竜の王様2

竜の番い





第一章 
新たなる竜



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※ここでの『』の言葉は日本語です





 ヤマブキが言った通り、昂也達は三日間掛けて呂槻にやってきた。
どんな魔法を使ったのか分からないが、羅馬はどんな難所も速度を緩めることなく走り続け、乗っている昂也は振り落とされないよう
に綱にしがみつくのに精一杯だった。
 初日、手の皮が擦り剥けてしまって以来、茜が気を使ってくれたものの、それでも身体に掛かる負担は日々溜まっていって、昂也
は三日で着いて本当に良かったと思った。
 「・・・・・はぁ・・・・・」
 大きな溜め息をついた昂也は、初めて見る町を眺めた。
(結構、大きい?)
首都の彩加ほどではないが、人影は多いし、建物も立派だ。
 「このまま長の屋敷に連れて行く。瑠璃様と顔を合わせておいた方がいいだろう」
 「分かった」
 ヤマブキの言葉に茜は直ぐに頷いたが、昂也を振り返ると気遣わしげに声を掛けてくれる。
 「大丈夫か?」
 「う、うん」
本当は、このままどこかに横たわって休みたい気分だった。手も、尻も、足も、全部痛い。
それでも、どうやらヤマブキは急いでいるようで、自分の体力の無さを訴えることはとても出来なかった。
 いや、ここに来るまでの間、ヤマブキは昂也に何かと声は掛けてくれた。まだ子供と同じような外見の昂也が気になったらしく、茜に
も大丈夫かと何度も言ってくれていたのは覚えている。強面の男は、子供(不本意だが)には優しいようだ。
 ただ、呂槻に近付くにつれ、その頭の中には任務のことしか浮かばなくなってしまったみたいで、口数もぐんと少なくなった。
それも仕方がないことだと思え、昂也は心配する茜に何とか笑顔を向ける。
 「仕事、大事」
 「こ・・・・・紺」
 「ヤマブキ、行こう」
 「ああ」
 「ほら、茜も」
 昂也は疲れてはいたが、今から会う瑠璃という少女のことが気になってもいた。
まだ幼いとも言える年なのに、茜が要注意人物だというような男と結婚しなければならないのだ、どんなにか不安だろう。
(俺が出来ることなんてないけど・・・・・)
 この世界には、この世界の決まりごとがあると思う。それを、自分の常識にあてはめること自体が間違いであるとは思うものの、何だ
かやりきれないと思ってしまった。




 町の中央に進むにつれ、遠くに見えていた石壁が大きくなってきた。
ずらりと囲っているこの中に、町の長の屋敷があるようだ。
 「山吹様っ」
 その石壁が途切れている門の前に、男が2人立っていた。腰に剣を携えているのを見ると、どうやら門番という存在だろう。
その門番の1人はヤマブキの顔を見た瞬間、ホッと安堵の色を顔に浮かべた。
 「今戻った。長は?」
 「それが・・・・・」
 口ごもった門番の様子に悪い予感がしたのか、ヤマブキは昂也達を置いてさっさと中へと入っていってしまう。
残された男達もヤマブキの後に続いたが、昂也と茜はどうしたらいいのか顔を見合わせてしまった。
 「茜」
 さすがに、初めて訪れる屋敷に何の案内も無く足を踏み入れるのはまずいだろう。
 「なあ」
 「・・・・・なんだ」
茜が門番に声を掛けると、ヤマブキ達の背中へ視線を向けていた男達が初めてこちらの存在に気がついたように声を出した。
 「俺達は用心棒に雇われたんだが」
 「・・・・・用心棒?」
 その声に不審そうな色があるのは、もしかしたら自分がいるからかもしれないと昂也は眉を顰めた。
茜が俺達というのならば、昂也ももちろん頭数に入っていると思うはずだ。ただ、門番から見ると、頭からすっぽり布を被った小柄な自
分は、とても頼りなく見えるのだろう。
(そんなの、俺が一番分かってるって)
 「どうやら少し取りこんでいるようだし、こっちはそんな内部事情に顔を突っ込む気はない。山吹が戻って来るまで、この隅で少し休
んでいてもいいか?」
 「・・・・・では、俺達の小屋に案内しよう」
 「助かる」
 怪しいと思う反面、ここまでヤマブキが昂也達を連れて来たことは確かなので、ぞんざいに扱うことは躊躇われたのだろう。
どこかに案内してくれるらしい男の後ろに付いて歩きながら、昂也は茜の腕を引っ張った。
 「茜、だいじょーぶかな?」
 「ん?」
 「心配、ありそう」
 何か問題が起こっているようだと言えば、茜もそうだなと頷いた。
 「まあ、俺達が心配しても仕方がないしな。とりあえず、山吹が戻って来るまで待っていよう」
 「うん」
(そうするしかないもんな)




 門番達の休憩所に案内してもらうと、茜は断ってコーヤを簡素な寝台に横たわらせた。
自分だけが寝かせてもらうことにコーヤは最初難色を示していたが、今はこの真っ白な顔色になっている少年を休ませることが最優先
なので、茜は自分も直ぐ休むからと言い聞かせて強引に掛け布を身体に掛けた。
 それでもしばらくはグズグズ言っていたコーヤだが、少しすると小さな寝息が聞こえてくる。気持ちは持っていたようだが、どうやら体力
は限界だったようだ。
 「・・・・・よく頑張ったな」
 茜は顔を覆っていた布を少しずらしてやると、額に掛かる黒髪をさらっとかき上げてやる。
色々と、まだ隠していることがあるようだが、それでもコーヤが自分で出来る限り頑張っているのは傍にいる茜が一番知っていた。
(俺に全て話してくれたらいいんだが・・・・・)
 「顔に似合わず頑固だからな」

