竜の王様2
竜の番い
第一章 新たなる竜
11
※ここでの『』の言葉は日本語です
昂也は緊張した面持ちで、上目づかいに男の顔を見た。
(・・・・・怖そう)
今まで出会った竜人達はどちらかといえば麗人タイプが多く、カッコいいのに綺麗だという印象が強かった。
唯一例外なのがアサヒくらいで、彼は将軍という立場のせいか身体つきも頑強でがっしりとしていたが、それでも容貌は他の者達と同
じようにカッコいいと思う。
しかし、今目の前にいる男は長身の茜のさらに頭半分はありそうなほど背が高く、身体も大きくて、一見プロレスラーかと思えた。
その上、顔の半分は髪と同じ薄茶の髭で覆われている。町中で会ったら思わず目を逸らしたくなるようなタイプだった。
「私は山吹(やまぶき)。今回瑠璃(るり)様のお輿入れの警備の責任を担っている」
「・・・・・」
「配下のものに用心棒が決まったと報を受けたが・・・・・」
「・・・・・」
(見、見られてる)
ヤマブキの視線は茜というよりも昂也に向けられていた。多分、こんな子供に成人した男と同じ賃金を出せるかどうか見定めているよ
うな感じだ。
確かにあやしいかもしれないと、昂也は自分自身でも自覚していた。
(茜が神官見習いって言ったけど、俺何も出来ないし・・・・・)
神官がいったいどんな力があるのかも分からないし、何よりスムーズに受け答えが出来るかどうか。
昂也は内心ドキドキしながらヤマブキの言葉を待った。
「・・・・・なるほど」
「なにか?」
ヤマブキが呻くように言った言葉に茜が反応した。
「呂槻の先読みに言われたんだ。今回の旅は大小2人の男が付くだろうと」
ヤマブキはそう言いながら茜と昂也を指さす。明らかな身長差も含め、そう喩えられるのは納得が出来るものの、昂也の男としてのプ
ライドは微妙に疼いた。
「大小、2人?」
「まさかこんなにも子供を指していたとは思わなかったが、先読みで見たからにはお前達で間違いないだろう」
「・・・・・」
(さき、よみ?・・・・・って、スオーみたいな人なのか)
未来を見ることが出来るという先読み。
それはスオーだけではなく、各地にいるらしい。その中の今回向かう町の先読みが自分達のことを言い当てた。この世界の存在自体
不思議なので今更かもしれないが、やはり凄い力を持った者はそこかしこにいるようだ。
「お前達の名は?」
「俺は茜、こっちは弟の紺」
「茜に紺か。頼むぞ」
「心得た」
「は、はい」
茜に合わせるように頷いた昂也は、不安を打ち消すように頷いた。
そもそも神官というのは神聖な存在で、好んで姿を見せるものではないらしい。
グレンの側近だったシオンは、その神官の中の最高位の存在だったことで、コーゲンは神官というよりも医師としての働きを重視したこ
とで堂々と顔を晒しているが、普通は顔だけでなく姿を隠す者も多いらしい。
「お前の顔を見せないようにするには、これが一番良いんだよ」
確かに茜の言葉には一理あるが、この先神官としての力を見せてみろと言われたらどうするか。今は一応見習いと付けたしてはい
るが、全く何も出来ない見習いなどいないはずだ。
「心配するな、コーヤ」
「あ、茜?」
羅馬に跨り、ヤマブキ達の後を追っていた茜が、昂也の耳元で囁いた。
「あいつも、多分お前にそれほど期待していないはずだ」
「・・・・・え?」
「神官が同行しているという事実に意味があるんだよ」
役立たずの神官見習いでも、その影響力はかなり強いらしい。
「何かあったら、絶対に俺が守るから」
そう言って、背中から身体を抱き込んでくる。少し息苦しいが、何だか頼りになる兄にそう言われたようで心強かった。
「お、お願い、します」
出来ればそんなことがないようにと祈りながら、昂也は段々と加速する羅馬の綱にしっかりとしがみついた。
入国は検査があるが、出国は基本的に自由だった。
重ねて、今回彩加に嫁入りするという瑠璃は、どうやら常盤の第三妃になるらしい。だからこそ、その瑠璃の護衛に付くという茜達の
出国はとても簡単だった。
(歳も13・・・・・可哀想に)
あまり詳しい話を聞くことは出来なかったが、瑠璃という少女の歳と、大人しいとされる性格は山吹の口からポロリと漏れた。
きっと、政治的な理由なのだろうが、まだ子供といっていい少女には過酷な現実だろう。
ただし、常盤はこと色ごとに関しては淡白だったはずだ。第三妃といってもこれほどの子供を直ぐに抱くことはないだろう。
茜はそう思いながらコーヤを見下ろした。
(用心棒として共に雇ってもらったのは良かったと思うが・・・・・)
何事もなくこの旅程を過ごせばいいが、もしも・・・・・ということはありうる。
瑠璃は呂槻の長の末娘で、本来はきちんとした護衛が付くはずだ。
こんな風に用心棒を募ったという時点で今回の旅路が不穏なものだということは容易に想像が出来、そこにコーヤを連れ込んだとい
う点は不安だったが、それでも彼を1人残して自分だけが彩加を離れることは出来なかった。
「本来は5夜掛かる所だが、3夜で呂槻に向かうぞ」
そう言って、山吹は茜が買った羅馬に手を翳した。
その手から光が放たれたのが見えた時、山吹もまた能力者なのだと知る。
「う、うわっ、わっ」
その力のせいで、羅馬の速度は通常の二倍近くになり、コーヤなど振り飛ばされないように綱を握っているのが精一杯だろう。
「大丈夫かっ?」
「う、うんっ」
言葉はまだ元気だが、ふと見下ろした綱を握っているコーヤの手からは赤いものが滲んでいた。
(あれ、は?)
