竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
9
※ここでの『』の言葉は日本語です
紅蓮はずっと思い悩んでいる。
紫苑の処遇をどうするか、これは新王となる自分に課せられた一番最初の大きな仕事だった。
王家に対する反逆罪は重い。それが、四天王として常に側にいた神官長ならばさらに。本人も重罰を望んでいるので、処刑の次
に重い罰を科すのは当然・・・・・だが。
(私に紫苑を罰する資格があるだろうか)
そもそもは王位を継ぐことだけに目がいってしまい、意図しないながらも民に向かって背を向けてしまった己にも罪があるのではな
いか。
「・・・・・」
「紅蓮様」
「・・・・・黒蓉」
紅蓮はそこで、ようやく同じ部屋に黒蓉がいたことに気付いた。
黒蓉も、自分と同様紫苑のことを気に掛けている。ただし、王家に、いや、己に強い忠誠を誓ってくれている黒蓉は、けして紫苑の
命乞いはしない。
「紫苑のこれまでの功績を鑑みて処罰をお考え下さい」
はっきりとした言葉では言わなかったものの、明らかに紫苑の命乞いをした白鳴は、ある意味柔軟な思考の持ち主だ。
「地方の首長や長達との対話は、なんとか進んでいる」
「はい」
問題は山積しているものの、自分たちの鬱屈した思いを直接紅蓮や白鳴に吐き出すことが出来、民の不信感も随分和らいでいる
と思う。
「式も間近だ」
「はい」
翡翠の玉に認められ、王としての実務はもう行っているが、形上の式は取り行わなければならない。
それは、民にとっても新しい王が誕生したという目に見える事実として知らしめることが出来るだろう。
「・・・・・それまでに、紫苑の問題は決着をつけなければならない」
きっぱりと言うと、それに対しての黒蓉の返事はなかった。
どう答えていいのか分からない・・・・・そんなふうに考えているのかもしれないが、表面上は何の変化も見えない。
一瞬、コーヤならばどんな結論を出すのかと考えたが、そう思ってしまった自分を叱咤した。
考えなければならないのは自分自身だ。
「三日後、結論を出す」
「・・・・・はい」
長引かせていても仕方がない。紅蓮は自身できっぱりと期限を決めた。
「このような格好でお迎えしまして・・・・・申し訳ありません」
「いや、私こそこんなみっともない格好で来たのですから」
みっともない・・・・・それが、大柄な男に腰を抱かれるようにしながら歩いてきたことを指すのは分かっていたが、今の蒼樹の体調か
ら考えても、ここまでやって来ること自体が大変なことだ。
今は己よりも上の立場にある蒼樹に対し、紫苑も直ぐに寝台から下りようとしたが、それは浅緋が止めた。
「見るからに病人のあなたがそんなことをする必要はない」
(本当に・・・・・生真面目な男だ)
真っ直ぐな気質の浅緋は、1歳だけ年上になる自分のことをこうして立ててくれる。
今や、神官長という位も失ってしまったのだ、民よりももっと低い、罪人として扱ってくれても構わないと思うのだが。
「まだ完全に回復していないでしょうが、どうしても会って聞きたいことがありました」
「どういうことでしょうか」
「どうして、あの男に与したのですか」
「・・・・・」
「あなたほどの聡明な方が、どうして・・・・・」
血が繋がっている父親のことをそう呼ぶ蒼樹が悲しい。
しかし、彼の気持ちをそんな風に変えてしまったのは聖樹だ。己の愛する者・・・・・妻以外、我が子でさえその視界から排除してし
まったあの男は、今頃はその妻の元に行けたのだろうか。
「紫苑殿」
「・・・・・蒼樹様、それを今更話しても仕方がないことです」
紫苑自身、その時の自分の気持ちを明確に口にするのはなかなか難しい。
ただ、思ってしまったのだ、このままの、この紅蓮では、竜人界を率いていくことなど出来ないと。
今から思えば、そんな風に思っていた自分自身、凝り固まった考えを持っていたのだろうが、どうすることも出来ない苛立ちを抱えてい
た時、圧倒的な人を引っ張っていく力が見えたのだ、聖樹の背後に・・・・・。
「初めは、確かに民の為だと思っていました」
「・・・・・」
「ですが、それは何時しか自身のことが一番大切になってしまった」
紫苑は蒼樹を見つめる。
聖樹とは似ていない、繊細な容貌だと思っていたが、その目元が少しだけ似ている気がした。ここにいるのは、確かにあの聖樹の息
子だった。
「私のしたことはもちろん、彼のしたことも許されることではない。それでも、今はもう亡くなってしまった方です。どうか・・・・・安らかな
眠りを祈ってあげて下さい」
息子の蒼樹の祈りが一番嬉しいはずだと伝えると、蒼樹は唇を噛みしめて俯いている。
簡単に許すことは出来ないだろうが、それでも・・・・・。
「お願いします、蒼樹様」
黙ったまま項垂れる蒼樹の肩を、浅緋が支えるようにして抱きしめている。
その姿に少しだけ口元を緩め、紫苑は深く頭を下げた。
ジャラッ
机の上に金の入った袋を投げ出した蘇芳の顔は不愉快そうに歪んでいる。
その上、椅子に座り、長い足を組みながら、蘇芳はチッと舌打ちをした。
(相当、煮詰まっているようだけど)