 トントン

 「・・・・・っ」
 その時、入口の扉が軽く叩かれる。
茜が即座にコーヤの頭まで掛け布を引き上げたのとほぼ同時に、扉が開いて山吹が姿を現した。
 「放っておいて悪かった」
 開口一番そう謝罪してきた山吹は、寝台の上が盛り上がっているのを見て少しだけ笑みを浮かべる。
 「弟は寝たのか?」
 「つい今しがた。悪いがこのまま寝かせてもらえるか?」
言外に、これ以上近付くなというと、山吹は疑わずに頷いた。
旅の途中、山吹もかなりコーヤの体力のことは心配してくれていたので、多分このままコーヤを寝かせてもらえるだろう。
 それよりも、茜は先程の門前でのことが気になって山吹に訊ねた。
 「何か事情が変わったのか?」
 「・・・・・」
 「護衛する姫の身に何か?」
その名を口にすると、山吹の顔に沈痛な色が浮かぶ。
 「山吹?」
 「・・・・・姫様が・・・・・瑠璃様が、自害をはかられた」
 「自害?」
さすがに茜も想像出来なかったことに、目を見張ってしまった。
13歳。子供とはいえ、これほど大きな町の長の娘なら、自分の立場がどういうものかは幼くても分かっているはずだ。自分が何のため
に彩加に嫁入りをするのか、その意味も当然言い含められ、覚悟をしているはずだと思っていた。
 その上で自害をしようとするなど、どれほどこの婚儀が嫌だったのか想像に余りある。
 「命は?」
 「発見が早く、大事なかった」
 「そうか」
命が助かったことは素直に良かったと思う。それでも・・・・・。
 「・・・・・どうするんだ」
 姫は可哀想だと思うが、このまま婚儀を取りやめるというのはとても無理だろう。
命が助かったのならばその回復を待って改めて嫁入りをするのだろうか、それでは道中の護衛にと雇われた自分達はどうなるのだろう
か。茜が問いただすと、山吹は苦悩に満ちた声音で唸った。
 「まだ、長も決めかねておられる。それほど嫌なのなら、このまま話を進めるのもいかがと思うが、だからといってこの町から花嫁を差し
出すといった言葉を今さら撤回は出来ない」
 「・・・・・他に女の兄弟は?」
 「他に3人いらっしゃるお子様は皆男子だ」
 「・・・・・それは、悩ましい所だな」
 このまま呂槻の長がどんな手段を講じるかは分からないが、どうやら自分達の出番は無いように思える。
(仕方ない、この町で他の仕事を探してから彩加に戻るか)
 「茜」
この先のことを考えていた茜は、改まった口調になった山吹を訝しげに見た。短い旅路ではあったものの、男が生真面目で、忠誠心
が強いことは感じていた。その男が何を言い出すのか、何だか嫌な予感がする。
 「昨夜、俺は見た」
 「・・・・・何を?」
 「・・・・・紺の手だ」
 「手?」
(手だけを見て、何を・・・・・)
 「少年にしては、細く小さな手だった。男であることは声や全体の体付きからも分かっているつもりだが、もしかして・・・・・」
 「おいっ!」
茜が止めるより一瞬早く、山吹は寝台の上の掛け布を取った。




 どこか遠くで人の話し声が聞こえた。
(煩い・・・・・)
柔らかなベッドに横たわってようやく眠りに落ちたところなのに、誰が邪魔をするんだろうと低く唸ってしまう。
(もう少しだけ、寝かせてって・・・・・ば・・・・・)
寝返りをうとうと身体を動かそうとした時だった。
 「おいっ!」
 いきなり大きな声が聞こえたかと思うと、温かかったものが身体の上から取られてしまい、昂也はその気配に思わずうっすらと目を開
いた。
 「あ・・・・・か、ね?」
 目の前には、見慣れた赤みの強い茶髪に、茶色の瞳の端整な顔がある。反射的にへらっと笑ってしまった昂也だが、ふと視線を彷
徨わせた向こうに、髭モジャの厳つい容貌の男を見つけて目を見開いてしまった。
 相手も、驚いたような顔で自分をじっと見つめている。その表情に、昂也はハッと目を閉じた。
(見、見られた!)
珍しいという黒い瞳を厳つい男・・・・・ヤマブキに見られてしまった。寝起きという不可抗力だったが、昂也は失敗したと身体が一瞬で
冷たくなっていく気がする。
 「黒い、瞳・・・・・紺・・・・・コーヤ?」
 「・・・・・っ」
 ビクッと身体を震わせると、茜が頭からシーツを被せ、そのまま抱きしめてくれた。
 「・・・・・茜」
 「山吹、今のは・・・・・」
 「《黒き髪、黒き瞳のコーヤという少年を見付け次第、王宮に連れてくるように》。白鳴様のお捜しになられている少年は紺だったん
だな?」
訊ねるというよりは、確認するような物言いに、拘束する茜の腕にさらに力が込められる。
どうしたらいいんだと、その腕の中で混乱していた昂也の耳に、笑う男の声が届いた。
 「茜、どうやらお前にも口外できない秘密がありそうだな」
 「告げるか?」
 「・・・・・いや。今の俺達に王宮の問題は遠い話だ。それよりも、今は瑠璃様と呂槻のことを最優先で考えたい。どうだ、茜、その少
年のことを内密にする代わりに、俺達の頼みをきいてはくれないか」
 「・・・・・」
 なんだか、話が妙な方向に行っているような気がしたが、昂也は茜の腕の中でじっと動かずにいる。
 「・・・・・頼みとは?」
 「その少年、コーヤに、瑠璃様の身代わりを頼みたい」
(み・・・・・かり?)
どういう意味なのだと茜に聞き返す前に、茜は力強い声で一言言い放った。
 「断る」