていたのは、シオンが気遣ってくれていたせいだと分かっているが・・・・・シオンのことを思い出すとどうしても落ち
込んでしまいそうになるので、昂也はわざと気持ちを振り払うように笑った。
「すき、おいし」
「・・・・・なんだ、こいつ。なんか、可愛いな」
「そうだろう?見ていて飽きない」
「あいない?」
どういう意味だろうと思いながら聞き返すと、アケネが繰り返して教えてくれる。
「あきない」
「あ、きない?」
「ああ、そうだ」
(あきない、あきない、か。悪い意味じゃなさそうだけど)
昂也が首を傾げると、アケネは笑って自分の頬を指さす。
(笑顔?あきないって、笑顔のこと?)
にっと笑って自分を指さし、昂也はあきないと訊ねてみる。するとアケネ達は頷きながら口々にあきないと言いだした。
(当たったんだ!)
笑顔、つまり笑った顔というのがあきないという意味だ。多分、笑顔が良いとかそんな意味だろう。
「あきない・・・・・へへ」
「おい、意味通じてるのか?」
「まあいいじゃないか、笑ってる方が可愛いし」
「それはそうだけど」
「コーヤ、あきないは?」
アケネにそう言われ、昂也は二カッと頬を緩めてみせた。いや、言葉が通じるという嬉しさで自然と笑ってしまうのでわざとではないが、
目の前の男達もそれを見て楽しそうに笑っている。
(もっともっと、覚えないといけないな)
ここが竜人界だということを確認し、今の王様が誰なのか早く確かめたい。自分が望んだあの世界に無事に辿りついたということか
ら知らなければどうにも前に進めないことを感じ、昂也は早く行動に移さなければと思った。
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