この不機嫌の理由を江幻はもちろん知っていたが、そもそも最初にそうしようと言いだしたのは蘇芳の方なのだ。
(自分が言ったことに首を絞められてどうするつもりなんだか)
「蘇芳」
「・・・・・ったく、女ってのは、どうしてああしつこいんだ?」
「女に言い寄られるのは悪い気持ではないだろう?」
「今の俺は清廉潔白な身なんだよ」
堂々と言い放った言葉に思わずぷっと吹き出してしまう。本当につい最近まで、来る者は拒まずに遊んでいた男の言葉とはとても
思えなかった。
(ここにコーヤがいるわけじゃないのに、本当に真面目だ)
「愛想笑いも疲れるだろうけど、これも噂を集めるためだし」
「・・・・・」
「女というものは男よりも噂に敏感なものだからな。日常ではないほんの僅かな異変にも反応するはずだ」
「・・・・・分かってるって。だから、文句も言わずに先読みをしてるんだろう」
お前も少しは何かしろと言われ、江幻は肩を竦める。
もちろん江幻もただのんびりと蘇芳がコーヤを捜し出すのを待っているわけではないのだが、今ここで反論したらその数倍は嫌味が
返ってくる気がした。
「分かったよ、ちゃんと協力はするから」
(コーヤを捜すためなんだし)
南の首都、彩加にやってきたのは蘇芳の言葉からだった。
「え?」
「だから、常盤の顔が見えた」
有能(?)な先読みとして、蘇芳は各地の有力者や金持ちから招待されることが多いらしく、その中で彩加の首長、常盤とも面識
があったらしい。
コーヤの行くえを占っていた時、その男の顔が見えたというのだ。
それから直ぐに南に飛んで、彩加に入国した。
蘇芳は以前にも招待されたことで入国の検査は無かったし、神官の資格を持つ江幻はごく簡単な調べしか受けなかった。
しかし、ようやく彩加に入っても、コーヤの姿は見当たらなかった。
さすがによそ者である自分達が目立つコーヤを捜しているという噂がたつと拙いので、蘇芳が女相手に先読みをし、最近変わったこ
とがないかを訊ねていたのだが・・・・・。
「なんだか、こんなちまちま調べても仕方がないような気がしてきた」
「蘇芳」
「ここに間違いはないと思ったんだが・・・・・」
あまりに焦るせいか、蘇芳は自分の力に自信を失い掛けている。
だが、江幻は蘇芳の力を信じていた。彼がここにいると言うのなら、コーヤは間違いなくこの彩加にいるか、もしくは来ようと向かって
きているはずだ。
「・・・・・」
江幻は泊っている宿の窓から外を見る。
(いい加減、姿を現してくれないかな)
「みんな、お前を待っているんだよ」
小さな呟きは、どうやら蘇芳には聞こえなかったようだ。
江幻相手に愚痴を零したものの、それが言っても仕方がないことだというのも分かっているつもりだった。
蘇芳は大きな溜め息をついた後、ゆっくりと足を踏み出す。
「蘇芳?」
「下に降りる」
「またやるのか?」
自分がどういう行動を取るのか容易に想像が出来るくせにと、蘇芳は目を眇めて江幻を見た。
「ここでお前に不満をぶつけているよりいいだろう」
そう言って部屋から出た蘇芳は下に降りると、入口に続く食堂の一角に座った。
「あ、蘇芳さん、客が待ってるよ」
「ああ、入れてもらえるか」
笑っている宿の主人にそう言った蘇芳に、主人は頷きながら外へと向かった。
(さすが客商売、愛想が良い・・・・・)
食堂の一角で先読みの商売をさせてもらう見返りとして、蘇芳はこの宿の商売に協力をしていた。やって来る若い女達は蘇芳が
ちょっと助言すれば宿で別商売として売っている日用品や食べ物を買って行くのだ。
宿の主人にとっても、自分は客を引き寄せる道具の一つなのだろうが・・・・・今はそんな笑われる立場も甘受しなければならないと
我慢していた。
(とにかく、コーヤを見付けるまでだ)
「あっ、蘇芳様!」
主人に促されるように入ってきた女はまだ若い。
蘇芳は内心の負の感情をなんとか押し殺し、女に向かってにっこりと笑った。女の顔がたちまち真っ赤に染められていく。可愛いとは
思うものの、今の蘇芳の食指は動かなかった。
「ようこそ、お嬢さん、何を知りたい?」
「あ、あの・・・・・」
「まあ、まずはこの水晶に手を置いてくれないか?」
肌身離さずに持っている玉を目の前に置き、女を促した。とりあえずさっさと願いごとを聞いてやり、その後彩加の中の様子を聞い
てやろうとしたのだが。
「!」
(こ、れ・・・・・)
玉に手を置いた女のそれに自身も手の平をそっと翳した瞬間、蘇芳の頭の中にパッと光が射した。その中に、確かに感じたのだ。
(この女、コーヤに会ったのかっ?)
直接的な接触。それか、ごく間近にいた時にしかこれほど強烈な残り気はないはずだ。
「お嬢さん」
蘇芳は目を細める。
「最近、いいことがなかった?」
「い、いいこと?」
「そう。俺とこうして話す以上に・・・・・どう?」
落とすつもりで女に話し掛ける。その気になれば指先一つで快楽の波に沈められるが、例えそれがコーヤのためであっても、蘇芳は
肉体的な接触は出来るだけ避けたいと思っていた。
(俺はもう、コーヤしか感じさせたくないしな)
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