竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
10
※ここでの『』の言葉は日本語です
多分、茜は昂也が何かを隠しているのだろうと気づいているはずだ。
しかし、それを問い詰めることはしなかった。
「・・・・・お前が追われているのは確かだ。見付かりたくないだろう?」
「う、うん」
本当は、自分から名乗り出た方が良いことは分かっている。
何のためにこの世界に戻ってきたのか、それを考えたらこそこそ逃げ回っている方がおかしいということも。それでも昂也はまだ少しだけ
迷っていた。
(俺なんかもういらないとか思われてたら・・・・・やっぱ、落ち込むし)
この世界を何とか立て直す手助けをしたいと思ったが、それは自分達竜人の手ですると言われたら返す言葉もない。
結局、今の自分の言動は自己満足だとしたら、それこそ恥ずかしくてたまらない。
「あの小さな集落にいるよりは、あいつの統括する彩加にいた方が目くらましになると思ったが、常盤だけならともかく、白鳴様の命が
下っているとしたら・・・・・」
「・・・・・」
「どこの町に行っても同じことだろうな。じゃあ・・・・・どうするか」
茜はこれからどう行動すればいいのかと考え始めたらしい。
(ごめんな、茜)
何とも言いようがなくて昂也が黙っていると、不意に顔を上げた茜がもう一度昂也の顔を見た。
「俺みたいな馬鹿じゃ、この先のことを考えるのは難しい。助言を貰おうと思うんだが」
「じょ、げん?」
「そう。恐ろしく頭のいい奴。そいつなら、白鳴様や常盤への対応も考えつくだろう」
「へー」
昂也は首を傾げた。
(頭、いいやつ?)
いったいどんな人物か、昂也はじっと茜の言葉を待つ。
「ただし、あいつは守銭奴なんだ。ある程度の金を渡さないと助言もしてくれない。そのためにも、少しここで稼がないといけないな」
1人納得したように頷く茜に、昂也は自分がどうすればいいのか分からなかった。
「仕事を探してくる」
朝食を食べ終えた茜は、早速そう言って出掛ける用意を始めた。
「ちょ、ちょっと、待って!」
初めから頭数に入れられていない昂也は、置いて行かれないためにとっさに呼び止めた。
「俺も!」
「コーヤ」
「俺も、はたらく!」
いったい、どれほどの金額を必要とするのか分からないが、茜1人にそれを用意させることは出来ない。
元々は、自分のためなのだ。何かしたいと訴えると、茜は困ったような顔でこちらを見つめる。
「お前には仕事が出来ないだろう?」
「そ、そんなことっ」
ないと言いたかったが、はっきりと口に出せるほどに体力に自信があるわけではなかったし、なにより茜にはあまり顔を・・・・・と、いう
より瞳を見られない方が良いと言われている。誰かと顔を合わせずに働くなんてほとんど無理だろう。
それでも、何もせずに宿に残っていることは居たたまれないのだ。
「茜、いっしょ、お願い!」
「・・・・・」
「お願い!」
頭を下げて頼み込む昂也を、茜はしばらく黙ったまま見ている。
これだけ頼んで駄目だと言われ、このまま茜だけ出て行ったら・・・・・。
(俺は、この場でじっとしていられる・・・・・か?)
もしかしたらまた勝手に宿から出て、何かをしようと足掻いて、結局茜に迷惑を掛けてしまうということになってしまう可能性もある。
(それが駄目だって分かってるけど・・・・・っ)
「・・・・・短期間で稼ぐには人手がいるよな」
「あ、茜」
「お前に出来る仕事があるかどうか探してみよう。その上でどうしても見付からなかったら、その時は諦めてくれ、いいな?」
嫌だと、言いたかった。しかし、茜はこれでも大きな譲歩をしてくれたはずだ。
(捜されている俺を匿っていると誤解される可能性だってあるんだし)
そんな危険な橋を渡らせてしまうのだ。
「・・・・・わかった」
昂也は頷いた。これ以上の我が儘はとても言えない。
「なかったら、ここで待ってる」
「よし」
茜は昂也の髪をかき撫でてくれた。
「じゃあ、出掛ける準備をしようか」
「うん!」
(何か、仕事がありますように!)