コーヤの手から流れ落ちているもの。自分達とは全く違う色だが、多分・・・・・それはコーヤの血だ。
竜人の身体から流れるものとは違う、鮮やかな赤い液体。あまりにも綺麗で、禍々しさなど無いが、見ている茜の方が痛みを感じ
てしまう色だ。
「・・・・・っ」
「あ、茜っ?」
無意識のうちに、茜はコーヤの手に自分の手を重ねていた。神官ではない自分はこの傷を癒すことは出来ないが、それでもこれ以
上は傷付かないようにしてやりたい。
「俺の腕を掴めっ」
「えっ?」
「いいからっ」
柔らかなコーヤの手の平は、粗い綱で擦られたらひとたまりもなく傷付いてしまうだろう。しかし、自分の腕を掴むのならばまだまし
のような気がする。これくらいしか出来ない自分が悔しくてたまらなかった。
その夜は野宿だった。
羅馬を下りた茜は、直ぐに岩陰にコーヤを連れ込む。
「手を見せてみろ」
「だ、だいじょぶ!」
「馬鹿、明日もあるんだ、強がりを言うな」
どうやら、手の皮が擦り剥けたことを知られているらしい。ただ綱を握っているだけでこうなるのが情けないが、茜が言う通り明日もあ
の綱を握らなければならないのだ、手当は受けておいた方が良いのは分かっていた。
それでも申し訳ないという思いの方が大きくておずおずと手を差し出してみると、自分で見ても少し痛そうだなと眉を顰めてしまう。
それほど、スピードアップした羅馬の振動は大きかったのだ。
「・・・・・」
茜は大きな表情の変化はなかったが、しばらく黙ってその手を見下ろしてすまんと言った。
「明日からはもう少し気を付ける」
「茜、俺だいじょ・・・・・『いたっ』」
手に薬草を当てられ、少し沁みてしまって言葉が途絶える。
そのままおとなしく茜の治療を待っていると、手に包帯代わりの布を巻いてくれながら彼が口を開いた。
「・・・・・俺達の血の色と違うんだ。気づかれたらまずい」
「あ・・・・・そっか」
血が赤色というのは昂也の中で当たり前の常識だったが、竜人の流す血の色は違うのだ。
瞳の色と同じくらい不信を抱かれる可能性があったと、昂也は改めて早く治療してもらって良かったと思う。
「ありがと、茜」
「・・・・・どうして」
「え?」
「お前は、どうしてそんな風に礼を言える?」
「え・・・・・だ、だって」
こうしてちゃんと治療をしてもらったし、考えたら途中から自分の腕を持つようにと言ってくれた時には既に、自分のこの手の傷に気づ
いていたのだろう。
ちゃんと自分を見てくれていたことに、そして治療に対して礼を言うのは当たり前だ。
「・・・・・おかしい?」
首を傾げると、茜の口元が歪んだ。
それはやがて苦笑の形になったが、昂也はその表情が何だか目に焼き付いてしまった。
「どこに行っていた?飯にするぞ」
「ごはん!」
昂也達が羅馬を休めている場所に戻ると、ヤマブキ達が夕食の支度をしていた。
いや、正確にいえばヤマブキ以外の3人の男達が作っているのだが、彼があまりにも堂々と言い放つので茜もヤマブキに対してすまな
かったと謝っている。
「少し話があった」
「兄弟のか?」
少し探るような目をして見られたが、茜は堂々と頷く。
「ああ」
(すごいなあ、茜は)
自分達がついている嘘を後ろめたく思う方がいけないというのは分かっているつもりでも、思ったことが顔に出やすい昂也が話を合わせ
るのは難しい。と、いっても、ほとんど顔を隠しているのでばれることはないと思うが・・・・・。
「茜、お前の弟はずっとその格好なのか?」
目元だけが見える(しかも俯き加減の)昂也を見て言うヤマブキの言葉に、昂也はそっと茜の背中に隠れた。
「一応」
「・・・・・」
腕を組んだヤマブキは、下から昂也の顔を覗きこもうとしてくる。
それを上手く遮ってくれた茜は、他の男が差し出してくれた乾物を手にとって昂也に手渡してくれた。
ベーコンを干したような乾物は噛めば噛むほど味が出る。これはこの世界ではメジャーな食べ物らしく、昂也の口にもとても合った。
「こいつのことは気にしないでくれ」
「いや、気にするなといっても・・・・・」
ばっさりと切り捨てるような茜の言葉に、ヤマブキの厳つい顔が困惑したように歪んだ。しかし、茜は男のそんな表情にも少しも心を
動かされなかったらしい。
「俺達は呂槻の姫を無事に彩加に送り届ける。その任は必ず守るから、他のことには悪いが口を挟まないで欲しい」
「あ、茜」
(そんなこと言って良かったのかっ?)
さらにきっぱり言った茜の服の裾を引っ張るが、茜はそんな昂也の手を反対にポンポンと軽く叩いてきた。
包帯を巻いているので気遣ってくれたのだろう、その力はとても優しい。
(なんだか、守られてばっかりだな)
情けないが、くすぐったい気もする。顔が見られていないのは分かっていたが、昂也はその気恥ずかしさを誤魔化すために後ろを向い
て、干しベーコン(?)を口にした。
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