茜はきっと、何も無いことを願っているだろうが、昂也は自分自身にも出来ることがきっとあると信じることにした。
彩加の町の中を茜と連れだって歩いた。
朝行った市場だけでなく、少し離れると多くの店があったし、その向こうには人々が住む家が立ち並んでいる。
「向こうに見える森を抜けると畑もあるんだ」
「あの森」
指さされた方向を見ると、大きな森が見えた。いや、森というほど木々が茂っている感じではなく、どちらかと言えば林といったふうに
感じ取れた。
「後、あの大きな塔が常盤の住む城だ。下働きの仕事はあるだろうが、さすがにそれは見付かったらまずい」
「う、うん、そーだね」
人が多い場所に仕事があるというのは想像がつくが、それはさすがにヤバいだろう。
昂也は常盤を、そして常盤は昂也の顔を知らないが、だからと言って安心出来るわけがなかった。
「ここが北の谷なら、用心棒って方法もあるんだが」
「よ、よーちん?」
「用心棒。まあ、雇い主を守る仕事だ」
罪人の多い北の谷では略奪行為もかなり頻繁に行われているらしいし、金のある者は必死で財産を守ろうとする。
そのために、財産や命を守る腕の立つ剣士の需要があるそうだ。
「茜、強い?」
そういえば、昂也は今まで茜が闘っている姿を見たことがなかった。
畑仕事をしている時に見た筋肉は相当鍛えているんだなあと思ったが、それと戦う筋肉は違うものだろう。
どうやら、不思議な力は持っていないようだが、その代わりに剣の技術が物凄いのだろうか。
「どうだろうな」
昂也が期待して返事を待っているのが分かったのか、茜はポリポリと頭をかいた。
「弱いとは思わないが、自慢できるほど強いかは疑問だな」
「でも」
昂也は茜の腕を叩く。
「ん?」
「腕、もきもき」
昂也から見れば羨ましいほどの筋肉だ。絶対に強いと思う。
「はは、まあ、用心棒は無理だろうし、畑仕事は賃金が安いだろうしなあ」
短期間でまとまった金を稼ぐのは、少し危険な仕事だろうと想像出来る。この地で危険な仕事とは何だろうと考えていると、前方に
人だかりが見えた。
「なに?」
近くに店があるように見えないしと首を傾げると、茜が昂也の頭を抱き込むようにしてその波の中に向かって行く。
「顔を上げるなよ」
そう注意され、昂也はコクコクと頷いた。
何の集まりだろうと茜が覗きこむと、そこにいたのは立派な羅馬が数頭と、それに跨っている男達だ。
「この中で、我こそはと腕があるものは名乗り出てもらいたい!」
大きな声で男がそう言っているが、周りを囲む者達はざわつくだけでなかなか手を上げる者がいなかった。
「いったい何事だ?」
茜が傍にいた男に訊ねると、男は腕を組んだまま唸りながら答える。
「姫様の護衛だよ。呂槻(ろき)からここまで嫁入りするんだと」
「呂槻から?」
(・・・・・だとしたら、結構な賃金になりそうだな)
呂槻は南の領土の中では彩加に次ぐ大きな町だ。その町の姫がこの彩加に嫁入りをする旅路の護衛と言えば、少々の危険がつき
まとうものの短期間で終わる仕事ではある。
「いくら出すんだ」
茜が手を上げて男に訊ねた。
それまで全く候補がいなかったのだろう、男が提示した金は悪くはなかった。
「俺達2人で、その倍は貰えるか」
「2人?その子供にも同じ金額を出せと?」
小柄な昂也を見ながら男が渋るように言えば、茜はニッと口元を緩める。
「こいつはこれでも神官見習いだ。本当ならばその金額では雇えないはずだぞ」
「神官の・・・・・」
その言葉が能力者を示すものだということが分かっているのか、男は驚いたように昂也を見る。
ほとんど顔を見せないようにしているのも、その能力故と誤解したのか、男は茜の条件を飲むと言ってきた。どちらにせよ、立候補した
のは茜達だけだ。
「交渉成立だな」
「ああ、よろしく頼む」
思惑通りにいって、茜は内心笑っていた。
(結局、用心棒になっちゃったのか)
宿に戻る道すがら、昂也は茜から今回の仕事がどういったものかを聞いた。
2人、同じ仕事をするのはそれだけ心強いことには間違いないが、自分が全く役に立たないであろうことは想像出来た。
「茜」
「ん?」
泊っていた宿を引き払う支度をしながら、昂也は茜に声を掛ける。
これから支度をし、昼に先程合った場所まで来るようにと言われたらしい。急がなければならないのは十分分かっていたが、昂也はど
うしても聞きたかった。
「だいじょぶ?」
「心配か?」
「うん」
自分自身が頼りないということは十分分かっているので、後は茜に頼るしかないが、その茜もどれほど強いのかは未知の領分だ。
自ら用心棒に立候補したくらいなので大丈夫だとは思うが、本当に任せてしまってもいいのだろうか。
「何とかなるだろう」
呑気にそう言う茜に、昂也は本当とじっと見つめる。
「俺としては、コーヤと一緒だというのが都合が良かった」
「そ、それは、俺も」
別々に何かをするよりはずっといい。
昂也のその答えに茜は頷き、荷物を肩に担ぎながら説明を続けてくれた。
「ここから呂槻までは、5夜掛かる。行って、こちらに戻るまで、女がいるなら12夜は掛かるな」
「12」
それは、12日ということだ。遠いと言えば言える距離。その道中の危険度はどうなのだろう。
ただ単に、旅のお供でいればいいのか、それとも本当に用心棒としての力が必要なのか。
「危ない?」
「少し荒れているかもしれない」
「あ、あれ?」
「話で聞いただけだが・・・・・」
金品や女狙いの盗賊が増えてきたらしい。命を奪うことまではしないようだが、これまでにも相当な被害があったということだ。
今回は嫁入りということで、余計に用心がしたいのだろう。
「責任重大だな、コーヤ」
「だ、だいじょぶかな」
茜はともかく、自分にその任はちゃんと勤まるのだろうかと思いながら、昂也は茜に促されて支度を整えると、たった一泊しかしなかっ
た宿を出ることになった。
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